異世界人 十一
その日は朝から雨が降っていた。
「嗚呼……ついにこの時が来た」
「ええ。私たちの怒り! 我が国の怒りを!」
「罰しましょう──罰しましょう……。私たちは」
三つの玉座が並ぶ謁見の間。
エリニス王国の三人の女王。メガエラ・エリニス、アレクシア・エリニス、ティシアナ・エリニスは漆黒の鎧を纏い跪く三人を前に声を発した。
左右にはこの国の重鎮たちが並び、ついにこの時が来たと三人の女王の言葉に高揚感を抱く。
「ノギ……貴様らの同胞であろう。我らに忠誠を誓い彼奴らを滅する覚悟はあるか?」
「ソウリュウ。お前らは帝国で召喚された異世界人。帝国を滅ぼす覚悟はあるか?」
「トウジロウ……あなた達は同胞である異世界人を手に掛ける覚悟はありますか?」
三人の女王が三名の異世界人に問う。
野木健司、澤幡蒼龍、井之村藤治郎は片膝をつき、頭を垂れたまま「はっ」とそれぞれに声を出した。
「父を、先王を──」
「母を、先后を──」
「奪われた私たちの──」
三人の女王は声を張り上げて、立ち上がる。
「「「今こそ、復讐の時!」」」
左右に控える重臣たちが女王の声を合図に床を蹴り、ドンと大きな叩音が謁見の間に響く。
「では、ゆけ!」
メガエラが手を振りあげ、解散の合図をすると室内の幹部たちは出て行った。
「さあ、面をあげて立ち上がりなさい──」
アレクシアの声で立ち上がった異世界人。
「もう、良いわ。楽にして──」
ティシアナは先程とは打って変わって柔らかい声で異世界人の緊張を解いた。
「しかし、良かったのか? 同胞だろう? 私たちの復讐に誓って異世界人を殺すのだぞ。我らからすれば同胞殺しは重罪だ。貴様らにそれを背負わせることになる」
メガエラは少し落ち着いた声で三人の異世界人に近付く。
「や──俺らにとってアイツらはただのクラスメイトだったというだけで、敵として戦うことになっても何とも思いません」
「俺らは恩恵がダメだからってゴミみたいな扱いをずっとされてたしな」
「あっしらは女王陛下に拾ってもらった恩がありやすし、何より、女王陛下たちのおかげで強くなれやした」
野木、澤幡、井之村は剣術、槍術、投擲というたったひとつのスキルを恩恵として授かったことで不遇の扱いを受けた。
戦地では常に最前線に放り込まれ命からがら生き延びる。捨て駒のような扱いに辟易していた。
──もうこんな扱いはいやだ。
そう思った矢先にクラスのリーダーだった如月が皇帝の殺害を計画。
──アイツが皇帝になったら俺は殺されそうだ。
それまでは皇族たちが間に入って野木たちの扱いが酷くならないように間を取り持っていたが、それがなくなったら──そう考えただけでゾッとする思いだった。
勇者の如月だけじゃなく賢者の高野、無頼漢の大滝というクラスの中心人物から散々な扱いを受けていたから、皇族がいなくなったら死地に放り込まれる未来しか見えない。
コレオ帝国ではぞんざいな扱いを受け続けた三人は逃亡することを選んだ。そして、逃れた先はエリニス王国。
異世界人という特殊な肩書が三人の女王の目に止まり、エリニス王国の保護下に置かれ、三人はそれぞれにあるキッカケを経て、女神より授かった恩恵が変化する。
野木は魔剣士に。澤幡は竜騎士に。井之村は忍者に。それぞれが成長を遂げた。
メガエラに続きアレクシアとティシアナが女王の椅子から立ち上がると、メガエラの両隣に並び立った。
「あなたたちを戦地に送るのは忍びありません。それでは私たちが帝国となんら変わらない王でしかないということを示していますから──」
「ですが、私たちは奪われた民を──苦しむ民を見過ごせません」
帝国に奪われた民と土地。そこで生きるものたちが苦しんでいなければ兵を挙げることはなかった。
だが、民は命をかけてエリニスに逃れようと国境を越え、困窮を訴える。
──どうか、お助けください。
彼らは訴えた。三人の異世界人も彼らと同様にコレオ帝国から逃げたいわば同類。見捨てることが出来なかった。
だから、女王たちが帝国への進軍を決めた時、彼女たちからの協力に応じている。
「我が翼よ──」
「我が剣よ──」
「我が目よ──」
女王がそれぞれに声にする。
「「「どうかご無事で」」」
女王たちは異世界人の手を握り祈るように言葉を発した。
先導する騎士団が出発する。
