ep7.抱きしめて、離さないで feat.朝霞
ここは、ウヨシンテという、平和な国。
そこに、一人の女性が、魔王の娘として転生した。
彼女は自分の好きを叶えるという野望と、
魔王夫婦に頼まれた願いのため、
ありとあらゆる問題を解決してゆく。
あれから、数ヶ月。
四天王達は皆、幸せになった。
これは、そんな四天王達と恋人達の、その後のお話ー
私はアミが好きだ。
動物のような独特な匂いも、ぴょんとはねた寝癖も。
片付けても片付けても、研究のせいで部屋は散らかり放題。
それなのにぬいぐるみが飾ってある棚だけはいつも綺麗で、全部彼女を向くように並べていて。
そんな彼女が、私は好きだ。
「アミ、食事の用意ができましたよ」
四天王の仕事の傍、暇さえできればここに帰ってくる。
随分長い間離れていたのが嘘のように、この部屋は居心地がいい。
例え、どんなに薬や煙の匂いが充満していても。
「……で、ここがこうなるから……この液体をいれて……」
彼女は根っからの研究者脳である。
錬金術にハマってからは、特にその傾向が強くなった。
物事をすべて研究に生かそうとする発想力、取り掛かれば終わるまで声をかけられたことすら気づかない集中力。
そんな彼女が、たまらなく好きだ。
「食事、冷めちゃいますよ」
触り心地がいい毛並みの体を、そっと両手で包みこむ。
びっくりしたように肩を揺らした彼女の体が、私を認識した途端ほんの少し熱を帯びてゆく。
「お、おうアサカ、気づかなかった……で、何してるのかにゃ?」
「気づいてもらうためには、こうするのが一番効率いいと判断したので」
「全然理解できない判断だな……もう気づいたんだから、離してもいいと思うんだけど?」
「このままがいいです。しばらく、こうさせてください」
その体を、もっと自分に近づける。
アミを好きだと自覚してから、随分と彼女が愛しく感じるようになったと思う。
四天王の仕事をしている時も、彼女のぬくもりが恋しくて仕方ない。
恋という感情が、こんなにも自分に影響を及ぼすなんてー
「そ、そーだアサカ。頼みたいことがあったんだった。ここにある植物を刈ってきてくれないかい?」
「………それは、今じゃなきゃダメなことでしょうか」
「タイムイズマネー、だよん。さ、いったいった」
まるで早く行ってほしいとばかりに、私をはがす。
アミはいつもこうだ。私が何をどうしても、どこか塩対応。
最初は照れているのだろう、なんて思っていたけど、こうも無碍にされると不安になる。
本当に彼女は、私を好きでいてくれているのかと。
不服ながらも、私は外にある植物を一つ、また一つと手を取ってゆく。
一通り収穫し終わり、家に戻ろうとする中、ふと魔物の気配を感じてー
「……私は今忙しいのです。あなた方と遊ぶ時間などありません」
腕の中に仕込まれた銃口を向ける。
発砲音と同時に、逃げたり襲ってくる獣たちを追うように命中させてゆく。
かかった時間はわずか3分。獣たちは皆、その場に倒れ込んでー
「アサカ〜? なんかすごい音したけど、何して……うわっ、魔物?」
「アミ、もう大丈夫です。言われた植物も、すべて揃ってますよ」
完璧とも言える仕事ぶりに、若干胸を張ってしまう。
アミに褒めて欲しい、さっきの続きをしていいよと言って欲しい。
その言葉を待っている私とは違い、アミはどこか浮かない表情をしていて……
「アミ? どうしたのですか?」
「ああ、いや、派手にやったなぁって思ってさ。魔物がうろついてるって聞いてはいたけど、まさか襲ってくるとは……さすがだね、アサカ。見ない間に、また強くなったんじゃないか?」
「当然です。私の強さは、元々あなたを守るために鍛えたものですから」
「……うん、そーだね。ちみなら、そういうと思った。けど、ね」
すると彼女は、窓からぴょんっと身を乗り出す。
私の方に歩いてきたかと思うと、アミは私の肩を撫でるように触れた。
「ここ、傷がついてるよん」
はっと目線をうつした肩の部分には、何かを擦ったような擦り傷ができている。
