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妹よ、その侯爵家令息は間諜です ~家門を断罪された姉、のその後~   作者: ユタニ


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19.騎士団での取り調べ(1)


騎士団での取り調べの初日、シンシアは紺色の普段用ドレスを纏い、髪の毛は薄いグレーのリボンで1つにまとめた。

化粧はせずにという事も考えたが、それでは反って悪目立ちするので最低限にする。


うんと地味に、とは言ったものの、侯爵邸でのいつものシンシアの装いである。


「…………」

(いつもと同じになってしまったわ)

自分はいつも、うんと地味だったのだろうかと鏡を見て愕然とするシンシアだ。



身支度後、朝食のダイニングへと向かう。

取り調べ初日とあって緊張しているようで、あまりお腹は空いてない。

でも、何か食べておかないと、と思いながら顔を出すとハリーがそわそわと待ち構えていた。


「シンシア、今日はお城に行くんだよね? 大丈夫? 苛められたりしない? 僕、一緒に行こうか?」

不安そうな顔と声。

ハリーには、お城へお手伝いに行く事になった、とだけ伝えたのだが、中途半端に伝えた事によって不安にさせてしまったようだ。


シンシアは、そろそろハリーにも父である子爵が亡くなった事とその罪、そしてそれにシンシアが関わっていた事を話さなくてはいけないな、と思う。

6才の弟には重たい事実だが、全てを話してシンシアが罪には問われない事を教えてやった方が不安は少ないだろう。知らないものに怯えるよりは、知ってしまう方がいい。


ハリーは侯爵邸の暮らしにすっかり慣れているし、頃合いだ。一度、時間を取ってきちんと話そう。

そう決意して、でも今日はただ「大丈夫よ。苛める人はいないわ」と言ってハリーの頭を撫でているとアランの声がした。


「ハリー、心配しなくてもいい。シンシアには私がずっと付いている」

ちょうどダイニングへとやって来たアランが力強く断言する。


「そうなの?」

「そうよ。だから大丈夫」

騎士団への呼び出しの予定を告げられた日、シンシアはアランから当日は付き添ってくれる事を聞いている。てっきり一人で行くと思っていたシンシアは、ずいぶんとほっとしたのだ。


「そっかあ」

「ああ、シンシアの事は私がきちんと守る。だから安心しなさい」

「うん、約束だよ」

「約束だ」

「男と男の約束だよ?」

どこでそんな言葉を覚えたのか、ハリーは真剣な顔でアランに聞いた。


「男と男の約束だ」

アランが真面目に繰り返す。

ハリーは拳を掲げ、アランは無言でそれに応じた。

銀髪の美形と金髪の天使が固く拳を突き合わせる。


「という訳でシンシアも、安心してください」

「シンシア!アランから離れたらダメだよ!」

拳を突き合わせた2人は真剣な顔でシンシアを振り返ってそう言った。


真面目な2人には悪いが、シンシアは吹き出してしまいそうだ。

取り調べ初日の緊張がどこかへ行ってしまう。

シンシアは頑張って笑いを堪えて、朝食を食べた。




***


しっかりと朝食を食べ、ハリーに「行ってきます」と言って、シンシアはアランと共に侯爵邸の馬車に乗った。


「騎士団の建物に一番近い通用門から入りますが、恐らく多くの人があなたを見ようと詰めかけています。少し歩かない訳にはいかないので不躾な視線を浴びるでしょうが、無視してください。

私の腕に掴まっていただければリードします。途中、二ヶ所で段差があるのでゆっくり歩きますね」

馬車に揺られながらアランが説明してくれる。

シンシアは頷き、気持ちの準備をした。



やがて、馬車は通用門に着く。

御者が門番に来訪を告げ、シンシアとアランが馬車から降りると、アランの言った通り、門の前には軽い人だかりが出来ていた。

侍女や文官、この為にわざわざ登城してきたらしい貴族までいるようだ。皆の目が一斉にシンシアへと注がれる。


聞いていたし、覚悟はしていたが、こんな風に衆目に晒されるのは初めての体験だ。

シンシアはぎゅっとアランの腕に添えた手に力を込めた。


「大丈夫、怖ければずっと下を向いてなさい」

アランが小さく囁き、ゆっくりと歩き出す。


集まった人々の好き勝手なひそひそ声が聞こえてきた。

「あれが噂のご令嬢かあ」「そんなに美人でもないわね」「そう?お綺麗だと思うわ」「生ゴミを食べて生き延びていたらしい」「何と不憫な」「髪に艶がないわね」「今は、キリンジ侯爵家で保護されてるとか」「まあ、良かったわね」「ちょっと役得じゃない?」「確かに。キリンジ様のエスコート、いいなあ」「ねえ不謹慎よ。大変な思いをされてたのよ」「俺、ちょっと好きな顔だな」「歩く様は、なかなか品があるじゃないか」


