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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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ニコア

 スティギア評議室──。

 二脚並ぶ議長席のひとつ。ミル皇女が座る席の後ろにニコアは嫋やかに手を組んで立っていた。


──あれは城丸くん。


 見覚えのある顔だった。

 会議の面々の半分ほどは知った顔。残りは魔族領の魔族たち。様々な種族の重鎮が鎮座している。

 今回の会議は人間の難民の扱いとコレオ帝国への侵攻を議題としたもの。

 ニコアはミル皇女に目録を記した紙を手渡すと、彼女は笑顔を向けていつもの言葉を口にする。


「ニコア。ナイア様たちの通訳をお願いするわね」

「はい。承りました」


 ニコアは他種族の言葉を理解する転生者。魔族の言語は魔人語を共通語としているが多くの言語でやり取りされる。

 そこでミル皇女の専用の通訳としてニコアは皇女の後ろに待機。そして、ナイアなどの魔族のさまざまな言葉をミル皇女や人間に伝えるための橋渡しとしての役割がニコアに与えられていた。

 ミル皇女は立ち上がって周囲を見渡す。横には椅子に座り、背もたれに背を預け、肘掛けに左肘をかけて頬杖をつき、脚を組んで足を投げ出す妖艶な魔王・ナイアの姿。

 目の前には魔族領の様々な種族とコレオ帝国の貴族たち。

 ミル皇女は彼らに向かって語り始めた。


「先日。私たちはようやっと、偽りの勇者からメルダ領を取り戻しました」


 評議室を右から左へと顔を動かして見やるミル皇女。

 一通りの顔ぶれを確認したミル皇女は再び声をあげる。


「しかし、賊軍の抵抗は強く、メルダを越えて、その先を取り戻すにはいささか戦力に乏しく、現在はメルダ領軍をもってしても膠着状態となっています。そこで、この閉塞を打開するべく、皆様から良案をいただきたく、この度の会議を開かせていただきました」


 ミル皇女は言葉を区切り、再び評議室のひとりひとりに目を配った。

 〝ニンゲン〟側はミル皇女に理解がある。メルダを容易に陥とせたのはメルダ公がミル皇女に対して協力的だったから。だから、メルダをコレオ帝国の皇族の支配下にしてからもロマリー公爵領軍を中心にした賊軍と膠着状態を築けている。

 現状のカゼミール公爵領軍を中心とした帝国軍だけではメルダを維持することができなかっただろう。メルダを足がかりにして帝都まで押し切るにはより強力な武力が必要。

 〝ニンゲン〟たちは誰もがそう思い始めていた。


『ニンゲンってのはぁ、ひとりだと弱ぇのによぉ。面倒な相手だよなぁ』


 獅子の頭を持つ獣人族が口にする。その言葉に賛同を示す魔族は少なくない。


『ニンゲンの群れは俺らとは規模が違うしな』


 同じく獣人の狼人族が続く。


『アタシらもニンゲンのそういうところは厄介だったわ。一対一ならこんな矮小なものなんて簡単に絞り殺せるのにさぁ』


 獣人同様に、悪魔のような出で立ちの淫魔族の女が手をくるくると回しながら言った。

 魔族領の住人はほぼ単独での戦闘が主体で集団戦には向かないものばかり。

 数年前に魔王城が陥落したのも数十万という人数をかけた集団戦によるもの。魔族領にも群れを作って集団で行動し、戦闘をする種族は当然いるが、人間のように数千、数万という単位にまでは発展しない。

 ニコアを通して魔族の声を聞いたミル皇女。魔族領を攻めるのにとても苦労したと聞いていたのに、魔族もニンゲンに手を焼いていたと知ると、魔族に比べると弱いと思っていた私たちにも対抗手段があったんだと知ることができた。

 そして、それは、コレオ帝国を回復するための手段にもなり得る。


『ニンゲンは貧弱な種族だから我々にはそれほど必要のないものだが、ドワーフ族の武具を持たせれば良いだろう。見た限りニンゲンの武具はドワーフの武具より非常に脆い。だからドワーフ族の武具をニンゲンに使わせてみれば良いんじゃないか?』