ぬいぐるみ故なのか血はでてなくて、服の一部が破られてしまっていた。
「私としたことが、こんな初歩的なミスを犯すとは……でも大丈夫です、アミが無事ならそれで」
「……アサカ。こんなこと、おいらがいう資格なんて、ないのかもしれないけど……おいらのためだからといって、危険なことはしないでくれないかい?」
思いもよらない言葉に、えっと声が漏れる。
彼女は自分の服の一部を破り、肩にまいてくれる。
その顔は私が倒したことへの嬉しさではなく、不安や迷いがみられるようなそんな表情でー
「魔物など、私の敵ではありません。怪我をしてしまったのは私の不手際です。何故、そんな顔をするのですか? 私が、完璧でなかったからですか?」
「おいらはちみに、完璧なんて求めてない。ちみが強いのは、そばにいたおいらが一番わかってる。だからこそ、やめてほしいんだよ」
「……何故、ですか? アミは、私が嫌いなのですか?」
「違う、そうじゃない。心配、なんだ。ちみが、おいらの前から、いなくなってしまうんじゃないかって」
その言葉に、私ははっと思い出す。
かつて私が相談した時、彼女に言われた言葉をー
『人ってのは厄介でねぇ。好きになればなるほど、離れた時や別れへの不安で、どーーしようもなく弱くなっちゃうもんなんよ。それなのに、なんでか平気なふりをしちゃう。私が思うに、アミさんはそういう人だと思うんだよね〜だから、大丈夫。アサカは十分愛されてるよ』
彼女ーお嬢様は本当に変わった人だと思う。
自分で体験したわけではないのに、まるでわかっているかのような達観した言葉をかける。
現に、四天王である他の三人から、幾度か彼女の話を聞いたことがある。
彼女なら、彼女だからこそ、信じてしまうのではないかと。
「呆れるよね〜自分でもわかってるよん。捨てておいて、何言ってんだって。あの時はそうするしかなかったんだ。ちみを人間にするためにも、おいらが縛ってはいけないって思ってたから」
「……そんなこと」
「でも、逆だった。離れたおかげで嫌というほどわかったよん。アサカが必要だったのは、おいらの方だったみたいだねん」
ふわりと優しい感触が、唇に走る。
それが彼女の唇だと、すぐに理解できた。
私がかつてぬいぐるみだった時から全く変わらない、彼女の温もりだったからー
「アサカ、おいらはちみが好きだ。ちみと同じくらい、ね。だからこそ、無理しないでほしい、頑張らないでほしい。いつものちみのまま、変わらずそばにいるだけでいいんだよ。昔みたいにねん」
「……同じで、よいのですか? 今はもう、こうして触れることも、心を通わせられるのに」
「にゃはは、それもそっか。じゃあ、恋人として、っていえばいいのかにゃ?」
いつになく、優しい声がする。
この人はずるい。私にかけて欲しい言葉の、十倍は上回って言ってくれる。
お嬢様、あなたのいう通りですね。
彼女は私を嫌ってなんかいない。むしろ、かつてないほどに愛されている。
こんなことを言われて嬉しくない相手なんて、どこにいるのだろうー
「いいましたね? 私が恋人である以上、別れると言っても、私はあなたを離しませんから。アミの恋人としてそばにいます、死ぬまで一生です。覚悟しておいてください」
「おっかないねん〜。こりゃ先が思いやられるよん」
その体を抱きしめるように、そっと重ねる。
暖かく優しい香りは、どこか懐かしく、とても心地が良いものだったー
fin
なんだかんだ長くお届けしてきた特別版も、
この章で終わりを迎えようとしています。
やはり締めは百合、ということで
トップバッターはアサカです。
四天王の中で、唯一と言っていいほど攻め要因で、
こんなにストレートに愛を伝えてくれてるって
たまらないと思うんですよね。
四天王はわがまま、自由人のイメージが強いのですが
アサカはある意味それが暴走がする、というか。
一緒にいるアミが困るのも、無理がないというか。
何はともあれ、最高です。
次回も、誰かと誰かの百合の話です!
お楽しみに!!




