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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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ガラン=アドゥナ 一

 北ファルタから離れた場所に居住地を得てしばらく──。

 (ひいらぎ)(はるか)の案でガラン=アドゥナと名付けられたこの小さな集落は、北ファルタからの移住者もあって少しばかりの発展を遂げていた。

 なんだかんだあっても父さんと母さんの仲はそれほど悪くなく、ふたりは「昔みたいだね」などと言いながらファルタにある昔の家のような建物を何棟か建てている。

 それが落ち着いたら父さんはまた異世界人の女性のもとに行ってしまったけど、それもこの世界の平民の生き方みたいなところがあるから仕方がない。

 母さんも、最後は自分のところに戻ってくれば良い程度にしか、今は思っていないよう。母さんが納得できる程度にリルムのことを見てくれて、クレイを母さんに預けることがある、という感じ。

 父さんは俺ともちゃんと接してくれてるから、悪くは思わないけど、昔みたいに家族で住むということはもう難しそうだった。


 初夏の朝は早い。

 目を覚ましてリルムを起こさないように身支度をすると俺は朝ご飯の準備に取り掛かる──。


「おはよう。クウガくん」


 いつも俺より先に起きてる結凪(ゆいな)。今朝も既に木の椅子に座って俺を笑顔で出迎えてくれた。

 何故か、この家には結凪だけじゃなく柊まで居着いていて、他にもメル皇女とニム皇女、エルフのラエル、それから、孤児院から引き取るかたちになったスイレン、そして、俺と母さん、レイナとリルムと一緒に住んでいる。


