皇后としてⅡ
フェレイデン帝国の皇后となったパルラミルは皇帝と共にフェレイデン帝国に繁栄をもたらす。
フェレイデン帝国の皇太子セヴィエはあまりに皇帝に生き写しの為その皇統に異論あがる事はなく、
それどころかフェレイデン帝国の未来の象徴として臣下だけでなく民衆にも慕われた。
勿論パルラミルの意図的な誘導ではあったが、セヴィエの資質は間違いなく十分に皇太子に相応しいものだ。
パルラミルは胸に抱いたまだ幼い息子の顔を見ながらセヴェイの顔を重ね、彼にもこのような愛らしい頃があったのだと思うだけで口元がほころぶ。
自分の中で息子の存在が大きくなっているのを認めざるを得なかった。
それと同じだけ五歳で別れたエルミエの思い出がパルラミルの心を絞めつけては愛しさと罪悪感と諦めと複雑に絡み合った思いが心に交錯し浮かんでは消え、浮かんでは消えて心を絞めつける。
今頃あのいとし子は出生のひとつ目の秘密を知っているだろう。私を嫌うかもしれないしかしさけては通れない宿命だからと自分を納得させる。
そんな息子に成長と共に適した家庭教師から学問を。皇帝からは幼い頃から帝王学を。
年少の五歳から騎士に剣を学ばせ、年の近い側近候補達を傍に置いて成長を見守った。
パルミラルは息子を愛していたが、彼が背負う重責を思い、時に厳しく時に優しく接していた。
年月はまたたくまに過ぎ十年以上が過ぎていったそんな時。
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バタッ!
そんなある皇后宮の皇后の私室でアルビラの背後で何か大きな倒れる音がした。
無意識に音がした方向に視線がいくが目線の先には何もない。
しかしその視線を下げた先にはパルミラルが力なく倒れている。
「皇后陛下!!!」
アルビラは駆け寄り皇后の頭を膝の上に抱く。
「陛下!陛下 へ……」
手首で脈拍をとると少し弱いが血の流れているのを確認できる。
ほっとしたものの、かなり不整脈で安定していない。
傍で茫然としている侍女に大きな声で指示した。
「早く宮廷医長を呼びなさい。
すぐにです!!!」
皇后陛下は今ではありません。
しっかりなさってください。
全てはあなた様が握っているのです!!!
そう心の中で叫びながら医師の来るのを今か今かとずっと皇后を抱きしめていた。
五.六分だろうか医官長が床を激しく叩く踵の音と共に部屋に入る。
「早く陛下を寝台へ。
四、五人の医官と共にパルミラルを持ち上げて寝台へ寝かせる。
ファルラン女伯爵
倒れられる直前の陛下の様子は?」
「今日は疲れたので早めに就寝されるとおっしゃられて。
化粧台で身支度を整えようとされた時に倒れられたようで」
血の引いた青白い顔でぼそりと話す。
医官長は聴診器をパルミラルの胸に押して心臓の音を聴きき手をおでこを当てた。
「微熱がございますね。少し体が熱い様に思われます。
今すぐどうこうという事はないでしょうが、ただ用心に越した事はありません。
しばらく静養されるのがいいでしょう。
私がしばらく付き添いますので、女伯爵様はあちらの控えの部屋で少しお休みください。
顔色がひどく悪く思います。
仮眠をおとりください。
女伯爵様まで倒れられたら宮廷は混乱いたします」
医官長は珍しく強い言動にアルビラは不安になったのか。
深く頷いて寝室を後にした。
しばらくはパルミラルのかく汗を医官長がこまめにふいている。
顔色が戻った所で鞄の中から気つけ薬の「薔薇水」を小瓶から取り出して指に垂らしパルミラルの鼻にあてた。
閉じられた目の瞼がかすかにピクリと動いた。
「皇后陛下。
大事ありませんか?」
医官長が低い小声で囁くとパルミラルは軽く頷く。
そのまま医官長は話を続けた。
「皇后陛下
最近月の物がありませんね。」
パルミラルは小さく頷く。
「頻繁に貧血されますか」
「ええ」
「食欲がないのでは?
