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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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北ファルタ 九

 空は快晴。川面は穏やか。

 一隻の帆曳船が真っ白な帆を広げて西に帆走。


「風が気持ち良い……」


 嬉しそうにして風を浴びるミル皇女。


「お姉さま。はしたなくてよ」


 ミル皇女に注意をしたメル皇女。

 今日は朝から北ファルタを目指すことになった。

 なお、ナイアはリウとニコア、アルニアのメンバーでドワーフの国──エルボア王国に向かっている。

 彼女たちは元々の用事を済ませるため──だそうだ。アルニアは行って直ぐに戻ってくることができるならということで同行。

 で、俺はミル皇女とメル皇女の付き添い──帆曳船に乗る約束を早々に果たすことになったっていう。

 ともあれ、夏を迎えようというこの季節。人の目につかない川面をゆく船の上と来れば開放的な気分になるのは致し方ない。


「良いじゃない。気を休める時間はめったにないんだから」

「そうは言っても、クウガが居るでしょう?」

「クウガって不思議な子よね。この子の前だと気を張れないの。まるで神様にありのままで良いのよって、許してもらえる場所に思えるの」

「それはわかるけど……」


 俺の目の前で繰り広げられる姉妹の言葉の応酬。

 その話の内容は居た堪れないものに。


「ところでメルはクウガに〝教育〟したの?」

「そんなこと──。や、クウガとなら吝かでないけれど……」

「だったら、クウガに貴族の子息と同等の〝教育〟をしたほうが良いわ」

「どうして?」

「だって私、帝都を取り戻したら学校を再開するから。そしたらクウガを高等部に入学させるの。高等部の生徒になって、貴族の子息たちに遅れを取ってるようでは、そしられるようなものだわ。それに私の名を使って推薦状を受け入れるわけだから」