「ユイナ様。おはようございます」


 結凪の挨拶に頭を下げて挨拶を返す。

 身分としては目を合わせることが許されないので顔を見ないようにしているけど、彼女はそれが面白くないようで。


「〝様〟は嫌。せめて〝さん〟付けにしてっていつも言ってるのに……」

「申し訳ございません。なかなか慣れないものでして」


 結凪は俺に敬語なんかを使ってほしくないらしく、毎朝、このやりとりがされる。

 いい加減慣れてくれても良いのにと彼女は言うけど、前世では一悶着あったこともあり、今世でも彼女とは距離を置きたい。

 年齢も違いすぎるわけなので。


「レイナちゃんみたいにしてるようにしてくれて良いのに」


 結凪は最近、頻繁に俺とレイナの距離感と同じように接して欲しがった。

 性格上、結凪には難しいだろうし、それに、レイナには巨大なおっぱいという武器をふんだんに使う。

 彼女には母さんと同じでそれがないというのに。


「レイナさんは小さい頃からの付き合いがありますから。それに結凪様は皇族と同等と伺っておりますし……。平民としてはやはり親しくしすぎるのは憚られますので……」


 年も全然違うから。というのは口にしないけど身分も年齢も上だからレイナはともかく敬う必要はあるわけで。

 俺の言葉に納得がいかないと口を尖らせる結凪。

 ちょうど、そのタイミングでメル皇女がやってきた。


「おはよう。クウガ」


 甘い香りを漂わせながら挨拶がてらに俺を抱擁するメル皇女。

 寒い場所とは言え初夏はそれなりに温かく衣服も薄い。


「おはようございます。メル皇女殿下」


 こういうところはメル皇女は上手だ。

 逃げる隙を与えず、俺に頭を下げさせない。やることはちょっと過激だけど、一緒に旅をしてるときもそうだった。


「さあ、朝食を作りましょうか。昨日、作ったジャムを使うのでしたね。クウガはお茶の用意をお願いするわ」

「わかりました」


 メル皇女の耳元で囁くように返事をすると彼女は満足げに俺の頭を撫でてから離れる。

 俺がお茶を淹れる準備を始めると、メル皇女も一緒に朝食の料理に取り掛かる。それから数分のうちに、スイレン、レイナ、母さんが次々と起きてきた。

 朝の挨拶を交わしてソファーや椅子に座る彼女たち。

 スイレンと母さんは朝食の料理の手伝いをしようとしたが、


「今のところ手は足りてるわ」


 と、メル皇女は断る。

 朝食だし、それほど手が込んだ料理を作るわけじゃないから当然と言えば当然だけど、人数が多いからそれなりに大変だったりする。

 俺がお茶の準備をして、そろそろカップに注ぎ始める頃合いでニム皇女、ラエル、リルム、クレイが起きてきた。

 クレイは寝る時だけこっちで過ごすことがある。たいていは父さんと一緒に過ごしているけど。だから、今朝の朝ご飯はクレイも一緒。

 クレイは甘やかせてくれる父さんと一緒にいる異世界人のところに行って、こっちに来ること稀。子どもは正直なのだ。


 食卓にお茶を並べるとみんな移動してきて、各々がお茶を口に運ぶ。

 お茶が喉を潤したタイミングを見計らってメル皇女が食卓に朝食を配り始める。このときは流石にみんなが手伝うけどレイナと結凪は席に座ったまま。

 ちなみにこの家には柊も寝食を過ごしているけど彼女は朝食を食べず、まだ、眠ってる。いつも昼前くらいに起きてきて、母さんと魔道具を作ったり開拓の手伝いをする。

 食卓に座って、これから朝食というところで俺は重要な報告をすることにした。


「魔都を出るときにナイア様やリウ様から戴いたエルフの郷のお茶がもうなくなりそうです」


 ここでは最も好まれる薬茶のようなもので、最近はレイナが好んでリクエストする逸品。


「それは重大ね」


 レイナが俺の報告に最初に言葉を発した。


「あの茶葉は森のエルフの郷でしか入手ができないみたいで……」


 褐色のエルフ──リウにもらったときに、そんなことを言われたような覚えがある。

 何か特別な製法でもあるんだろうかと思ったりもしたけど、言葉の語尾を詰まらせてたらラエルが口を開く。


『この茶葉は森の妖精がもたらすものだからね』


 たんなるミントティーではないようで──ミントティーとも味が全然違うけど──どうやらエルフの森に棲む森の妖精の手心が加わったものがこの茶だという。


「ヒトというのは本当に罪深い──美味しいものっていうのは一度知ってしまったら再び求めてしまう。まるで中毒性が強い薬のよう」


 いつの間にか柊が起きてきてお茶を啜っていた。

 話は聞いていたらしい。


『それは言えてるね。わたくしたちもまさにそうだから』


 ラエルは帝国語の聞き取ることができるようになったが、言葉にするのはまだ苦手なようでエルフ語を発する。

 エルフ語で話していても結凪と柊は理解しているようだし、何故か母さんもエルフ語の理解が深まっていた。


『このお茶の茶葉って、譲ってもらえたりするんでしょうか?』


 俺はラエルに訊く。譲ってもらえるならエルフの森に行くのは吝かでない。


『わたくしがもらってこようか? だけど、一人で行くというのはムリだ』

『だったら俺が──』


 行く──と、言おうとしたが、メル皇女とニム皇女の護衛をミル皇女に任されていることを思い出す。

 今は当たり前のように一緒にいるからすっかり忘れていた。


「私もこのお茶がなくなると困るわ。それにクウガが任されているのは私を安全な場所に届けるまでということでしょう? ここにはレイナ様がいるし、異世界人の方々もおりますから問題はないでしょう」


 俺の言葉を遮って、メル皇女が言葉を挟む。


「それに異種族と交流するのはクウガが最適ですし」


 というメル皇女の言葉には誰も反対しなかった。

 食卓に座ってるメンバーを見渡すと、母さんとリルムは少しばかり不服そうにしていて、クレイは無関心。レイナはどちらとも言えないような表情をしている。

 異世界人の女性たちはエルフのお茶を飲み始めてから、身体の調子が良いとか肌の艶が良くなったとか小ジワが消えたなどと言ってるので期待の眼差しを俺に向けていた。


「スイレンちゃんから何か言うことない?」


 柊がメル皇女に続いて、スイレンに意見を求める。

 スイレンは鑑定というスキルを持っていてエルフのお茶の重要性を知っている一人。


「わ、わたしからは特に何も……」


 一見、オドオドしているように見えるスイレンだけど、この集落に引き取られてから彼女はとても大きな変貌を遂げている。

 ぽっちゃりしてた身体は、背が伸びて見栄えが非常に良くなった。メル皇女やレイナほど伸びてはいないけど、そのふたりと並んでも見劣りしないダイナマイトな体型である。

 幼くあどけない顔も少しずつ将来への片鱗を感じさせる。それだからか、メル皇女はスイレンを傍に置きたがるようになっていた。


「でも、あのお茶はとても有益なので、できれば足の早い方に行っていただいたほうが良いかなと思います」


 スイレンはそう言って顔を下に向けて俯く。

 見た目は変わって自信に満ちるわけじゃない。それは俺が良く分かっていた。俺は生まれ変わって陰キャではなくなったように思ったけど、結凪や柊たちの前では相変わらず。前世の記憶が邪魔をした。


