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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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異世界人 十二

 帝都コレッタ──。

 小高い丘に聳える巨大な白亜の城。

 古くはコレオ・カルム・ヴィヴ=イルと建国の皇帝、ヘルグ・ヴィヴ=イル・コレットが名付けたが、今はその名を知るものは少ない。

 この帝城はヘルグがバレオン大陸の北部──魔族領でも最北部に位置するヴィヴ・イールという名の魔人と暮らしていたときに住んでいた山──の、フォドロー山を模して作られた。

 四隅の見張り塔の下から緩やかなカーブを描き、中央に向かうにつれその傾斜はキツく、それを見た異世界人は「富士山のようだ」と言う。

 一時は大陸の大半を支配したというコレオ帝国。

 その時の皇帝ヘルグが帝国の権威と威厳を示すために、巨大な城を建てさせたという。

 高さは最大六十メートルほど。頂上には物見台が設置され皇族が自由に出入りできるようになっていた。

 現皇帝で勇者の如月(きさらぎ)勇太(ゆうた)は城の正門……真南を遠く眺めて戦況を聞く。


「そうか……エリニス王国軍とは国境の砦で一進一退。そのタイミングでフェトラ王国に攻め込まれ、領土を奪われた──と……」


 皇帝の座についたが戦争のことは全くわからない如月。

 戦況を聞いても、うまく把握できずにいた。


「わかった。高野(こうの)に相談して対応を考えるよ」


 そう答えて使いの者を返した。

 再び、如月は一人で景色を眺めて独り言のように呟く。


「ここからの眺めって本当に良いよね」


 誰もいないと思われた屋根付きの屋上に、ひとつの影が揺らいで人の形を成した。


「丘の上に建ってるってところも含めると高さ百メートルくらいはあるよな」


 周辺は高い建物がないし、東に山脈はあるもののそれは地平線の向こう側。


凌世(りょうせい)もここに良く来るのか?」

「さあな。今回は上に登っていくやつが見えたからよ。来てみたんだ」

「そっか……」

「それより戦況が厳しいじゃねーか。俺も戦争のことはよくわかんねーけど」

「俺も戦争で何をしたら良いのか全くわからないんだよね。今の俺では玉座に座るしかできることがないからさ」


 如月と大滝は肩を並べて南の地平線を眺める。

 その先は戦場。如月は、高校生だったころのクラスメイトでカースト下層にいた目立たない三人の男子の姿を、脳裏に描いた。

 野木(のぎ)健司(けんじ)澤幡(さわはた)蒼龍(そうりゅう)井之村(いのむら)藤治郎(とうじろう)──。


──あいつらは確か、使えない恩恵だからと前線に行かせてたっけな。


 戦闘系の恩恵を授かった三人だったが、何れも剣術、槍術、投擲というスキルが恩恵というクラスのカーストに準じた低レベルっぷりで、高野たちと一緒にバカにして笑い飛ばしていた存在。

 彼らの命を軽んじて捨て駒として最前線に送り込んだのは異世界人だけでなく、帝国軍の指揮官たちも同様だった。

 その三人が、敵として獅子奮迅の活躍をしていると聞き、未だに信じられずにいる。


「それにしても、あの三人が三十万の帝国軍を押し返すなんて予想ができなかったよ」

「野木、澤幡、井之村か」

「たいしたことできないゴミだってみんなで笑ってたのに」

「本当にな。それで何でそこまで強くなったか探りを入れにいったらよ、なんかわかんねーけどバレちまってな。昔は簡単に潜入できたのによ」

「エリニスに、だよね?」

「ああ、エリニスの王都、フューリーにな」


 大滝は深く呼吸をして、エリニス王国の王城に侵入し、王妃を誑かしたときのことを思い返す。


──あれはあれで悪くなかったな。もったいなかった。


 王妃を甘言で惑わせ堕落させることに成功したが、当時のエリニス国王が王妃の不義に勘付いて自らの手で妻を殺めた。

 それを目の前で見ていた王太子が王妃を殺した国王を殺害。

 その騒動で駆けつけた衛兵に見つかりそうになったが、その場で王太子を斬り付けて姿をくらました。

 バレずに逃げ切ったと思っていた大滝だったが、実際には長身の黒髪という特徴だけは目撃されていて、コレオ帝国が召喚した異世界人によるものとエリニス王国の国王の座を継いだ女王とふたりの妹に悟られている。