野木、井之村は後方に馬に跨っていた。
「エリニスに来て良かったな。馬に乗れるなんて帝国にいたころは考えられなかった」
「ま、あっしは馬より走ったほうが楽っすけど」
「そういうな。俺たちは恩恵が進化してクラスチェンジしたようなものだし、あいつらにはそれが伝わっていないから」
「野木とあっしはそれでもいいっすけど、あれは目立つっすよね」
野木と井之村は上を見上げる。
空にはひときわ大きな翼竜が翼を広げて飛んでいた。
エリニス王国では三百年ぶりに復活した翼竜隊。
この出兵の大きな新戦力だった。
ひときわ目立つ大きな翼竜はワイバーン・ロード。その背には澤幡が手綱を握って立っている。
三十匹の翼竜が空を飛んでいた。
「出世したっすね」
翼竜隊の先陣を駆る澤幡。
三人の異世界人の中で唯一、騎士爵を叙爵し隊長の座についた。
翼竜狩りに参加し、そこで、ワイバーン・ロードを手懐けた功績を評価されたことによるもの。
百年ぶりにエリニス王国に復活した翼竜隊を率いる存在として澤幡は出世を果たした。
「俺もトージも出世とは無縁だよな」
はっはっはと野木は笑い飛ばすが、それを後ろで聞いていた将軍が言葉を挟む。
「翼竜隊は我が国の要として三百年前まで存在してたのだが、サワハタ様の出世はそれを復活させた功績があってのもの。野木殿も井之村殿も女王陛下たちは評価している。功績を焦る必要はない」
功績を急いで焦って命を落としては女王陛下たちはさぞ落胆するだろう──将軍、リキ・ミニオスはふたりの異世界人を預かる老将として、今回の戦から彼らを無事に生還させることが最大の任務だと考えていた。
「ま、あっしは陰の者なんで、日の目を見なくても良いんですがね」
「俺もトージと同じだわ……陰キャとして生きてきて澤幡みたいに急に陽の者になるのもちょっと違うんだよな」
ふたりとも出世欲は皆無。こき使われなければそれで良い。なんなら今回の戦も最前線に送り出されても、進化した恩恵を試したい気持ちがあった。
それが人間相手というのは気が引けるものの、これまで十年以上、帝国軍の最前線で戦ってきている。こき使われていないだけマシだと異世界人は三人揃ってエリニス王国に居心地の良さを感じていた。
◆◆◆
城丸将太はコレオ帝国から二十万人にも届く大規模な難民を率いて最後の難所を越えようとしていた。
途中、決して少なくない犠牲を出していたが、これほど大規模な難民を導けたのは城丸が授かった恩恵──執事──のスキルによるところが大きい。
途中、ワイバーンの群れ、ドレイクの群れ、オークの群れなどに襲われながらも、甚大な被害にならなかったのは城丸の機転で冒険者たちが何とか撃退することに成功。そうしてカゼミール領を発って一年になろうというところでようやっと終点が見える。
山腹を進むさがら、山の向こう──西北西の方角──に、小さいながら魔王城の姿が視界の遠くに映った。
「あれが魔王城──!」
城丸の隣を歩くポプラ子爵家の次男、クレフ・イル・ポプラが目を大きくして遠くに霞んでる魔王城に目を凝らす。
「やっとここまで来た……長かった」
城丸が微かに見える魔王城に一瞬、安堵して息をはく。
すると、後ろを歩くソニア・イル・カゼミールが突然叫んだ。
「伏せろ! 姿勢を低くしろ!」
ソニアの声で城丸は小盾を頭の上にして屈み、防御体勢をとった。
前方から山頂側からヒュンヒュンと音を立てて飛んでくる矢。
先頭集団だったために、大きな犠牲にはならなかったが、難民の進行はそこで止まる。
難民の列は前方から後ろに警戒態勢をとるよう怒号が飛び交う。
これまでの道のりでもこういったことはあったが、攻撃の手が途切れないというのはこれが初めてだった。
「クレフ様。ソニア様。ご無事ですか?」
城丸は近くのふたりに無事を確認する。
「俺は大丈夫」
「私も問題ないわ」
城丸はふたりの声を聞くと、それから、後ろを振り向いて様子を見た。
「後ろの方も大丈夫そうだ」
「しかし、これでは前に進めそうにない」
城丸が後方の被害が少ないことを確認。
「これほど統制のとれた攻撃はこれまでありませんでした。もしかしたら交渉の余地のある相手かもしれません」
「そうだと良いけど……」
城丸は攻撃してきた相手が人間がそれに近いものだと推測する。そうだったとしても一筋縄ではいかないだろうとクレフは考えた。
