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妹よ、その侯爵家令息は間諜です ~家門を断罪された姉、のその後~   作者: ユタニ


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34.父の死の真相(2)


せかせかせかせかせかせか。


せかせかせかせかせかせか。



シンシアは侯爵邸の庭で蟻を見ていた。


せかせかせかせかせかせか。


ふっと、しゃがみ込むシンシアに影が差す。

何だろう、と上を見るとステラが覗きこんでいた。


「暗いわねえ」

「ステラさん」

ステラがシンシアの横に同じ様にしゃがむ。


「暗い原因は、今朝の新聞記事のせいかしら? あなたのお父上の事」

今朝の新聞には、昨日、アランの言った通り、ヨハンソンの家で起きていた殺人と、子爵の行っていた密輸の黒幕について書かれていた。


「はい。暗かったですか?」

「そう見えたわ」

「そうですか。悲しんでいた訳ではないんですけど、いろいろ考えてしまって、父の人生って何だったんだろうって」


シンシアは何となく、落ちていた葉っぱを摘まんでその軸で地面を掘った。


「母と結婚しなければ、父はもう少しは幸せだったんじゃないかな、と考えてしまって。

脱税もしなかったし、そうすれば脅されなかったし、殺されもしなかった。ハリーを憎む事もなかった」


「それは、お父上にも誰にも分からないわよ」

「そうですけど、母と会わなければ」

「両親の関係を否定するのは止めておきなさい。あなたの母親と父親でしょう。男と女なんて、当人同士しか分からない事があるのよ。夫婦ならなおさらよ」


「そうでしょうか」

「そうよ。女医なんて気鬱の貴婦人の相談をいっぱい受けるのよ。結婚はしてないけど、夫婦の話なら腐るほど聞いてきているの。百回くらい結婚して離婚した気分」

「百回は多いですね」

「ええ、気持ちの上では百回結婚して離婚もしたからこそ、分かるのよ。夫婦の事なんて外から考察するだけ無駄よ。きっと少しの幸せはあった、もしくは、少しの相互理解はあった、くらいにしておきなさい」

「あったでしょうか」

「あったことにするのよ」

「強引ですね」

肩をすくめるステラにシンシアは笑い、その笑顔にステラが目を細める。


「お嬢さんはそうやって笑ってた方がいいわね。自分だけ幸せになっていいのかしら? とか考えちゃダメよ。今、考えてたでしょう」

その通りだったので、シンシアの笑顔が引っ込んだ。


「やっぱりねえ」

「父の罪は私の罪でもあるのに、こんな良い環境で申し訳ないんです。最近は特に幸せな事や私には贅沢な事が多すぎて、戸惑います」

ステラが手を伸ばして、シンシアの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「幸せに贅沢、けっこうじゃない。たくさん味わいなさい。

初対面で泣いたのは、ほっとしたからだと言っていたわね。この5年は泣く暇なんてなかったんじゃないの? あなたはもう一生分くらい苦労したんだから、後は余生だと思って楽にしなさいよ。

誰も非難しないわよ。あなたの母上もあなたの幸せを願っているでしょう。私もクリスティナもアランも願っているし、きっと新聞であなたの悲劇を読んだ世間の人も大体が願ってくれてるわよ」