吐き気はありますね」
再び頷いた。
医官長は静かに伝える。
「おめでとうございます 皇后陛下
ご懐妊でございます。
最近お忙しく疲労がたまっておられましたから、気にならなかったのでしょう。
……ただ」
医官長は続ける。
「脈診が宜しくありません。
出産には問題はございません。
ただ、陛下
ファドラン病を発病されておられます
陛下の遺伝性の病で現在は初期症状でいらっしゃいます。
軽い発熱、疲れ、火照りなどの症状がおありですね。
中期には貧血を繰り返し、風邪のような症状が出て寝台から起きずらくなります。
後期には高熱が出……、体の節々が痛みます。
末期には意識が混とんとして、ほぼ寝たきりに……なり……。
最終的には…お命が。
幸い薬がありますが、妊娠中でいらっしゃるので出産後服用してくださいませ。
………出来るだけ早く……症状を遅らせる事が出来ます」
医官長の声が最後には嗚咽に替わっている。
パルミラルは冷静に言った。
「薬を服用しなければどのくらいは動けますか?」
「出産後一年」
「服用してどのくらい生きられますか?」
「出産後二年でしょうか
この病は完治はしませんし、現在の所完治する手当がございませんが。
医療は日々進化しておりますので。
悲観的になられず。
まずは薬をお飲みください」
パルミラルはすべてを受け入る事をいとわなかった。
そうでなくては全ての望は叶えられないとさえ思っているのだ。
死さえも受けいれる覚悟は出来ていた。
「まずは出産の準備を優先します。
出産後、薬を用意してください。
まだ時間が必要なのです
……それと……」
医官長は了承したとばかり微笑んだ。
パルミラルはニッコリと静かに微笑んだ姿はまるで「女神ディアのようだ」と医官長は思った。
その後これまでの不眠を取りかえすように眠り続け周囲を心配させた。
三日後の夕方ようやく瞳を開ける。
「パルミラル」
聞き覚えのある声が自分の名を呼んでいる。
うっすらと開いた目に飛び込んだのはセヴェイだった。
「あぁぁ~~よかった。
このまま目を開けないかと思ったぞ」
両手を自分のそれに重ねて強く握る皇帝の姿が可愛らしく思えた。
始めは単純に必要な相手として関係を持ったが、生活するうちにその魅力に囚われたのだ。
パルミラルの口元が緩み胸に温かいものが宿る。
私は知らないうちにこの人を心から愛しているのだ冷めて氷ついてしまったと思っていた心に温かい春の日の様な陽だまりを最近では感じている。
「皇帝陛下。
第二子を身ごもりました。
今度は女の子がよいとおっしゃっておられましたね。
セヴェル皇太子も妹がほしいといいますのよ。
それと三つほどお願いがございますの。
セヴェル皇太子の最初の外遊先はアフェルキア公国の夏至祭狩猟大会にしてくださいな。
またフェレイデン帝国の騎士団の中から精鋭の女騎士を召集し、聖パルミラル女騎士団の設立を設立
を御明示ください。
それと………。」
何ごともなかったように嬉しそうに微笑むパルミラルの顔をセヴェイが包み込む。
皇帝は妻を抱きしめながらいつもある思いを感じていた。
抱きしめれば抱きしめるほど遠くへいつ消えてしまいそうなそんな気持ちが皇帝の胸を絞めつける。
確かに心臓の鼓動を感じながらどこかへ行ってはしまわないとわかってはいるが、突然消えてなくなってしまうような。
いいようのないどうしようのない不安の霧がたちはじめあっというまに飲み込まれてしまう。
「えらく欲張りだね。珍しい事もあるね。
ありがとう 全て叶えよう。
子どもは君さえ無事なら…多くは望まない
なんせあの若獅子は可能性の宝だから」
そういってパルミラルの体を抱きしめて寝台へ滑り込んだ。
しかし胸に抱いただけで、それ以上の行為は行わない。
それもそうだ先ほどまで病床にいたのだから。
「そうだ。
言うかどうか迷ったのだが。
旧ヴェレイアル王国国王が病死した。
私達は手を下してはいない」
