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妹よ、その侯爵家令息は間諜です ~家門を断罪された姉、のその後~   作者: ユタニ


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45/45

45.ハリーの暮らし

最終話、ハリー回です。


ヨハンソン子爵家の本屋敷に来て二ヶ月が経った。ハリーはすっかりこちらの暮らしに慣れている。


着いた当初は、開かない窓があったり、屋根裏が雨漏りしていたり、裏にあった朽ちた厩舎が崩壊したり、とてんやわんやだったのだが、それも随分と落ち着いた。


本屋敷を守ってくれていた使用人達は人数も少なくほとんどが高齢で、一階の一部にしか手が回っていなかったようだ。

そんな中、6才とはいえ立派な男であるハリーは、一人前の戦力として、シンシアとステラと一緒に屋敷の修繕や掃除に走り回る事になる。

「ハリーが居てくれて、助かったわ」とステラにも言われて、ハリーはとても嬉しかった。


女手とハリーで出来る事から手を付けて、2階の寝室や客室を掃除し、ボロボロのカーテンとシーツを入れ替え、天井のクモの巣を一掃した頃、キリンジ侯爵家からサムエルがやって来た。


ハリーはこのちょび髭の侍従とは、あんまり話をした事はないけれどハリーを見る目はいつも優しそうなので嫌いではない。

そんなサムエルは窓の建付けを直して、崩壊した厩舎の残骸を危なくないように、まとめてくれた。

その様子は、なかなかカッコよかった。

ハリーは人生の目標とする男の中に、アランと共にサムエルを入れてあげるかを考え中である。


サムエルの働きぶりにはステラも「やっぱり、男手は必要ね」と言っていて、サムエルはハリーと同じ様に嬉しそうだった。


屋敷が一段落してから、小さな町の中心にも出掛けて、ハリーはいろいろな人から声をかけてもらった。

町の人達は、久しぶりに屋敷に領主一家が訪れている事に安堵していたようだ。


そしてこちらに来て一ヶ月経つ頃より、ハリーは町の教会にある小さな学校のようなものにも通うようになっている。この学校は神父さんが週に二回、無料でやってくれているものらしく、ステラが「学校っていいものよ」と言ったので、通う事にしたのだ。


ここにはハリーと同い年の子供もいて、最初はちょっと意地悪もされたけど(ハリーはこの事はシンシアには言わなかった)、今は少しずつ仲良くなっている。

ハリーは、外の世界、というものを知っている男なのだ。



そんな二ヶ月を過ごした本屋敷にて、ハリーはその日、馬車が屋敷の前に停まった音を聞いた。


まさに田舎の貴族の屋敷、というこの屋敷の周囲は前を通る田舎道に少しの木々くらいしかないので、訪問者があればすぐに分かる。


(馬車だ!)

ハリーは2階の窓から、庭、というか草むら、というか、を見下ろす。


形ばかりの門の前に、こんな田舎では珍しい優雅な馬車が停まっている。

馬車に彫ってある紋章は、数日前から屋敷の裏の厩舎跡に停められている馬車と同じキリンジ家のものだ。


(アランだ!!)

アランからは、今日か明日には着く旨の手紙がきている。馬車に乗っているのは、ハリーが人生の目標としていて、姉のシンシアの婚約者であるアランに違いない。

ハリーは飛び上がって喜び、階下へと駆けた。

ここの所、外遊びが格段に増え力強くなったハリーの足音が廊下と階段に響く。


「姉上ーっ、ステラ先生ーっ、ティナーっ、アランが来たよ!」

ダイニングで朝食後のお茶を飲んでいるはずの三人の元へと向かう。


因みに、なぜここにクリスティナが居るかというと、アランの訪問に合わせて、数日前に単独で“前乗り”してきたからで、屋敷の厩舎跡に停まっている馬車はクリスティナが乗ってきた馬車だ。

