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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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女皇帝 二

 ミルの返答を聞いて、レオルは直ぐに彼女を連れてきた。


「お初にお目にかかります。コレヌ侯爵家が長女、ハイデマリーにございます」


 汚れた服装でカーテシーを見せたハイデマリーという少女。


「ご存知でしょうけれど、私はミル・イル・コレット。コレット家の長女です。ハイデマリーは私に何をお話したいのかしら?」


 ミルの言葉にハイデマリーは言葉を紡ぐ。


──こちらには私の父と、弟がいるんです。


 と──。


 如月勇太が皇帝の座についた後。帝都は血の粛清で荒れていた。

 その中で最初に粛清されたのは三大公爵家のひとつ、ネブラ公爵家。

 ネブラ公爵家は如月と剣聖の恩恵を持つ塚原(つかはら)紫電(しでん)によって一族全員が処刑された。

 それ以降も、皇帝となった如月は多くの貴族の処刑を断行し、いつからか見せしめのために広場に晒すようになったという。

 ハイデマリーの父や祖父、そして、弟が処刑されたのは半年ほど前のこと。

 ハイデマリーと母、妹が処刑されなかったのは母のベネディクトがロマリー公爵家の傘下の貴族から嫁いだからだったよう。


 ハイデマリーの話を一通り聞いたミルは大きくため息をつき、


「それで、こちらは人が少ないのですね……」


 と言い、周辺の家屋を見渡した。

 ハイデマリーの言葉を聞いたニコアはというと、心の中では前世の記憶を呼び起こし、


──勇太マジかよ。紫電も何やってんの?


 と、如月がこんな残忍なことをするなんて想像がつかないといった様子。

 ニコアは現世の両親を殺され、復讐心を持っていた。だが、前世のクラスメイトたちの──それも、ある程度親しかった友人によるものだと知り、そして、一部のクラスメイトには転生したことを打ち明けると、復讐心は薄らいだ。

 前世──入海(いるみ)丹恋愛(にこあ)──の意識が強い分、ニコアは気持ちの切り替えが早かった。

 それでも、如月が現世の両親と弟を殺した銃を使っていることに嫌悪感は拭えないが、彼が簡単に人を殺したり独裁するような人間には思えなかったと振り返る。


『ここで野晒しにされておると浮かばれんじゃろうて。ミルとニコアで弔うが良い。ワシらも弔えようがアンデッドになりかねぬからのう』


 ナイアはそう言ってニコアの顔を見た。


『わ……私に何か?』


 ナイアの美麗な顔を向けられたニコアは唐突な視線に間の抜けた表情に。


『童女や。お前がやるのじゃよ』


 ナイアがニコアに弔うように言うと、ニコアは『どうして私が……』と独り言ちるように小さく漏らした。


『神に願って還すのじゃよ。宵闇を照らし空へと昇るようにと神に祈りを捧げて童女の炎で死者を弔うのじゃ。今、ここにおる者の中でそれができるのはお前だけだからの』


 そう言ってニコアの肩に手を置いたナイア。


「ニコア。ナイア様はなんと仰っているのかしら?」


 ナイアの言葉がわからないミルはニコアに聞いた。

 ニコアはゆっくりと息を吸って、静かに息を吐く。


──そういえば。


 ニコアは思い出した。

 現世の両親の遺体を船ごと燃やしたあの日のことを。

 あれが弔いだというのならそうなのだろう。


「ナイア様はここにある遺体を私に弔えと仰られました。この遺体を私が魔法で火葬することで神の元へ還るのだそうです」


 決心がついたニコアは、ミルに言葉を返して、ナイアに顔を向けた。


『やってみます』

『うむ。良い返事じゃ。ワシは見守っておるからの』


 ナイアはそう言ってニコアから離れて一歩下がる。

 ニコアはミルに許可をとってから彼女の前に立ち──


「これから、この広場の遺体を弔います」


 ニコアはかつて、セルムの城に住んでいたときのように、両親と共に祈った日々を思い出しながら、主神・ニューイットのために祈った。


──どうかこの者たちに安らかな眠りを。


 祈り始めると、噴水の縁に沿うように晒されていた遺体を白い炎が包み込む。

 高く舞い上がった炎から燐光のようなものが舞い上がり、渦を巻きながら天に昇る。

 地面に転がっていた遺体も同じく、地表から白い炎が腐った肉と汚れた骨を燃やし、光の粒子がゆらゆらと揺らめいた。

 それはいつか見た光景。

 クウガがエルフの王女・ララノアと共に死んだ者を弔ったときと良く似ていた。


──嗚呼、クウガ。貴方は今、どこで何をしているのかしら?


