女皇帝 一
「せっかく領民学校で良い成績を残したのだから、帝立総合学園にお迎えしたいわね」
ミル皇女は俺にそう言い残してガラン=アドゥナから発った。
帝立総合学園は帝都の一つの大きな区画に四歳から老齢の研究員までいるという超巨大な学園で先々代の皇帝のころまでは他国からの留学生も多く通っていたという。
学園についてはレイナが詳しく教えてくれた。
レイナは領民学校を卒業してから帝立総合学園高等部に入学した。
「領民学校と違って、帝国全土から貴族の子以外に、平民の子でも優秀なら帝都で受け入れてたの」
大きくなったおなかをさすってレイナは高校生時代を懐かしむよう。
「でも、私は婚約していたし、あまり自由はなかったけれど、帝都の学園はレベルが高くてとても良いところよ。私は家政科というところに入ったから少しばかり退屈だったわ。でも、領地の運営や政治を学ぶ王政科、武芸を学ぶ騎士科、魔法を学ぶ魔法科がそれぞれ、身分や成績、能力にランク分けされて、希望のところに入れればクウガくんも楽しいはずよ」
レイナの他、メル皇女とニム皇女も似たようなことを言う。
メル皇女は王政科を卒業していて帝国の政治に多少通じているよう。
最高学府は最高学部と呼ばれていて前世の大学に似ているけど少し違うようで研究機関を兼ねているそう。
メル皇女は最高学部でも帝政を学んで研究する帝政科というところに進んでいて名目上は今でもそこに籍を置いているようだ。
ちなみに帝都に住んでいた結凪と柊は学園の存在は知っていたけど、一度も足を踏み入れたことがないと言う。
「てかさー、学校があるなら通いたかったよねー」
という柊に
「学園は大規模召喚魔法に反対をしていたこともあって異世界人の受け入れを拒否し続けていたの。とはいえ、お父様も異世界人を学園に入れることなど毛頭なく。お姉様の進言が受け入れられることなどございませんでした」
というメル皇女の返答。
「学園というところに行かせてもらってたら、今みたいな生活どころか、魔族領に攻め込めたかもわからなかったね。でも、みんなもっと早くにバラバラになってたかも……」
結凪は柊とメル皇女のやり取りに言葉を挟んだ。
父さんのところにいる異世界人の女性たちのことだろう。
目移りして他所にフラフラしていっていたに違いない。
貴族の男女は見た目が良いって言うしね。
そして、母さんはというと
「帝都ねー。私、行ったことないんだよ。行ってみたいとは思わないけど、気にはなるかなー」
と、終始にこやか。おそらく俺が学園に入学したら、一度くらいは行ってみても良いとは思っているんだろう。
母さん的には俺はもう家を出て独立していても良いと考えているそうだ。これは父さんも同じ。
俺は平民だし、そんなもんなんだろう。ファルタのスラム育ちで幼馴染のカイルとキウロもそうだから。
そんなわけで、俺が帝都に行くかもしれないという話の流れは、突然やってきたアルダート・リリーによるものだった。
彼女は相変わらず薄着で目のやり場に困る──と、言いたいけれど何一つ琴線に触れるところがないので全く気にならない。
何故、このタイミングかと言うと、それは、ミル皇女がコレオ帝国の正当な女帝と主張したところから始まる。
◆◆◆
勇者・如月勇太をは玉座で狼狽していた。
「何故だ! いったいどうなってるんだよ! 俺たちは強いんじゃなかったのか!?」
目の前には剣聖の恩恵を授かった塚原紫電。
矢傷を負い、左腕と左足の言うことが利かず、何とか右手の剣で身体を支えて立っていた。
「スマン。フェトラを追っ払うつもりが、このザマで……」
フェトラの進撃を許したのは遠的の矢が的確に指揮官を討ったことによるもの。
統制が崩れた瞬間にフェトラ王国軍を迎え撃った二十万のコレオ帝国軍は多くの犠牲を払って撤退を余儀なくされた。
そして、同タイミングで謁見の間に慌ただしく入った兵士が塚原の隣で跪く。
「報告いたします! エリニス王国軍と交戦しておりました三十万の帝国軍が全滅。デム・イル・ロマリー閣下も戦死いたしました。他、ラムズ将軍ならびに──」
兵士の報告に如月と塚原は愕然とした。
「マジかよ……。いったい何があったんだ?」
如月の声に兵士は淡々と報告を続ける。
エリニス王国軍は竜騎士となった澤幡が率いるたった五十騎の竜騎兵が帝国軍の前線を投石や火炎のブレスで駆逐。
魔剣士として先頭に立って王国軍を引っ張る野木が帝国軍を押し返した。
