#36,5.そのアサガオは寄り添うように feat.朝霞
ぬいぐるみ。
ほとんどの人生を、主人と過ごすもの。
辛い時も、嬉しい時も
いつも、いつでも彼女と一緒でした。
これはぬいぐるみとして生を受けた私と、
主人である彼女との始まりの物語ー
ケトスル・アミは獣人族の少女だった。
猫と呼ばれる動物種で、両親ともども大層可愛がられて育っていたと思う。
そんな彼女がまだ拙い赤ん坊の頃、あやし道具として彼女の両親によって作られたのが私だった。
「アサカ、お外で遊ぶよん〜今日は砂場でお城作って〜アサカのお城にしてあげるねん」
彼女は、根っからのぬいぐるみっ子だった。
一緒にいたいという理由からなのか、やたら連れ回して泥や雨水で汚して帰る。
何度水で洗われたか、思い出そうにも数えきれない。
結果、周囲から彼女は変わった人として捉えられるようになった。
「アミちゃんってさぁ、なんでいつもぬいぐるみとお外で遊ぶの?」
「だって、いつも一緒がよくない? ずぅっと家の中じゃこの子だってかわいそうだよん」
「ふーん、やっぱアミちゃんって変だね」
ぬいぐるみは、家で遊ぶもの。
寂しいとか、そう言う感情は抱かない。
彼女のしていること、思っていることは、周囲からは受け入れられることはなかった。
それでも私を離そうとしなかったのは、それなりに大切に思ってくれていた証だろう。
何があろうとも、彼女の優先順位はぬいぐるみである私だったのだから。
「アサカ! さっき村に錬金術師って人が来てね! 人形だったものが、自分の意思で動いたり話したりしたんだ!! ちみも、人間にならないかい?!」
時がたち、錬金術に出会ってから彼女は没頭した。
まるで、好きになれるものをみつけたとばかりに目をキラキラさせて、毎日輝いてみせて。
前のように相手にされることは減ったけど、私はそれが嬉しかった。
例え度重なる失敗のせいで村を追い出され、たった一人見知らぬ土地に飛ばされたとしても。
「あとはサイボーグ機能をつければ……これでよし! いやぁ、我ながら天才だねん。まさか本当にかなってしまうとは」
人間になれた時は、不思議な感覚だった。
目、足、手。すべてが自分の意思で動かせられると。
初めて彼女と目が合わせられた時、それはそれは嬉しそうに見えてー
「やあ、おいらがわかるかな? おいらはアミ、ちみのご主人様だよん。よろしくねん」
「アサ……カ……」
「お〜、言葉がわかるのか。賢いねん。そ、ちみはアサカだ。今のちみは、まだ人間としては不完全だ。これからはおいらの命令通りに動くといいよん」
そこからは初めての連続だった。
初めて会話を交わすこと、初めて食事を食べれること。初めて、彼女と対等になれたことー
ずっと一緒にいた私にとって、すごく嬉しかった。
やっと彼女のそばにいれると。
そう、思っていたのにー
「……うわっ、またダメか……これでもダメとならば、やはり……」
「アミ、食事の準備ができました」
「……なあアサカ。ちみに会わせたい人がいるんだ。ちょっときてくれないかい?」
人間になってしばらくしたあの日、私はアミに連れられてある場所に向かった。
それが、魔王城である。
当時の私は、彼女の言葉優先で、おとなしくついていく選択肢しかない。
そして。その時は突如訪れた。
「やあやあディアっち〜久しぶりだねん。魔王業には、そろそろ慣れたかい?」
「……相変わらず馴れ馴れしい奴だな。用件を聞こうか」
魔王、ディアボロス。
彼女とアミは、知り合いだった。
なんでもやってきた錬金術が高く認められ、よく魔王とも取引をしていたらしい。
もっとも私は、その場に居合わせることは一度もできず、彼女から話をきいただけにすぎなかったが。
「いや何。ちょっくら提案があってさ。ちみに、彼女ーアサカを預けたい」
その時言われたことを、私はずっと覚えているだろう。
意味がよく理解できない私に構わず、彼女はつらつらと話をし出した。
「実はこの娘、体が全身機械というサイボーグ機能を搭載していてねん。しかも、家のことは大体なんでもできるいい子なんだ。きっと、役に立つに違いない」
「……貴様は、先ほどから何を言っているのだ?」
「彼女の魔力量は人間の比じゃない。育てればそれ相応になる。確か、そろそろ四天王も交代時期だろう? 運が良ければ、そこにも勝ち残ると思ってねん」
「……本当に、よいのだな?」
「さて、アサカ。命令だよん。今日から君は、魔王ディアボロスを主人として支えるんだ」
その後、彼女は私の前から姿を消した。
魔王城にくることも、私に会いに来ようともしなかった。
主人が変わる、すなわちそれは捨てられたということ。
受け入れられなかった、受け入れられる筈がなかった。
「アサカちゃん。アミちゃんはね、今難しい研究をしてるんだって。ここには一時的に預けてるだけで、きっと必ず迎えにきてくれるはず……大丈夫、アミちゃんは何よりも、あなたを大切にしているわ」
女王巳胡様は、必死に私を大丈夫だと言い聞かせてくれた。
忘れさせるためなのか、魔王様はたくさんの文献を私にくれた。
人間というものを理解するため、人間として一人前になるため。