パルミラルの震える体を己の熱い体温で覆いつくすと少しずつ震えが止まるのを感じる。
「王たる者は自らの責に関わらず、国を安定させ人民の安寧を守る責務がある。
それが出来て始めて王なのだ。
王たる者は名だけではいけない。
例えどのような事情も考慮してはいけない」
パルミラルはその意味を理解しているし、理想なのだ十分わかっている。
だからこそ愛はなかった。
あるとしたら確かに情だけだった。
それは確かだ。
しかしだからと言って罪のない王を監禁して死に至らしめた事実は変わらない。
黙りこくった後、ゆっくりとセヴィエに呟くように聞く。
「セヴィエ………・
廃后…は 廃后には……罪はない」
セヴィエはパルミラルを強く抱きしめ優しく耳元で囁く。
皇帝の瞳には後悔ではない何か諦めのような表情が見える。
「廃后は幼い頃からの婚約者で当たり前に結婚した。
愛とかそういうものではない。
政略結婚はそういうものだと思っていた。
ただ私に人民に安寧を与えたいという欲望が支配するようになると妻に望む事が違ってきた。
廃后はそれに気付いた。
それに跡継ぎの問題があったしな。
自分から廃后を申し出たのだ。
その時にはすでに自殺を決めていたと思う。
彼女はそういう人だ。
私の野望と信念がなければ普通の統治者の夫婦でいたろう。
私には私の右腕となって共に帝国の繁栄を導ける強さと残忍に思える信念を共に立つ人を必要とし
ていたのだ。
勿論それだけではない。
私は君に首ったけなのだ。君が思う以上に君を愛おしく思っているんだよ。
君に伝わっていないように思うがね。
自分よりも。
残念ながら民よりも」
パルミラルはふっと呆れた様に笑うがその話を黙って聞いていた。
セヴェイの様子から少なくてもセヴィエは自分にそう言い聞かしていると確信した。
「もったいないお言葉です。」
パルミラルはようやく本当のセヴェイに触れたような気がする。
合わせた肌の温もりが心地よい。
ずっとそうしてたいし、離れるなどとは考えすらなくなった。
あの日にこんな日々が訪れようとは。
パルラミルはある意味滑稽すらある自分の姿に自然と笑みが綻ぶ。
少なくても凶暴な獅子と呼ばれた皇帝が今悲しみの表情と小刻みに震える体をしったからだ。
「私がこんなに君を愛しているのに、君は時々心ここにあらずといった様子だね。
私以外に思い人がいるようだ。
とても悲しいな」
冗談交じりだがセヴェイのどこか真をついた言葉にパルラミルははっとさせられる。
本当に怖い人だ。
そう感じるが、強い危機感は感じない、むしろ信頼が増している。
二人は強くお互いを抱きしめあった。
こんな時幸せだと感じることが出来る数少ない日だとパルラミルは思う。
夕暮れに窓から差し込む夕日が二人を照らす。
まるでお互いを慰めているかの様に。
夕日が二人を慰めているかの様に。
夜も更けて皇帝はアルフォンスを執務室に呼んだ。
耳打ちし静かに皇命を下す。
その瞳は鋭く凶暴な獅子に相応しくギラギラとしている。
同じ頃アルビラは医官長を呼び出し、皇后の容態を買収し手に入れていた。
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「アフェルキア公国は我がフェレイデンの友好国の一つだ。
小さな国だが唯一無二の貿易国であり、かの国なしでは経済的にも影響が出てしまう。
どんなミスも許されない。
心を引き締めて行動を律するようになさい」
「はい皇帝陛下」
「この外遊が皇太子の更なる成長になると確信しています。
身体には十分注意して我がフェレイデン帝国の繁栄の為外遊を心して尽くすように」
「はい皇后陛下」
年頃よりは年長に見えて落ち着きのある皇太子に十分満足していたが、初めての外交という不安がないとはいえない。
十分に外交手腕のある外務大臣と大使をつけて準備させた。
全ての準備が整うと、皇太子セヴィエは予定通り大使と共にアフェルキア公国へ外遊の旅にでた。