逃げようとする帝国軍のうち主要な幹部や将軍を次々と討ち取った忍者の井之村。
「あ、アイツら……」
ぷるぷると怒りで右手を震わせる塚原。
「裏切りやがって……殺してやる……」
塚原の声には殺気が滲んでいた。
兵士の報告は続くが、元々のエリニス王国の領土だった地域が奪い取られ、王国軍はそれ以上の侵攻は確認されていない。
その報告は再び謁見の間に新たに人間が入るまで続く。
謁見の間に現れたのは賢者の高野と大滝、そして、司祭の恩恵を持つ榊、それから、商人で銃をこの世界に齎した木野山。
塚原の隣に来るなり、高野は言った。
「セルムの城を魔王軍に奪われた」
「今度はそっちかよ。でも、魔王軍なんてどうして……」
「わかんねーけど、魔王っぽいのもいた。アイツら銃が効かないんだ。銃で撃っても直ぐに再生して治ってしまう」
「銃が効かないなんてありえないだろ? なあ、木野山」
高野の報告は如月を混乱させる。
木野山は青褪めていた。
ちょうどセルムに滞在していたときに魔王軍に攻め込まれたからだ。
「──あ、アイツらも……魔族も銃を使ってたんだよ……それも、俺らの銃と全然違うんだ」
木野山は震えている。顔の所々に擦り傷が見えた。
「何で魔族が銃を作れるんだろうな。しかも、魔法みたいな効果がついているのか着弾すると凍ったり火を吹いたりして──」
そうして、命からがら逃げ延びた高野と木野山。
榊は大滝に呼ばれてここに来たが、その大滝は高野の発言を遮って言葉を挟んだ。
「ミルが攻めてきてる。帝都はミルの帰還を喜んでるし、帝国軍を配備したところで俺達にはなにもできないだろう。死にたくなかったら逃げろ。逃げるなら帝都の外に出してやる」
大滝は一刻も早く帝城から出るべきだと主張した。
この中でただ一人、ミル皇女が率いる帝国軍を目にしている。
帝国民は如月の圧政で疲弊し、ミル皇女の帰還が希望の光のように見えていた。
──俺たちはやりすぎたんだ。
誰もがそう分かっていても言葉にはしない。
ただ、生き延びるか、ここで、死ぬかの二択を迫られる。
彼らの選択は然るべきものであった。
◆◆◆
ミル皇女が奥に座る本陣。
後ろにはニコアが控えており、その横にナイアがミル皇女に並ぶように椅子に腰を下ろしていた。
「お茶をお淹れしました。このお茶は西方にある小人族の村でとれる茶葉を用いたものにございます」
魔王ナイアの幹部の一人、夢魔族のシビラが艶やかな佇まいでミル皇女とナイアに茶を振る舞う。
ミル皇女に伝わるように、シビラは帝国語でお茶の説明を行った。
角がなければミル皇女よりも若干低い背丈のシビラ。ゆっくりと置かれたティーカップ。視界の端っこでぶらりと何かが揺れた。
ぎょっとして揺れた物体に目が捕われたミル皇女。
天幕の外は雪がチラつく季節。まだ積もるには早いけれど、人間の目から見ると彼女たちの装いは明らかに寒そうで居た堪れなく感じる。
それはニコアも同様で……
──魔族って寒くないの!?
と、ナイアやシビラを見て思う。
シビラが淹れたお茶を一口啜ると、天幕の外から声がした。
「ミル陛下! ナイア陛下! レオル卿が参りました」
「通して」
ミル皇女は許可する。
「失礼します」
レオルは目を伏せながら天幕に入った。
ここは男性にとって目に毒。
とくにシビラは魔眼の持ち主で人間では抵抗できないため、目を合わせないようにしていた。
レオルは片膝をつき頭を垂れて肺に力を込めて大きめの声で報告する。
「報告いたします。帝都コレッタの敵軍が降伏の意思を伝えてまいりました」
「降伏ですか……。降伏を伝えてきた敵軍の使者はいかように?」
「はっ。どうも食事をまともにとっておらぬようで、見るに見かねて我が天幕で休ませております」
「そう……では、その使者を連れてきてくださるかしら?」
「はっ。承知いたしました」
レオルは顔を上げないように立ち上がって天幕から出ていった。
『相変わらず、なかなかの好青年ですわね』
艶の乗った声を発して舌舐めずりするシビラ。
『淫魔はさておき、夢魔はああいう人間を好むのだったな』
『ええ。ですが、人間のこういった軍に従軍するのは悪くないわね』
ミル皇女──女帝となったミルを総大将としたコレッタ攻略軍とつい先日までセア辺境伯家を継いだレオルが率いたセルム攻略軍にはそれぞれに夢魔族の女たちが従軍している。
そのおかげで彼女たちの食欲は満たされ、その副産物として、強姦や略奪といった行為が一切行われていない。
