22.王太子とのやり取り
アラン視点です。
「ああいうのが、好みだったんだなあ」
王太子フィリップの執務室にて、机に頬杖を突いて明るい茶髪の王太子はニヤニヤと傍らに立つ銀髪の補佐役を見上げた。
「妙に納得したよ。俺は華がある顔がタイプだが彼女も、いいな、とは思う。寂しげなのが好きな奴には堪らないよな。未亡人ぽいんだよなあ、あれは夜会や茶会にはあんまりいない……アラン、そんなに睨むなよ」
「殿下のような高貴なお方が、あまりに下衆い話をされるので」
部屋の温度が一気に冷えるような声でアランが言う。
今日はシンシアの4回目の騎士団での聞き取りの日だった。4回目ともなるとさすがに野次馬はいなかったのだが、通用門で馬車を降りたアランとシンシアを待ち構えていたのは、きらびやかな雰囲気の王太子だった。
「あなたが、ヨハンソン子爵令嬢だね。初めましてフィリップだ」
優雅に微笑む麗しの王太子。
シンシアはその名前と身ごなしと雰囲気ですぐに貴人の身分を察した。
「王太子殿下にお声かけいただき、光栄にございます。シンシアと申します」
正式なカーテシーをして頭も下げるシンシア。フィリップはその隣をさっさとアランから奪った。
「堅苦しいのはいいよ。私はアランとは幼馴染みでね。幼馴染みが後見までしているご婦人と一度話してみたかったんだ。今日は私が騎士団までエスコートしよう」
そうしてフィリップは、シンシアの手を取ると和やかにそつなく会話をしながらいつもの部屋まで送り届けたのだった。
その後、アランと執務室に入ってからは、王太子はずっとアランを突ついて遊んでいる。
「ああいう不意打ちは止めてください。彼女も困っていました」
「君が会わせてくれないからだろう」
「当たり前でしょう。シンシアに負担はかけられません」
「シンシアねえ」
フィリップが意味深にその名を繰り返し、アランは舌打ちした。
「おいおい、王太子に舌打ちするなよ。不敬だぜ?しかし君が素でご婦人を名前で呼ぶなんてなあ」
「ええ、自分でも驚く事ばかりです。殿下は彼女を名前で呼ばないでください」
イライラしながら告げると、「おっ、ついに開き直ったな」とフィリップは楽しそうだ。
「怒るなよ。いちおう、心配したんだ。君に限ってないとは思ったが、相手の女性が変な女だったら困るな、と。お子さんまでいるらしいし、百戦錬磨のご婦人という可能性も…………悪かったよ。反省している」
アランが殺気を隠さずに睨むと、フィリップは肩をすくめて謝った。
「真面目な話、ご令嬢がしっかりした人物かを確認しておきたかったんだ。おそらく君の希望通り、ヨハンソンの爵位は残すと思うからね」
「爵位、残せるのですね」
「ああ、その方が王家としても都合がよくなった」
「……都合がよくなったとは、世間が彼女に同情的だからですか?」
「それもある。悲劇のヒロインに温情溢れる措置をする王家、いいよね。加えて、ヨハンソンの領地で最近見つかった鉱山は当たりだったようでね。アメジストが出てるらしい。そういうのを王家が問答無用で貰ってしまうと反感を買う」
鉱山が当たりだと聞いて、アランの顔は曇った。
「宝石の鉱脈でしたか」
「嫌そうだね」
「話題性、悲劇性に加えて、そういった旨味までつけば、いろいろ巻き込まれる恐れがあります」
「そうだね。俺としてはこのままキリンジ家の後見付けて、君が娶って乗っ取るのが綺麗だなと、だから怒るなよ」
「気持ちを伝える気はありません」
「いやでも、子供の父親とか出てきたらどうするんだ?拗れるぞ。さっさとものにしてしまえよ」
「あのなあ、出来るわけないだろう、 傷ついてるんだぞ!?」
思わず声を荒らげてしまい、アランは姿勢を正した。
「……申し訳ありません」
「いやあ、君のタメ口、何年ぶりだろうね。嬉しいものだな」
「そこで喜ばないでください」
「ところで、子供の父親は不明のままかな?」
「不明です」
「聞いてみた?」
「聞けるか」
「あはは、そうだよねえ」
「聞くの、禁止ですからね」
「うーん……一部の、本当に一部での噂は聞いているか?」
フィリップがそろりと聞いてくる。
流石にその噂の中身までは言わないデリカシーはあるようだ。
「……聞いています」
アランは低い声で答えた。
「そうなると、ちょっとなあ。爵位の正統性はあるけれど……」
「さすがにあの噂のような事は、ないと思います」
祈るような気持ちでアランは言った。
フィリップが言った噂というのは、シンシアに子供が居る事を知っている一部の貴族達の中の、さらにごく一部で囁かれているものだ。
曰く、子供の父親は死んだ子爵ではないか、と。
考えただけでアランの頭は真っ白になる。
確かにハリーには子爵の面影がある。
顔立ちは似ていると思う。
思うが、シンシアも少しは子爵に似ているのだし、ハリーにその面影があるのは自然な事だ。
子爵はシンシアの実の父親なのだ。
実の父親がシンシアの相手で、ハリーの父親でもあるなど、そんな事がシンシアの身に起きていていいはずがない。
許されない事だ。
絶対に違っていてくれと思う。
誰でもいい。
もう誰でもいいのだ。
かなりの年上だろうが、使用人だろうが、流しの吟遊詩人だろうが、本当に誰でもいいから、シンシアの相手はシンシアときちんと愛を交わしていたのであってくれと思う。
「アラン、顔色が悪い。ヨハンソン子爵令嬢は陰はあるが、心根は健やかだと思う。きっとそんな目には遭ってないよ。
噂はただ面白がって言われているだけで、趣味の悪いものだ、趣味が悪すぎて広まりもしてない」
フィリップが珍しく真剣にアランを慰めてくれる。
「そうですね」
アランはぽつりと答えて、深く息を吸って吐いた。
「ところで、子爵家の別件の方はどうなってる?」
しばしの間があって、今度は真面目な顔でフィリップが聞いてきた。アランは姿勢を正す。
「目星は付きました。後は裏を取るだけです」
「出来れば、ヨハンソン家の処分が決まるまでに裏を取ってほしい」
「もちろん、そのつもりです」
アランは力強く頷く。
今、アランが追っている事実は、シンシアにショックを与えるかもしれない。しかしこれは、きっとシンシアとハリーの為になる。必ず間に合わせるつもりだった。




