穏やかで安らぎに満ちた日々
パルラミルは復讐を遂げて眠りについた。
その後待ち受けるものは?
この後パルラミルは七日間眠り続けた。
全てを忘れるかのように。
七日間眠り続けたパルラミルがようやくその瞼を開けた時、思いがけず愛しい者達に囲まれていることに気がついて安心させるようにやや憂いを含んだような瞳で微笑んだ。
顔色はまだ少し青白い。
表向き病床にある皇太子はひっそりと帝都に入り弔いを大神殿で行った後、前日にようやく宮殿に入っては母の枕元で寝ずの看病をしていた。
セヴィエはようやくほっとしたのか目を覚ましたばかりの母を懐に抱きしめた。
「母上ただいま戻りました。
ご心配をおかけして勝手な事をいたしました。
本当に申しわけありません」
強く抱いた母の身体は細く小さくなっていて、心臓の音も弱く乱れているのが自分に伝わりどうしようもない不安と痛みが襲ってくる。
反対にパルラミルはその腕が身体が一回り大きくなり逞しくなって帰ってきた息子に満足している。
「おかえりなさい。私の愛しい息子。
気にしなくてよいのよ。
立派になって、誇らしく思います」
隣でエルミエがはにかんで下をむいている。
ほとんど初対面のためにどうしていいのかわからないからだ。
パルラミルは両手を大きく広げて、その身体をあたりまえのように抱きしめた。
「私の愛しい娘 エルミエ。おかえりなさい」
エルミエの瞳に自然と涙が流れる。
その腕は確かに記憶の底にあるものと同じだったからだ。
その涙を。
パルミラルは優しく微笑み涙を拭う。
メヌエットもいる。
メヌエットは皇后の手の甲に口づけた。
「ご苦労でしたね。メヌエット。
エルミエをありがとう」
そういって長くも短くもあったエルミエの成長の労をねぎらった。
メヌエットには十分すぎる言葉だ。
反対側には乳母に抱かれた幼い娘がいる。
「キャッツ キャッ キャッ」
母の姿を見て楽し気に声をあげて喜んでいる。
ちいさな手を母のそれに重ねると温かいまさに強く生きる意志がパルラミルの心にじんわりと染みていく。
温かい我が子がまだ生きていてと言っているようだった。
無邪気な我が子を優しい目で見つめている。
「私の愛しい娘 愛しているわ。
私は誰からも愛されずにそだったから。
貴方達を抱いた時に本当に愛せるか不安だった。
でもその重さを感じた時にそんな不安はどこかに
いってしまったわ。
私の命を差し出しても構わないくらい。
愛しているわ。私の子供達」
娘を見ながら、二人にも語りかけるように悲しげに言った様子がエルミエの胸を締め付けた。
幼い娘は久しぶりに抱き上げると少し重たくなっていた。
その隣には心配そうに悲し気にいるセヴェイがいる。
愛しい妻を抱きしめると、以前よりも細く力なくなっている事がたまらなくせつない。
「あぁ~」
言葉にならない思いが溢れてしまう。
その身体を温かな体温を分け与えるように抱きしめた。
「ごめんなさい。心配かけました。私の我儘を全て聞いてくださってありがとうございます」
おそらくはアルビラの殺害に関しての依頼だろう。
見て見ぬふりをしてほしいと。
「君がどんな罪を犯そうと例え私を裏切ろうとも凡てを許すよ。全てを 愛しているよ。君の全てを」
セヴェイの瞳に光る物が見える。
パルラミルは少し悲しそうに笑う。
パルラミルは何度この腕に救われたろうと思い出す。
最初は利用する、される関係だった。
でもいつの日かなくてはならない者になっていった。
涙が頬を辿る。
うれし涙だ。
「さあ少し診察いたしましょう。
後は軽い食事をとってゆっくりしてください」
宮廷医長はそういって一旦皆を下がらせて診察を行った。
病はすぐどうこうという事はなかったが、落ち着いたら冬用の離宮へ静養をすすめた。
パルラミルの体調が安定し皇后宮にエルミエとセヴィエが訪問した日。
あの日に出した手紙の写しを手に取り読んでいた。
つい昨日の出来事のような気がさえする。
エリザベート・ディア・ハドルヌス侯爵夫人
私の突拍子もない願いを聞いてくださりありがとうございます
アファルキア公妃夫人の出産をヴェレイアル王国国境近くの離宮でしていただける事に感謝します
これで不幸に亡くなったあなたの親友のファルキア大公妃の妹も浮かばれるでしょう
異父妹を産んだ後自殺されなくなられたそうです
彼女が無理やり生まされた子供となったアファルキア公妃夫人の子を私が育てる事になる因縁を
感じます
私は妊娠してこちらで生むと嘘をついて近くの別荘におります
そちらの看護師に私の直属看護師を忍ばせておきました
出産後すぐに死産した赤子を用意する手配になっています
その子と入れ替えて私の別荘まで連れていく手筈になっています
生まれてくる子を養子の子息の妻として父は再びあの地獄のような邸宅で育てるつもりでいます
安心してください
子供は私が私の子として大切に育てます
ヴェレイアル王女として
私の父の犯した悪行は私が育てる事で清算します
名はエルミエと名付けます
誰よりも幸せに誰にでも愛されるように
不幸に死んでいった悲しい方の魂が浮かばれるように
ありがとうあなたが亡き異母姉の母の婚約者と結婚してくださった事が異母姉の母のせめてもの
慰めです
ありがとう永遠に感謝します
若き日にアフェルキア公国のハドルヌス侯爵夫人へ宛てた手紙だ。
