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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(12)戦い終わって

作者: 刻田みのり

「……」


 ススキモドキの草原に降り立った俺は粉々になった魔石を見下ろした。


 ネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)の核だった物だ。


 この魔石は力を完全に失っているからか禍々しさを感じない。ファストも瘴気はないと言っているし危険はないだろう。


「これは討伐証明としてケチャが預かっておくね」


 俺が反対する暇も与えずケチャが砕けた魔石を拾った。緑色のローブの袖に仕舞うとニヤリと笑う。


「きっとメラニア様もお喜びになるね」

「なあ」


 俺はケチャに尋ねた。


 と、いうかこれは確認だな。


「お前の言ってたあの方ってメラニアのことか?」

「そだよ」


 あっさり。


「ケチャもコサックもランバダも、みーんなメラニア様にお仕えしているんだよ」

「……」


 自分で質問しておいて何だが急に頭が痛くなってきた。


 あの女、悪魔を配下にしていたのかよ。


 そんなのが王位継承権第一位のクソ王子(カール第一王子)の妃だなんて。


 この国大丈夫か?


「許容できませんね」


 ずい、とシャルロット姫をお姫様抱っこしたままのリアさんが身を乗り出してきた。


 シャルロット姫はまた眠ってしまったようで寝息を立てている。


 リアさんの表情が険しい。


 というか別人のように恐い。


 あんなに目を吊り上げたりするんだ。それでも美人だなんて反則じゃね?


 あとリアさんの身体から漂ってる黒いオーラ。


 すっげぇ禍々しく見えるんだが気のせいだよな?


 おい、誰か何か言ってくれよ。


 どうして皆黙ってるんだ?


 俺は助けを求めてあたりを見回すが誰も目を合わせてくれなかった。


 やばい。


「あ、あのリアさん?」

「ジェイさんは口出ししないでください」

「はい」


 気圧され俺は逃げ出したくなった。しかし、ここは異空間。どこへ逃げろと?


「シャーリー……ではなくて姫様を呪毒で害そうとしたのはネンチャーク男爵。ですが、彼に悪魔を受肉させ力を与えたのはあなた、そうでしたよね?」


 確認するかのようにリアさんがコサックに詰問した。


 コサックがぶるぶると首を振る。


「おいらじゃないよ」

「……」


 おい。


 嘘をつくな、嘘を。


 俺はジト目でコサックを……って、ワォ。他の皆もコサックをじっとりと見てるじゃん。


 ケチャまで見てるし。


 うん、有罪。


 リアさんから漂う黒いオーラがさらに闇を深くした。これ五歳児が見たら泣くやつだ。それもわんわん泣く。


 下手したら大人も泣くかも。そのくらい怖い。おじいちゃんとかちびりそう。


「……わかりました」


 リアさんがそう呟くと彼女の頭上に黒い光の球が現れた。バチバチと黒光りの放電をするかなりやばそうな代物だ。


 て、何だかだんだん大きくなってないか?


「の、のう闇の」


 ファストが慌てて声をかけた。


「お主の執着……じゃのうて寵愛する魂の持ち主は助かったのじゃろ? 問題の悪魔も滅したことじゃしそれで良いではないか。これ以上の介入はルール的にもどうかと……」

「もういいです、シャーリーの生まれ変わりさえいてくれればそれで満足です。他は要りません」


 黒い光球が巨大化していく。


 巨漢の男が五人くらい余裕で入りそうなサイズだ。しかも、まだまだ大きくなり続けている。


「こんな悪魔たちや世界があるから私のシャーリーが死んだんです。やっぱりもう我慢できません」

「……」


 私のシャーリーが死んだ?


 あ、うん、シャーリーってのはシャルロット姫の転生前の魂の持ち主のことだよな。それはどうにか理解した。詳しいことは知らんけど。


 黒い光球がめっさやばいサイズになっている。


 これ、ぶち込まれたらどうなるんだ?