 ニコアはニコアとして接した中で最も親しい感情を向ける異性──クウガを想う。

 ガラン=アドゥナで暮らしているのは知っているし、クウガに命を救ってもらったことも記憶に新しい。

 目の前の光景を見て、クウガを思い出さずにはいられなかった。

 白い聖火が遺体を焼き尽くし、燐光が昇ると、地面には白く輝く灰がさらさらと落ちていく。

 女神に祈りが届き、死者が輪廻の海へと還ったことの証である。

 それを見ていた観衆から


「あ、ああ……。ありがとうございます」


 と、感謝の言葉が次々と。

 本来なら、教会で祈りを捧げ、火葬し、その遺灰を遺族が引き取るのだが、ここでは多くの死体が女神に祝福された炎で焼かれて灰になった。

 どの灰が誰のものなのかもわからない。だけど、そのまま、石畳に落ちた灰は東からの風に流れて、西の方角へとキラキラと煌めきながら帯を描く。

 ニコアが祈り終える頃には死体も灰も綺麗になくなり、付近に充満していた腐臭もなくなっていた。


「良いお祈りでした。帝国を想って亡くなった者たちへの来世の祝福となりましょう」


 ミルがニコアに手を伸ばす。

 その光景は少ないながらも観衆の──帝都に留まっていた貴族たちの心を打つ。


「ミル皇女殿下……いいえ、ミル新女皇陛下! 私たちにはあなたしかおりません!」

「ニコア様! コレオ帝国の新たな聖女様だ!」


 その姿は近くで見ていたニコアの叔父のレオルには──


──あれが、兄様が言っていた無能者だって? とんでもない……あれはまるで女神の使いのようではないか!?


