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9.ハンバーグ

ハリー回です。


(これ知ってる、ハンバーグだ……)


ハリーは信じられない思いで、ベッドで寝たままでも食事が出来るようにと置かれたベッドテーブルの上の食事を凝視した。

真ん中でほかほかと湯気をたてているメインディッシュはどう見てもハンバーグだった。


ハリーとて、ハンバーグというものの存在は知っている。

絵本で見た事はあるし、姉のシンシアはたまにハンバーグと称して焼け焦げた小さな何かの塊にほんの少しソースがかかったものを出してくれた。

たまに出てくるどうやらハンバーグらしいそれ。いつものメインである豆のスープよりは断然美味しかったのだが、何分焦げてるし量も少なかった。


一度だけ、リディアという姉(ハリーは姉とは認めていない。ハリーの姉はシンシアだけだ)が猫なで声で絵本のハンバーグと同じものをハリーにくれたのだが、その真ん中には大きな虫が入っていてハリーはびっくりして悲鳴をあげる事になってしまった。

あの時のリディアという姉のけたたましい笑い声は今思い出しても悔しい。


因みにハリーは虫は平気だ。悲鳴をあげたのはハンバーグの中に虫がいたからであって怖かったからじゃない。

姉のシンシアは小さな蜘蛛にも決死の覚悟で挑むくらい苦手なので、離れに蜘蛛が出た時はハリーがいつもそっと捕まえて外に逃がしてあげている。シンシアはそんなハリーを「私の小さな騎士様」と言ってくれる。

なので、虫が平気なのは小さなハリーの誇りである。

くどいが、ここはちゃんと強調しておきたい。

ハリーは虫は平気なのだ。



(また、虫入りなのかな)

ハリーはじっとハンバーグを見た後、にこにこと自分を見守るケイティをちらりと見た。


ケイティはハリーの面倒を見てくれる侍女らしい。3人の息子を育てたとか。


今朝、熱でしんどい中、姉に背負われて人生で初めて離れを出た。雨の中、姉がハリーを“自分と使用人との子供”と言っているのをぼんやりと聞き、朦朧としながらも何かただ事ではない事が起こっているのだと思った。

その後はやたら大きな屋敷に連れて来られて、ふかふかのベッドで寝かされた。

不安になりながらも微睡んでいるとシンシアが来てくれて、シンシアを母として接する事と、シンシアも同じ屋敷に居る事を告げられた。


ハリーは姉のシンシアが大好きで信頼もしている。シンシアの言うことにはもちろん従うつもりだし、シンシアが近くに居るならきっと大丈夫だ。シンシアが優しく頭を撫でてくれてすっかり安心したハリーはそこからぐっすり寝て、目覚めたのは夕方だった。



夕方、随分とすっきりして目覚めると、にこにこしたふくよかな女性がハリーの側にいて「初めまして、ハリー坊っちゃん。坊っちゃんのお世話をするケイティと申します」と挨拶された。

ケイティはお仕着せを着ていて、ハリーはこの服を着た人達にあまり優しくされた経験はない。離れにこの服の人達が来るときは大体嫌な感じの笑みを浮かべていて、意地悪をされたのだ。


ケイティの笑顔に嫌な感じはなかったが、ハリーは警戒した。

黙ったままペコリと頭を下げるとケイティは「まずはお体を拭きますね。汗が気持ち悪いでしょう」とにこにこしたままハリーの服をすぽんと脱がせて体を拭いてきた。


ハリーは驚いて抵抗しようとした。小さい頃はシンシアにこうして拭いてもらっていたけれど、ハリーはもう6才なのだ。これくらいは自分で出来る。

しっかりと抗議しようとして、“4才で通しなさい”とシンシアに言われた事を思い出す。

ハリーは頑張って我慢して、ケイティにされるがままになったのだが、意外にもケイティの手つきは嫌じゃなかった。姉の柔らかな手つきとは違って少し強いけれど痛くはない。むしろさっぱりして気持ちがいい。


ケイティはハリーの体を拭きながら、「よかった、お熱もほとんど下がってますね」と嬉しそうだ。

心配してくれていたようだし、お礼を言うべきか迷ったが止めておいた。まだ警戒は解かない方がいい。


体を清めた後は、ふんわりとしたワンピース型の寝巻きを着せられた。


(これ、赤ちゃんが着るやつじゃないかな……)

寝巻きは色こそ水色だが、ワンピース型だし襟元と袖口には控えめだがフリルが付いている。

6才の立派な男が着るものではないと思う。

ハリーは不本意だったが、その柔らかい肌触りは悪くないので大人しく着てあげることにした。


新しい寝巻きを着たハリーにケイティは「お腹は空いてますか?」と聞いてきたので、こくりと頷くとすぐにスープが出てきた。


ふーん、こういう大きなお屋敷でもご飯はスープなんだな、とハリーは思った。

離れでのハリーとシンシアの食事はスープがほとんどで、シンシアはいつも「スープにした方がお腹が膨れるでしょう」と言っていたのだ。

大きなお屋敷でもそれは一緒らしいと納得するハリー。


でもここは侯爵家、もちろんこのスープはメインではないし、食事はこれで終わりではない。

このスープは、熱があったハリーの食欲がどれくらいあるのか分からなくて様子見で出されたものだったのだが、ハリーはまだそれを知らない。


ハリーは、大きなお屋敷でもご飯は結局スープかあ、と残念に思いながら一口飲んだ。


「!」

一口飲んでハリーはびっくりする。

スープは今までハリーが飲んできたスープが比べ物にならないくらい、濃厚で美味しかったのだ。

ハリーは驚いて夢中で、でも出来るだけ行儀良くスープを全部飲んだ。


「あらあら、食欲はしっかりありそうね。これならしっかり出してもいいかしら、もっと食べられる?」

ハリーの飲みっぷりにケイティが嬉しそうになる。ケイティの問いかけにハリーが勢いよく頷くと用意されたのが、冒頭のハンバーグとパンとサラダだったのだ。



(絵本のハンバーグだ)