少し経って矢が収まると、遠くから男の声が響く。
『我は誇り高き山のエルフの戦士。これ以上、踏み入るようであれば、我ら山の民が容赦なく蹂躙してしんぜようぞ!』
その声はやまびことなって反響する。
山エルフの言語は一人を除き、この場の誰もが理解できない。
何を言っているのかわからないまま、躊躇し、恐怖心が強まっていった。
そんな中、ただ一人、城丸が立ち上がって声をあげる。
『我らはコレオ帝国を逃れてきた難民である。この先の魔王城を目指していた。我らは山のエルフに危害を加える意思はない。どうか、このまま通してもらえないだろうか』
城丸は山エルフの言葉で返した。
「ショータ、この言葉がわかるの?」
目を丸くするソニア。
「はい。何となくですが、聞こえた言葉が分かったので、伝わるんじゃないかと思ったんです」
「それは驚いた。異世界人だからとかそういう理由?」
「おそらくそうだと思います」
城丸が言い終えると目の前に数十人の武装したエルフがやってきて道を塞ぐように立ちはだかった。
『ほう……人間とは久しい。何故にこの地に足を踏み入れた?』
金属製の軽鎧を身に纏う長身の美丈夫。耳は長く銀色の髪が特徴的だった。
背中には大きな両手剣を背負い難民の列の先頭に通せんぼするかたちで仁王立ちしている。
城丸は剣と小盾を納め戦闘の意思がないことを示してエルフに言葉を返す。
『私たちはコレオ帝国から逃れた難民でございます。縁の者が魔王城に滞在しておりまして、その者を頼って魔王城に向かっております』
『事情は分かった。だが、貴様は何故、我らの言葉が通じる。我ら山の民は外界に縁がない故、我らの言葉を知るものは魔族を含めて一人もおらぬ。それに、貴様の黒髪と黒き瞳──これもこの大陸には存在しないものだ。貴様は何者だ?』
『私は城丸将太と申します。コレオ帝国の皇女により異世界から召喚された異世界人ということになりましょうか。そちらの言葉がわかるのも異世界転移によるもののように思います』
山のエルフの言葉に城丸は胸に手を当てて頭を下げて名を名乗った。異世界人であることも打ち明け、言葉の理解もおそらく異世界召喚の際に身についたものと考えた。
今まではそれほどコレオ帝国以外の言語に触れたことがなかった城丸だったが、山エルフとの邂逅で言語の理解力は異世界人だからではないかと気が付きつつある。
『──大規模召喚魔法によって異世界から転移した異世界人か……相わかった』
長身の美丈夫は左手を挙げて周囲を静止し武器を下ろさせてから言葉を続けた。
『城丸将太と申したな?』
『はい』
『我は山のエルフの民、マソルという。このマソルが貴様を我が里に連行する。他のものはここで待たせるよう伝えておけ』
城丸はマソルの命令を聞いて、クレフとソニアに伝えた。
「これから山のエルフの里に行ってきます。皆はここで武装を解除して待機するように伝えてください」
城丸の言葉にソニアは
「大丈夫なのですか? 私も同行したほうが良いのでは?」
と案じる。
「ご心配ありがとうございます。ですが、許されるのは私一人だけでしょう。必ず皆さまを魔王城に辿り着かせて見せますので、どうかお待ちください」
城丸はそう言い残してマソルと数人のエルフに囲まれて山腹を進む。
山のエルフは全員が去ったわけでなく、難民を監視するためにほぼ全員がこの場に留まった。
一時間半ほど歩いて山のエルフの里に到着。
城丸は左右に軽鎧をまとったエルフの戦士に挟まれて、粗末だがひときわ大きな建物に迎えられた。
『山の民の里へようこそ。ワシはアラノロン。この里の長老じゃ』
白いローブに身を包むマソルのように大柄な美丈夫──アラノロンは目の前に通された城丸を見るや歓迎を示して名を名乗る。
アラノロンが言い終えると少し間が空いたがマソルが剣で地面を叩くと城丸の両脇の戦士が城丸の腕を小突いて合図をした。
『はじめまして。城丸将太と申します。ようこそ──と歓迎されるような雰囲気ではなさそうですが……』
『ふぉっふぉっふぉ。こう見えても十分、歓迎しておるぞ。じゃが、三百年振りの人間の来訪者がニンゲンによって異世界から召喚された異世界人となれば警戒するも当然じゃろうて』
中央の奥の長老席の円座に座るアラノロンは肘掛けに肘を付きながら笑う。




