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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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エルフの森 一

 俺の後を追いかけて家を出た結凪は、そのまま俺についてきて、集落の仕事を手伝ってくれた。


「一人でできますので、他にやることがあるようでしたら、そちらを優先して大丈夫ですよ」


 と言っても──


「今日はクウガくんのお手伝いをさせてもらおうかな──っていうのはダメ? だって、クウガくんが居ない間、クウガくんがしてること知らないと困る人が出てくるでしょ?」


 と、もっともらしい言葉が返ってくる。

 ここ最近、レイナが俺に絡む頻度が減ったかと思いきや、そのかわりに結凪と接する機会が増えた。

 聖女の恩恵を持つ彼女から神聖魔法と呼ばれる類の魔法をいくつか教わってることもあり、邪険にしにくく、なんかこう──やりづらい。

 母さんと非常に仲が良くて、最近では揶揄い合う間柄のように見えた。

 で、肝心のお手伝いというのは──。


「では、今日は畑の手入れをします。一緒にお願いできますか?」

「ん。良いよ。何をしたら良いのかな?」

「今日は雑草取りをしようと思ってたので、お願いしても良いですか?」


 手を汚すような仕事でも結凪は手伝ってくれるらしい。

 魔法が使える世界でも、こういう仕事は手作業でしかできない。前世の世界と違って農薬などのような便利な薬品はないから、オーガニックな農作物ができる。

 今生でも農作業なんて庭で作るような簡素なものしかやってこなかったからよくわかってなくて、父さんと母さんに教わりながら畑の作り方や手入れのしかたを覚えた。

 ともあれ、この世界には除草剤というものもない。だから、雑草を除去したり、土の手入れをしたりと、手間をかける必要があった。あともう少しで収穫というところでエルフの森にいくことになったのは残念だけど。

 雑草を取り始めて小一時間ほどすると、結凪は立ち上がって腰を伸ばす頻度が増えてきた。


「あー、腰が痛いよー。クウガくん、凄いね。これをずっとやってたの?」

「はい。でも、俺だけじゃなくて誰かしら手伝ってくれてたので──今日もユイナ様以外にも手伝ってくれてる方がいますし」


 北ファルタの郊外に追いやられた平民や、周辺からふらりとやってきた獣人族の人々が数名。この麦畑の手入れを手伝ってくれていた。

 幼少期からの幼馴染──カイルとキウロには魚粉をもらったりしてるし、キウロの父親からは馬を何頭か融通してもらったりもしてる。

 ありがたいことにカイルとキウロは家族と一緒にこの集落に移住してくれた。

 彼らのお陰で集落に魚介類が食卓に並んでいるし、彼らがいなければこうして生きながらえることも集落が発展することもなかっただろう。

 今年からはこうして麦が収穫目前で、ようやっとこの集落でもパンを作れるようになる。

 麦畑を見渡すと同じように草むしりをする人の姿が目に映った。

 感慨深く見ていたら結凪が俺の服の裾を引っ張る。


「様はやめてよ。ユイナで良いって言ってるじゃん」


 頬を膨らませて不服そうだった。

 年齢に見合わない──と言いたいところだけど、エルフのお茶の効果なのか、三十路のはずの結凪の見た目は二十代前半のように見えるほど若々しい。

 そのせいで頬を膨らませる表情も様になる。

 特に母さんはもともと若々しくて可愛らしかったのが、俺が四歳五歳のころの母さんのように若返ったよう。

 スイレンが「このお茶は特別なもの」と言うこのお茶の効能が彼女たちの外観に現れている。


「でも、凄いね。去年はたくさん野菜を作ってたけど、今年は麦畑だもんね。こんなに大きな麦畑は初めて見たけど、綺麗で感動した」


 あれ? 結凪は勇者様一行としてコレオ帝国各地を飛び回ってるからもっと大きな麦畑を見てると思ってたけど。彼女の言葉に違和感を覚えた。

 俺が見たことのある畑だってこんなに小さなものだけじゃなかったし、昔住んでいた──今は南ファルタと呼ばれる小さな漁村には、郊外に広い畑があったから。

 だから、帝国内を駆け回っていればそういったところはたくさん見てるはず。


「麦畑としてはそれほど大きいわけではありませんが、ユイナ様は──」


 俺がそう言うと結凪は俺の言葉を途中で遮って「また〝様〟付けで呼んでる……酷いよ。何度も言ってるのに」と小さく言葉にしてから、


「私、ずっと馬車の中だったし、戦場でしか外を見たことがなかったの。帝国を出てからはメルダまでの街道を歩いただけだし、魔都には山道を通ったから……」


 つまり、畑がある場所を通らなかったということらしい。

 メルダは畜産が発展していて肉類ばかりが流通していて、野菜や穀物は外部から調達しているという。そのため、帝都からメルダに繋がる街道沿いでは麦畑のようなものは少なく、牧草地が広がる景色だったそう。