「あの悲劇は、誇張されていますので」

「大きく違わないならいいじゃない。それに、お嬢さんが幸せになるって事は、ハリーも幸せになるって事よ。だから、胸を張って、幸せになりなさい」


ステラの優しさがじんわりと染み込む。

シンシアは涙が出そうになって、蟻に集中した。ステラも隣で蟻を見るのに付き合ってくれた。




「そういえば、家の事に決着がついたら一度領地に引っ込むのよね。クリスティナから聞いたわ」

しばらく2人で蟻を観察した後、ステラが口を開いた。


「はい。きちんと領地を見て回っておきたいですし、今の状況で王都に留まるのは良くない気がして」

「お手紙がたくさん来ているらしいわね」

ステラの言葉にシンシアは頷く。


シンシアが王太子妃の茶会に招待されている事が広まりつつあるようで、シンシアは望まぬ注目を浴びている。

キリンジ侯爵家の後見に王太子夫妻の支持、加えて子爵位も残りそうな悲劇のヒロインと近づきになっておきたいと考える者が多いのだ。


全く知らない家門からの、親睦を深めたいという手紙や、お茶やサロンへの招待状が侯爵邸に届きだしていてシンシアは困惑している。

爵位も保留の状態であるのを理由に、全てに断りをいれているのだが、貴族会議の決着がつき、子爵位を継げば断り続ける訳にもいかないだろう。


手紙の多くは騎士団呼び出し初日に集まっていた野次馬的な人々からのもので、社交に不馴れなシンシアがそんな場所に顔を出してもいいように面白がられるだけだ。


「ハリーも是非一緒に、と言ってきている方までいるんです。そんな場面にハリーを連れ出せる訳がありません」

シンシアはぎゅっと拳を握る。


「そうね」

「ティナさんからも、注目の熱が冷めるまで王都を離れるのは賛成だと言われたので、会議が済み次第、ハリーと領地の本屋敷に行くつもりです」

そうして、数年は領地で暮らそうと思っている。王都に出てくる必要がなければそのまま隠ってしまってもいい。


「馬車で五日はかかるんでしょう? そんな所じゃ、出会いなんかないわよ。いいの?」

「私には、ハリーがいますし」

「重たいお姉ちゃんねえ。ま、私は寂しくはならないからいいけど」


「あら、悲しいです。私はステラさんと離れるのは寂しいですよ」

シンシアが少しむくれた感じで言うと、ステラが、にっと笑う。


「違うわよ。私はお嬢さん達に付いて行くの。だから寂しくはないのよ」

「へっ?」

変な声が出てしまった。


「あら、迷惑かしら?」

「迷惑ではないです。でも、付いて来るとは?」

「前からね、考えてたのよ。王都を出ようかなって。

王都だとね、女医の需要って圧倒的に高貴なご婦人の侍医なんだけど、これが、ほとんど茶飲み友達の愚痴要員なのよね。悪くはないけど、これでもそれなりに夢と熱意を持って医者になったから悶々とはしてたの。

あなたとハリーの初対面は、医者として久しぶりに緊張したわ。それで、やっぱりこっちがいいなと」

「ヨハンソンの領地で開業するんですか?」


「いきなりは無理ねえ。でも都合のいいことに、お嬢さんの領地でお世話になった人が診療所をしてるから、そこで修行するわ。手紙は送ったの。というわけだから連れて行って、ハリーの家庭教師として」


「お給料、払えませんよ」

「知ってるわよ。お父上が悪事で儲けた分を返すつもりなんでしょ」

「はい、当然の事です。爵位と領地が残るなら返すのは義務ですので。脱税分だけになりましたが五年分なので高額ですし、すぐには無理でしょう。城のお茶会で王太子殿下に会えるので、どのようにお返しするのがいいかお伺いしようと思っています。ペナルティも課せられるでしょうし、何年かかるか分かりませんけど、お返しをお約束するつもりです。

なので、爵位は継ぐものの余裕はないんです」


「でしょうねえ。あ、鉱山は? 見つかってるってゴシップ誌が書いてたけど」


「見つかっていますが、今まで領地に鉱山はなかったので、採掘の技術はなく人材もいません。宝石の鉱脈なので、原石ではなく加工した方が利益が出ますが、もちろん加工の技術もないんです。軌道に乗せるには何年もかかりますし、その為の出資も必要ですが、お金はない。国への負債のある家門に外からの出資は望めないでしょう。鉱山にはすぐには期待できませんね。

だから、絵に描いたような田舎の貧乏貴族になると思いますよ。家庭教師は雇えません」


「ふふ、私が乗り込むのは沈みかけの船なのね」

「さすがに沈みかけではないです……質素な暮らしが続くだけです」

贅沢をしなければ何とかやっていけるレベルのはずだ。これ以上、神が大きな試練を与えなければ。


「あなたは本当にしっかりしたお嬢さんねえ。大丈夫よ、家庭教師のお給料は要らないの。その代わり、お屋敷に居候させてくれない? 慣れない土地での女の一人暮らしは危ないもの」

「それは……構いませんが、いいんですか? こちらには得しかないんですけど」

「私にも得しかないからいいのよ。あなたとハリーと私、三人で爪に火を灯して暮らしましょう」

「そこまで切り詰める必要はないかと」

「何なら、四人でもいいわよ」

「よん?」

「時々、五人かしらね」

「ご? 増えるんですね」

「ええ」

ステラは再び、にっと笑った。



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― 新着の感想 ―
[一言] 一瞬、四人目がティナ様で、アランがもだもだしながらご機嫌伺いに『時々』来る五人目……とか考えてしまいました…… いや、いくらなんでもそれはない。……ないですよね?
[一言] 一瞬、数年も経ったら住人が一人増えて五人に…って話かと思ったけれど、そんな先走ったいらんことを言う人じゃなかったですね。うん。冷静に冷静に。 とりあえず四人目(仮)、頑張って。
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