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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
閑話

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リルム②

 目覚めたお母さんはお兄ちゃんの名前を何度も口にしていた。


「クウガ、クウガは? クウガは見つかった?」


 お兄ちゃんはまだ見つかっていない。

 それどころか、ここにいるたくさんの難民だって家族が生き別れたのか、はたまた、帝国軍に殺されてしまったのかわからない人たちだって少なくない。

 誰もが家族の無事を祈ってる。それが、ここ、メルダに逃れた難民たち。


「クウガを探しに行こうよ。ね? ね?」


 お母さんは今にも泣きそうな顔でお父さんに縋ってた。

 お父さんもお兄ちゃんを探したいからか頷こうとするけど、異世界人のおばさんが口を挟む。


「お言葉ですがロインさん。ご子息を探したい気持ちはわかります。でも、帝国軍に追われているのでしょう? でしたら追っ手は必ず来るはずです。ここは逃げ延びるために北に──魔王城のほうに一旦逃れるべきです」


 なんて名前だったかな。いしじょう? いきりおじょう?

 名前を覚えるつもりがないから良いかな。おばさんがそう言ってお父さんを引き止める。


「そうだよ。ここの難民だってロインさんを頼りにしてるんでしょ? やっぱり生き延びることが最優先でしょ」


 また、異世界人のおばさん。

 黒髪のおばさんたちに諭されてお父さんはお兄ちゃんを探すのを諦めたっぽい。


「それはそうかもしれないけど……シオリ様やシノブ様の言葉も間違ってはない。クウガを探したいけどリルムとクレイを危険に晒すのは憚られるし、ラナも目覚めたばかりで万全ではない」