 あ、コサックが背を向けた。


 コウモリみたいな翼を広げて……て、こいつ逃げる気か。


 けど、遅い。


「滅びなさい、何もかも全て全部ッ!」


 そう告げるとリアさんはコサックに向けて黒い光球を発射した。


 とてつもない魔力の塊。超危険。


 それが黒い光球に対する俺の探知の出した答えだった。


 あんなものが直撃したらいくらコサックが悪魔だろうとひとたまりもないだろう。それどころかまわりにいる俺たちにまで被害が及びかねない。


 あるいはこの空間ごと消滅するかもしれない。


 俺は咄嗟に収納の能力を使いコサックへと迫る黒い光球を亜空間の中に吸い込ませる。ずっしりとした質量の力が強引に亜空間の奥へと消えた。


 ふう、やばかった。


 俺は知らず汗をかいていた。


 ぐいと額の汗を拭い、未だ怒っているリアさんに話しかけた。


 口出しするなと言われているが仕方ない。下手すれば俺たちまで黒い光球の攻撃に巻き込まれたかもしれないのだ。放ってはおけないよな。


「リアさん、落ち着くんだ」

「姫様の敵は滅ぼすのみ。即、滅ッ!」

「いや、だから話を……」

「私はもうあの絶望を繰り返したくありません」

「リアさん」

「滅びなさい」ッ!


 リアさんの頭上に再び黒い光球が現れる。


 バチバチと黒いスパークが弾けた。そして、どんどん黒い光球のサイズが巨大になっていく。


「くッ!」


 俺は黒い光球が放たれるのを待たずに収納した。強引かもしれないけどそう何度も撃たせていたらそのうち手に負えなくなる可能性もある。危機回避は大切だ。


 三発目が用意される前に俺はリアさんに接近して当て身を食らわせた。

 小さく呻いてリアさんが崩れる。


 お姫様抱っこしていたシャルロット姫を落としそうになるが俺は素早くキャッチした。ギリセーフ。


「お、おいらがいるとややこしくなりそうだしぃ。後はよろしくねぇ」


 コサックがそう言って飛び去った。


「あ、じゃあケチャも帰るね」


 逃げようとしたケチャの手をイアナ嬢が掴む。


「待ちなさい。あなたにはまだ話があるわ」

「ええっと」


 ケチャの眉がハの字になる。とっても迷惑そう。


 構わずイアナ嬢が訊いた。


「あなたあたしの命を狙っていたのよね。それってあの(メラニア)の命令?」

「……」


 イアナ嬢。


 ストレートだな。


 あぁ、ケチャがさらに困ったような顔をしているよ。


「そんなこと今さら聞いてどうするの?」

「それは聞いてから考えるわ」

「……」


 いやいやいやいや。


 そこはちゃんと先に考えておこう? な?


「た、確かにケチャはメラニア様の命令でお姉さんの命を狙ったよ」

「……」


 あ、白状した。


 イアナ嬢も素直に吐かないと思っていたのかちょっと驚いてるし。


「じ、じゃあどうして今回は襲って来ないの?」


「うーん」


 ケチャが首を傾げた。


「お姉さんわかってないなぁ。ケチャ、お姉さんのこと狙ったのはあくまでもついでだよ。優先順位はすごーく低いの」

「え」

「まあ、最初の襲撃の時は少し真面目に殺そうと思っていたけどね。でもヒューリーのお兄さんとか勇者のお兄さんとかと遊んでいたらそっちの方が面白くなっちゃった♪」

「え……と?」

「あ、でもあの時の勇者のお兄さんまだ弱かったし、ラ・ムーがいたことに吃驚した方が印象としては強かったかな。あの時点では勇者のこともあんまり知らなかったし。後でマイムマイム様から教えてもらったから今はちゃんとわかってるけどね」

「まって、ちょっとまって」


 イアナ嬢が手を出して制した。


「今一つついていけないんだけど」

「ええっ、わかんないの?」


 ケチャが目を丸くし、すぐににたぁって笑った。


「ま、お姉さん頭悪そうだし仕方ないよね」

「いやそこで馬鹿にされたくないんだけど」


 イアナ嬢のこめかみがぴくぴくした。おいおい、短期を起こすなよ。


 コホン、と咳払いをしてイアナ嬢が訊いた。


「その、勇者って?」

「あの時ヒューリーのお兄さんと一緒にいた人だよ。聖剣を持っていたよね? マイムマイム様がそう言っていたよ」

「てことはシュナが勇者? えっと、じゃあそのマイムマイム様って誰?」


 あ、それは俺も聞きたい。


「秘密♪」


 ものすごくいい笑顔でケチャが答えた。


 イアナ嬢の頬がひくひくする。


 こらこら、青筋を立てるのはやめろ。


 つーか、そろそろ限界か?


「あたし、かなりあなたに我慢しながら質問してあげてるんだけど」


 イアナ嬢が引きつった笑みを浮かべながら言った。


「あたしを甘く見ない方がいいわよ」

「うわーい、お姉さん悪役みたい。ケチャこわーい♪」

「……どうやらお仕置きが必要のようね」


 袖口から何か飛び出す……て、円盤じゃん。


 あれか、お得意の「後ろから斬首」か?


