41.お茶会(2)
王太子妃殿下のお茶会当日、シンシアは朝からしっかりと侯爵家の侍女達に磨かれた。
湯浴みをして香油が塗られ、久しぶりにコルセットをしめてアランの色のドレスを纏う。
すっかり艶やかになった鳶色の髪の毛は、緩やかに編み込んでアップにされ、控えめに化粧が施された。
仕上げにクリスティナが貸してくれた、トパーズの小振りなイヤリングをつける。
鏡の中の自分は、少しキラキラして見えた。
「できた……」
「髪も肌もすっかり艶やかで、ばっちりね」
「瞳も素敵に潤んでいるのよねえ」
「恋すると潤むものねえ」
「「「ねー」」」
侍女達がやりきった満足感に浸りながら囁き合う。そんな侍女達に送り出されて、シンシアは玄関ホールへと向かった。
ホールでは、正装したアランとハリーが待っていた。
「姉上、うわあ……とても、おきれいです」
ハリーが畏まって褒めてくれて、くすぐったい。
シンシアはハリーにお礼を言い、緊張しながらアランを見た。
アランはシンシアを眩しそうに見つめていて、嬉しいが恥ずかしい。
「外に出したくないくらい、お美しいです。そのドレスが母からだというのが、悔しいですね」
熱っぽく言われて、手が差し出される。
シンシアは照れながら、その手を取った。
アランは薄いグレーのジャケットとトラウザーズで、首もとには白色のスカーフを巻いていた。
ジャケットの縁には金糸で刺繍が入っていて、普段の様子より華やかだ。
肩より少し長めの銀髪は薄い緑のリボンで纏められていて、シンシアはそのリボンの色にドキドキしてしまう。
ちらちらリボンを見ていると、アランが甘くにっこりする。
「せっかくなので、リボンはあなたの瞳の色に似たものを探しました」
「僕の色でもあるよ!」
「そうだね、ハリーの金色は刺繍でも入ってるよ」
「えへへ」
ハリーが嬉しそうにして、三人で馬車に乗り、城へと向かった。
***
城でのお茶会は恙無く進んだ。
王太子妃ダニエラは、アランの父方の従姉妹で子供の頃は気安い仲だったらしい。
「せっかく失恋して暗いアランを見られると思ったのに、上手くいったなんて、残念だわ。たまには挫折すればいいのに」
ダニエラはアランには手厳しかったが、シンシアとハリーには優しかった。
「ヨハンソン嬢は大変だったと聞いています。今日はゆっくり楽しんでいってね。
同じテーブルには穏やかな新婚さんを二組付けたから何も気にしなくていいわよ。噂好きの方達は遠ざけてあるの。もちろん、近づいて来るでしょうけどね、アランがご婦人とやり合う訳にはいかないから、何かあれば私が行くようにするわ。困ったら目配せしてね」
「ご配慮ありがとうございます」
「いいのよ。でも、まあ、あなたは大丈夫そうだわ。ただやられるタイプじゃなさそう。そういうの、分かるの」
「あまり口がたつタイプではありませんが」
「目がね、いいのよね。意思が強そうで簡単には負けなさそうよ」
ダニエラはそう言って艶やかに微笑んだ。
ダニエラの言った通り、同じテーブルの人達は話しやすい人達で、今回の子爵家での事件を言葉を尽くして労ってくれた。
そして茶会が進み、人々が自由にテーブルを行き来するようになると、シンシアは遠巻きに不躾な視線を感じたりはしたが、結局それくらいで済んだ。
シンシアに話しかけにくる噂好きなご婦人方は、シンシアよりも隣の小さな紳士に夢中になったからだ。
「こんにちは、レディ、お名前をおうかがいしてもよろしいですか?」
ご婦人がやって来る度に、椅子から降りてちょこんと片足を引いて挨拶をするハリーはまさに天使。
「まああ、可愛らしい紳士ね」
「ありがとうございます、うるわしいレディ」
「まあ!」
ここで飛び出す天使スマイル。
最近のアランの影響なのか、齢6才にしてその笑顔は何やらキラキラしている。
そしてその後は拙いながらも、ご婦人達のドレスや髪型を上手に褒める天使ハリー。婦人達は目を細めてハリーとやり取りした後、去っていくのだった。
シンシアが絡まれることはなく、それはとても助かるのだが、天使な弟の将来がちょっと不安になるシンシア。
アランも同じ思いだったようだ。
