35.ハリーの暗躍
ハリー回です。
ここの所、ハリーはめまぐるしい時を過ごした。
物心ついてからずっと居た子爵家の離れを出て、大きな侯爵家のお屋敷で暮らすようになり、姉のシンシアを母と偽り、そのシンシアと離ればなれになるのではと気を揉み、それが解決して、新しい友人や先生が出来た。
新しい友人の一人、アランを密かに人生の目標と決めて、立派な大人の男になるべく邁進していたのだが、アランにシンシアが姉だとバラしてしまう。
幸い、アランは怒らず、それどころか良かったと言ってくれた。
そして、そのままアランがシンシアにプロポーズして、シンシアに断られた。
大体こんな感じの目まぐるしい日々。
ヨハンソン子爵家の嫡男だと分かったことで将来はハリーが子爵になるかも、とも言われて、そこはちょっと不安だ。
ハリーは立派な6才の男だけれど、まだ子爵にはなれないと思う。実際、まだなれないらしい。
まだなれない、と聞いた時はほっとした。
だって、なれる気はしないもの。もちろん、ハリーは立派な6才の男だけれども。
「いろんな事を学んで、経験してから考えて決めるのよ」とシンシアもステラも言っていたので、ハリーはこの問題は、さきおくり、にする事に決めた。
という訳で、ここ最近のハリーの気がかりは姉のシンシアとアランの事だ。
ハリーはシンシアが大好きだ。
そして、人生の目標としたアランの事も好きだ。
なので二人が結婚する事は素敵な事なのだ。
ハリーの目の前でアランのプロポーズは、ぎょくさい、していたけれど、ハリーは姉のシンシアは間違いなくアランの事を好きだと踏んでいる。
だからハリーはステラからの助言を受けつつ、二人の素敵な結婚に向けて、ふんとうちゅう、である。
奮闘中のハリーは忙しい。忙しい理由は主に二つある。
忙しい理由、その一。
侯爵夫人クリスティナへの牽制が大変、だ。
「ねえ、ハリー、いっその事、無理矢理結婚させちゃダメかしら? 鉱山へ出資する代わりに息子と結婚してもらう的な?」
6才児になんてこと言うんだ、という内容を、ぽむっと手を打ちながら言うクリスティナ。
アランとシンシアが両想いなのでは、と気付いてからは、強行手段を考える事が多くなったクリスティナだ。
これは止めなくてはならない。
なぜなら、クリスティナの強行手段は近道に見えて遠回りだからだ、何となくだけど、その近道の先に素敵な結婚はないとハリーは思っている。
「ティナ」
ハリーは、はあ、とため息を吐きながら年上の友人を窘める。
「それじゃダメだよ。姉上はいろいろ考えて結婚してくれるかもしれないけど、そんな事したら姉上は一生、アランをちゃんと好きになれないよ。最悪、アランは姉上に遠慮して、姉上はアランは自分と鉱山のために結婚したんだ、とか思って、一生、すれ違うよ」
クリスティナはちゃんと止めないと本気でやる可能性があるのだ。
ハリーはちゃんと最悪のケースを説明してあげた。
「そうねえ、ちょっと想像は出来ちゃうわねえ。でも、夫婦なんて結婚してからだってなれるのよ」
これも6才児に言うことだろうか。
「ティナは上手くいったけどね、それはティナだからでしょ」
クリスティナと夫のキリンジ侯爵は完全な政略結婚で、クリスティナは結婚式で初めて侯爵を見たらしい。でもこれは昔の話で、今はさすがに顔合わせはするみたいだ。
ハリーは出来たら、将来のお嫁さんの顔は知っておきたいなと思う。
そして、出来たらシンシアみたいに優しい人がいいなと思う。
でも、結婚式まで顔も知らなかったキリンジ侯爵とクリスティナはそれなりに上手くいっている。
ハリーは知っているのだ。
クリスティナは時々ハリーに侯爵の愚痴を言うけれど、クリスティナの机の引き出しにはロケット付きのペンダントが入っていて、その中には小さな侯爵の肖像画が入っている事を。
本棟に飾ってある、鷲鼻の厳つい侯爵の大きい肖像画をクリスティナが「ふん」とか言いながら時々見上げている事を。
ステラが言うには、侯爵は無口なタイプだけど、クリスティナが全部口に出すタイプだから奇跡的に上手くいったんだとか。
クリスティナが厳つい顔が好きだった事も幸いしたらしい。
ハリーは肖像画の侯爵を、少し怖そうだな、と思うけれど、クリスティナは「気が利かないし、センスもないのよ、見た目の割りには優しい所だけが取り柄ね」と言っているので、きっと優しいんだろう。
「とにかく、姉上はティナと違って、せんさい、なんだから無理矢理は絶対ダメ」