 さすがはぶった斬り聖女。


 とか思っていたら円盤が何かに止められた。


 ゲルズナーの爪だ。空間から突き出て円盤に刺さっていやがる。


「お姉さん、そんなへなちょこな攻撃でケチャは殺られないよ」

「ちっ」


 ケチャに余裕かまされて舌打ちするイアナ嬢。


 でもそこで舌打ちするのは次代の聖女としてどうかと思います。


「そこまでにするのじゃ」


 ファストの声が二人に割り込んだ。



 **



 ファストに話を止められてイアナ嬢が不満そうに口角を下げた。


 とはいえ不平を口にする愚は避けたようだ。


 そんなイアナ嬢を横目で一瞥してからファストはケチャに告げた。


「妾はお主ら悪魔に勝手をされるのは好まぬ。じゃが今回はお主らに助けられた。礼を言うぞ」

「別にケチャは大したことしてないよ」


 つまらなそうにケチャが応える。


「ジルバの核を持って来たのもメラニア様の命令だし」

「ふむ」


 ファストが中空に目をやった。


「なるほど、そう言えばあのネンチャークとやらの兄が悪魔に受肉されておったな。そちらはこの国の第一王子とあの女が討伐した、それに相違ないな?」

「うん」

「もしかしてここでの戦い、特にネンチャークとかいう男を倒した一件、そちら側にとって実に好都合じゃったのではないか?」

「え」

「どういうことだ?」


 イアナ嬢が頓狂な声を発し、俺は眉をしかめた。


 ポゥがイアナ嬢の肩に降りて翼を休める。


 イアナ嬢が肩から外してポゥを抱っこした。ちょっとだけ表情が柔らかくなる。


 あ、こいつポゥをもふってやがるな。羨ましい。


 ケチャが黙っているからかファストが続けた。


「あの第一王子は王位継承権こそ第一位じゃが次の即位を不安視する者も少なくないと聞くぞ。そんな王子が悪魔に取り憑かれた宰相を倒して国の一大事を救った。それも真の次代の聖女として頭角を現したあの女と協力して……プロモーションとしてこれ程良いものはないのう」

「そだね」

「さらにあの女の依頼で雇った冒険者にもう一体の悪魔を討伐させた。事実やいきさつはともかく結果だけならそうなるようにお主らも動いたのじゃろ? 実際、お主がここに悪魔の核を持ち込んだことでネンチャークに受肉していた悪魔は滅びた」

「うーん」


 ケチャがにたりと笑った。


「惜しいね。それだけならわざわざお兄さんに核を渡そうとせずにケチャがジルバの核を壊せばいいだけでしょ? それからあれこれ捏造すれば事実なんてどうにでもなるし」

「それではつまらぬじゃろ? 妾ならもっと凝るがのう。それとさっきから他の悪魔どもを退治しておる女じゃが」


 と、ファストが言葉を切った時。


 一際大きな閃光とともに悪魔たちの最後の一群が消滅した。


 大規模殲滅魔法(ニュークリアブラスト)である。


 俺たちがネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)を倒した後もマルソー夫人の戦いは終わっていなかった。


 まあ悪魔ジルバの核をぶっ壊してからは悪魔の増殖(もしくは援軍かも)は止まっていたのだが。


 天から勝ち誇るマルソー夫人の高笑いが聞こえてくる。


 わぁ、すっげぇハイテンションだ。


 あれはちょい近寄りたくないなぁ。


「訂正じゃ。悪魔共を全滅させた女のことじゃが」


 ファストがコホンと咳払いした。


「あれはあの女の意思だけで成されたことではないな。どうやら精神操作をされておったようじゃ」

「ケチャじゃないよ」

「そのようじゃな。妾もさっきまではお主らを疑っておったのじゃが」


 迷惑だと言わんばかりにケチャがため息をついた。


「精神操作はそこの精霊王の仕業でしょ? ケチャそんなことするようなつまんない奴じゃないよ」

「え」

「マジか」


 ケチャの言葉にイアナ嬢が驚いて声を裏返し、俺も目を瞬いた。


 横になっているリアさんにファストが尋ねる。


「で? やはりお主か?」


 俺の当て身を食らってリアさんは気を失っている。


 答えられるはずがない。


 だが。


「ええ、私です」


 リアさんがそう言って目を開けた。


 ゆっくりと身を起こし、立ち上がろうとする。


 そこには俺に気絶させられた様子は微塵も感じられなかった。


 立ち上がったリアさんはちらと俺を見てからファストに目を移す。


「ラ・ブームは戦好きですからね、派手に暴れられるとなればレジストされる心配はありませんでした。一応マルソー夫人も精神抵抗できる護符を身に付けていたようですが私にとっては何の意味もありません。あれではただの飾りです」