王都のキリンジ家の屋敷には今、領地から帰ってきたアランの兄のデュークが居るらしい。

ハリーは近々、シンシアとアランの婚約の顔合わせでこのデュークと対面予定だ。

クリスティナによると、この顔合わせでシンシアとアランの結婚式の日取りを決めるらしく「二人ともいい年だから、一年以内にはしたいわね」とクリスティナは言っていた。

ハリーは、結婚式に出た事はないがクリスティナの様子を見るにとても楽しそうなので、今から楽しみにしている。


玄関ホールを横切る時に、ハリーはアランを出迎えるために外に出ていくサムエルを見つけた。

サムエルはハリーよりも早くに馬車に気づいていたようだ。

む、やるな、と思うハリー。

やっぱり、人生の目標の男リストに、このちょび髭も加えるべきかもしれない。


ダイニングに駆け込むと、シンシアとステラとティナがテーブルの上を整えている最中だった。

「姉上、アランだよ!」

ハリーがシンシアに言うと、シンシアが嬉しそうに微笑む。


「さっき、サムエルさんが教えてくれたわ」

仕事が早い男、サムエル。

やはり彼をリストに加えよう、と思うハリー。


テーブルを整え、居ずまいを正した所で久しぶりに会うアランが入ってきた。

変わらない銀髪、アイスブルーの瞳が優しく微笑んでいる。


「アラン!!」

ハリーが飛びつくと、アランは優しく受け止めてくれた。

「ハリー、久しぶりだね、背が伸びたんじゃないか?」

「うん!」

ハリーの身長はこの二ヶ月でめきめきと伸びたのだ。きっと、その内にシンシアの背も越せると思う。


「ステラ女史も、お久しぶりです。母上が迷惑をかけていませんか?」


「大丈夫よ」

「かけてないわよ」


アランは年上の女性達に挨拶してから、シンシアを見た。


「シンシア」

すごく優しい声。


ハリーには見なくても分かる。アランは今きっと、ハリーですら、ぽわっとしてしまうくらいの甘くて優しい笑顔を浮かべているのだ。

そして、シンシアは嬉しそうに頬を染めているのだろう。

何だかハリーがくすぐったくなってしまう。


「んんっ、ハリー、そろそろ朝の日課の散歩の時間ね」

すかさず、ステラが咳払いをしてそう言った。


ハリーには特に朝の日課はない。

でもハリーは、空気の読める男、でもある。

ここはきっと、恋人同士、であるシンシアとアランを二人にしてあげるべき所なのだ。

ハリーはすぐに頷いた。


「うん! 行こう、ステラ先生。今日はティナも一緒に行くんだよね!」

空気の読める男ハリーはステラとティナの手を取って、ぐいぐいとダイニングの出口へと歩く。


「アラーン、後でね!」

そう言い残すと、ハリーはダイニングを後にした。










***


「あまり、いい趣味じゃないわねえ」

ここは、子爵家本屋敷の庭の繁み。

身を隠すようにしゃがみこんだハリーとクリスティナの横で 、一人だけ立って腕を組みながらステラが言う。


「ステラも隠れてよ。覗いてるってバレちゃうじゃない」

「クリスティナ、覗きは犯罪よ」

「今日だけよ、今日だけ。あの二人、ちゃんと進展しているか気になるでしょう? その内顔合わせもあるんだし、どれくらいの仲なのか母親として把握をね」

クリスティナが言い訳をしながら遠眼鏡を取り出す。

ハリーもズボンのポケットから、以前にクリスティナにもらった遠眼鏡を取り出した。


遠眼鏡を目にあてて、ダイニングの大きな窓を狙う。


すぐにアランが優しくシンシアを抱き寄せているのが見えた。

ドキドキするハリー。

でもこれは、実はハリーは見た事がある。

侯爵邸に居た時、部屋で二人の時はアランがそっとシンシアの肩を抱いたりしていたのは知っているのだ。

扉の隙間から、ちらりとそれを見た時は、何やら大人の世界っぽくてドキドキした。

距離が近い二人はすごく幸せそうで、ハリーもぽかぽかする。


「仲良しだねえ」

本日も幸せそうな二人を見れて、ハリーも幸せだ。


にこにこしていると、アランが何かをシンシアに囁いて、シンシアが真っ赤になりながらも頷いた。


何だろう、とハリーが思っていると、アランがそっとシンシアの顎に手をかけて、シンシアに上を向かせた。

アランがそこに覆い被さるように顔を寄せてーーー


「あっ」

ここで、ドッキドキのハリーから、ひょいっと遠眼鏡が取り上げられた。


「はい、ここまでー。ハリー、これ以上見るのは、野暮だわよ」

隣では、遠眼鏡を外したクリスティナがハリーの遠眼鏡を手にしている。


「さ、遠眼鏡はしまっちゃいなさい」

「はーい」

クリスティナが遠眼鏡を返してくれて、ハリーはそれをポケットにしまう。

あの続きを見てみたい気もしたけれど、野暮、はよくない。

ハリーは、粋な男、でもあるのだ。


「さてさて、じゃあ、本当に散歩と行きましょうか」

クリスティナが立ち上がってスカートのしわを伸ばす。


「そうね。お二人さんの邪魔をしちゃ悪いし、ちょっと遠出して小川まで行く?」

「行く!」

ステラの言葉にハリーは、ぴょんと立ち上がった。


三人は楽しく小川まで歩き、冷たい水に足だけ浸けて少し遊んだ後に屋敷へと帰った。




Fin







こちらで完結となります。

最後までお読みいただきありがとうございました!


ブクマに評価、いいね、感想、誤字報告、いつもありがとうございます。


連載中からこんなにブクマが付くのは初めてで、投稿ごとのいいねや感想はとても励みになりました。


感想には、たくさんの応援を寄せていただき感謝しております。また、その見事なセンスに笑ってしまうものも多々あり、本当に活力をいただきました。

返信が出来てなくてごめんなさい。


こちらは短編の反響が凄くて連載を始めたものでして、山場は短編ラストの6話で終わってしまっているという作品です。

ざまあもなければ、劇的展開もほぼなしで淡々と進んだと思っているのですが、果たしてお楽しみいただけたでしょうか。


わりと楽しめたよ、と言っていただけると幸いです。

ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
焦れったいけど可愛くて幸せなお話でした。短編の時から気になっていたものですからもうニヤニヤしっぱなしです!本当にありがとうございます! 現実ですと天気痛に悩まされていてどうも病みがちだったのですけど、…
完結を待ってから読ませていただきました。 短編を読んで、先が読みたいと思っていましたので 連載になって嬉しかったし、最後まで楽しく読めました! 素敵なお話をありがとうございました。
良かった良かった! あの短編の終わり方は酷いと思っていました笑 え?ここで終わるの???ってね。 楽しかったです♪ありがとうございます♪
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