 悪魔のように角と翼を持つ魔人族の男が発言した。人間を遥かに凌ぐ膂力を持つ悪魔族や魔人族ですら武器や防具を扱う。

 貧相な武器や防具、それに、魔族やドワーフでは思いもつかない兵器などをドワーフに作らせてみれば良いのだと男は言った。

 魔族領の北西部はドワーフの国と近いこともあり、武具を中心とした交易が頻繁に行われている。だから、魔人族から話を持ちかければドワーフにとって未知の人間の兵器となれば二つ返事で応じてくれるだろうと考えられた。


『それは良い案じゃ。採用しよう。ならば、ついでに、森のエルフに頼んで薬草の類を融通してもらえたならニンゲンはもっと戦えるじゃろう』


 男の言葉にナイアが発言。


『ナイア陛下の発言に異議なし』


 魔族の一人がナイアに賛同。

 すると次々と魔族がナイアの発言に賛成を示した。

 この様子を見たミル皇女は不思議な感覚を抱く。

 絶対的な権力を持つ魔王と言えど、皇帝だった父と違い、その発言は絶対ではないと感じた。

 魔族はそれからも次々と意見を出し合って賛否を取り意見を調整しながら議題を進めている。

 コレオ帝国の人間たちは貴族が提案をし、皇帝が──ここではミル皇女が──採用するか否かを決定する。

 各種族の代表がそれぞれの地位に関係なく発言し、議論を纏める様子がミル皇女には新鮮に映った。

 そして、それは、ミル皇女の後ろで魔族の言葉をミル皇女に伝えているニコアも感心しきり。


──まるで学級委員みたい。


 前世の学級委員を思い起こすよう。それ以上に意見の交換が頻繁で尊敬に値する。

 魔族は力のみで言うことを聞かせて無理矢理支配するようなところなのだろうと勝手な先入観をニコアは持っていた。

 だが、目の前で行われているのは活発な意見の交換。

 魔王ナイアという絶対的な強者がいるというのに、発言は少ないがナイアまでも議論に参加する一人として様々な意見に耳を傾ける。

 このスティギア評議室はたいそう立派なもので、辺境伯家で育ったニコアもその審美眼を刺激するほど。だが、そんな壮健な室内は、魔族の様々な種族の代表が各々の特性や環境を主張しながら意見をぶつけ、ときに譲歩までしてみせるという意思と主張をぶつけ合い交換しより良い施策を作り上げる場。