「全く、お主という奴は」

「姫様を守るためですから。手駒は多いにこしたことはないですよね?」


 リアさんが微笑むが正直めっちゃ怖い微笑だった。


 この人ちょい……いやかなり壊れてるよ。


 きっとシャーリーとかいうシャルロット姫の前世の人が亡くなった時にショックで病んだんだろうなぁ。


 可哀想と言えば可哀想だけど。


「それで、少しは気は済んだか?」


 ファスト。


「あの娘……この国の開祖の姫が内乱で命を落としてもうどれ程経ったかのう。あの頃は妾たちももっと頻繁に集ったものじゃが」

「あれは悪魔に唆された親族によって引き起こされた愚かな戦いでした。ええ、人間という生き物は本当に欲深くて思慮に欠けた存在ですね。それは今も変わっていないようですが」

「そこの姫が生まれるまでお主はずっと引きこもっておったからのう。まあ妾もそう簡単に人の本質が変わるとは思っておらぬが」

「あのさ」


 ケチャがファストとリアさんの会話に割り込んだ。


 あんまり申し訳なさそうでもなく、むしろそうするのが当然といった態度でケチャは言った。


「もう帰っていいよね? ケチャ、この後メラニア様に報告しないといけないんだけど」

「うむ、妾はもう用などないぞ」

「私は少しだけ思うところがありますがもういいですよ。どっちかと言えばもう一人の悪魔に罰を与えたかったのですが」

「うわーい、この精霊王こわーい。マイムマイム様よりやばいかも」


 ファストがしっしっと手で払うような仕草をし、リアさんが黒いオーラこそ漂わせなかったが不穏な発現をした。


 ケチャがリアさんに恐がるようなことを言っているがどこかおちゃらけた感じだ。こいつまだ余裕あるな。


 あとマイムマイム様とやらは恐い人なのか? 人じゃないかもだが。


 ケチャの背後で魔方陣が展開した。


「ま、いいや。ヒューリーのお兄さん、またね」


 ケチャが魔方陣の中に消えた。


 あの中性的な声が聞こえてくる。



『臨時クエストの達成を確認しました』


『この臨時クエストのためにジェイ・ハミルトンとイアナ・グランデ、そしてソフィア・マルソーにかけられていた短期的かつ限定的な数値上昇が全て解除されます』


『ジェイ・ハミルトンに「お姫様のハート泥棒」の称号が授与されました』

『なお、この称号の詳細は秘匿されます』


『イアナ・グランデに「少女の恋敵」の称号が授与されました』

『なお、この称号の詳細は秘匿されます』


『ソフィア・マルソーに「悪魔の天敵」の称号が授与されました』

『以降、悪魔に対する物理・魔法による攻撃力とクリティカル率が30%アップします』


『薬草研究棟での臨時クエストにおける完全達成によりボーナスが発生しました』


『ジェイ・ハミルトンのハンドレッドナックルの熟練度が規定値に達しました』

『ジェイ・ハミルトンの能力「ハンドレッドナックル」が「サウザンドナックル」に進化しました』

『これにより最大1000個の専用魔道具によるオールレンジ攻撃が可能になります』

『なおサウザンドナックルによるダメージは使用する専用魔道具・消費魔力・能力の習熟度によって変化します』

『またこの能力は一つ分の魔法の発動と同等の扱いとなります。ご注意ください』


『イアナ・グランデのマジコンの熟練度が規定値に達しました』

『マジコンのレベルがMAXに上がります』

『イアナ・グランデの能力「マジコン」が「クイックアンドデッド」に進化しました』

『これにより最大6個の専用魔道具によるオールレンジ攻撃が可能になります』

『なおクイックアンドデッドによるダメージは使用する専用魔道具・消費魔力・能力の習熟度によって変化します』

『またこの能力は一つ分の魔法の発動と同等の扱いとなります。ご注意ください』


『離宮(異空間)での追加臨時クエストの完全達成を確認しました』


『悪魔ジルバの討伐が確認されました』

『シャルロット第三王女の生存及び快癒が確認されました』

『闇の精霊王リアの暴走の阻止が確認されました』


『……』



「……」


 ん?