シンシアは足が震えそうになった。同情と好奇と、少し嫉妬とやっかみのまざった視線が体に絡み付く。アランのリードがなければ歩けなかっただろう。

アランが居てくれて良かったと心底思った。一人でこの中を歩くなんて、絶対に無理だった。



苦行のような騎士団までの道のりが終わり、既にへとへとで重厚な造りの建物へと入る。

ふうーっとシンシアは息を吐いた。


「大丈夫ですか?」

「はい、何とか。アラン様が一緒で良かったです。あれを一人で乗り越えるのはきっと無理でした」

「お力になれたのなら、良かった」

アランが柔らかく微笑み、2人は騎士団詰所の中を歩く。

ここでもチラチラと騎士の視線は感じるが、さっきの野次馬達のものよりはずっと控えめで、何とか許容出来る範囲だ。


そうして目当ての部屋へと着いたようで、アランが立ち止まって扉をノックした。

すぐに「どうぞ」と返答があり、扉を開けて中へと入る。


シンシアはその扉の先の、薄暗い尋問室のようなものを想像して肩に力が入った。

重要参考人として聞き取りされるのだし、アランもいるから、拘束されたり脅されたりはしないとは思う。

でも、騎士達に詰問はされるかもしれない。まず、罪を認めて、真摯に悔いている事と協力を惜しまない事を伝えなくては。


きゅっと唇を結んで足を踏み入れたそこはしかし、窓のある明るい部屋だった。


「…………」

小ぢんまりとした執務室のような部屋。真ん中には机が三つ突き合わされていて、こんもりと資料やファイルが積まれている。

その机の一つに文官の男が一人、部屋の奥に騎士の男が一人控えていた。


「時間通りですね」

文官の男がすっと立ち上がり、シンシアの前に来ると腰を屈めた。


「初めまして、僕は今回ヨハンソン家の事件を担当する事になったイザークといいます」

イザークはにっこりと人好きのする笑顔を浮かべる。

思っていたのと違う出迎えにシンシアは戸惑うが、すぐに挨拶を返す。


「イザークさんですね。シンシアです。我が家の事でお手間をおかけします。誠心誠意、お答えしますので、よろしくお願いします」


「ええ、よろしくお願いしますね。ところで、キリンジ補佐役はずっとここに?」

イザークがちらりとアランを見る。


「本日はずっと居るつもりです」

「やりにくいなあ、あなた、圧が強いんですよねえ、ね、シンシアさん」

「えっ、圧?」

「侯爵家、居心地どうですか? こんなブリザードみたいな人と一緒だと気が張るでしょう?」

「ブリザード……いえ、そこまでではないので、大丈夫ですよ」


「本人がいるからって遠慮しなくていいですよ。キリンジ殿の冷徹ぶりは城では有名ですからね。騎士団に所属されていた事があるの知ってます? 19才までは騎士だったんですよ。上司はやりづらかったでしょうねえ。

あ、ところで、机どれに座ります?資料が多くて三つもあるんですけど、座るのは僕とシンシアさんの2人なんで好きに座ってくださいね。

それにしても、わざわざ騎士団で取り調べする必要ありますかね? 問い詰める必要もないですし、シンシアさんは暴れたり逃げたりしないのにね。

監視の騎士の方もただのお飾りなんで、気にしないでください。因みに奥の騎士はダレンという方で、強面ですけど害はないです。基本的には彼が監視役です。僕、こう見えて人見知りでしてね、人が変わるのダメなんですよ。

ところで、座る机決まりました?

あ、お昼の事は聞いてますか?本日は顔合わせと挨拶くらいの予定でしてお昼までには終わりますからね。安心してくださいね。

さて、座る机決まりました?」


(すごい喋る……)

イザークの馴れ馴れしさとお喋りに圧倒されながらも、シンシアは奥の騎士のダレンが紹介された時はダレンに小さく礼をして、座る机はイザークが座っていた向かいの机を選んだ。

横目でアランを窺うと、少しうんざりしているようにも見える。イザークは苦手なタイプのようだ。


座ったシンシアにイザークはやるべき作業の説明をしてくれた。

ヨハンソン子爵家が犯していた罪は脱税と密輸なのだが、ここ一年ほどで行われた密輸に関しては、事業書や帳簿が完璧に整理されていて数字も確かなので、シンシアへの聞き取りは簡単な確認だけで済むようだ。


だが、五年かけて行っていた脱税の記録はバラバラで抜けや漏れも多いらしく、表向きの帳簿と裏帳簿の辻褄も合わないらしい。

イザークが主に行うのは、この脱税の利益の総額を根拠をもって示すことで、あやふやな部分をシンシアの記憶を頼りに埋めたいという。


「特に、前半の三年間の部分は帳簿の数字のミスもあったりして、困ってるんです。ぶっちゃけもう、多めに計上してもいいんですけど、ある程度正確な数字は出さないとダメなんでね」


「すみません。前半の三年は父と私が半々で作業していたので、そのせいだと思います。後半の二年は父は私に任せきりだったのですけど」


「いえいえ、後半の二年と密輸の帳簿はシンシアさんがされていたから、きっちりばっちりなんですよ。こちらとしては凄く助かります。

あ…………今さらですが、お父上の事は、お悔やみ申し上げます」

最後の付け足しは、気まずい顔で言われた。

ちょっと馴れ馴れしいけれど、悪い人ではないようだ。


「お気遣いありがとうございます」

シンシアが淡々と返すと、イザークは安堵の顔をして今度は山積みの資料の説明を開始した。


この日はシンシアが積まれた資料とファイルをチェックして、何となく年代順に分けた所でお開きとなる。

行った事は聞き取りというよりは、イザークとの共同作業に近かった。


騎士団での取り調べと聞いていたので、悪事を始めた動機やきっかけ、罪の意識などを問い詰められると思っていたシンシアとしては拍子抜けだ。

正直、動機やきっかけをシンシアに聞かれても答えようはなかったのだが。


すれ違う騎士達も、シンシアを興味深そうに見るが態度は丁寧で、自分はどこまでも重要参考人であるらしい。

何とも言えない安堵がじわじわとシンシアを包んだ。

アランが自分の境遇を調査し、示してくれていたからだと実感する。その恩に報いるためにも、犯してしまった罪を償うためにも、求められている自分の役割をしっかりと全うしようとシンシアは思った。



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