 ここ──ガラン=アドゥナは他にも野菜を育てているから、麦畑は中規模程度でもないと俺は思ってた。

 とはいえ、それなりの広さの畑だし、色んな人が手伝ってくれているから、交流を深める人がそれなりにいる。


「クウガくん。アレは何をしてるの?」


 結凪の目線の先には獣人族──兎人族(ラパン)の女性が人間の男の子に言い寄ってる姿。


「ああ、あれは獣人族が人間と交流を深めてるんでしょう。ここではよくあるんです」


 女性のほうが多い兎人族。同族から番を見つけられなかった兎人族の女性は、何故か人間の男性と交流を深めたがる。

 そのアプローチは人間の女性よりも積極的で、この集落の人間が獣人族を受け入れることができたのは、そういった繋がりを持ったことも要因の一つ。

 住人が増えてもトラブルが少ないのは彼女たちのおかげなのかもしれない。


「そうなの。でも、恋人みたいに仲が良いんだね」


 そう言って俺の顔を見て頬を赤くした結凪の意図が知りたい──と、この時、そう思った。


 それから数日──。

 俺とラエルはエルフの森へ向けて出発。

 母さんたちに見送られて俺とラエルは北に向かって走った。

 ガラン=アドゥナの集落から北に半日ほど身体強化で速度を上げて走るとペレグレン大街道に出る。

 ペレグレン大街道は魔族領を東西に横切り、バッデルと魔都を結ぶバラド街道に近付くと魔族領を南北に縦断。治安はそれほど良くはなく、馬人族と牛人族が大街道を気休め程度に警備する。


『ラエルさん。個人的に急ぎたいので、ちょっと良いですか?』


 障害物が少ない大街道。

 移動速度は俺のほうが速いように思えたから、俺はラエルに許可を取って、彼女を抱えることにした。


『きゃ、ちょっ……え?』


 俗に言うお姫様抱っこという奴だ。

 リルムにたまにするからひょいと抱えるのはもうお手の物。

 ラエルを彼女の荷物ごと抱き上げて俺は魔力を強めて地面を蹴った。

 可愛らしい少女のような声が聞こえた気がしたけど、気のせいだろう。

 ほんのちょっとだけ魔法で小細工をして飛距離を伸ばせば速度が上がって早く到着できるはず。

 先程よりも三倍のスピードでエルフの森を目指す。


『こんな馬鹿げた魔力は、ラナの子だからかと言うべきか──』


 少しだけ落ち着くとラエルは冷静にこの状況を口にする。

 小さな声で『こんな格好で言えることではないんだけど』という呟きが耳元を通り抜けた。


『俺は母さんの足元にも及ばないから』

『そうかな。魔力だけならクウガのほうがあると思うけど……と、言ってもラナの魔力もとんでもないけどね』


 母さんは俺と同じ無詠唱でも、魔力を練ってから発動までの時間が圧倒的に短い上に、魔法の威力が尋常でない。

 リルムが「お母さんは帝国軍を一瞬で追い払った」と言ってたし、あの時の帝国軍は総勢で百万近くはあったという。それを一瞬で追い払ったというのがにわかに信じられなかったけど、母さんと開拓を進めてるうちに納得ができた。