 少し慌ただしい感じに中性的な声の報告が続いたのだが途中で無言になったぞ。


 どした?


 とか俺が思っていると。



『ああもう、リアとファストが予定外のことしたから今回授与しようとしていた能力を与えられなくなっちゃったじゃないですか』



 え?


 何故かお嬢様の声が聞こえてきた。



 **



 あの中性的な声が黙ったと思ったら、何故かお嬢様の声で喋りだした。



『だいたい何ですかあれは。収納とか飛翔とかって、高ランクの冒険者だってそう簡単に入手できない能力ですよ(ぷんすか)』



 わぁ、怒ってる怒ってる。


 ぷんすかとか聞こえたよ。これはかなりご立腹だ。


 ああ、ファストが神妙な顔になっちゃったよ。なーんか空中で正座してるし。


 それに比べてリアさんは……。


「私、そんな怒られなければいけないことなんてしていませんよ」

「……」


 この人強いなぁ。


 人じゃないけど。


 あーうん、ファストがジト目でリアさんを睨んでるね。気持ちはわからんでもない。


 だって、俺もリアさんはやりすぎだって思うし。


 まあそのお陰で俺のマジコンが進化したり収納の能力をゲットできたりしたんだけどさ。


「えっと」


 イアナ嬢が口を開いた。


「あなたシスターエミリアですか?」

「……」


 イアナ嬢。


 よくぞ訊いてくれた。


 たぶん違うと思うんだけど俺もちょーっとだけ気になっていたんだ。


 本当にちょーっとだけだよ。


 九分九厘別人だと思うんだけどね。



『……それについては黙秘します』



「うわっ、ずるッ!」

「それはないでしょ」

「もう少し他の逃げ方があるのではないかのう」

「不誠実です」


 俺、イアナ嬢、ファスト、そしてリアさんがつっこむ。


 だってお嬢様の声を止めて中性的な声で返してくるから。さすがにねぇ。


 それに対して中性的な声は。



『女神プログラムの「天の声」に絡もうとするのは止めてください』



「……」


 あれって「天の声」って言うんだ。


 そういやずーっと「中性的な声」って呼んでいたよ。何のひねりもなくてごめん。


 イアナ嬢が深くため息をついた。


 あのねぇ、と疲れたように呟いてから語りかける。


「あたしだってあなたがシスターエミリアだなんて本気で思ってないわよ。それにシスターエミリアの声って結構似てる人がいるし。シスターラビットとかシスター仮面一号とか」



 ……そ、そうですか。に、似てるんですか。へぇ。



「まああたしもつい訊きたくなっちゃったのよねぇ。何でかは自分でも謎なんだけど」

「こやつ認識阻害の効果が薄まっておるのではないか?」


 ファストが正座したまま言った。


「臨時クエストのボーナスで経験値と熟練度を大量に取得していますからね。聖女としての隠し能力でも目覚めさせているのかもしれませんよ」


 リアさん。


 彼女はさりげない動きで俺に近づくと滑らかな動作でシャルロット姫を奪った。


 お姫様抱っこでシャルロット姫を抱くとこれこの上なく上機嫌な笑みを浮かべた。


 はいはい嬉しそうですね。


 ま、俺は別にお子様を抱っこしていなくてもいいんだけどさ。


 ロリコンじゃないし。


 などと思っていたらシャルロット姫の目が開いた。


 ぱちくり、て擬音が聞こえそうだ。


 シャルロット姫はしばしリアさんを見つめ、リアさんはシャルロット姫との見つめ合いにめっちゃ幸せそうに表情を緩め……。


 そしてシャルロット姫はプイと横を向いた。


 何故か俺のことをじいっと見つめてやがて頬を紅潮させる。


「……」


 ん?


 何だ?


「おやおや」


 愉快げなファスト。


 ちと口調と目つきがいやらしいのが気になるのだが。



『確認しました!』


『ジェイ・ハミルトンに「お姫様キラー」の称号を……』



「うわっ、要らねぇッ!」


 即座に拒否ってやった。



『ブブーッ、残念でした。この称号授与は拒否できません』



 声は中性的なのにお嬢様の声に聞こえるのは何故だろう。


 うーん、あれかな?


 お嬢様成分が足りないのかな?