 それでもこの場で譲り合えないようなら力のぶつかり合いになるようだが、それが魔族のルールだろう。

 妥協できなければ力で解決するという明確な着地点があるからこそ、小汚い駆け引きを必要としない。

 ニコアは魔族たちを見てそう感じた。


『ならば、森のエルフを経由してエルボアに向かう。ワシとミル、ニコアとリウ。この四名とする』


 魔王ナイアは席から立ち上がって、会議室に響き渡るほどの声を発する。

 周辺の魔族に反対するものはいない。ニコアがミル皇女や周辺の人間たちにナイアの言葉を伝えると渋々了承する様子を見せた。

 護衛が必要ではないかと考えたがナイアとリウほどの手練はカゼミール家──コレオ帝国には存在しない。

 そして、反対する者がでないまま次の議題へと移ろう。


『では、次。魔族の魔都への帰還についてを──』


 魔族側から次の議題が述べられた。

 この議題はとても長い時間が費やされたが、魔都を運営するうえでは避けて通れない議題。

 これまで魔都に住んでいた魔族を帝国軍が蹂躙し、暴虐非道の限りを尽くした。

 魔族や獣人族の習性なのか、向かってきた異世界人たちに抵抗し、魔都の住人の多くは命を失っている。

 それでも、魔都から逃れ、魔族領北部に避難をした者たちは少なくない。その魔族の難民を魔都へと帰還させようとしていた。

 人間と魔族が協力体制を取る上では必要不可欠とも言えるこの問題。人間だけでは魔都を維持することは難しい。

 そのために魔族の魔都への帰還が計画されることとなった。


 それから数日後──。

 ナイアの呼び出しでミル皇女とニコアが広いバルコニーに出ると褐色の肌のエルフのリウとナイアが待っていたのだが──。


『準備はできてるじゃろうか?』


 ミル皇女とニコアの姿を見たナイアは声をかけたが、ふたりはナイアの後ろに座る四足の鳥──グリフォンを見て唖然としていた。


「ナイア様のお言葉の通り、出発の準備をして参りましたが、それは……」


 ニコアがミル皇女とナイアの間に立って通訳。


『ああ、グリフォンじゃな。リウと、そなた等はこれに乗ると良い。ワシは飛翔魔法が使えるのでな。こやつで行けば日が暮れる前に森の入口に着くじゃろう』


 そう言ったナイアの後ろでは、リウがグリフォンの首を撫でてなだめていると頭を屈めた。背中には鞍のような座席がひし形に四席並んでいるのが見える。


──これに乗るの? 私、飛行機に乗ったことだってないのに……。


 空を飛ぶ乗り物。ニコアは前世で飛行機に乗ったことがないことを思い出す。修学旅行で飛行機に乗るという話があって、ニコアは怖がっていたが、このグリフォンはそれ以上──というのも、簡素な座席があるだけ。当然、怖い。

