30.告白後(4)
アランがフィリップと飲んでいた夜、シンシアはというと自室で一人、机に突っ伏して落ち込んでいた。
(最悪だわ)
今になってじわじわと、アランのプロポーズへの自分の返事の酷さにうちひしがれているシンシア。
アランの告白を断ってから一週間、日中は何だかんだで忙しかった。
サムエルと共にハリーの出生届の書類を準備して、爵位が残るならと領地管理にも本腰をいれて取りかかり、合間に一度、騎士団での聞き取りもあった。
だから昼間はあの告白について考える時間はあまりないのだが、夜に一人になると悶々と考えてしまう。
「無理です。ごめんなさい、って、もっと他に言い方はあったのに……」
こうして口に出すと、本当に有り得ない返事だったと思う。
配慮も何もない酷い断り方だった。
シンシアはそう告げた時のアランの顔を、どうしても思い出せない。脳が思い出す事を拒否しているようだ。
きっと傷つけたに違いない。
そう考えるとシンシアの胸はズキズキと痛む。
アランはどこまでも自分の事を考えてくれていたのに、そんな人を傷つけてしまった。
サムエルと取りかかっている、ハリーの届出では、元々準備されていたハリーをシンシアの庶子として届け出る書類がとても参考になった。しっかりと準備されていたそれは、サムエルによると、アランがヨハンソンの爵位が残った場合に備えて揃えさせていたものらしい。
結局、ハリーは子爵家の嫡男として届け出るので、元々の書類のほとんど全てを書き直す事になったのだが、それでも、届出が遅れた理由や遅れた事への謝罪は言葉を入れ替えて書き写すだけでよく、ずいぶんと楽が出来た。
そして、本腰をいれだしたヨハンソン家の領地管理も、サムエルの補助として関わっていたのでスムーズにこなせている。
そもそもアランが、シンシアにヨハンソンの領地に関わらせていたのも、爵位が残った場合を考えてくれていたのに違いなかった。
この一週間で一度あった、騎士団での聞き取りの際は、アランの命だと言ってきっちりとサムエルが付き添ってくれた。
そこかしこでアランの気遣いが感じられ、そんな人に対して、自分は何てひどい事を言ったのだろうと後悔ばかりが募る。
アランはというと、シンシアを避けているようでこの一週間は城に泊まりっぱなしだ。
避けられるのは当然だと思う。
言ってしまった“無理です”は、アランとシンシアの身分や、予想されるキリンジ侯爵家の反応、自分のこれまでを考慮すると結婚は難しい、という意味だったが、まるでアラン自身を全否定したように聞こえてしまっただろう。
(違うのに、好きなのに)
そう思ってからシンシアはびっくりする。
(私、もう好きなの?)
アランには惹かれているだけだったはずだ。
好きにならないように気をつけていたのだ。
(信じられない、現金すぎる)
シンシアはため息を吐く。
自分はあの銀髪の侯爵令息を好きなようだ。
嫌になってしまう。好きにならない決意は何だったのだ。しかも慕っていると言われてあっさり好きになるなんて、どうかと思う。
そしてシンシアは分かっている。
自分の返事の酷さに打ちのめされながらも、アランの告白に今さらながら嬉しさを感じている自分もいる事を。
これについても、どうかと思う。手酷く振っておいて何を喜んでいるのかと。
呆れながらもシンシアはふと、このどうかとは思う自分の気持ちをアランに伝えるべきだろうか、と思い付く。
“無理です”の真意を伝え、拙い気持ちを伝えるべきだろうか。
少し考えてからシンシアは首を横に振った。
伝えてどうなるものでもない。
どちらにしろ、結婚は無理だ。
ずいぶんと冷静になってから何度かアランの求婚について考えたが、何度考えても、断るという選択は変わらなかった。
“無理です。ごめんなさい”の時、シンシアは大混乱していたのだが、その分、結婚についてはどこまでも客観的に現実的に考える事が出来ていた。
返事は酷かったが、アランとシンシアの結婚が難しいものであるという判断は、今でも正しかったと思える。
そしてそれはアランも承知しているはずだ。それなのにあんな告白をしたのは、あの時はアランも通常の状態ではなかったからのようだ。
この一週間の間にシンシアはステラより、アランがシンシアが過去に無体を受けていたのでは、と真剣に思い悩んでいた事を聞いた。
告白の時のアランは、ハリーが弟だと知って、いろいろな懸念がなくなり動転していたらしい。
『あなたがこれ以上傷ついてなくて、本当によかった』と言ったアランの声は掠れていた。
自分の嘘でそこまで心配させていた事は、心苦しく、同時に胸が熱くもなる。
でも、だからこそ、そんな素敵な人に家や世間から疎まれるような結婚をさせるつもりはない。
アランのプロポーズは、到底受けられるものではないし、ひょっとしたらアランは告白を後悔しているかもしれない。
だから、気持ちを伝えても仕方ない。
むしろ、中途半端な態度はアランを苦しめるかもしれない。
いや、苦しめるかはもう分からない。
もしかしたら、あの酷い返事で愛想は尽きてるかもしれないし、そもそも、なぜ自分に想いを寄せてくれていたのかも全然分からないのだ。
そう考えて、悲しくなってる自分にも嫌になる。
「一人で何やってるんだろ……」
シンシアは頬を机に押し付けながらぽつりと呟く。
とにかく、“無理です”の真意を伝えて、告白への謝意と、返事の失礼さは謝ろう。
シンシアはそう決めて、のろのろと腰を上げると寝支度をした。