 ともあれ、それで混乱したエリニス王国の領土を帝国は攻め取った過去があった。

 今回はエリニス王国から奪った領土の防衛のために高野が中心になって編成した三十万の帝国軍で迎え撃っている。


「ま、今はそれより、フェトラだろ? どうするんだ?」


 一進一退のエリニス王国軍と交戦している帝国軍から人員を割くことはできない。

 であれば、セア辺境伯領の駐留軍とメルダ奪還を目指している帝国軍から新たに軍を編成する必要があった。


「デムに相談するけど、北側は侵攻が弱まってるから、そっちからフェトラのほうに送るかも?」

「んじゃあ、俺はフェトラにでも行ってくるか。フェトラとの交戦って確か何度かあったよな?」

「俺は魔族領に行った以外、戦ってないからわからないんだ」

「あー、勇者ってやつのせいだっけか。厄介なもんだよな。すんげー恩恵だって嬉しがってたのに人間相手には何もできねっつー」

「本当に厄介だよ。それでも銃の引き金は引ける。やった後がしんどいけど」

「難儀だな。でも、何もしてなければ玉座に座ってるだけで恩恵は働くんだろ?」

「それだけは便利なんだけどさ。それでも、人に手をかけるたびに弱まってるような気がするんだよ」


 如月はため息をついて言葉を続ける。


「こんなことなら皇帝にならなくても良かったよ。帝国とか国民とか俺には何もわからないからさ」


 そう言って空を見上げる如月。


──家に帰りたい。


 と、涙が零れ落ちないように堪えるので精一杯だった。


◆◆◆


 フェトラ王国、辺境の町──カレス。

 この町の外れでひっそりと暮らす異世界人──椎名(しいな)りさとその使用人のオリビア・フェイ・アーリシェンスがりさの娘のアリスの面倒を見ながら、ジンとジーナの稽古を見守っていた。

 隠者(ハーミット)の恩恵を持つりさは住まいを隠蔽し、周囲からその存在を悟られないように細工をしている。

 しかし、異世界人の恩恵を上回る効果を発揮するジンの阻害系のスキルの数々。獲物を一矢で射抜く技量を持つ弓術に加え、どこまでも遠くを見通す千里眼。


「とんでもない拾いものだったね」


 中型のワイルド・ボアを一本の矢でいとも容易く仕留めるジンに目を細めるりさ。

 風の精霊の力を借りて木から飛び降りたジンは狩った獲物のもとに走った。

 それを見送るオリビアはぽこりと膨らんだおなかをさすってジンを目で追う。


「ええ。本当に……。これほどの弓の使い手となると王国に奪われないか、心配になるほどね」


 と、オリビアが言葉にすると、


「ジンくんかっこいい」


 と、アリスがうっとりする。


「そんな年で雌の顔すんなっ!」


 りさがアリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「アリス様にお兄ちゃんを褒められるとわたしも嬉しい」

「ねー、アリス様っていわないのー。ジーナは私のお友達でしょー?」


 りさの手から逃れてジーナに抱き着くアリス。


「アリスちゃんにも本当に良かったわ。同じ年の同性のご友人が出来て」

「そだね。ちょっと、あたしの手を払って行ったのは減点だけど、王都の学校に行かせる前に友達が出来て良かったよ」


 りさから離れたアリスを目で追うりさにオリビアが言うと、りさは目を細めた。


「お、はやいなー」


 りさは狩った獲物を引きずってきたジンに目線を動かす。


「見れば見るほど、素晴らしいわね。ここで生活するには彼のような男性がやっぱり必要なのだと思ってしまいますわ」


 ジンがワイルド・ボアの木の陰に置くと腰に下げたナイフで器用に切れ目を入れると、縄を太い枝にかけて吊し上げた。

 その様子をりさとオリビアは遠目で眺めている。

 アリスとジーナはジンの傍までかけっこしていた。


「やー、ほんと、あんとき、声をかけて良かったよ。かわいいし、よく働いてくれるしさ」

「はい。よく手伝ってくれて手が空くようになりましたし、りさ様がジンをわたしの褥に通わせてくださったおかげで私は石女ではなかったとわかり、女としての自信が持てるようになりました。りさ様にはとても感謝しております」

「それは頑張ってくれたジンにいわなきゃ」

「ジンにはまだ頑張ってもらいますから、あとふたりぶんくらいは」

「ジンもオリビアもまだ若いもんね。あたしももう一人くらい欲しくなっちゃったよ」

「ふふふ。そう仰るけれどりさ様も随分とお気に入りのご様子で──」


 子どもたちが傍にいないからか益体のない話で花を咲かせるりさとオリビア。


「ま、ジンとジーナを拾ったおかげで食うヤる寝るが全部満たされてるね」


 人間は三大欲求が満たされてこそ、心豊かに生きられるのだと主張するりさ。

 その言葉にオリビアは答える。


「りさ様がジンを拾ってくれたから、私はようやっと息を吸えるようになった気分です。ですがお子を授かれたことをお父様とお母様にどう報告するか悩みどころです」

「そこは良いんじゃない? だって、嫡子を産んだ奥さんってお役を御免されたようなもんだし、恋愛したり婚外子を作るのも自由じゃん? オリビアは出戻ってるわけだし、父親が誰であろうと文句を言われる筋合いはないよね? それに、もしかしたら有用な恩恵を引き継いでるかもしれないからね。精霊魔法なんていうレアな魔法をジンとジーナが持ってるわけだしさ。問題になるのは身分ってところだけだけど、この生活してたら身分なんて関係ないしね」


