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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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ガラン=アドゥナ 二

 グリフォンに乗ってガラン=アドゥナを目指す。

 空の旅はとても快適──なんだけど俺の前の一人席に座るミル皇女はまたも気を失って俺に顔を向けて涎を飛び散らせていた。

 全て俺に飛んでくるミル皇女の飛沫。俺以外の被害者がいないからまあ良いだろう。


「まさか、私のお婆さんとお母さんが生きてるかもしれないって聞いて驚いたよ」


 母さんは俺と母さんが崇められてしまったことよりも、自分の親が生きているということを気にしていた。

 エルフは長命種で、エルフの血を半分引くスクルドが生きていると母さんは聞いている。

 なら、スクルドの子──おそらく母さんの実母であろう──も生きてるのではないかとエミルに伝えられていた。

 エルフの血を引くから母さんは二十代半ばのような姿を維持しているのか──と、思ってたけどそれはどうやら違うようで。


「メルウェンさんのお茶の作用で若さを保ってるんじゃないかって言う話だけど、それは森のエルフの人たちもわかってないみたい。でも、そのお茶を飲んでるのは私だけじゃないしさ」


 と、母さんが言う通りで、俺が淹れたお茶を嗜む結凪と柊は母さんやレイナと同じで二十代半ばと言っても通じる外観を保ってる。

 けど、一条や久喜、此花、多々良は年齢相応。だから、お茶の所為だと母さんたちは思っていたよう。


『それにしても、クウガが私と同族とはね。ふふふ』


 リウは後ろで嬉しそうにしているし。


「今日はエルフの森に行って良かったよ。魔法をたくさん教わったし、火と水以外の魔法が使えるようになりそうだから、私もまだまだ成長するってことだね」


 というわりに、また行きたいと言わないあたり、聖母様と崇め奉られるのは苦手だったようだ。

 時折俺に向かって投げ出されるミル皇女の手を掴んで、ということを繰り返しながら、グリフォンの空の旅は日が落ちるまで続いた。


 ガラン=アドゥナに着いたのは日が落ちてしばらくしてから。

 明かりがないこの場所に俺と母さんは魔法で光を浮かべた。


 まだ気を失ったままのミル皇女を抱きながら家に近付くと、突然、扉が開く。


「お兄ちゃん、おかえり!」


 リルムは俺に飛びつこうとしてとどまった。

 俺に抱っこされてるミル皇女の姿が見えたからだ。


「ただいま。リルム」


 リルムにただいまを返すと、母さんの方を向いて


「ん。お母さんもおかえり」


 と、母さんにも挨拶をした。


「ただいま! リルム」


 そう言って母さんはリルムにハグをする。

 リルムのほうがまだ少しだけ背が小さいけど、ふたりはほぼ同じくらい。


「おかえりなさい。クウガ。お姉様のこと申し訳ないわ」


 リルムに続いて家から出てきたメル皇女。

 彼女は寝息を立ててるミル皇女を見て俺のことを労ってくれた。


「どうやら空を飛ぶものが苦手のようでゆっくり休ませてあげましょう」

「そうね。では、一緒に私とニムの部屋に参りましょうか」


 メル皇女がドアを開けて俺を家に通してくれた。

 両手が空いてないのでとても助かる。

 家に入るとレイナがニム皇女とラエル、結凪と柊と和気藹々としていて。


「ただいま戻りました」


 と、声をかけると、


「おかえりなさい」


 と、優しい笑みを返してくれた。


「ニコアの状態はどうですか?」


 ニコアのことを看てくれていた結凪に訊く。


「今朝から変わりないよ。そっちはどうだったの?」

「お茶をいただけましたし、ニコアの治療法もわかりました。ミル皇女殿下を休ませてから、ニコアを見に行きます」

「私もついて行って良い?」


 結凪が立ち上がって俺に近寄り、俺は結凪に了承してから二階のメル皇女とニム皇女の部屋に通してもらった。

 ニム皇女が部屋の扉を開けてくれて、ベッドを整えると


「こちらにミルお姉様をお願いします」


 と、ニム皇女のベッドに寝かせるよう、俺に言う。

 ミル皇女をベッドに寝かせてから、今度はリルムの部屋で寝ているニコアの元へと向かった。


 リルムのベッドに横たわるニコアの姿は痛々しい。

 茨模様は呪いの効力を失い、禍々しい黒い呪紋は薄れたものの未だに肌は黒ずみニコアの身体を蝕んでいた。

 この呪いは昼間は効力が弱まり夜になると強まる。


──私を使って。


 そんな声がどこからともなく聞こえたような気がした。