実際、私には才能というものがあった。
魔力が異様に高く、その中でも回復魔法が得意なことから、僧侶という職について。
戦闘員としても申し分なく、四天王選抜でも難なく勝ち上がってしまって。
結局、彼女は姿を見せることはなかった。
取引をしていた魔王様の元に来ることすらなく、家に篭りきりで。
その時、思ったのだ。私は、彼女に必要とされていないと。
だから、忘れよう。あの人は、もう関係ない。
魔王様を守る四天王として、責務を果たそうとーー
「それにしても、驚いたよん。まさかちみが、おいらが好きだったなんて」
売れ残った商品がつまれたダンボールを、部屋へ運ぶ。
年に一度行われるバザールも、ようやく終わりを告げる。
売れ行きはもう一人の人形やお嬢様のおかげもあって上場、功績としてはトップ10に入るくらいのものだった。
「いや何、直した時はすごく攻撃的だったからさ。あれ以前に、ちみからきたことはなかっただろ?」
「まあ、そうですね。いまだ捨てたことを根に持ってますから」
「……確認だが、本当に好きなんだよね?」
「ご心配なく。恋愛に関しては、嫌というほど見て、学んできたので」
誰かを好きになる。ぬいぐるみである私には、到底理解できない感情だった。
たくさんの文献を読んだ。たくさん魔王様の役に立つこともできた。
それでも、この寂しさは埋まることはなかった。
目を瞑ると蘇ってくるのは、あの日あの時彼女と過ごした日々ばかり。
いなくなってから、初めて気がついた。
私にはもう、彼女以外ありえないのだと。
「そういえば、まだ聞いていませんでした。私はあなたを好きですが、あなたはどうなんですか? 私を捨ててまで作ろうとした永遠の命とやらは、完成したのですか?」
あの時はわからなかった。捨てられたというショックが大きすぎて、わかろうともしなかった。
どうしてあなたが、私を捨てるように突き放したのか。
でも、今なら……いえ、アサカは、わかります。
「それがさっぱり、これっぽっちでねん〜何度やってもうまくいかないし…… やっぱりおいらも、人のこと言えないかな。ぶっちゃけ、今のちみには、必要なさそうにみえるし」
寂しがりやで、人一倍甘えることが苦手。
人に頼ることをせず、自分の思ってることには蓋をしがち。
なんて面倒で、回りくどい人。
「永遠の命なんて、なくても構いません。例えぬいぐるみに戻ったとしても……私は一生、あなたのそばにいます」
誰がなんと言おうとも、私はあなたを見捨てたりしない。
離れたりなんか、するもんか。
私は他の誰のものでもない、あなただけのアサカなのですから。
∮
硬いものを擦るような音が、外に響き渡る。
彼女ーマヒルは、ひたすら木に攻撃を打ち込んでいた。
硬く厚いものでも、すぐにやられないように。
「……今日はこれくらいにしとこうかしら」
もうすぐ、あの日が来る。
自分にとっては晴れ舞台でもあり、待ちに待ったものだ。
それに今回は、特別に気合いが違う。
あのサヨから、お守りまで貰ってしまったのだ。尚更負けるわけにはいかないー
勝った時は、お礼でもあげるべきなのだろうか。
でも彼女が喜びそうなものなんて、自分にわかるわけー……
「……? 声が聞こえる……こんな真夜中に誰か起きてるなんて、珍しいわね」
四天王共同の家に戻った彼女は、タオルを肩に声のする方へと足を向ける。
聞こえる先は、下の方だった。
彼女らの住む家の下には、彼女が暮らしやすいようにと直接海に繋がっている。
つまり場所さえわかれば、誰が話してるかなんて考えなくてもわかることでー
「そう。あなたがいなくなって、そんなにたつの。信じられる? 色々ありすぎて、全然話題がつきないわ」
誰かと、交信している。
それだけならまだよかったのに、彼女はどこか楽しそうに見えた。
あんなに笑う彼女を、自分は知らない。
知りたくもなかった。自分にはいつも、難癖つけるか睨みつけるかしかしないくせに。
「………ムカつく……ムカつくムカつくムカつく!! なんなのよ……なんで、あたしは……!」
誰にいうわけでもないその怒りは、壁に穴となって残る。
それでもマヒルは、その怒りを力に変えるよう再び鍛錬へと戻ってゆく。
その感情にきづかないように、みないふりをするために。
そんな自分の気持ちを蓋にして、硬く、とにかく硬く閉めるのだったー
(つづく!!)
今年最後の更新は、まさかのアサカ回で
締めることになりました。
アサカの過去はアミの過去。
アサカがサイボーグに改造されたのは、
自分の身を守って欲しい、
死んでほしくないと言う愛情の裏返しです。
ここにきてまで不器用さがでてますよね
ちなみにタイトルにあるアサガオの花言葉はですが、
彼女のカラーである紫色には冷静だったりします。
全般には「あなたに絡みつく」というのもあって
言葉は怖いですけど、
二人の関係性を表してるような……そんな気がします。
次回は3日……の予定ですが
現時点で、何とも言えないのが申し訳ないです
なかったら、7日に上がると思ってください!
今年一年、大変お世話になりました。
皆様、良いお年をお迎えください!!