「そういうこと、それなら……あ、これは言えない。けど、そうね。やはり吝かでないとだけお答えしておくわ」

「吝かでない……それだと困るのよね」


 ミル皇女はそう言って一呼吸して、言葉を続ける。


「それに、この子は初代皇帝──ヘルグ・ヴィヴ=イル・コレットの玄孫(やしゃご)にあたるのよ」


 唐突に森のエルフの郷で判明した母さんはエルフの末裔だということをミル皇女は口にした。


「え────?」


 これにはメル皇女もびっくりで言葉が続かない。


「このことは絶対に誰にも口外しちゃダメだから──」


 前置きを置いてミル皇女はメル皇女に伝えた。

 母さんと俺、リルム、クレイが初代皇帝の血も引いていることにメル皇女は驚愕。


「それって私たちよりも血が濃いということよね?」


 というメル皇女。


「そうなるわ。でも、それが平民の子なのだから、公にしたって受けいられることはないわ」

「お姉さまが〝教育〟について仰ったことはもしかして……」

「それもあるわね」

「そういうことなら、分かった。私たちとしてはクウガを皇族と同等と扱い、貴族の子息に相応しい〝教育〟を施しましょう」

「ええ。お願いね。私も一段落したら〝教育〟に助力するわ」

「ニムに伝えなくて良いのかしら?」

「ニムはまだ早いわ。ただ、私たちと同じで外には出せないからいつかはそうすることになるでしょう」

「クウガだけでよろしくて? クレイもいるわよ?」

「クレイというのはロインと一緒にいた男の子でクウガの弟だったわね。この話題に加えるには幼すぎるのではないかしら?」

「それはそうね。お姉さまや私では難しいでしょうけど、ニムならちょうどいいと思いますわ」

「ニムに押し付けるのは憚られるわ。ニムが希望するのなら良いでしょうね」


 彼女たちの声は海風に乗って耳に届く。

 もうすぐ、船着き場。

 網の魚を解放して船を停める準備を始めた。

 毎回のことだけど、帆を使った船は魔法で制御できるので、いちいち網を引かなくて済む船がほしいところ。

 そのためにはちゃんとした船着き場とか港を作りたい。

 落ち着いたら着手しよう。


 北ファルタの船着き場に船を着け、ミル皇女とメル皇女の手を順に取って船から下ろした。


「とても綺麗な町ね」


 と、ミル皇女が言うように、中心街から少し離れた港からも整然とした町並みが目に映る。


「しばらく来ないうちにとても変わったわ」


 メル皇女は右から左と見渡して町の変化を嘆くような声音で吐き捨てて──


「あのような壁はなかったもの」


 と、言葉を続けた。

 メル皇女の言う通りで、東には、貧困層と思われる住民と町を隔てるように壁が聳えている。

 壁から外側には支柱が立ってる小さな畑がぽつりぽつりと見えるし、その不揃いな畑の合間に雑に建てられた小さな家のようなものが見えた。


「まあ、今はラプス・イル・ジノのところに参りましょう」


 船着き場から町に入るには城壁のようなものを一つ。そこには門番が立っていて、


「そこの船で来たようだけど、スラムから来たやつを通すことはできん。早急に帰れ」


 と、凄まれた。


「私の顔をお忘れで?」


 メル皇女が身分の証となるアクセサリを見せる。


「こ……これは、失礼いたしました。メル皇女殿下におられますね? そちらの女性は?」


 門番はメル皇女より背が低いミル皇女に訝しむ目を向けた。

 恐れ知らずとはこのことか。


「私はコレオ帝国コレット皇家、先代皇帝のダーム・イル・コレットが娘、ミル・イル・コレットにございます」


 ミル皇女はそう言ってパンツスタイルの姿ながら見事なカーテシーを披露。

 その燦然とした所作に門番は目が奪われたよう。


「これはこれは失礼いたしました。それではお二方ともお通りください」


 そう言って門番は俺の前に槍を掲げてミル皇女とメル皇女を通そうとした。

 ミル皇女は門番の槍の柄を掴んで、


「その子は私の護衛として随伴させております」


 と、睨むと門番は恐れ慄いて槍を引く。


「失礼いたしました」


 無礼を働いたことを詫びずに槍を引いたことに怒ったメル皇女が門番を睨んだ。

 ようやっと門を通過して北ファルタの町に入ると、町は確かに綺麗になったように見える。しかし、賑わっている様子は伺えない。

 中心街に向かっているけど、今回は獣人族のような魔力を持つ存在が感じられなかった。

 それでも、建物の中には人の気配があるので、誰もいないというわけではないのだろう。

 静かな町を歩く。

 足音が遠くまで響いて反響するからか、声を出すのが憚られて言葉が少なめ。

 しばらく歩くと中心街──そこにはまばらに人が歩いていて、店先には食料品がいくつか並んでいるようだった。


「静かすぎて息が詰まるところだったわ」


 ミル皇女が沈黙を破ると、メル皇女が続いて


「本当に。以前はこのようなものではなかったわ」


 と、町の様子をぐるっと見渡しながら声にする。


「ここからは私が案内するわ」


 メル皇女が先頭に立ってラプス・イル・ジノの家に向かった。


 ジノの家では特に何事もなく。

 応接間ではミル皇女とメル皇女の後ろに立ち、ふたりの皇女の前にはラプス・イル・ジノが座る。

 自己紹介と挨拶を交わし──。


「ミル第一皇女殿下が私を訪ねてくださる日が来るなんて思ってもみませんでした。大変、光栄に思います」

「ありがとうございます。そうして敬っていただけて私は今でもやはり、コレオ帝国の皇女なのだと実感させられますわ」

「いいえ。我らはセア辺境伯の寄り子の集まりですから。ですが、今も異世界人たちによる銃声が今でも夢に見るほどです。片時も耳から離れることはありませんでした」


 ラプスはおそらくあれが銃だということを誰かから聞いたのだろう。それで銃声という単語を選ぶことができた。

 表情を曇らせて俯く姿は、銃という火器を思い返すだけで、心に苦痛が蘇るのだろう。

 でも、それは俺もそうだし、きっとミル皇女とメル皇女も同じ。


「私は銃で父と弟を失いました。あの銃という武器は私たちが知らないところで作られていたようで、あの時、初めて目にしたわ。とはいえ、このような事態を招いた全ての原因は私が異世界人を召喚してしまったことによるものですから、深くお詫びいたします。お詫びだけで済まないようでしたら命を差し出す覚悟は既に決めております」


 ミル皇女はそう言って懐から一振りの小刀をテーブルに置いた。

 隣りに座るメル皇女はミル皇女の行動に驚いて目を丸くしていたけど。俺はミル皇女なりの不退転の決意の現れなんだと捉える。

 だから俺は目の前の貴族がそのナイフを手にとってミル皇女に襲いかかるようだったら、即座に首を刎ねるつもりだった。

 だが、彼は小刀をとらず。


「ミル皇女殿下は我らの唯一の希望です。帝国を取り戻されるおつもりならば、ここに住まうものたちは皆、コレット皇家にさらなる忠誠を誓いましょう。ですので、こちらは、お納めください」