 だとしたらさっさとクースー草のクエストの報酬を受け取ってノーゼアに帰らないと。


 メラニア待ちってのがムカつくよな。


「あの」


 可愛らしい声に呼ばれ俺は意識をそちらに向けた。


 リアさんにお姫様抱っこされたままのシャルロット姫が頬を染めて俺を見つめている。


「あなたは夢の中でずっと私のことを守ってくれた騎士様ですよね?」

「はぁ?」


 いきなり変なこと言ってるよこの子。


 まだ呪毒にやられているのか?


 いや、特効薬は効いてるんだよな。あんまり出来のいい薬じゃないみたいだけど。


 それとも別の何かで熱でも出たのか?


 念のためイアナ嬢に回復魔法をかけてもらうべきか?


 と、イアナ嬢を見れば……えっ、何でそんな鬼の形相で俺を睨んでるの?


 怖い怖い。


 つーか、袖口から円盤ちら見させるのは止めろ。マジで怖いから。


「姫様」


 リアさんが柔和な笑みを向けて告げた。


「その者は騎士ではありません。冒険者というその日暮らしでろくな仕事もせずぶらぶらしてたまに荒事やお使いの真似事をして収入を得ている将来性の微塵もない人生の落伍者です」

「……」


 リアさん。


 色々つっこみたいがとりあえず一つ。


 いつから俺は人生の落伍者になったんだ?


 あとイアナ嬢。


 何故俺に背を向けて身体を小刻みに震えさせている?


 おい、こっち向け。


「リア」


 シャルロット姫が口を尖らせた。


「私の騎士様を悪く言うのは許しましぇんよ」


 噛んだ。


 シャルロット姫の顔がさっきよりずっと赤くなる。


 これはこれで可愛いかも。


「……」

「……」


 二柱の精霊王の視線が痛い。



『ええっと、何だか場が混乱してきたので私は一旦退きますね』

『ジェイ、人の趣味にとやかく言うつもりはありませんがロリはどうかと思いますよ』



「……」


 あれ、俺天の声に変な誤解された?


 *


 異空間から脱出し王城に戻った俺たちはひとまずあてがわれていた部屋で休んだ。


 目が醒めると陽も高くなっておりどうやら昼になりかけた時間のようだった。


 腹も空いたので王城側で用意してくれた食事をいただく。


 食休みをしているとメラニアの使いが来て本日の午後に謁見が行われることを知らせていった。


「いよいよね」


 イアナ嬢が緊張に表情を硬くする。


 どうやらケチャの様子から暗殺の可能性は低いようではある。


 だが完全にゼロではないから油断もできなかった。


「いざとなったら一戦交える覚悟でいくからね」

「……」


 いやいやいやいや。


 さすがにそれはないだろ。


 あの女だって王城の中で次代の聖女を手にかけたらまずいってことくらい理解しているはずだぞ。


 あーでも悪魔を配下にしているからなぁ。


 こそっと殺ってどっかに死体を隠すくらい造作もないか?


 それにもう王都だと次代の聖女ってイアナ嬢のことじゃなくてあの女のことを刺しているみたいだしな。


 ま、最悪戦うことになっても今の俺たちならどうにかなるか。


 つーか俺も機会があるなら二年前の学園祭でお嬢様が受けた屈辱を晴らしておきたいし。


 口実さえあるならそれにこしたことはない。


「……ジェイ」


 イアナ嬢が頬をひくつかせていた。


「物凄く物騒なこと考えていたでしょ」

「いやそんなことないぞ」

「あんたのその手の嘘はわかるんだからね。というかポゥちゃんが怯えてるし」


 俺はイアナ嬢に抱かれているポゥを見た。


 なるほど小刻みに震えているな。そんなにビビられるようなことしていないつもりなんだが。


「殺気立ってるの自覚しなさいよ」

「……」


 え。


 俺、全く自覚ないどころかそんなつもりもないんだけど。


 ただ、ちょーっとチャンスがあればメラニアをぶん殴りたいなぁとは思ってるけど。


 現実的じゃないってこともわかってるけどね。


 ポゥが震えながらも俺を凝視している。


 小さく「ポゥ」と鳴いた。


 それが「兄ちゃん荒っぽいことは勘弁してくれよ」と言った気がして俺は苦笑するのであった。



 **



 午後になって俺とイアナ嬢は案内役の侍女に連れられて謁見室に向かった。


 謁見室は王城の中にしてはこじんまりとしており内装もさして華美ではなかった。むしろ質素と言っても過言ではないだろう。


 一応それなりの調度品はあるがあくまでも「それなり」の範疇でしかなくメラニアが俺たちと会う場所として選んだにしては華やかさに欠ける気がした。


 俺の抱くメラニアのイメージはどちらかというと派手好き。質素さは似合っていない。


 まあいきなり「おーほっほっほっほっほ」なんて高笑いしたりどえらいドレスを着たり煌びやかな装飾品を身に付けていたりなんて極端なイメージではないが。そういうご婦人も社交界にはいなくもないけれど、そこは……ねぇ?