『そういうことならなおのこと。わたくしとクウガのふたりで行くことにしよう。であれば一ヶ月もあれば帰ってくることができる』


 ラエルは俺とふたりで行くことを希望する。少人数のほうが柔軟に行動できるし、一緒に旅をしたことがあるから勝手がわかる。

 片道一ヶ月以上の距離を一ヶ月以内に往復するのは魔法を使う前提だから。もしかしたらもっと早くできるかもしれない。


「エルフの森にいけばお茶が手に入るのは分かったけど、安全なの?」


 ずっと黙っていた母さんが口を開いた。


『大街道を通るから比較的安全だろう。けれど、野盗がでることもある。それはニンゲンの国と変わらないと思うが……』


 ラエルの言葉に母さんは肩を落として息を吐く。


「ま、帰ってこないというわけじゃないから送り出すのは良いけど……」


 渋々といった表情の母さん。

 再会してからというもの、母さんは俺に対して過保護と言えるような状態が続いている。

 ここに住み始めてから、俺は母さんや柊、結凪からもたくさん魔法を教わったし、ちょっとの旅で身を守る程度のことは問題ないはず。


「母さん。俺は大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるからさ」

「それは分かってるんだよ。でもね……」


 心配なんだろうね。もし、リルムが「わたしが行ってくる!」なんて言ったら俺だって気が気でなくなるような気がする。

 母さんにもジレンマがあるように見える。この世界の平民は俺の年齢で既に働いてる子だっている。小間使い程度ではあるけど。

 まあ、俺としても母さんを置いていくのは忍びないけど、ここにはリルムとクレイがいるし、今回はできる限り迅速に行って帰ってくるつもり。


「リルム、いい子にして待ってる」


 と、リルムが言ってくれただけ良しとしよう。

 久し振りにリルムの名前呼びを聞いた気がするけど。


 そうこう話して、俺とラエルが行くことが決まり、仕事に取り掛かろうと家を出たら結凪に引き止められた。


「くーちゃん」


 彼女は俺をそう呼んだ。

 俺は彼女の声を無視して反応しないふりをする。


「あ、ごめん。クウガくん。ちょっと待って」


 すると、結凪は言い直して俺の服の裾を掴んで引き止めた。


「ん? 何か?」


 俺が振り返ると結凪はきょとんとした顔をする。


「あ……」


 何か言いたそうにしていたが、言葉が続かないようだった。

 こうして見ると彼女はもう俺よりも背が低い。

 前世の俺と結凪の身長差と同じくらいか。


「ん──?」

「ごめんなさい。見間違えたみたいで……気にしないで。それよりもね。ラナちゃん、とても心配してたからできる限り一緒に居てあげてほしいなって言おうとしたんだ」


 母さんの心配だったようだ。それならわかる。母さんと結凪は仲が良い。柊とも仲が良いけど。


「俺もそうするつもりでした。最近、すごく心配性で……」

「それは仕方ないよ。長い間、クウガくんと過ごせなかったし、ロインさんを頼ることができないから……」


 結凪の言う通りで、今の父さんを頼ることはできない。

 父親だから子どものことは責任を持って接してくれてるけど、今は住んでる家が別だし、異世界人の女性たちとの間にも子どもがいるし。

 区切りが付けば母さんのところに戻りたいと言ってるけど、それはまだまだ先のことだろう。母さんも父さんの言葉を信じて待ってるけど、平民の社会というのは世知辛い。

 もし、母さんに子どもを生む気持ちがあれば、父さんは母さんを優先するかもしれない。けど、母さんは「三人産んだからもう充分」と言って父さんを送り出してるところもある。こういうことは平民の間ではよくあることだけど、相手が貴いお方ならまた違うところがありそうで、母さんはそこを心配しているそうだった。

 レイナなんかも「貴族の男子は──」なんて言ってきたことがあるし、メル皇女もそんなようなことを匂わせながら俺に迫ることがある。その流れで貴族の女性はどうのこうのと聞くことも──。

 黒髪の異世界人は、元いた世界の価値観を持ち込んでるくせに、貴族や平民の結婚観や恋愛観を混ぜこぜにしてるよう。


「そうですね。もう少し、ここの集落が大きくなったら俺や母さんは過ごしやすくなると思うんですが……」


 今、この集落──ガラン=アドゥナは北ファルタからあぶれた貧困層や、周辺の獣人が流れ込んできている。

 まだ百人前後くらいの集落だけど、そのうち大きくなることだろう。そうしたら母さんの気持ちはもう少し楽になるはず。

 最終的にはこの世界に準じた価値観が集落に定着するだろうから。

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