 お母さんに関してはお父さんの言葉のとおり、目覚めたけれどとても怠そうだし顔色は良くない。

 また、あんな大軍に襲われたら、逃げることすらままならないような気がする。

 不安があるなら、少しでも安全な方を選びたい。するとお兄ちゃんを後回しにしなきゃいけない。

 私にはお兄ちゃんが必要だけど、お母さんみたいにすごい魔法を使えるわけでなし、お父さんみたいに剣を振ったりできる力がない。

 悔しいな……お兄ちゃんに会いたいのに、お兄ちゃんを探したいのに、私にはそれをするための能力がないのだから。

 もしかしたらお母さんはもっと悔しがってるのかもしれない。

 そんなお母さんを気遣ってくれる黒髪のお姉さんがいた。


「お体のほうは大丈夫ですか?」


 ユイナ・シラハというひとでお母さんと似た体型の黒髪の聖女。たくさんのひとの怪我を瞬く間に治した人。とても有名な人で私でも知ってるくらいの有名人。

 まっすぐに伸びる綺麗な黒髪がとても印象的。素敵な女性に見えた。


「私は大丈夫。それよりも息子を──クウガを……」


 お母さんは立ち上がろうとするけど、足腰に力が入らなくて転んだ。


「お母さんッ!」


 私は急いでお母さんが倒れないように抱き着くと、ユイナもお母さんの脇に手を入れて転ばないように支えてくれた。


「お母さん想いの良い子だね」


 柔らかくて温かい声音で私の頭を撫でたユイナ。優しい瞳の奥はどことなく物憂げで悲しそう。


「ありがとうございます」

「お母さんを大事にしてあげてね。あとでお母さんを少し元気にするお薬をお持ちするから、それまでお母さんの傍に居てあげて」


 ユイナは私にそう言って、お母さんをゆっくりと横たわらせると、私に背中を向けてメルダのお城のほうに歩いていった。


「ああ、ダメね。私……疲れちゃって、身体が思ったように動かないみたい。世話をかけてごめんね」


 お母さんは涙を浮かべていた。


「はは……魔法も使えないや……」


 手を上に上げて魔法を使おうとしたらしい。私が領民学校の授業で魔法が上手く出来なかったときみたいに、お母さんの魔法は指先でかき消えた。


 ユイナが戻ってきたのは夕暮れ近くになってから。

 空が赤らみ始めていて太陽はファルタ川の流れる先に傾き掛けてる。


「おくすりをお持ちしました」


 お母さんの傍で屈んだユイナ。彼女の後ろには三角帽子の黒髪のお姉さんが目をキラキラさせて鼻息を荒くしてる。とても怖いお姉さんだと私はこのとき思った。

 お父さんは異世界人のおばさんたちに囲まれながらお母さんの様子を遠巻きに眺めていて、クレイは私の横で服の裾を掴んでる。


「わ、わ……私がやろうか? ユイナ。良いよね? 良いよね?」


 後ろで興奮気味の彼女──。


「ラナさんのお子さんの前でそれはダメでしょ」

「えー、だってあのラナ様だよ? 私があげたいに決まってるじゃん」


 鼻息を荒くしてる三角帽子のお姉さんはお母さんの前に屈んで腰に下げるポーチから小瓶を一つ取り出した。

 あまりにも圧が強くてお母さんもドン引きしてる。何だかムダに血走った目が怖い。


「ねえ、ハルカ。怖がってるでしょ」


 ユイナはハルカと呼ばれた三角帽子のお姉さんから小瓶を取り上げた。小瓶を目で追う三角帽子。

 ユイナが取り上げた小瓶を私に手渡した。


「これをお母さんに飲ませてあげて。一応すぐに効くはずだけど──」

「ラナ様ほどの魔力の持ち主だと気休め程度にしかならないかも……? それでも立って歩ける程度には回復するはずだよ」


 ユイナの言葉を途中で遮ってハルカが口を挟む。


「私は(ひいらぎ)(はるか)。ハルカって呼んでね!」


 ハルカはそう言って私の肩に手を置くと、片目をキュッと閉じてウィンクした。

 わりと可愛い顔をしてるのに、なんて残念な女子なんだろう。

 なんとなくレイナ様に似た感じ。胸の膨らみも──今はローブを身に着けていて少しふくよかな印象だけど、こっちもレイナ様を思わせるよう。

 このひとは危険だ。私の直感が警鐘を鳴らしていた。

 ともあれ、おくすりをいただけたことにお礼は言わなければならない。


「あの……おくすりありがとうございます」

「いいのいいの。だって私、これ……」


 ローブに手を入れて本を何冊か取り出して私に見せてくれたその本は〝爆炎の魔法少女物語〟というものだった。

 ハルカの手に握られていた三冊のその本。一巻の表紙にはお母さんに似た顔の絵が書かれている。


「元気になったらラナ様のサインが欲しいから、それと引き換えってことで──」


 本を再びローブに仕舞い、私の肩から手を離すと、ハルカは「──ネ!」とまたウィンクをしてみせた。

 おっぱいがおっきくて可愛いとか最強か──と思ったけど、やっぱり年齢なりのお姉さん。

 歩く時におなかまで揺れて見えるのはローブの中に荷物を詰め込んでいるせいらしいけど。

 レイナ様のようにお胸の大きさを強調するでもなく、見た目の良さよりも機能性を優先させるタイプのようだった。


「お母さん、きっと物を握る力もないと思うから、飲ませてあげてね」


 そう言い残したお姉さんたちの背中を見送る。

 私は下を向いて自分の身体の薄さをちょっとだけ嘆いた。


 それから、小瓶をあけてお母さんの口元に注ぐ。

 コクコクと小さく喉を鳴らして、お母さんってとても可愛らしい。

