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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
閑話

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80/86

レイナ

 領民学校に入学してしばらく。

 重苦しくて目を覚ますと、俺の布団にリルムがすやすやと寝息をたてていた。

 また、寝てる間に潜り込んできたのか……。

 リルムが気持ち良さそうに寝ているけど、俺は学校だ。

 俺の体に巻きつくように絡みついた脚と腕をそっと退かしてから俺はベッドから下りた。


「おはよう」


 寝間着のまま居間に行くと母さんが朝食を作ってる。


「おはよう。クウガ」

「父さんは仕事?」

「ロインは害獣駆除の依頼を受けて夜明け前に出たわ」


 俺が確かに寝る前にそんなような話を聞いた覚えがある。


「レイナさんは?」


 いつもなら俺がお茶を淹れるのをソファーに座って待つレイナの姿が見えない。


「クウガ、寝ぼけてるのー? レイナは昨日、夜に迎えが来て家に帰るって言ってたでしょ?」


 レイナはセア辺境伯家のご令嬢──と言っても先代の当主、今は亡きガレス・イル・セアの娘で、現当主のゴンド・イル・セアの妹。

 ガレスの妻でレイナの実母のミローデ・イル・セアの呼び出しで昨日は俺が自室に籠もったあとに領城から迎えが来て戻っていた。


「あ、そうだった……いつもいるから。すっかり忘れてた」

「あはは。レイナはいつもうざ絡みして鬱陶しいから清々するけど、いないといないで静かでちょっと淋しくなるよね」


 レイナと母さんは良く話してるし、レイナが母さんに「お姉さま〜」とか言ってダルく絡んでるのを稀によく見るけど、それはそれで母さんは楽しんでいるらしい。

 でなきゃ、淋しいなんて感じないだろう。かくいう俺も、いつもそこにいるひとがいないと違和感がある。

 朝からお茶をいれなくて良いんだ──と、思ってソファーに座ろうとした。


「ねえ、クウガ。お母さん、クウガのお茶が飲みたいな」


 母さんはとても可愛い。胸はないけど。レイナがいなくても母さんがいた。

 俺はいつものように目を擦ってからお茶を淹れる準備を始めた。


 お茶を淹れると、リルムとクレイが起きて居間に来る。

 今朝はクレイが来てからリルムが起きた。

 それから四人で朝ごはんを食べて、俺は身支度をして学校へ。


 領民学校は城壁の内側にあるため、俺は通行証を手に城壁の門を守る兵士に


「おはようございます」


 と挨拶をして門を通してもらう。


「おはよう。クウガ。今朝も元気だな。近頃、不審な人物が出るらしい。帰りは気をつけるんだぞ」


 兵士は俺の肩にぽんと手を置いた。加減を知らないのかちょっと痛い。


「不審者ですか?」

「ああ、今朝方に上から通達があってな。こっち側は閑静で人通りがそれほど多くない。この季節は暗くなるのが早いから、もし、不審者を見かけたらすぐに叫べ。分かったな?」

「はい。気をつけます」


 肩から手が離れると俺は「いってきます」と声を残して学校を目指した。

 ここ──セルム市は皆が優しくしてくれて居心地が良い。

 お母さんに良く似てるね──と、言われるのがその要因だろう。

 母さんはここの孤児院で育って、冒険者として活躍してたらしいから、名前も顔も覚えられているそうだ。

 そんな母さんに俺は瓜二つと言われて、とても良く可愛がられている。ありがたいことだけど、爆炎の魔法少女という二つ名があまりにも小っ恥ずかしい。

 しかも、その本が貴族の子女向けに女性の活躍を啓発するための指定図書になっている。つい数週間ほど前に授業に出てきて恥ずか死しそうになった。誇らしいとは思えるんだけど。


 学校につくと、通りすがる子たちが「おはよう」と声をかけてくれる。俺も「おはよう」と返す。

 俺は平民だから俺から彼ら彼女らに声をかけるわけにはいかないし、声をかけられたら何かしら必ず返さなければならない。

 前世のように「おい! 誰だっけ?」みたいに声をかけられたときに、黙って席を立って教室を出て許される世界ではないから、そういうところは少し鍛えられたような気がする。

