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妹よ、その侯爵家令息は間諜です ~家門を断罪された姉、のその後~   作者: ユタニ


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11.アランの帰宅(2)

アラン視点です。


ヨハンソン子爵家に踏み込んだ翌日の夕方、アランは重い足取りで侯爵邸へと帰ってきた。

これからシンシアに伝えなくてはならない事を思うと、砂を口に入れられているような気分だが、先延ばしにする訳にはいかない。


気分が暗いせいか玄関ホールの大理石がいやに艶やかに見える中、アランを待っていたのは帰宅後すぐに話を聞きたいと思っていたサムエルではなく、母のクリスティナ・キリンジ侯爵夫人だった。

「お帰りなさい、アラン」

淡い金髪をきっちりと編み込み、レースのふんだんに使われたドレスを纏った長身の侯爵夫人。


「母上でしたか」

はああ、とため息が出てしまい夫人の顔がひきつる。


「あなたねえ、母に対してその態度は何ですか」

「すみません、いろいろ立て込んでまして」

「んまっ、ほんっと、あなたは小さい頃から可愛くないわ。母は心配しているのですよ」

「心配?」

「私を別棟に立ち入り禁止にしておいて、女を囲っているらしいじゃない。しかも子持ちの。まさかとは思いますけど、あなた、その女の色香に誑かされたのではないでしょうね?」


「は?彼女はそんな事はしません」

思わず強い口調で言い返してからアランはしまったと思った。

恨めしい目付きでクリスティナを見ると、してやったりの満面の笑みだ。


「ふーん?」

ニンマリする母クリスティナ。


(ああ、くそ)

厄介な人に気持ちがバレた。

体力的に疲れていたのと、精神的に余裕がなかったせいだ。


「好きなのね?」

「母上、勘違いは止めてください。ヨハンソン子爵令嬢は保護対象なだけです。父上にもきちんと話は通してあります」

「まあ、子爵令嬢なのね。私はこの際、平民でもよいと思っていたのよ。あなたは次男だし」

「ちっ」

「アラン、母に舌打ちはあんまりじゃない?」

「母上、自重してください。この間マルクスの初恋をぶち壊したばかりでしょう」

マルクスはアランの16才の弟だ。


「あれは……悪かったわよ。てっきりもう両思いなのかしらと思って、相手のお嬢さんにいろいろ相談しちゃったのよねえ、お式の事とか、同居の事とか。あ、孫の話はしなかったのよ!最近はそういうのに過敏なお嬢さんもいるでしょう?まさかまだ告白もしてなかったなんて」


「侯爵夫人から初対面でいきなりそんな話をされたら、普通のご令嬢にとってはもはや恐怖です。可哀想にマルクスはご令嬢に母を使って脅したと誤解されて泣いてたんですよ」

「だから悪かったわよ」

「大体、兄上の恋も先走っていくつか壊してきたでしょう」

「煩いわね、デュークについてはあの子が奥手すぎるのが悪いわよ」

「母上」

アランが少しキツい口調でクリスティナを呼ぶと、クリスティナは少し怯んだ。


「だって、ずっと娘が欲しかったのよ。だから3人も産んだのに全員男なんてひどいわよ。おまけに3人とも旦那様に似て愛想ないし。まあ、マルクスは少しマシかしらね。

とにかく、もうお嫁さんを疑似娘にするしかないの。それなのに3人とも婚約者すらいないなんて」


「私はともかく、兄上に決まった方がいないのは母上のせいでしょう?あの人は優しいですからね、気になった方がいても母上が迷惑をかけるかと思うと積極的にはいけません」


「だから私だって良い縁を探そうとしたのよ。それなのにあの子は、親の決めた結婚は嫌です、とも言うの。嫡男の話が纏まらないから、次男と三男の話を持ち出す訳にもいかないのに」


「兄上はロマンチストですから」

「はあ?あんなに無愛想なのに?」


「無愛想とロマンチストは共存できますよ。とにかく、ヨハンソン子爵令嬢には近付かないでください。私が子爵家の事に関わっているのは御存知でしょう?いろいろと込み入った事情があるんです。あなたが介入すると彼女が傷付く」


アランの言葉にクリスティナは、ぱちくりと瞬いた。


「アラン、あなた変わったわね。女を道具としてしか見てなかったのに」

「女性に対してそのような失礼な態度を取ったことはありません。謂れのない非難は止めてください」

「態度は取ってなくても、目付きで分かるわよ」

「母上」

アランは再び母を強めに呼び、長い長いため息を吐いた。


「分かっているわよ。いくら私だって、いろいろありそうな子持ちの方にぐいぐい行かないわよ。近付かないわ。遠眼鏡で見るだけにするわ」

「遠眼鏡?」

「今朝は庭から別棟のダイニングを見てみたの。きりっとしたいいお嬢さんだったわ。それにお子さんは何あれ?天使かしら?可愛いわねえ。びっくりしちゃった」

「母上、覗きは犯罪です」

「バードウォッチングしてたら見えただけよ」

「母上」

「何よ、私の侍女を借りてるくせに。ステラだって貸してあげてるのよ」

「母上、侍女はともかく、ステラ女史は母上のものではありません」

「私の友人で侍医なのよ」

「母上、いい加減、頭が痛くなってきました、私はもう失礼します」


これ以上、母の相手をする訳にはいかない。実際に頭も痛くなってきた。


アランは母の事が嫌いという訳ではない。

遭遇すると高確率で鬱陶しいとは思うが、居なければ静かで物足りないな、と思うくらいの家族愛もある。

しかし、今のアランにクリスティナを優先する余裕はなかった。


自分が女性に対して基本的に冷たくなってしまうのは、絶対に母のせいだと思いながら、まだ何やら言っているクリスティナを置いて、アランは別棟にある自分の部屋へと向かった。