 りさの言葉にオリビアはおなかを意識してつい擦る。


「それはそうですね。りさ様が仰る通りです」

「そ。だから気にしない。おなかに子どもがいて働けないならあたしが働くしさ。そこはお互い様ってことで──」


 ね! と、りさはオリビアに片目を閉じてウィンクした。

 そうこう話していると、ジンがワイルド・ボアを見事に解体していて、


「わー、凄い!」


 と、アリスがはしゃいでいた。

 アリスがジンの解体作業を夢中で見ている横ではジーナが外した内臓と流れ落ちた血を精霊魔法で焼いている。

 それを眺めるりさは精霊の炎で焼かれる様子を見て


「魔法って本当に凄いよね。一瞬で灰にするほどの高温とかヤバいでしょ」


 と目を爛々とさせた。


「コレオ帝国には若い女性の冒険者で爆炎の魔法少女という二つ名を持つ魔法使いがいるようですけど、ジーナも鍛えたら、立派な二つ名をいただけるほどになるかもしれませんね」

「でもさ、ジーナの魔法って詠唱しないで精霊に働きかける精霊魔法ってやつらしくてさ。誰かに教わるにしても教える人がいないっていう。誰にも教われなかったら二つ名を貰えるくらいまで上達するのは難しそうだよ」


 精霊魔法を扱える人間は非常に稀で神から恩恵を賜った異世界人にも居ないほど。

 鑑定で精霊魔法が使えると分かっても、それをどのようにして使うのかがわからない。

 だというのにオリビアとりさの目の前で精霊から力を借りて自然現象への介入を続けるジーナ。

 りさは隠者の恩恵による鑑定で精霊魔法がどういったものなのかを理解することができた。だが、オリビアにとって精霊魔法は未知の魔法。それで、オリビアには、隣国から輸入された物語──爆炎の魔法少女物語──に登場したラナのように、詠唱することなく高い威力の魔法を無尽蔵に使う魔法使いのように思えた。


「でも、どうしてこんな子が帝国では見向きもされなかったのか気になります。フェトラでは平民だとしても魔法が使えると判明した時点で貴族が囲い込むんですが……」

「だよねー。まあ、あたし、召喚されて割とすぐに帝国から逃げたからわかんないけど」

「そのおかげで私は救われましたから、そこは感謝したいですわね」

「あはは。そうきたか。やー、さ、あそこ、召喚されたばっかで数週間もしないで戦争に行けとか狂ってたんだよ。使い道のない恩恵だからって最前線にほっぽりだしてさ」

「コレオ帝国は人口が多くて人材に困っていないのでしょうね。近頃はジンやジーナのように他国へと逃げる平民たちが増えているようですが……」

「フェトラとしてはそれで大人は傭兵にして、魔法を使う子どもは貴族が養子に迎えるんだしさー……って、ジンとジーナをやっぱり学校に行かせたいなー。あたしとオリビアだけの教育じゃ足りなくなるだろうし、アリスも学校に通わせるわけだしね」


 りさはワイルド・ボアの解体をするジンとそれをずっと見てるジーナとアリスを見て目を細める。


「アリスにはちゃんと人に慣れて欲しいし、ジーナはともかく、ジンが有名になったら爵位を貰えるかもしれないじゃん? そうなったら、オリビアとおなかの子のためになるしね」

「りさ様はよろしいのですか?」

「あたし? あたしはー。ま、もう一人くらいほしいなーって思ってるよ」


 ジンが叙爵されたらりさに仕える理由がなくなってしまいそうで、オリビアは淋しさを感じた。

 だが、オリビアの問いに下品にほくそ笑むりさを見て一安心。

 りさも大きな変化を望まないのだろう──と、そう確信し、りさの「もう一人くらい欲しい」という言葉の真意を悟る。


「それはよろしいことで」

「でっしょー? あたしもこれ以上はめんどくさい付き合い増やしたくないしさー」


 りさがケラケラと笑うと、オリビアが釣られてクスクスと笑った。

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