 ラプスはそう言って小刀を返した。


「わかりました。ラプス殿の忠誠を受け取りましょう」

「はっ……ありがたきお言葉にございます」


 ラプスが深く頭を下げて、言葉が途切れる。

 少しの静寂を経て、ミル皇女は口を開いた。


「それでは、ここからが私にとっての本題になります」


 ミル皇女はゆっくりと言葉を編む。

 ここに逃げた貴族たちと彼らの現況。平民との隔たり。壁の向こうの貧困層。

 ラプスの話をミル皇女は言葉を挟まずに耳を傾けた。

 北ファルタの平民は大工や縫製など手に職を持つ者は壁の内側に居住を許され、元々のスラム民や農民は壁の外に追い出されている。

 壁の内側の食糧は南ファルタからの輸送と壁の外から徴収という形で賄っているのだそう。

 ラプスはそれで問題は起きていないというけど、問題があるのはガラン=アドゥナに移住を希望する人間が日に日に増えていることから明らか。

 だけど、それはきっと、ガラン=アドゥナに数日しか滞在していないミル皇女には与り知らぬこと。

 メル皇女はそれを知ってるからか、何か言いたげな様子だったが、口を挟むことはしなかった。

 そして、話題は再び異世界人の銃へ。


「──こちらに逃れてきた貴族たちの中には家族を銃で処刑されたものもおります。それで、銃に対する恐怖心が強くございまして──殿下にお力添えしたいところなのですが……」


 北ファルタとして、ミル皇女が帝都奪還への協力を要請しようとしたところで、ラプスは銃の話を持ち出した。

 ラプスに限らず、北ファルタに逃れた貴族たちは銃に対する警戒心というのか恐怖心が非常に強い。


「それに私たちは元は文官ばかりでして、土地の開発を計画して建物を整備を指示するといったことならできますが、戦となると領地を持たない私たちでは兵を指揮する知識がございません」


 支持はするけどそれ以上の協力は難しいということらしい。

 それにしても土地の開発を指示した結果、農民と貧困層を追い払ったというのが良くわからない。

 後ろに立っているからミル皇女の表情を知ることはできないけど、雰囲気が一変したのがわかった。


「そう。それは確かにそうね。私も兵を率いる知識がないもの。そういった面では現場任せになってるわ」


 ミル皇女としてはラプスから協力が引き出せないならそれはそれで仕方がないという姿勢のようだ。

 ただ、支持があるというのは悪くないと考えているのだろう。帝都を取り返したときに支持のあるなしの差は非常に大きい。

 ミル皇女は続けてラプスに訊く。


「こちらに避難した貴族の方々にお会いすることはできるかしら?」

「ええ。もちろんですとも。直ぐに集まることでしょう」


 ラプスは後ろに控えている付き人のような女性に合図をすると、彼女は応接間を出た。


「ミル皇女がお尋ねくださったので、大広場に集まるように連絡させました。皆様、すぐに来られると思いますので、大広場までご案内いたします」


 ラプスの案内で家の外──大広場と呼ばれる場所に行くと、既にたくさんの人で賑わってた。


「殿下!」

「ミル皇女殿下! メル皇女殿下まで!」


 まばらに集まるのかと思ってたけど、そうでもない。

 パッと見ても百人以上は居るんじゃないかと思われる貴族たち。

 その周囲には平民たちの姿もあった。

 俺の姿を見て「何だ!? あの薄汚い平民は!!」などという声もちらほらと。

 貴族たちの中にはミル皇女やメル皇女の顔見知りも居たようで──


「イルマ! あなた、こちらに来てらっしゃったのね?」


 メル皇女が顔見知りの女性に声をかけた。


「嗚呼……お城からいなくなったと伺っておりましたが、ご無事なご様子で感激いたしました。とてもお辛い思いをされたと聞いておりましたが……」


 イルマと呼ばれた女性は涙を流して、目をハンカチで拭う。


「私を助けてくれた異世界人がいたのよ。それとこの子も」


 メル皇女は言葉を返したが、イルマは涙で声にならず、本当にメル皇女のことを心配していたようだった。

 ミル皇女のほうもそれは同じで、彼女の無事な姿を見て涙を流す女性の姿が目立つ。

 俺が蔑まされそうになるたびに、俺のことを「私の護衛よ。若いけど腕が立つの」と庇ってくれた。彼女たちが知人と話しているときも後ろに控えてる俺を見てると察すると「この子は私の護衛で来てもらったのよ」と不快に思われないように振る舞ってくれる。

 俺が白い目で見られないようにミル皇女とメル皇女は気遣ってくれるけど、一部の女性には訝し気な目線を向けられたりもした。

 これはきっと、若い男を連れて歩く淑女という色の籠もった目線に違いない。

 昔、レイナと一緒にセルム市の貴族街を巡ったときと同じ。

 以前ならクウガにはまだ早いと詳しいことまでは教えてもらわなかったけど、もしかしら貴族も平民とそれほど変わらないのかもしれないと、広場でふたりの皇女と言葉を交わした女性たちの表情を見て、そう思い始めていた。

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