新たな息子の旅立ちにパルミラルは満足していた。
これから訪れるであろう日々が困難で命をかけなくてはいけないものになるだろうと想像は出来たが、それも統治者としての試練と言い聞かせ見送った。
成長した息子と再び会うために。
その皇太子の外交デビューは無事につつがなく終え大成功と帝都に知らされ、後は帰国を待つだけだった。
あとは帰国を待つばかりの知らせを受けその日を待ちわびていると。
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その皇太子の外遊凱旋帰国日
皇后のプライベートエリアの侍女がせわしなくあちらこちらで動きまわっている。
外遊の凱旋豪華な宴会になる予定で、皆久しぶりの大きな饗宴に浮足立っている。
燭台や皇后の謁見の間の装飾が豪華な設えに変えられ、アルビラも侍女への指示が忙しく皇后の事はベルナードに任せきりになっていた。
海洋帝国と呼ばれたフェレイデンは新興国ではあるが貿易で富を築き軍備を整えた国であり、海への敬意から帝都は海に面した川岸に宮殿が建築されている。
皇后は久しぶりの皇太子の再会にソワソワしながら待ち構えていると思いきや、少し覗く秋の気配を感じる潮風を受けて優雅に窓辺に座っている。
窓から見える海の煌めきは美しく束の間のパルミラルの心を和ました。
膝の上には聖エルディア・ジーグフリード叙事詩」の書を置きページをペラペラと細く白い指がなぞる。
この書を少女時代から幾度読み返した事か。
懐かしそうに書を見つめている。
今も最も好きな伝説の物語をインクが擦り切れて読めなくなると新しい書を手に入れて読みこんだ。
あまり思い出したくない記憶の中であの一時は安らぎの時間だった。
「聖エルディア・ジーグフリード叙事詩か」
後ろで人の気配などまったくなかったにもかかわらず皇帝の声が聞こえた。
それほど無意識にいたという事だ。
はっとして振り返る。
「まぁ。
お待ちする支度もさせてくださらないなんて。
嫌な方」
少し拗ねたようなふくみ笑いは口元でそれほど怒っていないのがわかる。
セヴェイは後ろから両手をパルミラルの細い胴を抱きしめる。
熱い熱が伝わる。
パルミラルも手をセヴェイの腕に重ねた。
セヴェイの唇がパルミラルの首筋をなぞるとその時!
パルミラルの部屋の扉が突然開く。
風と共に悲壮な顔をした侍従長が飛び込んでくる。
「陛下!
セヴィエ皇太子殿下が!」
震える手で文を皇帝に渡した。
侍従長の見た事のない真剣な皇帝の表情で椅子から上がると以下の命令を下す。
皇帝はその後迅速に緘口令を敷き
セヴィエ皇太子は長旅を理由に体・調・を・崩・し・病・気・療・養・中・と決定つけられた。
感染症のため面会、見舞いは禁止とつけ加えた。
侍従長が去った後、二人はクスクスと笑い始め、再びじゃれ合いお互いを求め合うキスの嵐を体中に降らせている。
皇后はセヴィエがエルミエと行動を共になるようにお膳立てをしたともいえる。
おそらくは………アフェルキアに向かわせてエルミエと会わせる計画の先にきっと一緒に行動するだろうと皇帝にも伝えていた。
今は帰国しないであろう事。
この別れで彼が大きく成長するであろう事を。
帝国の継承者として相応しい人になるだろう事を願い。
しかし極めて危険な旅に出てのだ。
二人は遠い地にこれからおとずれる危機を知りはしたが、皇帝はこれも帝国の皇帝の、皇后はエルミエの宿命と承知していた。
そこには人の上に立つ者の強い意志が存在していた。
「私はこうすべきだと思うが。
君にとって愛しい息子。余裕のようだ」
「皇帝とは重い地位、信頼する者、できない者、危機、危険あらゆる事柄を選択しなくてはいけませ
ん。それが自分の意思とはかかわらず。
あ・の・子・達・の宿命」
セヴェイはパルミラルを信じていたし、パルミラルは息子と自分を信じていた。
息子の成長を願い敢えて危険な旅へと送り出す。
次回皇后の復讐の膜が開く。