パルラミルはセヴィエとエルミエに全ての話を聞かせた。
自分がフェルキア公国大公と自分の乳母だったアルビラの婚外子である事、ヴァレイアル王妃になり王国の傾国が近い事をしりフェレイデン帝国に合併させた事。異母妹は父と大公妃の実妹の間に無理やり産まされた娘でエルミエの祖母であった事。エルミエはアフェルキア公国の公子の子である事。そしてそれからの二人の出会いから旅、戦いに至る全ての事実を告げる。
二人は号泣して母にしがみついては長い時間その腕の中で泣き続けた。
「絶対に二度と母を不幸な目に合わせない」と言って二人は誓い合う。
パルラミルはにっこりと悲しさも嬉しさも讃えたような微笑みで答える。
「二人とも帝国の繁栄と安寧のために尽くして。
そしてなにより幸せになって。
幸せでなくては。
それが私の願いです。
愛しているわ。
だから貴方達も全ての者を愛してあげて」
そう言って二人の額に口づけた。
「僕は母上のご期待にそえるように努力を欠かさないと誓います」
「私はお母様のように慈愛に満ちた自らの犠牲も厭わないと誓います」
全ては無駄ではなかったと、これからは不幸にこの世を経った者達私が手を下した者の魂の安寧を
捧げよう。
パルラミルは故廃后、ヴァレイアル王国国王の鎮魂の祈りを大神殿で行う様に依頼した。
全てはこの日のため…犠牲になった者に。
全ての罪は自分の死をもって女神ディアに捧げると。
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パルラミル皇后の体調が落ち着いた頃、セヴェイ一世はパルラミル皇后に譲位と親子三人での離宮暮らしを提案する。
冬の帝都は皇后陛下には耐えられないという医長の判断からだ。
セヴェイは良い時期と考えて、ひとまず皇太子に摂政を使命し国政を任せ三人で離宮へと旅立つ。
出発した馬車はパルラミルの負担にならないようにゆっくりと進み。
セヴェイは絹の布に大切な宝のように妻を抱きながらその体温を感じ旅路を過ごす。
数カ月しか過ごせないといわれてていた身体は小康状態が続き良くはならないものの悪化もせず、それなりに穏やかな生活を送れていた。
何気ない家族の日常は初めての経験で毎日が楽しく新鮮で刺激的な日常だった。
娘が笑ったといえば喜び。
寝返りを打ったと言えば喜び。
はいはいが出来た。
初めて立ったと喜んだ。
声を出したといえば喜ぶ日常の全てが幸せの中にあった。
一年を親子みずいらずで普通の家族の様に暮らし、時折セヴィエとエルミエが訪れ賑わいを増す。
全てが何気ない穏やかな日々があの日々を白い絵の具のように消し去っていくようだった。
また体調のいい日は庭で美しい花壇を眺め三人でランチし、セヴィエに抱かれ寝そべっては普通の下級貴族の家族のように温かい日々を過ごしていく。
時折車いすで窓辺から庭で女官と遊ぶ愛娘の姿を目を細めては見ながら、このひと時が永遠に続けばいいと切に願った日もあった。
いつまでも娘の成長を見守りたいともパルラミルは思ったが、その一方で自分の生きた証を残す様に成長後の娘の為に自画像を描かせたり、成長した娘に手紙をしたためたりもした。
結婚後の初めてお互いを身近に感じ、時間を同じにする事はなかった。
政務の忙しさにかまけていた宮殿とは違い、多くの時間を共有し今まで知らなかったその人なりを知るのは新鮮だった。
病を癒し穏やかな落ち着いた暮らしに初めて味わう普通の生活に幸福を感じている。
セヴィエは毎日の様に囁いた。
「いつまでも愛しているよ」と。
パルラミルはにっこり微笑んで「私も」と続けて答えた。
いつまでもその時が続けばいい。
しかしその日は確実に訪れる。
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エルミエは少し前から離宮でパルラミルの看病をしていた。
もう外へも出れないほど病状は悪化していた。
エルミエは日に日に弱ってゆくパルラミルを少しでも楽になるように看護を進んで行った。
細く弱弱しい身体を涙が出そうになるのをは必死に我慢して無理に笑顔を見せて皇帝を元気づけかがらも義母の世話をする姿は使用人達も頭が下がり未来の皇后に相応しいと瞬く間に信頼を得ている。
ほとんど寝ていて意識のない養母の姿にエルミエは激しく動揺はしていたがおくびにも見せない。
その後国政に翻弄するセヴィエも病状の悪化を受け早馬で離宮を訪れる。
離宮に家族全員が揃っていた。
最後の命の灯を燃やす様にその日パルラミルは目を覚まし小康状態を保っていた。
「幼い皇女が心配です。お願いねセヴィエ」
いつも強かった母の弱弱しい姿と声に慟哭するほど泣きたい気分だったがそれを必死で我慢していた。
セヴィエは潤んだ瞳で母を見つめては頷く。
「母上 可愛い妹です。なんの心配もありせん。
フェレディアーヌの幸せが続くように誠心誠意尽くします。
女神ディアに誓います」
パルラミルは小さく笑い頷いた。
「エルミエ 本当の両親と引き離して御免なさいね。
全ては私の罪悪です。
女神に裁かれるでしょう。
…罪の償いは……償えないわね」
本当の両親に会えなかったどころか最悪の事態を避ける為とはいえ奪い去ったのだった。
憎まれないはずはない。
心からの謝罪を苦しそうに伝えるパルラミルに何故なじる事が出来だろうか?