 厳しい世界だけど優しい世界だ──そう思える程度に学校生活を楽しんでるように思う。


 教室に入ると、俺は無言のまま席につく──ここまでは前世と同じ。

 前世だったらここから俺は誰とも一言も交わさずに下校時間までを過ごしていた。

 けど、領民学校での俺は違った。

 視界の端で離れた席に座るニコアが立ち上がって俺の方に来ようとした──が、その前に席の近い男子が話しかけに来た。


「おはよう。クウガくん」

「おはようございます。ヨルムくん」


 学校内では児童の間で〝様〟などの敬称はつけないように指導されているので緩い呼び名を使う。


「昨日の課題はやった?」

「あ、はい。やりました」

「クウガくんに聞きたいんだけど、ここの箇所がわからなくて──」


 教科書とノートを開いて俺に見せてきた。

 簡単な割り算だ。


「ここはこの数字を、この数字で何回引けたかで答えを導いて……」


 と、算数の割り算の計算方法を聞かれたので、解き方を教える。


「確かに! 割り算ってそういうことだったのか」

「でも、これだと、何回も引くのは大変なので、十の位のこの数字から最初に引いて──」


 前世で言えば小学三年生程度──そう考えるとそこそこなのか。

 掛け算と同時に教えてるから効率があまり良くないように思うけど、子どもの頭では混乱しそう──などと思いながら教えると、


「凄い。わかりやすい! ありがとう。助かったよ」


 満足して彼は席に戻った。

 それから入れ替わるようにニコアが俺の机にやってくる。


「クウガ。おはよう」

「おはようございます。ニコアさ……」


 名前を言おうとしたら途中でキツい目を向けられた。

 威圧……されたので、言い直す。彼女には〝様〟も〝さん〟も付けない──呼び捨てで呼ぶことを強要されている。


「おはよう。ニコア」

「ん。よろしい」


 ニコアは満足して笑顔を俺に向けてくれた。

 俺はホッと一安心。


「レイナ叔母様から『帰りに学校に寄るから一緒に帰ろうと伝えておいて』と、頼まれたの。覚えておいてね」

「あ、はい……わかりまs──うん。わかった」

「あとね。ちょっと、魔法の詠唱のことで教えてほしいんだけど──」


 ニコアはそう言って持ってきた魔法の教科書を開いて俺に見せた。

 内容的には予習でおそらく今日やるかもしれないというレベルのもの。

 水属性魔法の詠唱文でどこが何に当たるのかという単なる意味を求めるものだった。

 詠唱魔法を知らずに魔法を覚えたけど、学校に通って初めて詠唱というものに触れて、詠唱すると体の中で魔力が規則的に流れる感覚が新鮮で面白さを感じている。

 ニコアのほうはというと──


「私、詠唱しても上手く魔法が出ないの。どこか間違ってるのか教えてほしくて」


 詠唱しても魔法が出ないことを気にしていた。

 彼女は詠唱しなくても、詠唱魔法と同等の魔法が発動する。でも、詠唱魔法は発動しない。

 まるで魔法の適性がないかのように。貴族の子たちはほとんどが何かしらの魔法の適性があって魔法が使えるから、一人だけ魔法の適性がないとなると肩身が狭そう。

 貴族社会は無縁なところのことだから平民の俺には良くわからないけど、貴族の子がたくさんいる学校に通わせてもらえてる間は貴族とか平民とかあまり考えずにしっかりと勉学に励んで卒業することだけを考えよう。先のことはわからないけど。