***


自室に戻り、今度こそアランはサムエルからシンシアの様子を聞き、シンシアの息子について聞く。あの金髪の息子は4才でハリーという名前らしい。


(ハリー、か)

アランは、ハリーの名前を心の中でそっと呼んだ。それはシンシアが何よりも大切にしているもののはずだからだ。自分も大切にしようと思う。


侯爵家での待遇にシンシアは戸惑いが多いようで、罪人の自分がなぜこんな待遇を受けるのかと、気にしているようだ。

それを聞いて、こうして無理矢理帰ってきて良かったとアランは思った。


アランと騎士達は昨夜は子爵邸で寝ずに作業する事になり、今日の朝方にやっと城の騎士団の詰所に戻ってきたのだ。

簡単な報告書を作成して王太子に状況を伝え、何とか一息ついたのが昼過ぎで、その後は押収した証拠品の整理や牢に留め置く事になった者達の対応に追われた。

夕方になり、昨日の早朝からぶっ通しで働くアランに王太子より休憩の指示が出た。アランは城で与えられている私室で休む所を、シンシアに状況を説明しなければとこうして侯爵邸に帰ってきたのだった。


昨日、子爵家で起こった事をシンシアは知るべきだったし、罰を受ける気でいるに違いない彼女に一刻も早く、罪人ではない、と伝えて安心させてあげたくもあった。

城からの道すがらずっと気が重かったアランだが、シンシアが罪人ではない、という一点だけはシンシアの負担を軽く出来るはずで、それを思うとほんの少しだけ気持ちが和らぐ。


しかしその和らいだ気持ちは、サムエルが差し出したステラの手紙を読んですぐに元の気持ちよりも重たく暗いものになった。


そこには、シンシアがステラの診察の一部を青い顔で断ったと書いてあり、過去に怖い体験をした可能性があると綴られていた。

そしてステラの労る言葉にシンシアは泣いたらしい。

アランはぐしゃりと手紙を握りつぶす。


怖い体験、とやんわりと書いてあるが、ステラはシンシアが無体を働かれたかもしれないと言っているのだ。

シンシアは無体を働かれたのだろうか?

ハリーはそういった行為の末の子供?

そして彼女は医師の診察を断り、泣くほどに深く傷付いている。


昨日、雨の中、一瞬でもその無体を願った自分を殴りたい。

シンシアが傷付いていると知って、相手の男を八つ裂きにもしてやりたかった。

そんな事を願った自分も同罪だが。


子爵家の使用人には執事以外は全員に暇が出された。紹介状はなしだが、雇い主の事情での解雇だと分かる書状は与えたので、選ばなければ職は見つけられるだろう。


去った使用人達には身上書も書かせている。

在籍していた使用人の中にハリーの父親が居るとは限らないが、ハリーと同じ金髪の男性の使用人の身上書はそうと分かるように印を付けておいたし、顔も覚えた。


婦女暴行の罪はどれくらい遡れただろうか。

子供まで産んでいては罪に問えないだろうか。

そもそもシンシアにとっては思い出したくもない過去かもしれない、彼女に子供の父親について聞いてもいいのだろうか。

とりあえず、あの男達を監視しておいた方がいいだろうか。


そこまで考えて、アランは自分が母と同じ様に完全に先走っている事に気付く。

頭を振って、落ち着こうと自分に言い聞かせた。

シンシアが絡むといつもの自分でいられなくなる。これではまるで母だ。


(落ち着こう、まだ、そういう可能性があるというだけだ。許されぬ身分差の悲恋という事も、あり得なくはない)

そう考えると、それはそれでどす黒い嫉妬が湧いてくる。

勝手に恋をして、勝手に一人芝居をしている自分に嫌気がさして、アランはがしがしと髪をかき混ぜた。


今は勝手に嫉妬している場合ではない。

シンシアに伝えるべき事があるし、休憩時間が終わるまでには城へと戻らなくてはいけない。

アランはサムエルを下がらせると自室を出て、シンシアのいる客間へと向かった。


廊下を歩きながら頭の中を整理する。

まず、シンシアは今回の事件の被害者で保護の対象であり、罪には問われない事を伝え、昨日子爵家で起こった事を言わなくてはならない。


王太子にはシンシアに爵位を残すようにと望んだが、爵位云々の話はまだ伝えない方がいいだろう。

会議でどんな条件かつくか分からないし、ひっくり返る可能性がない訳ではない。

今のシンシアに、これ以上の無用な気負いや心配はさせたくなかった。


サムエルによると、シンシアは家名を捨てたと言っていたらしい。彼女にとって今一番大切なのは息子のハリーなのだろう。


シンシアとハリーは子爵邸の離れで窮屈に不自由に暮らしていたはずで、まずは侯爵邸でゆっくりと安心して2人の時間を過ごして欲しかったのだが。


(そういう訳にいかなくなったな)

アランの眉が不機嫌そうに寄る。


アランとしては、子爵邸に踏み込んでシンシアを保護した後は彼女を屋敷に囲い込み、全てを与え、一切外には出さずに、害意や好奇の目から完全に遠ざけて過ごさせるつもりだった。


しかし子爵が亡くなった今、そうはいかなくなった。


昨日、ヨハンソン子爵は亡くなった。

子爵に行われるはずだった脱税と密輸の取り調べはシンシアに対して行われるだろう。罪人としてではなく重要参考人としての取り調べだが、城に通う事になりシンシアは人目に晒される。それにはきっと苦痛が伴う。


そして、予想外の父親の死にシンシアはどのような反応を示すだろう。

その死をこれから自分が伝える事を思うと、アランの気持ちはまた暗く沈んだ。



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