 あまりに酷いと逆に第一王子の妃になれないだろうし。本人が良くてもまわりが反対するはず。あのクソ王子だとそれすら振り切ってしまいそうだけど。


 実はメラニアの実像を俺は知らない。


 俺の知るメラニアは二年前にお嬢様を陥れた悪女、それだけだ。


 もちろんアーデス家の養女であるとか王都のウィル教会の改革を行ったとか付随する話も知らない訳ではないがそんなものは「お嬢様の仇」の前にはどうでもいい情報だ。


 重要なのはメラニアがお嬢様の敵であるということ。


 あの女さえいなければお嬢様は学園から追放されることもなかったし今でも王都にいられただろう。


 辺境の地ノーゼアの修道女シスターエミリアではなく公爵令嬢のミリアリア・ライドナウでいられたはずなのだ。


 あーでもそうなっていたら今頃はクソ王子の妃か。それはそれで嫌だなぁ。


 ……などと考えているうちに俺とイアナ嬢は柔らかなソファーに座らされた。


 程なくして侍女により紅茶と菓子が運ばれる。


 じいっと菓子を見つめるイアナ嬢。


 グゥって腹の音が鳴ったような気がするがそこは無視してやろう。それどころじゃないしな。


 俺の中で「それ」が騒ぎだしたのだ。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 たぶん、これからメラニアと会うって俺が意識しているからなんだろうな。だがそれはどうしようもない。


 意識するなって方が無理な話だろ?


 ちなみにポゥは部屋にお留守番。


 いや、連れては来れないでしょ。いくら俺でもそれくらいはわかるよ。常人離れしてても常識はまだ残っているからね。


 残ってるよね?


「ジェイ」


 イアナ嬢が小声で。


「いきなりサウザンドナックルとかマジックパンチは止めてよね」

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」


 時間が許されるなら小一時間ほど問い詰めてやりたい。


 俺の視線など気にもせず彼女は菓子から中空に目を移した。


 なお、この菓子はどうやら数種類のフルーツを干して砂糖でまぶしただけのようだ。何か一服盛ってあるかもしれないが毒程度なら俺もイアナ嬢もシカトできる。俺たちも強くなったもんだなぁ。


 再びイアナ嬢が口を開こうとした時、扉が大きく開け放たれた。


「お前らがクースー草を採ってきたという冒険者か」

「……」


 慌てて立ち上がりソファーから離れたが入室してきた人物に俺は思わず戸惑ってしまう。


 イアナ嬢なんて本能的にか袖口から円盤を出しかけていた。おいおい。


 つーか、何故こいつが現れる?


 その人物の斜め後ろにいた侍女服姿の女が俺たちを叱りつけた。


「控えなさい。カール第一王子殿下の御膳ですよ!」


 声には威圧があった。


 気圧され俺は彼女の命ずるままに跪き頭を垂れる。


 傍でイアナ嬢が俺と同じ動きをするのがわかった。


 しばし静寂があり、カール王子の言葉に変わる。


「宰相に取り憑いていた悪魔の仲間を離宮で退治したのもお前たちだそうだが、相違ないか?」

「……」


 宰相に取り憑いていた悪魔の仲間?


 ああ、ネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)のことか。


 内心納得しているとカール王子が後ろの侍女に訊いた。


「なあマイムマイム、どうしてこの者たちは口を利かぬのだ?」


 ん?


 マイムマイム?


「はい、恐らくは殿下の有り余る威厳に萎縮してしまったのではないかと」

「そうか」


 カール王子が気を良くした口調で。


「威厳があり過ぎるのも考えものだな」

「無意識に滲み出てしまうものです。殿下の罪ではありません」

「マイムマイムは俺をおだてるのが上手いな。だが、悪い気はしない」

「恐縮です」

「……」


 俺は何を聞かされているんだ?


 いやそれよりもマイムマイムだと?


 こいつ、ケチャが言っていた奴か?