「夢魔族というものは素晴らしいわね。こうした戦では個々の行動まで監視の目が行き届きませんから略奪などが行われるものですが、此度の遠征ではそれが一度も発生していません。おかげで占領後の掌握がとても円滑に進んで助かってます」
シビラとナイアの会話はニコアが魔人語から帝国語に翻訳。
ミルに伝わると、笑みを返して発言する。
『人間は寿命が短い分、精が強い。似たように寿命が短く精が強いゴブリンと比べると魔力に乏しい。だが、質が極めて高い所為か、人間の精は我らにも影響を及ぼすほどだ』
褐色のエルフ、リウがニコアが訳した言葉を聞いて言う。
『んむ。何はともあれ、円滑に進むのであれば、それで良いのじゃ。最後の戦いも血を流さずに済みそうならば、ミルにとってはさぞ僥倖であろう』
ナイアはそう言って脚を組み直してから茶を口に含んだ。
◆◆◆
勇者は逃げた。
帝都に留まっていた異世界人とともに大滝の導きで帝都を出て東へ東へと。
無頼漢という大滝が授かった恩恵で、気配を殺し、誰にも悟られることなく、いくつかの領地を抜けた先。
獣道のような細く険しい狭隘路。そんな道なき道を進むことしばらく──。
彼らは大滝の塒の一つに身を潜めることにした。
◆◆◆
異世界人たちが居なくなった帝都コレッタに、ミルが帰還。
間に合わせに用意した多少の飾り気をつけた荷車に魔王ナイアと肩を並べる新たな皇帝を名乗る──ミル・イル・コレット。
北門から続く石畳の街道の側道は人々が群がりぎゅうぎゅうと押し合うほど。
「ミル皇女殿下ーーーー!! ばんざーーーーーい!!」
「ミル新陛下ーーーー!!」
観衆の大声は全てミルを讃えるものばかり。
隣には異形の亜人と言えるナイアが居るというのに、彼らは魔族領と友誼を結んだ稀代の皇帝だと都合良く捉えられたよう。
ミルは皇帝につくのだと名乗りを上げたがまだ正式なものではなく、今回のような場合は、如月が皇帝の座についたときと同様に、選帝侯の承認を経て正式に戴冠の運びとなる。
城壁に差し掛かると、その門を中心に多くの観衆でごった返していた。
それでも、ミルには思うところがあり──
「以前のような賑わいはないようね」
と、彼女が感じたのは、帝都の人口が以前の半分以下にまで落ちてしまっていたから。
「数えるほどしか帝都に来たことはございませんが、たしかに、私も人が少ないように思います」
ミルの後ろに控えるニコアがミルの言葉に続いた。
そして、それは門を通り抜けるとより顕著に。
「店がひとつも空いてないわ……家も空き家ばかりではないかしら?」
城壁の内側に入ると真正面に白亜の巨城が視界に入るはずが、ミルは門前広場の商店街や裕福な平民や貴族たちが住んでいるはずの住居に目を向けていた。
そこで目についたのが、扉を閉じた灯りのない店と門を閉ざして人の気配がない家並み。
平民が多い城壁外は多くの人で賑わったが、貴族が居住する城壁内では違った。
人通りが少なく、ミルたちを一目見ようと出てきた観衆の姿もまばら。
城壁内外の差を訝しく思いながら帝城を目指して歩いて、しばらく。ミル率いるカゼミール領軍、および、セア領軍は正門前広場に到着。
『ニンゲンは趣味が悪いのう』
広場の光景を見たミルは絶句。
ナイアは目の前の惨状に呆れた声を発した。
「ニール……アネリア……」
かつて帝城を美しく飾る噴水広場には、いくつもの腐りかけた死体が吊り下げられており、その中にはミルにとって見覚えのある特徴を持った者がいたよう。
その姿を見たミルは目を背けたくなる気持ちに駆られたが、ひとりひとりをしっかりと見て、誰がここにいるのかを確かめる。
「ひっ……」
ニコアは異臭に思わず口と鼻を両手で隠すように覆った。
遺体は吊り下がったものだけでなく、中にはニコアよりもずっと幼い死体が地面に転がっているほど。
「うっ……っ。ううっ……」
全ての遺体を見たミルは涙を落として呻く。
「ミル殿下……」
悪臭に耐えながらニコアはミルの背中に手を置いて、ハンカチを差し出した。
広場で足を止めていると「殿下にお話があるそうです」とニコアの叔父のレオルが近寄ってくると、ミルは
「ニコア、ありがとう。レオルの話を聞くわ」
と言って、ニコアからハンカチを受け取って涙を拭う。
「コルヌ家の娘が殿下とお話をされたいそうです」
レオルの言葉にミルは答える。
「こちらに通しなさい。話を伺いましょう」
ミルはレオルにコルヌ家の娘を連れてくるようにと伝えた。