 ニコアが真剣な表情で俺に聞いているので、真面目に答えることにした。


「母さんが言うには『詠唱なんて知るか!』ってことなんでニコアは魔法を使えてるからそれで良いんじゃないかって思うよ」

「それはそうだけど、それだと(ウチ)がね──」


 学校での成績がということなのだろうか。

 魔法は高学年になっても詠唱文の意味を理解していたら半分は点をとれるはずだし、詠唱を誤魔化して魔法は使えるってことになってるから何の問題もない。

 ニコアの表情は曇ったけど


「──ラナさんが言うなら……でも、確かに私、魔法は使えてるの。なのに詠唱すると魔法がでないっておかしな話よね。どうしてかな……」


 俺の机の前で考え始める美少女だが「時間だね。じゃあ、また」と席に戻っていった。


 放課後になり、玄関を出るとレイナが一人で俺を待ってた。

 外は日が傾いて薄暗くなる時間だけど、貴族街は治安が良く、女性が一人でも安心できるから、こうしてレイナがここにいる。

 さすがに平民街ではこうはいかないから俺と一緒に帰ることにしたのだろう。


「クウガくん。おかえりー」


 と言って俺をぎゅっと抱き締めるレイナ。

 大きな胸に顔が埋まって呼吸ができない。

 声を出そうにも口がもごもごして上手く言葉がでない。

 レイナの肩をトントンと叩いて緊急事態を訴えた。


「あ、ごめんなさい。ついつい、クウガくんが可愛くって抱きしめちゃったわ」


 満面の笑みのレイナさん。背が高くて美人でスタイルが抜群。まさに貴族の女性という見た目の持ち主だ。


「死ぬかと思った……」

「ふふふ。ごめんね」


 俺の訴えに、くいくいと胸元の布を引っ張ってアピールをする。確信犯で反省の色が全く無かった。


「さ、すぐに帰りましょう。クウガくんのお茶を早く飲みたいわ」


 レイナは俺の手を取って城壁の北門へと向かう。

 いつもの通学路だと領城の近くを通るけど、少し東に迂回したルートをレイナは選んだ。

 東側は貴族向けの商店街で夜は人通りがほとんどない。


◆◆◆


 私はクウガくんの帰りを待っていた。

 秋が深まりもうすぐ冬になろうというこの季節。

 いくら城壁の内側で比較的安全とは言え、薄暗い夕暮れの道を女一人で歩く勇気はない。それでクウガくんと一緒にお姉さまの家に戻ることにした。

 隣を歩くクウガくんは、そろそろ年頃の男の子という点を除けば、性格までお姉さまに瓜二つと言えるほど良く似てる。

 セルムに越してきたお姉さまの家に住み始めてもう六年になるけど、平民の──というにはとても好立地の場所に居を構えていて豪商と言っても差し支えないほど立派な──家だと言うのに、ここは世界中のどこよりも私にとっては居心地が良い。

 お姉さまは料理が上手で……それ以上に、クウガくんが淹れるお茶は帝都のお城で飲むどんなに素晴らしいお茶よりも上質で奥の深さを感じさせてくれる。

 クウガくんが淹れたお茶がなくなったら私はきっと生きていけない──そう思わせるほど、彼のお茶の腕前は抜きん出てた。まるで我らが主神であられる女神ニューイット様に愛されているかのように。


 私たちは学校から少し遠回りして城壁近くの商店街を歩いている。

 お城の前を通っていけば真っ直ぐに帰ることができるけど、顔見知りの衛兵に私が通ったことがお母様に伝わってしまう。それはなんとなく避けたかった。あとで小言を言われるのは間違いないし、昨日、領城に呼び出されたのだって、お母様と話したことも含めて、嫌な気持ちにしかならないから。

 何も聞かず、遠回りに付き合ってくれるクウガくんはとても優しい。こういうところも含めて本当にお姉さまのよう。

 でも無言で歩き続けるのも怖いから、姪のニコアのことでも聞いてみようと思った。


「ね、クウガくん。学校ではニコアと仲良くしてるの?」

「ニコア様はとても良くしてくれていて助かってますよ」

「そう。ニコアってお母様に似たところがあるから、もしかしたら、身分のことで何かあるかもしれないって心配だったの」


 お母様は身分に対してはとても厳しくて、お兄様も身分については少しだけ厳しい。お姉さまを除いて。領城に戻った時にニコアと話したりすると、お母様やお兄様と同様に身分を笠に着た発言をニコアから聞いたことがあった。

 だから心配だったけど、どうやらそれは杞憂だったみたいで。


「一度だけですがニコア様は家に来たことがありますし、そういうのもあって親しくしてくれてますね」


 きっとセイラが教育をしたのか──それとも、私たちの年代に広まった爆炎の魔法少女に対する強烈な憧れでお姉さまとクウガくんへの接し方に釘を刺されているのかな。

 お姉さまの息子っていうだけで、よしなにしてくれる貴族の子女は少なくないはず。でも、私たちの上の年代なんかはそうではないし、ニコアはかなりお母様に厳しく躾けられているようだから、もしかしたらという不安があった。