 大規模召喚魔法を成功させたことで、かつて、女神の巫女──聖女の再来と謳われたミル・イル・コレット。

 城門前の大広場を祈りで神域化して死者を弔い一帯を浄化した、うら若き少女──ニコア・イル・セア。

 レオルにはふたりの女性が並ぶ姿が眩しく映る。


「さあ、もう参りましょう」


 ミルに見とれていたレオルの耳に彼女の声が届く。

 その声音はほんの少しだけ、低かったように感じられた。


 城内はとても綺麗だった。

 異世界人は綺麗好きが多いらしく、彼らが使っていた空間においては、使用人に細かく清掃をさせていたよう。


「予想以上に綺麗に整えられているわね」


 というのがミルの感想。

 謁見の間もそれは例外ではなく。

 玉座は特に新品のように輝いている。


 ミルは玉座の前に跪き頭を下げた。


「まだ、ここに座るわけにはいかないわ。でも、旗をあげてちょうだい。帝城を取り戻したことが帝都の民に伝わるでしょうから」


 立ち上がって振り返り、レオルに指示したミル。


「はっ。ただちに」


 レオルと数名の騎士が謁見の間を出るのを見送り、ミルはニコアを呼ぶ。


「城内の安全を確認できたらニコアは私と城内の見回りをお願いするわね。それから、あなた……私とニコアの護衛を頼みますわ」


 ミルは後方に控える一人の女性騎士に声をかけた。

 その女性はブラント・イル・カゼミールの姪、ソニア・イル・カゼミール。

 冒険者として活動していたが、今回の帝都奪還にカゼミール領軍の傭兵として働いている。

 ここに連れてこられたのは、ブラントの命令によるもので、ブラントは護衛をつけて城内を見回っていた。


 謁見の間の旗を新しい旗に差し替え終えた頃に、ブラント・イル・カゼミールが謁見の間に戻る。


「一通り見回りましたが異世界人の姿はなく、城内の聖堂に枢機卿のご遺体があったのと、宮殿には女性と見られる遺体が複数、捨て置かれておりました」


 ブラントの言葉に眉間を寄せたミルは「そう。ありがとう」と声にして、


「なら遺体の処理が必要ね。女性の領域にみだりに男性を入れるのは憚られますが、何人か見繕ってくださるかしら?」


 と、ブラントに伝えた。

 ブラントは「承知いたしました」と返答をして、カゼミール領軍、セア領軍に指示を送る。

 そうして、ややしばらく。女性ばかりの兵士がミルの前に差し出された。


「女性の騎士は見繕えませんでしたが、何れも冒険者の女性にございます。腕も確かで力のあるものもおります故、この者共をお使いください」

「気を遣ってくださって感謝いたします。それでは宮殿を回りますので、城内の遺体を北の裏庭に集めておいてくださるかしら?」


 ミルはニコアと、それと、ソニアを含む十二名ほどの女性の傭兵を伴って謁見の間から出た。

 帝城の宮殿は西側に設けられている。そこに向かったのだが──。

 一階の宮殿との連絡廊下はキツい腐臭が漂っていた。

 宮殿の入り口に近付くにつれて、悪臭は強く、ニコアは顔を顰める。

 何とか耐えながら宮殿に入ると、そこかしこに白骨化した遺体や、腐って原型を留めていないものまで。

 奥の方──西玄関付近は臭いが薄まる。どうやら異世界人はこのあたりの部屋で活動していたようだ。

 とある部屋にはいると、まだ、比較的新しい全裸の遺体がベッドに横たわっていた。


「あ、マリネ先輩?」


 ニコアは見覚えのある顔にを見て思わずその名を口にする。


「お知り合い?」

「え……あ、申し訳ございません。この女性は領民学校の先輩で……」

「では、この遺体は身元がわかりそうだからご遺族にお返ししましょう」


 女性の遺体は腫れが酷く、青痣だらけ。

 いったい彼女に何をしたんだろうか。

 ニコアは見た目こそ、帝国民であるが、前世の意識が強い。

 だから同じ日本人としてこんなことするはずがないと信じたかった。

 野外実習のときも、銃がクラスメイトが持ち込んだものだと分かっていても、人を殺すために作ったのではないと思いたかった。

 だけど、広場に集められていた死体や、城内の遺体を見ると、それが異世界人の手によるものだと銃による傷跡でわかる。


──男子ってほんとうに酷い。


 銃を持ち込んだ男子と銃で攻め込んだ男子、両親を殺した男子。ニコアは思い出して、怒りがふつふつと沸き上がる。

 その銃を作ったのは、前世でよく知る女子たちだったことを、ニコアはまだ知らなかった。


 ミルはそれから各部屋を回った。

 室内は比較的綺麗に保たれているが、中にはベッドで全裸のまま死んでいる姿を見ることも。

 身元がわかりそうなものは分けて北の訓練施設に安置され、身元がわからないものは同じく北庭に並べられた。


「それにしても下着の類は一切ないわね。タンスの中を見ると肌着はあってもブラジャーやショーツといったものが全く無いの」


 ミルは不思議がる。ニコアも各部屋の様子は見ていて、タンスの中やベッドの様子などの状況は把握している。

 その中でも下着はなかなか見つからない。


──男子かな?


 そうだったら東棟のほうで見つかるかもしれない。そう思いながら西棟の確認を続けるミルとニコアたち。

 西棟最上階には皇后や皇女たちの私室が割り当てられていた。

 かつての自室に入ったミルは絶句する。


「な……どうなっているの?」


 ベッドは着ない衣類が乱雑に置かれていて、両開き扉のタンスは開きっぱなし。

 化粧箱や他のタンスも開きっぱなし。案の定、下着の類は一切見当たらない。

 化粧品も一つもなかった。

 皇后──ミルの実母、ノラ・イル・コレットの部屋も全く同じ状況で、それはさらに、メルやニムの部屋も同様。

 ニコアは理由がわからず声がでない。


「生存者から聞き取りをしないといけないわね」


 ミルは城内で何があったのかを聞くことにする。


 宮殿の状況を確認したミルは生存者をエントランスに集めて如月が皇帝になってから城内で何があったのかの聞き取りをはじめた。


「異世界人たちは東棟で主に生活をしておりました」

「女性たちが寝泊まりする西棟に異世界人が押し掛けて弄んでたんです。皆、次は私が殺される番なのかもしれないとビクビクしていました。城から出ることが許されず、今日、こうして生き延びてミル皇女殿下のご尊顔を拝見できたことをニューイット様に感謝いたします」


 城の女性たちは口々に怯える生活だったと訴え、異世界人たちに手をかけられたことを報告。


「そう……あなたたちのことをお守りできなくて申し訳なく思います」


 彼女たちは城の使用人とはいえ貴族の子女。純潔や貞操は守られなければならなかった。


「ミル皇女殿下も大変な思いをされたと伺っておりますから……私はこうして五体満足ですので……」


 女性たちはミルの顔を見て安心した様子で。

 逆に男性は皆青褪めたまま。まるで今日まで生きた心地がしなかったと言わんばかりに。


「こちらの聖堂にご来訪されていた枢機卿が殺害され、異世界人の榊が枢機卿を名乗りました」

「城下の教会に訪れていた枢機卿も殺害されていて──」


 男性からの報告は主に教会関連のものが多かった。

 だが、


「私たちの意見は許されませんでした。口を開いたものは即座に銃で命を奪われました……」


 という悔しさを滲ませる言葉も。


「私は婚約者の目の前で──そして、そのまま……」


 涙を流す女性の使用人。

 城内で働いていた者たちは城から出ることを許されないまま数年の年月を過ごしていた。

 満足な食事を与えられず飢えに苦しみながら、女性は異世界人の玩具となり、そうして命を奪われた者が多数。

 女性は西棟に捨てられ、男性は大食堂に重ねられてた。

 遺体は北の裏庭に集められニコアによって丁重に弔われ、そうして、帝城にコレット家が戻る環境が整う。

 それから選帝侯の多くが異世界人によって殺害されたことにより、ミルは帝国初の女性の皇帝──女皇として君臨することとなった。

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