15.穏やかな日々(2)
昼食時に、シンシアはサムエルに新聞を見せてもらいたいとお願いした。
「新聞……ですか」
サムエルが困ったように眉を寄せる。
「ええ、ダメかしら?」
「ダメではありませんが、ここ数日のものには子爵家の事件が載っています。不快な思いをされるかもしれません」
「構わないの、むしろそれが読みたいんです。どんな風に書かれているのか知っておきたいですし」
「……分かりました」
サムエルは気は進まないようだったが、すぐに主要な三紙とかなりゴシップ臭の強い一紙を持ってきてくれた。
早速広げて確認すると、どれもトップ記事でこそないが子爵家の事件を大きく取り上げていた。
脱税と密輸を行っていた事もそうだが、騎士団の踏み込みの当日に子爵が自死した事で注目を浴びてしまっているようだ。扱いはどれも思っていたより大きい。
加えて、どの新聞も記事の半分ほどをシンシアが子爵家で置かれていた悲劇的な境遇に割いていた。
「…………」
思いもよらなかった自分への脚光にシンシアは絶句する。
父親に虐げられ、無理矢理悪事を手伝わされていた美しいらしい前妻の娘。
確かに格好の話題だ。
各紙ともシンシアの不幸な境遇に言及し、同情的な意見を寄せている。
ゴシップ臭の強い一紙になると、どこから仕入れたのか子爵家の離れの間取りを載せて、そこでのシンシアの暮らしぶりをやたらと悲劇的に脚色までしていた。
おそらくより悲劇的な方が読者の受けが良いのだろうが、離れの床板は腐って抜け落ちたりはしていなかったし、清潔にしていたから虫やネズミにまみれて暮らしてもいなかった。
食事だって余りものを貰う毎日だったが、生ゴミを漁ってはいない。
ここまで惨めたらしく書かれると、何とも言えず気分は悪い。おまけに各紙、やたらとシンシアを美人に仕立てあげている。
これも、悲劇のヒロインは美人の方が受けがいいからなのだろうが、自分は書かれているような目も眩む美人ではない。
母はよくシンシアの外見も褒めてくれたが、あれは母だからだ。継母とリディアには“不幸顔で辛気くさい”と言われていた。
(まるで、私が詐欺してるみたいじゃない)
サムエルが言った“不快な思い”はこれかとシンシアはため息を吐いた。誇張された惨めな暮らしに、強調された自分の美貌、何とも言えないもやもやとした気持ちになる。
シンシアは一度、新聞達を脇に置いてゆっくり息をした。
顔を上げると、向かいの席ではハリーが食後のデザートで出された小さなプリンを大切そうに食べていて、それを見ていると気分の悪さはすうっと引いていった。
ハリーは自分のプリンをちびちび食べながらもシンシアのプリンが気になる様子だ。
「食べる?」
そう聞くと、一度は顔を輝かせたがすぐに真面目な顔になった。
「シンシアが食べないとダメだよ。ステラさんがシンシアはもっと食べないといけないって言ってたよ。
だから頑張って食べなさい、ね?出来るでしょ?」
シンシアの口振りを真似て諭してくる天使。
シンシアは思わずぷっと笑ってしまった。
「ふふ、そうね。頑張って食べないとね」
苦笑しながらプリンを食べようとして、シンシアは気付く。
どの新聞にもハリーの存在が出ていない事に。
“新聞に小さい坊やの事が出てないから”というステラの言葉を思い出す。
小さい坊や、とはハリーの事だったのだ。
騎士団が踏み込んだ朝、シンシアがハリーを背負っていたのはアランだけでなく騎士達も見ているし、使用人と自分との子供だ、とシンシアが言ったのも皆に聞こえていたはずだ。
騎士達がそれを言いふらすとは思えないが、人の口に戸は立てられないものだ。
間取りまで手に入れた一紙なら絶対にハリーの存在を把握しただろうし、他の三紙も情報は掴んでいるに違いない。だがどの新聞もハリーについては触れていない。
(アラン様が手を回したのかしら)
そうとしか考えられなかった。
そして、それはシンシアにとって何よりもありがたい事だった。
悲劇のヒロインに幼い息子までいれば、それはそれはセンセーショナルだろうし、きっと父親の推測が飛び交う。もちろん、ハリーの可愛らしさや今までの冷遇もやたらと書き立てられただろう。
自分もそうだが、ハリーの出自やこれまでを好き勝手に書かれ、それが多くの人に読まれるのは耐えられなかったはずだ。
今日はお帰りを待ってきちんとお礼を言おう。
そう決意して、シンシアはプリンを食べた。