 こうしてお母さんを見てるとお兄ちゃんにとってもそっくりだから、お兄ちゃんが恋しくなる。

 瓶が空になるとお母さんは「ありがとう。リルム」と小さく声にして少し大きく息をした。


「世話をかけて、本当にごめんね」


 お母さんは私とクレイを抱き締める。小瓶を飲んだからなのか、私とクレイを抱く手には少しだけ力が戻ったように思えた。


「んーん……お母さんが良くなってるみたいで良かった……」


 私の頭をゆっくりと撫でてくれたお母さん。クレイのことも撫でていた。

 それからしばらくして、お父さんに付き纏う異世界人たちは日が暮れるとメルダのお城の方に戻ってく。


「元気になったみたいで良かったよ」


 一人になったお父さんがお母さんに話しかけてきた。


「私は後回し──か……」


 お母さんは少し落胆した様子でお父さんと目を合わせようとしない。


「済まない……彼女たちの機嫌を損ねるわけにもいかなくて……」


 私たち家族のことは二の次にするしかなかった──と、お父さんはきっとそう言葉を繋げるつもりだったのかな。

 ユイナとハルカも異世界人で皇族と同等の身分らしい。お父さんを囲む異世界人のおばさんたちも同じ黒髪の異世界人だから、私たちを後回しにするしかなかったと思う。

 それでも、身体が辛い時に大事にしてもらえてないと感じたら面白くないよね。お母さんはきっと私たちのために我慢をしてる。

 お父さんにはお母さんをもっと大切にしてほしいって思うけど、異世界人という存在はとても厄介なものだ。

 翌朝。

 お母さんを訪ねてきた異世界人。


「ラナ様。おはようございますー」


 三角帽子のハルカがひとりで来た。


「魔力の回復具合はどうでしたー?」

「おはよう。ハルカ様。おかげで歩けるようになったわ」


 三角帽子のつばで隠れてるけど、ハルカの目は血走ってるように見える。

 このハルカというお姉さん。お父さんに言い寄るおばさんどもとは違った意味で怖い。


「それは良かった! それよりも私のことはハルカで良いですよというよりむしろハルカと呼んでほしいです」

「だったら、私のことも〝ラナ〟で良いわ」

「そ、そそそそ……そんな恐れ多くて、ラナ様を呼び捨てなんてムリですよー」

「それなら私もハルカ様とお呼びするわ」


 このふたりは朝から何ていう会話をしてるのか……。

 お母さんの言葉のあとに、ハルカはローブに手を入れて、本を数冊、取り出した。


「わかりました。でも、私の中では〝ラナ様〟なんです。呼び方を変える前にサインを下さいッ!」


 ハルカは両手で本と細長くて黒い短い棒をお母さんに差し出す。


「あのさ、これは何?」


 黒い棒についてお母さんはハルカに聞く。


「あ、これはボールペンっていうもので──」


 文字を書く道具のよう。お母さんもそれは不思議に見ていたみたいで、手に持ってくるくると回して眺めてる。


「これって魔道具?」

「いえ、これはあそこにいる此花(このはな)(かなで)って子が錬金術で作った普通のペンです」

「へー。これで字を書けるんだね。本に私の名前を書いちゃって良いの?」

「はい! もちろんです。むしろ書いてくれないと泣いちゃいます」


 それからハルカは本の見返しにお母さんの名前を書いてもらってた。三冊分。

 見返しに書かれたお母さんの名前をキラキラした目で見てから大事そうに本を閉じてローブに仕舞うハルカ。


「ありがとうございます。一生の宝にします」

「そんな大袈裟な……」

「そんなことないですよ。帝都や貴族の間でラナ様は憧れと言いますか特別な存在ですから」

「私、そんな特別なことしたかな? 覚えがないんだけど」

「や、だって本に書かれてますから」


 ハルカはそう言って再びローブから本を取り出して、今度は表紙をお母さんに見せた。


──爆炎の魔法少女物語


 お兄ちゃんが領民学校に入学してから、お母さんのことが書かれてる本があると言ってたけど、お母さんは冗談だと受け止めていて信じてなかったし、私は図書室に行くことなく領都から逃げ出してて、読む機会を失ってる。

 レイナ様もお母さんのことが本になってるって言ってたけど、レイナ様も事情があったようで本などを持ってないから、お母さんはレイナ様の言葉も信じなかった。

 そして、この時、お母さんは初めて自身のことが書かれた本を読む。


「マジかよ……」


 地の声でも美声なお母さん。お兄ちゃんもこの声に良く似てる。私もお母さんの声に似たかった。


「私、この本を頼りに魔法を勉強したんです。ラナ様に憧れて、いつか冒険者になりたいって思ってたけど、それは叶いませんでしたが」


 本を読むお母さんの顔を覗き込むハルカと、絶句しながら本を読み進めるお母さん。


「たしかにワイバーン・ロードとワイバーンの群れをやっつけたけどさ……」

「やっぱり本当だったんですね!」

「でも、大袈裟に書きすぎじゃない?」


 本に飽きたお母さんはゆっくりと本を閉じてからハルカに返した。


「さあ、それはどうでしょう? ミル皇女にも聞きましたけどラナ様とお話したら評判通りで感動してますからー」


 ハルカが大事そうにしまった本。いつか私も読んでみたい。

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