 俺が中規模の魔法を一回使うところ、母さんは大規模な魔法を何度も使う。あれは真似ができる芸当じゃないと俺は自分の限界を早々と知って諦めた。

 爆炎の魔法少女という二つ名は伊達じゃない。

 それを実感させられたこの一年と幾月か。父さんもそうだけど、同じことはできるけど父さんや母さん以上のことは俺はできずにいた。

 母さんが使えない属性や種類の魔法でも俺は使えるのに。


『母さんは別格なんで……』

『や、クウガだってわたくしから見たら別格だ。こんなことできるのはわたくしの知る者たちではクウガだけだよ。もちろん、エルフも含めてね』

『それは、どうも……』


 沿道に茂る木の枝や地面を何度か蹴ってるうちにラエルは俺に抱き上げられていることに慣れてくれたようで、俺の腰に手を回して頭を俺の肩にもたれかける。

 少しうっとりした様子で『男らしくなった……』と呟かれたような気がするけど、風の音でよく聞き取れなかった。


 二時間ほど大街道を駆け抜けて──。


『済まない。少し休みたい』


 ラエルが俺の胸で言う。

 ずっと同じ姿勢だから身体が痛くなったようだ。


『そうですね。少し休みましょうか』


 と、返してから、徐々に速度を落としてゆっくりと足を止めた。

 今、魔族領は戦時中で、ペレグレン大街道には物資の運搬で魔物の往来がそれなりに多い。

 そこに人間の俺とエルフのラエルがふたりで休んでいると注目の的のようでジロジロと見られていた。

 魔族領はナイアとミル皇女を擁して、コレオ帝国の皇帝の座を簒奪した勇者・如月勇太の帝国軍と戦争をしている。

 魔族領と人間の連合側は、ニコアやミローデ様のセア辺境伯領軍とカゼミール公爵領軍が中心で、そこに魔族が協力しているという。

 そういったことがあって、このペレグレン大街道は魔都に移住した人々、兵士のための食糧を中心とした物品の流通経路として利用されていた。


『以前はこれほどではなかったけど、とても人通りが多いね。これなら安全面での心配はそれほどしなくても良さそうだ』


 休憩がてらに淹れたお茶を啜るラエル。

 以前はそれほど人通りは少なかったからか、この大街道で仲間を拐われた。

 当初は三人だったエルフの女性たち。ゴブリンの群れに襲われて、ラエルとララノアは命からがら逃げることができたけど、一人──ヤヴァスという名の女性──が逃げ遅れてしまい、ゴブリンの群れ捕まってバラド街道の外れにある巣穴に連れ去られている。


『俺も、この街道で野盗に襲われたことがありました』


 あのとき、モルグとアルニアに助けられてなかったら、今ここに俺はいないはず。


『ああ、そういえばモルグから聞いたことがあったな。彼は元気にしてるだろうか』


 モルグはドワーフ族でエルフとはあまり仲が良くないらしいけど、ラエルとモルグは普通に会話をしていたな。

 ララノアからは敬遠されていたから接する機会がなかったようだし、ララノアはアルニアとも仲が良いとは言い難い。

 モルグはこうも言っていた。


──エルボアはエルフの森の先にあるけどよ。エルフの森には特殊な魔法がかけられていて森のエルフの郷に入ることなく、そのまま通り過ぎるだけでよ。俺らぁ、なんも気にしたことがないんだぞい。


 狐人族の村みたいな感じらしい。

 そういえば狐人族の村を出入りを制限する魔道具はエルフ由来だったような気がした。縁の者でない場合は、ある魔道具を身に着ければ自由に出入りすることができるらしい。

 それが桃色のお守りのような護符で、それは今も首に下げて身につけてる。おまもりだからね。


 それから、お茶を飲み終えて、ラエルは身体が少し温かくなったようで顔色が良くなると、再びペレグレン大街道を北に走り始めた。ラエルを抱えて。


『クウガの腕の中で少し眠っても良い?』


 俺に抱っこされているラエルが俺の肩に頭を預けて言うので『寝てていいですよ』と返した。

 ここ最近、リルム以外の女性の寝顔を見たことがなかったからラエルの寝顔は新鮮。銀色の長い睫毛と言い、とても見栄えが良くて心が和む。

 エルフの女性というのは現世のものとは思えない美しさで、それが無防備な姿で俺の腕の中にいる。

 彼女が俺に抱かれて寝てくれたのは俺が夜に眠るためだったようで、その日の野営はいつもどおりの睡眠時間を確保して、すっきりと目覚めることができた。


 翌日──。

 ペレグレン大街道の終点に到着。ペレグレン大街道は魔族領を左右に横断するルーアン大街道にぶつかっていて、今度はそのルーアン大街道を西に進む。

 ルーアン大街道は東に進むほうはとても道幅が広いけど、西に伸びる道はペレグレン大街道の半分ほど。それでも帝国に住んでいた頃に見た街道よりもずっと幅が広い。

 ただペレグレン大街道と違って丘陵を突っ切る道ではなく平坦な森を切り開いたような道路だった。


『もう着くのか、あの枝道に入って直ぐのところに郷の入口があるんだが……まさかたった二日で着くとはね……』

『俺ももう少しかかると思ったんですが、早く到着できて良かった』

『良かったって……地上をこの速さでというのがわたくしには信じられない……』


 枝道の入口でラエルを下ろすと彼女は半ばあきれた顔で俺を見ていた。


『かなりの魔力を使ったんじゃないか?』

『夜、しっかりと休ませてもらったから大丈夫です』

『そうか。なら、良いんだけど。こんなのは尋常じゃない。相当の魔力を使うはずなのに。クウガの魔力量は無尽蔵にも程がある』


 納得がいかないようにラエルは言うけど、それほど難しいものではないはず。


『まあ、良い。さ、行こうか』


 ラエルの言葉で枝道に入り、少し進むと、遠くから女性の声──それも人間の叫び声が聞こえてきた。


「ニコア! ニコア!!」


 聞き覚えのある声と、聞いたことのある名前。


『クウガ。先に誰かいる。警戒を怠るな!』


 ラエルはそう言って弓を構えて矢を番え──。


『ラエルさん。大丈夫だと思います。知ってる人のような気がしますから』


 ラエルに矢と弓を収めてもらう。

 そして、俺とラエルは声をする方向へと足を早めた。

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