「母の入れ知恵ですね。控えるように伝えておきます」
額に手をあてて、アランが言った。
お茶会後は、控えてくれていたケイティにハリーを託して、シンシアは約束通り、王太子フィリップとその執務室で向かい合った。
「改めて、素敵なお茶会にお招きいただき、ありがとうございました。妃殿下にもとても良くしていただき感謝しております」
シンシアが礼を述べると、フィリップは王子然とした微笑みを返した。
「楽しんでいただけたようで、こちらも嬉しいよ。それにしてもハリーくんは凄いな、歴戦の猛者達を上手に転がしていた。
私もダニエラもアランも出る幕がなかったよ、なあ、アラン」
「母が教えたようです」
げんなりしながらアランが答える。
「叔母上が? ははは、なるほどなあ」
「笑い事ではありません。ハリーはまだ6才なんですよ。ああいうのはもっと先でいい」
「すっかり、保護者じゃないか」
フィリップがニヤリとするとアランが黙り、フィリップがシンシアに向き直る。
「ヨハンソン嬢、アランからお二人の事は聞いています。一時期のアランの落ち込み様はひどかったので、私としては上手くいってひと安心です。彼は数少ない友人でもあるので、良ければ、末長くよろしく頼みたい」
「いえ、そんな、こちらこそ、よろしくお願いします」
シンシアの返事にフィリップは「いやあ、よかったなあ」とアランを見た。
「殿下、私の事はいいんです」
「でもさあ、すごい落ち込みようだったぜ? 俺は初めてお前が泣く所を見れるのかと思ったくらいで」
「殿下! シンシア、誤解しないでください、泣いてませんから」
泣く所、と聞いてびっくりしているシンシアに、アランが赤くなりながら必死で否定してくる。
ちょっと可愛いなと思うシンシア。
「ヨハンソン嬢、もうすぐ泣く所だったんですよ」
「殿下、怒りますよ」
アランの声が低くなる。
「怒るなよ、振られて落ち込んでいたなんて、皆知っている。冷徹ブリザードがため息ついて廊下で佇むなんて目立ってたぞ? 噂になっていた」
「噂に?」
「お前、噂を気にする余裕もなかったもんなあ。
ヨハンソン嬢の騎士団への送迎も止めていたし、一目瞭然だろう。何なら大多数はまだお前が振られたままだと思っている」
「は?」
「今回のドレスも侯爵夫人が贈ってるしな」
「ドレスは、確かにそうですが」
「こうして、揶揄えるようになってよかった。これでも、本気で心配したんだ」
「……分かっています。あなたは何でも軽く見せる方です」
「よかったなあ、アラン」
「それを、今言う必要はなかったですよね」
「今しかないなと」
「そんな訳ないでしょう。シンシアが困っています」
「私の事は、お気になさらず」
アランとフィリップのやり取りから、二人が親しいのがよく分かる。アランは言葉遣いこそ丁寧だが、物腰は遠慮がない。
フィリップは遠慮がないアランを楽しんでいるようにも感じた。
(本当に仲良しなんだわ、妃殿下も小さい頃から知っていたようだし、皆で遊んでたのかしら)
想像すると、微笑ましい。
「ゆっくりお話ししていただいて大丈夫ですよ」
微笑みながらシンシアは告げるが、アランは首を横に振った。
「いいえ、呼びつけたのは殿下です。早く本題に入ってください」
「いやあ、ちょっと言い出しにくくてね、場を和ませておこうかと……アラン、睨むなよ。和んだだろ。それに、言い出しにくいのは、私のせいじゃない」
フィリップはそこでやっと真面目な顔になった。
「ヨハンソン嬢」
「はい」
「子爵家の議題の調整は済んでいる。会議は10日後なんだが、結論は出たんだ。
爵位は残る。爵位を残す条件は既に聞いているかと思うが、脱税の利益にペナルティが課された罰金の支払いとなる」
フィリップは一度言葉を切ると、「額はこれくらいになる」とメモに金額を書いた。
その金額は大体予想していた通りだ。
「そして次が言い出しにくい事なんだが……罰金の支払いの期限は二年だ、延長は認められない。二年後、払い終えていなければ爵位は取り上げになる」
二年ーーー。
その短すぎる期限にシンシアは目を瞬いた。