 宵闇の精霊・リル──確かそんな名前だったような……。

 魔力を与えると、周囲の魔素に働きかけて、周辺の空間から光を奪い、闇に染まった魔力がニコアの身体を包む。

 燭台の灯りを黒く塗り替え、リルムの部屋は光一つない漆黒の空間へと変貌。

 すると、ニコアの真上に精霊・リルの姿が形を成していた。

 女の子なんだね。長い睫毛の切れ長の目をニコアに向けて、ニコアに巣食う闇の精を吸い取っている。

 なるほど、ニコアの体内を巡る魔力を計ると闇属性に染まった魔力をより強力な闇属性の魔力で消し去っているようだ。

 リルがニコアから闇属性の魔力を洗い流すように押し出して最後に自身の糧にしたらしい。

 役割を終えたと判断したリルは闇の力を和らげ、リルムの部屋が元の色彩を取り戻した。

 ニコアの身体に残った闇属性の魔力の残滓を俺の魔力で取り払うと瞬く間にニコアの肌色が元に戻る。

 寝息が穏やかになり、寝顔は可愛らしい。さすが貴族の娘だけある。

 以前より大人びてとても綺麗に育った──というか、顔立ちがレイナに良く似てるような気がする。

 胸の膨らみは既に俺の母さんを超えているし、ゆくゆくはレイナのような姿になるんだろうか。将来有望である。

 だけど、彼女は異世界からの転生者。ニコアの誕生日は俺の二週間前で、前世の俺が入院して二週間で死んだということを考えると、元クラスメイトで間違いないだろう。

 面白いことに前世の世界と今生の世界は一年の日数も季節の巡りも暦も全く同じなのだ。

 ともあれ、ニコアとはあまり深くかかわらないようにしておこう。このあとのことはスイレンと結凪に任せたら良い。

 俺は立ち上がってニコアを見下ろし、隣で見てた結凪に声をかける。


「終わりました。もう大丈夫だと思います」

「…………」


 結凪は絶句してた。

 無言のまま俺の顔を見て信じられないものを見たという顔をしている。


「い……今のはなに? 女の子が見えたんだけど……」


 どうやら結凪にも見えたらしい──っていうか、部屋を真っ暗にしたり可視できるほど魔力を高めた状態なら仕方がないのかもしれない。


「あれはリルという名前の闇の精霊です。森のエルフの郷で懐かれちゃって」


 森で見たときはモヤッとして良く分からなかったけど、先程の女の子はとてもかわいらしかった。

 胸のあるアルダート・リリーのような外観で、大変目に良い精霊で。


「あのー、クウガさんはどちらをご覧になられているんでしょう?」


 俺の目線は結凪の胸元に行ってた。無意識で気が付かず。

 それを結凪に勘付かれて指摘された。

 アルダート・リリーの胸はまっ平らだし母さんのもそう。そして、結凪も母さんに匹敵するちっぱいの持ち主。

 丁寧な言葉で目は怖い。母さんみたいに手は出してこないけど、ここは穏便に──。


「あ、すみません。つい──」


 俺は視線をニコアに戻して、ニコアの体内の魔力の巡りを感じ取ろうと意識を強める。

 結凪は俺に向かって頬を膨らませていたかと思えば、俺がニコアを見始めると彼女も表情を改めた。

 何か言いたそうにしていたけど、ニコアはもう安定しているようだし、あとは明日にしよう。


「ニコアは眠っているだけのようですし、今日は休みましょう」

「そうだね。もう寝ようか」


 リルムの部屋を出ると結凪は「おやすみなさい」と言って自室に戻り、俺は居間に下りた。

 外も家の中も暗いっていうのに、燭台をつけて待ってる子──アラサー女子がいるからね。

 今日、ラエルのお母さんからもらったエルフのお茶を早速飲もう。

 そうして、夜は更けていった。


 翌朝──。

 朝のお茶を嗜んでいたらニコアが居間に顔を見せに来た。


「お、おはようございます……」


 肌の色はすっかり良くなって表情を見るにとても健康そう。

 居間に入ったニコアにミル皇女は抱きついて、


「おはよう。ニコア。無事で良かった……」


 と、安心した様子。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけいたしました」


 ニコアはそれから母さんに近寄って謝罪をした。


「ラナ様。そちらのアンクレットのこと、申し訳ございませんでした。本当はもっと早くにお返しするつもりでしたが機会がなく、このような形でお返しすることになりまして、深くお詫びいたします」


 母さんに深く頭を下げたニコア。

 母さんは慌てて立ち上がって、


「貴いお方が私のような一平民に頭を下げたらダメよ。それに、返してもらえるような機会なんてなかったでしょ? こうして帰ってきただけでも嬉しいし、それよりも、ニコアとクウガが私の手元に戻ってくるようにふたりで探して見つけてくれて、感謝することしかできないわ」