 ふと、ミル皇女の顔を見るとにこやかに青褪めて言葉を失っていたよう。


「ミル皇女殿下。乗って良いそうです」


 ニコアがそう言うとミル皇女がギクシャクした動作でグリフォンに向かう。

 こんな近くで大型の魔獣を見る機会はないし、それに乗って空を飛ぶという未知の経験は恐怖感で心が埋め尽くされるよう。

 あまりにも早く強い鼓動にミル皇女は血の気が失せる思いだった。


「あ、ありがとう」


 ミル皇女の声音は慄いているように聞こえるが表情は至って平静。

 緊張の色が濃いニコアとミル皇女を見たリウがエルフの言葉で言う。


『私も最初は怖かったけど、慣れると気持ちが良いのよ。さあ、乗って』


 笑顔でリウはふたりをひし形に並ぶ四つの座席のうち、横にふたつ並ぶ中央の席を案内。

 鐙に足をかけて、一気によじ登り、席に座る。リウは荷物を載せてからふたりの後ろに座った。


『リウ様は前じゃないんですか?』


 操縦席と言えば前だと思ったニコアは思わず、リウに言う。


『グリフォンの手綱は足に取り付けていて、操縦は後部座席でするから、私は一番後ろの席よ』


 凛々しく美しい笑顔でリウは答えた。

 前に誰もいないの? と、思うと怖くて青褪める。

 ミル皇女に至っては言葉を失って戦慄いてる。

 座席に座りベルトを装着すると震える手でニコアの手を縋るように掴んだ。


「ニ……ニコア。ごめんなさいね。このようなことは経験したことがなくて……」


 今にも消え入りそうな声でミル皇女はニコアに伝える。


「私もです……」


 お互いに両手を握り合い、空を飛ぶ恐怖を分かち合う。

 その様子を後ろから見守るリウは微笑みながら、


『では、出発しよう』


 リウは後部座席の手元の小さな綱を握ると微量の魔力を流し込む。

 流した魔力がグリフォンに伝わると、それを合図としてグリフォンは体を魔力で包み込んだ。

 グリフォンはゆっくりと浮上する。

 ニコアとミル皇女はグリフォンが浮上する感覚を鞍上で感じ取り「うわぁ……」と声を漏らした。

 ニコアは何とか浮上して視界の下に消えてゆく魔王城のバルコニーを見ることができたが、ミル皇女はニコアの腕を掴んだまま目をギュッと閉じて声を潜める。

 浮上したグリフォンが大きな音を立てて翼を広げると、ミル皇女の手はより一層、力が込められた。

 それからまもなくグリフォンを大きく羽ばたいてグンと前方に加速する。

 前世を含め、人生で初めて空を飛ぶ乗り物に乗ったニコア。グリフォンは瞬く間に風を捉えて上空に昇る様子を背中から眺めた。

 小さくなっていく魔王城と魔都パンデモネイオス。

 クウガと一緒に旅をした峠道。空を飛んでしまえばニコアの恐怖感は失せて、空から眺める景色に目が奪われた。

 それに驚くこともあった。


「速そうなのに、風が当たらない?」


 飛翔中のグリフォンの背中は穏やかだった。

 風が感じられず、気温の低下も微々たるもの。上空に上がれば寒くなるんじゃないかというニコアの予想とは反して、温かさを感じることすらあった。


『グリフォンは風の魔法に長けていて、飛行中は魔法で風を避けて体温が下がらないように調整しているんだよ』


 リウのエルフ語から後ろから聞こえた。

 ミル皇女は相変わらずでブルブルと震えながらニコアの腕に縋り付いている。


『上から見ると凄いですね。大きな道が魔都から南に、それと西に。北に向かってる大きな道路はなんでしょうか? あちらのほうは少し大きな街が多いですね』


 魔都の東側は湾岸となっていて道路は伸びていないが船が行き来しているのが見えた。魔都の南東は大きな峰々が南に向かって連なっていて山頂が白々としている。

 ニコアがクウガと歩いた道は深い森のように見える。空を飛んでいてもバッデルどころかファルタ川すら地平線の遥か向こうにあるようで見えない。

 空からの景色に気分が良くなったニコアに、リウが話しかけた。


『ニコアはもう怖くないようだね』

『はい。お陰様で。慣れたみたいです』

『私も最初は怖かったんだ。空を飛んだことなんてなかったからね』

『そうですよね。私も空を飛ぶ乗り物は初めてなので怖かったけど、それ以上に景色が綺麗で感動しました』

『森のエルフの郷まではこのような景色が延々と続く。真冬なら雪景色に森と湖が映えてもっと良いのよ。残念ながらこの季節はまだ緑々としてて大街道くらいしか見るものがないけどね』


 かなりの速度だと言うのに、風に遮られることなく後ろのリウと会話ができることにニコアは驚く。言葉にこそしないが、魔獣の背中がこれほどまでに平穏だということに感心。

 ゆっくりと通り過ぎているように見える景色を楽しむニコアの手をギュッと握るミル皇女は、平然としているニコアに恐る恐る目を向けた。


「ミル皇女殿下はそのようなお顔もされるのですね……」


 ニコアよりもずっと年上の女性であるミル皇女は縋るようにニコアの腕を掴み彼女の顔を見上げる。三十路という年齢に似つかわしくない可愛らしさを持つミル皇女に、ニコアは何故か庇護欲が湧く。


「ニコアは平気なのかしら?」


 勇気を出して声を絞り出すミル皇女。空を飛んでいる状況に慣れることができず、下を見ることができないため、ニコアを下から見上げるという姿勢を取った。


「私は大丈夫です。最初は怖かったですが、今は安定してますし、こうして普段と変わらずお喋りをすることもできますから」


 ニコアがミル皇女に優しく微笑みかけても、ミルはそれでも下を見ることができず。ニコアの腕から離れることができない。

 ぶるぶると震えるミル皇女に、ニコアは思わず手を伸ばした。

 ニコアの手がミル皇女の頭に触れて、ニコアは我に帰る。


「あ、申し訳ございません……思わず手が……」


 ニコアが手を引こうとした瞬間、ミルはニコアの手を掴んで、ニコアの手はミルの頭から離れることはなく。


「良いわ。そのままにして……」


 ニコアの腕を掴んでた手を片方で頭を押さえていた手を握って、その手を頭に置くように動かした。


 空の旅を半日ほど過ごし、森のエルフの郷に続く入口の前にグリフォンは降り立つ。

 そして、森の入口に一歩、足を踏み入れたその時だった──。


「あ──ッ!!」


 ニコアは右足首に強烈な痛みを感じ、堪えきれずにその場で倒れて意識を失った。


『やはり、そのアンクレットは──そうだったのね』


 ニコアの右足首につけられているのはセルムの湖の森で見つけたラナのアンクレット。

 リウはニコアの足を見つめながら森のエルフの郷に居たハーフエルフのスクルドがエルフの長から授かったという〝魔道具〟のことが脳裏に浮かぶ。

 白銀色のそのアンクレットはニコアの足をきつく締め付け肌を黒ずませていた。


「ニコア! ニコア!!」


 ミルは倒れたニコアに駆け寄ると、彼女の名前を呼び続けた。

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