「なら、よかった。心配だったのよね。ほら、私のお母様って厳しk──」


 言葉の途中で突然、クウガくんが私を引っ張って、私はクウガくんの小さな体に抱き寄せられた。


「危ないッ!」

「────ッ!!」


 突然のことに私は声が出ない。

 クウガくんは私を抱き寄せたまま、周囲をきょろきょろと見渡していた。


「大丈夫ですか? なにかに当たったりしてません?」

「だ、大丈夫……だけど……」


 私よりずっと小さいはずのクウガくんを何故か見上げていて、クウガくんは真剣な表情である方向を一点に向ける。


「護衛かと思ったらガキかよ」


 クウガくんが目を向けた先にゆらりとゆらぐ影。徐々に影の形が定まって人の姿だと認識すると左右から別の人影が飛んできた──が、クウガくんは魔法で土の塊を出したようで土塊が左右の人影の顔面を打ってその場で人影が倒れ込んだ。


「しかも、魔法かよ。異世界ってのはガキだからと甘く見られねぇよな──ッ!」


 ローブを被って誰だかわからないけど、男だというのは分かった。

 それに〝異世界〟と発したのは彼が異世界人だからだろう。

 男は大きく湾曲した片刃の剣を右手で振り下ろそうとすると、クウガくんが私を引っ張って彼から遠ざけた。

 クウガくんは男が振るった剣に魔法で創り出した土塊を当てて剣筋を横に流す。


「勘が働くねぇ……レイナ様は腰が抜けて動けねぇみたいだし、じゃあ、これはどうよ!」


 男は左手を掲げると、土埃が舞い上がって視界を遮った。

 その途端に煌めく刃がクウガくんを襲う──が、クウガくんは素早く避けて、男の剣が石畳を打つ。

 刃と石がぶつかる激しい音がして、クウガくんは風魔法で埃を払った。

 見通しが良くなって、クウガくんが劣勢なのが見て取れる。

 ここでクウガくんを死なせたら私も死んじゃいそう──咄嗟に懐に手を入れておなかの近くを私はまさぐった。


──あった!


 男の連撃をかろうじて避け続けるクウガくんに私は叫んだ。


「これを使って──ッ!!」


 すると、クウガくんと目があって、そこに投げろと言わんばかりの視線をクウガくんは私に向ける。

 クウガくんの目の訴えを聞いてクウガくんと男とは全然違う方向に懐に忍ばせていた護身用の小刀を投げた。


「ちょこまかとクッソうぜぇッ!!」


 男が振りかぶった瞬間にクウガくんは私が投げた小刀を手に取る。


「ありがとうございます。お借りします」


 足に力が入らない私の精一杯の行動をクウガくんは微笑みで返してくれた。

 こんな時だと言うのに、お姉さまが私に微笑みかけてくれた『涙でぐちゃぐちゃじゃない。拭くね』と私の顔を拭ってくれたときと同じ顔がそこにある。

 もう大丈夫なんじゃないか……クウガくんのその笑顔で安心しきっていた。

 だけど、そんなに簡単じゃないということをすぐに痛感させられる。


「そんなよわっちいガキにちっこいナイフなんてムダだろ」


 男の連撃はまだ続いた。

 クウガくんは小刀で受け流せるようになったものの、劣勢から巻き返すまでには至らない。

 男の素早い剣戟の連続に何とか対処してみせるクウガくん。

 小刀を使って受け流すという手段は増えたけど反撃ができないままジリ貧に。

 何とかしたい──私は魔力を練って精一杯の援護をしてみることにした。

 手をかかげてローブで顔が見えない男に手のひらを向ける。


──いけっ!