 頭を下げたニコアと同じ目線の高さまで姿勢を下げて、母さんは言葉を返した。


「本当にありがとう。おかげで私、ひいお婆ちゃんに会えたんだから」


 母さんの言葉で俺の脳裏には高祖母のエミルの顔が浮かぶ。

 髪と目の色以外があまりにも母さんに似ていてびっくりした。人間に例えると二十歳前後にしか見えなかったけど、エルフって本当に見た目が若いんだなって。

 考えてみればラエルはキリッとした見た目で老けて見えるけど人間だったら十代って言っても通じそう。ララノアは間違いなく十代で通用するだろうし。

 けど、母さんが若く見えるのはエルフの血を引くからではなく──


「お茶の用意ができました」


 皆にティーカップを配ってお茶を注ぐ。このお茶が要因なのだそう。

 このエルフのお茶には老化を防ぐ働きがあり、さらに、俺がお茶を淹れるときに俺の魔力が働いて若さを保つ作用が付加するらしい。

 まあ小さい頃からの習慣というかクセなんだろうけど、美味しくしようとして心を込めているつもりが魔力も込もっていたようだ。

 それで寿命が伸びるとかそういうことはないらしいので健康を保てるならそれが一番だろう。

 そして、このエルフのお茶で最も恩恵があったのは北ファルタの孤児院から引き取ったスイレンだった。


「クウガさん、ありがとうございます」


 孤児院からここに来たばかりのころはとてもぽっちゃりとしていて、まんまるだったのが、すくすくと背が伸びて凹凸のある目を見張る素晴らしい体型の持ち主に育っている。

 その彼女にお茶を振る舞うといつもはにかむように小さく笑んで控えめに目を伏せながら言葉を返してくれる。


「この子が鑑定を持ってるスイレンでしたわね?」


 ミル皇女がスイレンに聞こえない音量で隣に座るメル皇女に確認を取った。

 メル皇女が「そうです」と答えると、ミル皇女はスイレンに目線を向ける。

 スイレンにはナイアも興味を持ったようで、ナイアの魔力の揺らぎから、スイレンを鑑定しているのだと察した。

 ナイアは口角を小さく上げて様子を見る。背もたれに背中を預け、脚を組んで優雅に茶を啜る姿はあまりにも妖艶で。

 となりでナイアと同じように脚を組んでティーカップに口をつける褐色のエルフのリウもナイアに劣らぬ色気を振りまいていた。

 ナイアとリウは布面積が小さくてひとつひとつの動作に目が奪われる。

 ミル皇女の声がナイアの耳にも届いていたようで、ミル皇女をチラ見していた。

 何か話しかけたさそうにしていたけど、スイレンは結凪や柊と何やら話し込んでいて、それが終わったかと思ったら今度はニム皇女と何かやり取りをしている。

 それから母さんといくつか言葉を交わしたら「クウガさん、ごちそうさまでした」と言って席を立ち、カップを洗ってから居間を出た。


「あのスイレンという子。なぜ、あのように忙しそうにしているのかしら?」


 ミル皇女が言うと母さんが答える。


「あの子はここの集落のロインのほうやここに来た人たちを取り持ってるの。来たばかりの頃はオドオドしてたのに人間って変わるよね」


 このガラン=アドゥナは父さん側にいる異世界人の女性たちが幅を利かせているから、母さん側はあまり口を挟まずにいる。

 けど、スイレンだけは例外で、彼女は祭司の恩恵と鑑定というスキルで帝国語を覚えたララノアを上手に扱って父さんたちをうまくコントロールするようになった。


『この世界は神々の力が強いからのう。彼女のように神への祭祀を取り計らえる人材はヒトからの信頼を集められよう』


 そう言ってくっくっくと口端を釣り上げて笑う。

 スイレンはガラン=アドゥナに移住を希望する者にお布施を受け取らないで鑑定をする。

 ここではまだお金が流通していないから、労働で対価を払うしかない。何者でもない者への鑑定は適材適所を見出すための最高の手段で移住した者たちの意欲を高める結果になっていた。

 それが積み重なって多種多様な種族がガラン=アドゥナを訪れて集落の発展に協力する。

 スイレンはいつも忙しくしているのは彼女がこのガラン=アドゥナの中心人物だからに他ならない。そんなこともあって、スイレンは合間合間にメル皇女やミル皇女、それと、レイナから女性としての振る舞い方や、様々な学問、教養を教わってる。

 良い子が来てくれて良かった──と、思っていたのは俺だけでないようで。


『私たちから見ても本当に良く働いてくれる良い子なんです』


 結凪がナイアの言葉に続いた。

 そんなスイレンに刺激を受けたのがニム皇女で、彼女もお茶の飲み終えて「クウガ、ありがとう。美味しかったわ」と俺に声をかけてからスイレンと同じようにカップを洗ってから居間を出る。スイレンを追いかけて彼女の仕事を手伝うようだ。


「ニムが私の近くに来ないと思ってたけど、スイレンと言う子のほうに行くのね」

「ええ。ニムはとても変わったわ。私やお姉さまの後ろから離れなかったけど、今はスイレンと一緒に多くの者の声を聞いてこの集落を良くしようと頑張っているの。帝都から離れて教育をどうしようかと悩んだけれど、これはこれで悪くないように思うわ」


 ミル皇女は末妹のニム皇女がやはり気がかりだったようで、メル皇女の言葉に安心したという表情を見せた。

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