エルミエは心から愛してくれたパルラミルこそ母だ。
そんな人になりたいと心から思う。
「私のお母様はあなたです。
お母様の様になります。
必ず。私のお母様!」
パルラミルは悲しみの笑みを見せ、その頬を優しく撫でた。
反対側にいるセヴェイに視線を移す。
「セヴェイ。
あなたを残して逝くのも気がかりですが皇女をお願いします。
あの子に愛していると伝えて………永遠に。
一緒に成長を見守れなくてごめんなさいと。
この世にいなくても永遠に……愛していると」
「あぁ。わかっているさ。
毎日君に伝えているように言うさ。
愛しているよ パルラミル」
額にキスをしてセヴェイは涙を流しながら震える声で答えた。
半時経った頃、息が荒くなり始めその時が近い事を皆が悟る。
覚悟しているとはいえ永遠の別れは辛いものだ。
パルラミルの美しい白い肌は翌日の夕暮れの日差しに頬を染めて最後に一呼吸した後、静かに眠る様に旅立った。
医長が手首の脈拍をとり首を振る。
その場に居る者は侍女、侍従、召使いにいたるまで、流れる涙を止める事は出来ない。
その亡骸に横に寝かされている幼い娘がまだ温かい頬を手でなでている。
その生涯を労わる様に何度も。何度も。何度でも。
「マン…マ……マンマ」と言って。
セヴェイがパルラミルの額に口づけ冷たくなった手をしっかり握りしめた。
「愛しい妻。君だけを愛している」
横の娘を抱きながら誓う様に呟いた。
大神殿の鐘が高らかに鳴り響く皇室の崩御を知らせる音だ。
大葬儀が執り行われ鎮魂の祈りが捧げらる。
皇后の遺体は美しい大理石の彼女の姿を模した石造の棺に納められた。
皇帝は同じ棺で眠りたいと切望したが、醜い姿を見せたくないと頑なに拒まれ、皇后の棺と向い合せに作られている。
二人が初めて目覚めた時に初めて見る人が自分である様にと。
ようやく女神の元安らかな眠りにつく。
富める者も貧しき者も国中の者が悲しみにくれてその死を悼んだ。
皇后がどんな罪を犯したであろうとも、全てをかけて守った女性を女神ディアは懐に抱きしめ迎えるだろう。
喪の明けた一年後のニ月にセヴィエとエルミエの結婚式を三月に譲位式が行われた後、セヴィエの即位式が午後にエルミエの皇后就任式が執り行られた。
式が終わり宮殿のバルコニーで国民の祝賀を受けている時だった。
以前から気になっていた疑問をセヴィエに聞いてみた。
「ねぇ。アーサーが森を焼こうとした時に森の中でもなかったのに何故移動出来たのかしら?」
セヴィエはクスッと笑ってる。
「エルミエ。草原の空に帆船があったよ。
おそらくあれが森と繋げたよ」
「ふぅ〜ん」
このタイミングで聞くか?
セヴィエは必死で笑いを堪える。
少し間をおいてセヴィエは力強い口調で言った。
「たとえ神が関与しなくなったとしても、時代がかわり私達を必要としなくなっても。
どうなろうとも。
今を幸せに皆がなれるように精一杯尽くそう」
エルミエも頷く。
民衆の見守る中で二人は口づけしあう。
幸せそうな皇帝夫妻を見て帝国国民は熱狂し若い二人を歓迎する。
ここにセヴィエⅠ世と皇后エルミエが誕生した。
日はスノードロップが咲き乱れ華やかに帝都の広場という広場を飾り祝賀を盛り上げる。
これは
フェレイデン帝国の新たな繁栄の礎を築いた一人の皇后の生涯をかけた物語
皇后の愛と復讐と…それは
全てはこの日の為に
完 結
悲劇や悲しみの中にふんわりした陽だまりの様な最後を演出してみました。
「皇后の愛と復讐と…それは 全てはこの日の為に」の本編で抜けている物語を執筆しています。
是非本編もお立ち寄りいただければ嬉しいです。
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