ハンバーグを熱く見つめるハリー。

ケイティはずっとにこにこしている。


ハリーはそろりとナイフでハンバーグを半分に切ってみた。もしかしたら虫が入っているかもしれない。


虫は入っていなかった。


半分をもう半分に切ってみる。

ハリーは疑り深い男なのだ、とハリーは思っている。だからちゃんと確認する。


やっぱり虫は入っていない。


どうやら、このハンバーグに虫は入っていないようだ。


もう一度、ケイティを見る。

やっぱりにこにこしている。

その笑顔はいい人そうな気もするけれど、まだまだ警戒はすべきだ。


ハリーはわざとむすっとしながら、ハンバーグを口へと運んだ。


ぱくっ、もぐもぐ。


ハリーの口内にじゅわあと肉汁が溢れた。

挽き肉とソースが絡み合いハリーの舌を蹂躙する。そのあまりに強い魅惑の刺激にハリーの全神経が舌に集まった。


(う、うまあ…………)

ハンバーグは、ハリーの脳内がハンバーグだらけになるほど美味しかった。


(なにこれ、うまあ……)

一欠片の旨味も逃がすものかと、ハリーは目をつぶって味覚に集中した。ゆっくりと無心でハンバーグを咀嚼する。

大切に大切に挽き肉の一粒までを味わってから飲み込んだ。


ごくん。


「……おいし」

無意識に出る称賛の言葉。

ケイティを見ると笑顔でうんうんと頷かれた。


ハリーはちょっとだけ、ケイティへの警戒を緩める事にする。

ケイティの笑顔はいい人そうだし、ケイティの用意してくれたハンバーグが美味しかったからだ。


ハリーはスープよりも夢中になって、でもやっぱり出来るだけお行儀よくハンバーグを食べ進める。姉のシンシアは食事の作法にはちょっと厳しいのだ。シンシア曰く「食べ方の汚い男の子はモテない」のだそうだ。

“モテない”の意味はまだよく分からないハリーだが、何となくモテる方がよさそうだと思っている。

なのでモテる男を目指しているハリーとしては、頑張ってがっつかずにハンバーグを食べ進めた。


そして最後のひと切れになった所でふと、姉のシンシアの事が気になった。

シンシアはハンバーグを貰えているだろうか。

もしかしたら、このハンバーグはシンシアとハリーで一個だったのではないか。


最後のひと切れにフォークを刺したまま、ハリーは固まる。


「どうしましたか?」

ケイティが優しく聞いてくれる。


「あね……、はは……、……………………シンシアはハンバーグ食べた?」

“姉上”と言おうとしてシンシアに“母で通せ”と言われた事を思い出し、でも“母上”と言うのに抵抗があったハリーは熟考の末、シンシアを呼び捨てにした。

ハリーがシンシアに対して怒った時や生意気をいう時に使う呼び方だ。因みに通常状態のハリーはシンシアを“姉上”と呼び、甘えるモードのときは“あねうえー”と少し舌足らずに呼ぶ。


ケイティはシンシアを呼び捨てにした事に目を丸くしたけれど、怒りはせずに苦笑した。

「あらあら、反抗期ですか?お母上を呼び捨てにしてはダメでしょう」

「ふん、シンシアはシンシアだもん」

ハリーのたった一人の大切な姉シンシアなのだ。


「私の息子もそんな風に呼ぶ時、あったわねえ」

「それで、シンシアはハンバーグ食べた?」

「大丈夫ですよ。ハンバーグかは分かりませんが、しっかりと美味しいものを召し上がっているはずです」

「そうなの?」

「はい、ですからハリー坊っちゃんは安心してハンバーグを食べてくださいね」

「うん、分かった」


そうしてハリーは心置きなくハンバーグを平らげ、パンとサラダもしっかり食べた。


「デザートも食べますか?」

ケイティがそう聞いてくれて、ハリーは目を輝かせて頷く。デザートは何とアイスクリームだった。

アイスクリームなんて、シンシアからの伝聞でしか知らない。ハリーにとっては幻の珍味みたいなものだ。


(実在したんだ……)

ハリーは震えながらアイスクリームを食べて、もう死んでもいいと思い、アイスクリームまで用意してくれたケイティをすっかり好きになった。




お読みいただきありがとうございます!

本日の更新はここまでで、明日は2話更新、その後は1日1話更新の予定です。


短編にはたくさんのブクマと評価、いいね、誤字報告をいただき感謝しております。

感想や活動報告へのコメントもたくさんお寄せいただき、続編を書く原動力となりました。

返信が途中から出来てなくて申し訳ないですが、全て嬉しく読ませていただいております。


続編、ご期待に添えている自信はないです……。一部のお言葉に甘えて書きたいように書いております。

何か違うな、となった方、すみません。そっと画面をお閉じください。

読んでやんよぉ、となった方、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハリー視点。どんだけ不遇な生活だったのか伝わってきて、もらい泣きしそうっすわ。
[良い点] ハリー可愛いよハリー 前話のお風呂でつい微睡みつつも警戒心をとかないシンシアといい、読みたかった世界の続きを拝見できて嬉しいです! 作者様に圧倒的感謝!!
[一言] 子供がご飯をおいしく食べてるのはいいものだ…でも考えてることがせつないですね…! 飢えてる子供はつらい…
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