 などと思っていると。


「お前たち面を上げろ。話ができん」

「カール第一王子殿下のご配慮に感謝しなさい」


 いちいちうるさい女だな。


 俺は顔を上げた。


 美形だが生意気そうな長身の少年が両手を腰に当ててふんぞり返っていた。白地に金糸の刺繍の入ったいかにも王子の着ていそうな服を身に付けている。


 て、こいつ王子だった。


 後ろの女、マイムマイムは知的そうだが冷たい印象のある美人だ。艶やかな黒髪をきっちりと結い上げている。右耳に赤と緑、左耳に白と黒といったふうに二つずつぶら下げた四食の色の異なる石の付いたイヤリングが妙にその存在感を主張していた。


 侍女服姿ではあるのだが何だかどこぞの女教師を連想させる。ハイミス感がハンパない。


 鞭とか持たせたら似合いそうだ。


「そこのあなた」


 ギロリ。


 マイムマイムが俺を睨んだ。


「何か失礼なこと考えましたね」

「……」


 考えたけどそれ認めたらめっちゃ怒られそうだなぁ。


 なのでお口チャック。


「マイムマイム」


 カール王子がまた尋ねた。


「本当にこいつらがクースー草を採取しさらに悪魔を倒した冒険者なのか?」

「はい。その点は確認が取れております」

「あまり使えそうには見えないのだがな」

「……」


 失敬な、とは思うものの我慢。


 何だかイアナ嬢の袖口から円盤が連続発射されそうな気配を感じるがきっと気のせいだろう。でなければ何かの錯覚だ。


「本来はメラニアがお前らの相手をすることになっていたそうだが」


 カール王子。


「直前にロンド枢機卿との用字が入ったのでな、予定はキャンセルだ。だがメラニアが酷くお前たちのことを気にかけていたから俺が代役を引き受けてやった。ありがたく思え」

「殿下のお気遣いに感謝しなさい。それと私はメラニア様の専属の侍女として殿下の案内を任されました。メラニア様はこの場におられませんが僭越ながら私が代わりに殿下の補佐をします。」


 カール王子は偉そうだしマイムマイムは威圧的だ。


 めっちゃ殴りたいがグッと堪える。


 あと、すげー殺気が近くで膨れ上がっているけど気にしない気にしない。


「ではさっさと済ませよう。マイムマイム」

「はい」


 カール王子がマイムマイムに声をかけると布袋を上に載せたトレイが彼女の前に現れた。


 こいつ収納持ちか?


 俺は吃驚したがどうにか表情に出さぬよう努める。


 マイムマイムから布袋を受け取るとカール王子は俺たちの方に布袋を放った。


 紐でしっかりと閉じられていたのか中身を零すことなく布袋が俺たちの前に落ちる。複数の硬貨の音が鳴った。王族からの報酬だ。金貨であろうことは想像に難くない。


「メラニア様の依頼として出したクースー草の採取クエストの報酬が金貨300枚、悪魔の討伐クエストの報酬が金貨3000枚。合計で金貨3300枚……よって白金貨33枚を報酬として授与します」

「少し色をつけてやった。喜べ」


 マイムマイムが内訳を説明しカール王子が付け加える。要らぬ一言はとりあえず聞かなかったことにしよう。


 それにしても白金貨できたか。


 金貨と違ってかさばらないんだが俺も収納持ちなんだよなぁ。


 むしろ普通に金貨でくれた方が遣い易いのだが。白金貨なんて大店の大口取引でもなければ扱わないぞ。


「しかしあれだ」


 俺が布袋を拾っているとカール王子がぼやいた。


「用事が出来たのなら別の日に延ばせば良いのにこの時間にこだわるとはな。メラニアもたまにわからぬことをする」

「メラニア様にはきっと運命(シナリオ)が視えておられるのです」

「ああ、なるほど真の聖女の力か」

「ですから宰相に取り憑いた悪魔を倒す時にも殿下と共に戦われたでしょう? あの一戦もまた運命(シナリオ)によって定められていたのです」

「ふむ、全ては真のエンディングとやらのためか」

「はい」


 俺とイアナ嬢はその場に控えていなければならなかった。


 貰う物を貰ったらはいさようならとはいかないのだ。王族にそんな態度をとったら不敬罪に問われるからな。


 もちろん口に出してのつっこみも不可。


 基本、許しがなければこちらから話しかけることもできなかった。


 あぁ、こいつらぶん殴りたい。


「ところで」


 と、カール王子。


「そこのお前、イアナ・グランデだな。なぜここにいる? 俺はノーゼアに行けと命じたはずだが」


 名指しされイアナ嬢の肩がぴくんとする。


 険しい表情のカール王子がイアナ嬢を見据えていた。

 

 

 


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