「あら、ひどいわね」
「ダメだからね!」
このように、クリスティナが強行手段を思い付く度にハリーが止めていて、クリスティナはたくさん強行手段を思い付くのでなかなか大変なのだ。
この合間にも、ハリーはクリスティナからお茶会の作法と、“令嬢達を虜にする話術”を習い、ステラの授業もこなしている。ハリーはマルチタスクな男でもあるのだ。
そしてハリーが忙しい理由その二。
侯爵令息アランの焚き付けが大変、である。
ハリーの描く、シンシアとアランの素敵な結婚のためにはもうアランに頑張ってもらうしかない。
シンシアがクリスティナやステラみたいな性格なら、シンシアをその気にさせるのもいいかもしれないけれど、ハリーはそもそも姉のシンシアは、その気にさせるのすら難しいと考えた。
なので、アランに再び頑張ってもらうのだ。
二人の結婚について相談しているステラは、ゆっくり見守ればいいじゃない、と言う。
何でもステラの恋人は(ハリーはステラに恋人がいる事にびっくりしたけど、頑張って態度には出さなかった)、四年間ステラに片思いしていたらしく「好きならそれくらい待てるから平気よ」と言い切るけれど、それはちょっと特別なケースでは、とハリーは思う。
それにハリーが四年も待てない。
どうやらもうすぐ、自分達は田舎の領地に引っ越すようであるし、四年で済まない可能性まで出てきた。
だから、引っ越すまでの短期勝負なのだ。
シンシアに振られたアランは当初、物凄く落ち込んでいて、さすがにこの時のアランに、もう一度頑張れと言うのは憚られた。
でも、ハリーとシンシアとアランとクリスティナの四人で街に行ってから、アランは少しだけ持ち直す。
(よし、今だ)
そこからハリーは攻めた。
“男同士の話”を邪魔するな、ときちんとシンシアへの対策をしてから、ハリーはアランを焚き付けにかかった。
最初はアランに「僕、アランに義兄上になってほしいな」と囁いた。
いきなり、「姉上はアランの事が好きだよ」と言うのはよくないと思ったからだ。
アランはすごく困っていたけど、寂しそうにハリーを撫でてくれた。
「僕の義兄上はアランがいいな」
「姉上は、アランの事、嫌いじゃないと思うよ」
「姉上は、朝ごはんにアランがいないと寂しそうだよ」
「結婚を断ったのは、びっくりしたからだよ」
「姉上、最近、ため息が多いよ」
「姉上、さっきアランの事、見てたよ」
「姉上は、アランの事を好きだと思うよ。人として」
ハリーは出来るだけ少しずつ攻めた。
この少しずつ攻める、は加減が難しくて気を遣った。クリスティナを宥めるのとはまた違う大変さだった。
ハリーのお陰なのか(ハリーはもちろん、自分のお陰なのだと思った)、アランはシンシアを避けなくなる。
ハリーと二人の時に「もう、自分の気持ちに開き直ろうと思っているんだ」と打ち明けてくれて、「ハリーの姉上の好きなものを教えてくれるかい?」と積極的にシンシアの事を知りたがるようにもなった。
良い傾向だ、とほくほくしていたある日。ついにアランから嬉しいお願いがなされる。
「君の姉上をデートに誘ってみようと思うんだけど、協力してくれるかな?」
(やった!)
ハリーは内心小躍りして喜んだ。
もちろんすぐに頷く。
そして二人でデートコースを考えた(アランが提案した案をハリーが検討してあげた)。
デートコースはすぐに大きな公園に決まる(アランが最初に考えた案だ、素敵な案だったのでハリーはすぐにそれに決めてあげた)。
デートにはハリーも同行するらしい(アランがそうした方がいいと言ったし、ハリーも公園は行きたかった)。
ハリーは当日、自分は仮病を使ってアランとシンシアを二人きりにしてあげる事も考えたのだが、それはアランに却下されてしまった(実は大きな公園にはかなり行ってみたかったので、却下されたけど全然悔しくはなかった)。
「公園で、もう一度プロポーズする?」
ドキドキしながら聞いてみる。
「そうだね。もしシンシアがこの誘いを受けてくれて、公園でも避けられなければ、気持ちはもう一度伝えてみようかな」
アランはちょっと緊張してる声で答えてくれた。
ハリーは、まずはシンシアがデートの誘いを受けてくれることを願った。
ステラ・ヒューイット
43才。独身。伯爵家令嬢。
親からは既に財産分与を受けている。その際、籍も抜くつもりが泣いて止められた。
恋人は既に登場済み。
気がきいて、尽くしてくれる男がタイプ。