 私には最大出力の水魔法。

 男が剣を振り下ろした瞬間に魔法で作り出した水の玉がパシャっと勢い良く顔面に当たった。

 その隙を逃さないクウガくん。男の顔に目掛けて小刀で切りつけた。

 男は紙一重でクウガくんの小刀による斬撃から逃れ、その瞬間にクウガくんのおなかに膝蹴りを入れる。


「ああ──ッ!!」


 思わず名前を叫びそうになったけど、何とか名前は呼ばず、それでもクウガくんが心配で声が出た。

 男に蹴り上げられたクウガくんは空中に浮かび勢い良く転がる。

 ローブが切れ、頬にクウガくんが切りつけた切り傷が男の頬に血が滲んでいた。


「チッ……ガキが……。俺様の顔に傷をつけやがって……ムカつく」


 黒い髪──間違っていなければあれはリョウセイ・オオタキという異世界人だったかな。

 頬を手で拭って血が出てることを確認すると舌打ちをしたオオタキ。

 オオタキは転げ回って気を失ったクウガくんにゆっくりと近寄って大きな片手剣を振り上げた。


「死ねッ!!」


 勢い良く振り下ろすと、金属と金属の鋭い音が響く。


「その子を死なせるわけにはいかなくてね」


 どこからともなくやってきたお姉さまの旦那さん。ロインさんがオオタキの剣を軽々と受け止めていた。

 それからは丁々発止。ロインさんがオオタキを剣戟で押し返しオオタキがじりじりと後ろに退かされている。


「クソッ! テメェ……誰だよ」

「名乗るほどの者じゃないよ」


 ロインさんは流れるようにオオタキの剣を受け流し、軽々といなしていく。

 さすがロインさん──銀級一階位から史上最短で銀級三階位に昇級した冒険者で煌閃の流星の二つ名で知られている貴族──特にご婦人方──の間で特に有名で。


「まだ、こんなヤツがいるとは──俺らってチートじゃなかったのかよ」


 オオタキは苦し紛れに土煙を起こして視界を遮った。

 それからすぐに私の傍に小刀が飛んできてカラカラと音をたてて石畳を打つ。


「ってーな──クッソ……強すぎだろ」


 土煙の中から男の声がして、ややしばらくすると、私の視界に先ほどの小刀がひとつ落ちているのが見えた。

 その小刀は私がクウガくんに投げたもの。ロインさんが抱き上げたときにクウガくんの手から落ちたようで。刃にはうっすらと血糊がついていた。


「レイナ様。大丈夫ですか?」


 土埃が風に流されて周囲が晴れると、横たわるふたりの帝国兵とクウガくんを抱えたロインさんの姿。

 ロインさんは私の傍らに来て私の無事を確認する。


「私は少し腰が抜けただけで大丈夫です。クウガくんは?」


 私が聞くとロインさんは後ろを向いてクウガくんの顔を見せてくれた。


「このとおり、気絶してるだけですから大丈夫です」


 とりあえず一安心かな。顔色はそれほど悪くないし。


「そこに倒れてる兵士は帝国兵のようですが、どうしましょうか?」

「彼らも気を失っているだけのようですし、もう少しで衛兵が来ると思いますので、引き取ってもらいましょう」


 それから話を聞いたら、お姉さまの家にも帝国兵の刺客が来たらしく、それをお姉さまが撃退したのだとか。

 一仕事終えて冒険者組合(ギルド)の支所を出たロインさんは、お姉さまの異変を察知して急いでお姉さまを助けに行き、その直後にここでの戦闘を察知して、そこにクウガくんの気配がしたそうで、城壁の通行許可を持つクウガくんの保護者として衛兵に通してもらって貴族街に来たそう。

 クウガくんが頑張ってくれなかったらロインさんが到着する前に私はここに居なかった。

 この子はまだ十歳──もう少しで十一歳になろうとしている──だというのに、強力な恩恵を持つ異世界人に抗える強さと勇気を持ってる。

 まるでお姉さまのように、私だけの王子様のような笑顔を私に見せてくれた。その王子様を想うと気を失ってしまうほどの暴力に振るわれたことに心が痛む。


「これはお兄様に報告が必要よね……」


 この様子だと、クウガくんのお茶はしばらくおあずけかしら。顔色は悪くないから大丈夫だと思うけど、さっきまで一緒に歩いていて元気だったのに──と、そう思うとため息が漏れる。

 駆けつけた衛兵に帝国兵を預けて私はまた領城に戻り、クウガくんはロインさんが家に連れて帰った。


 その後、捕らえた帝国兵の自供から、異世界人の命令でお姉さまと私を誘拐しようと企てていたことが判明。

 異世界人を撃退するほどの実力者ということで私が普段から入り浸っていたお姉さまの家に正式に住まわせてもらえることになった。

 ロインさんには申し訳ないけれど、私の護衛というセア家からの指名依頼で銀級冒険者としては破格の報酬額が毎月お兄様から支払われるし、私としても最も安全な場所に居られるわけだから一安心。

 おかげでお母様に小言を言われることなくお姉さまと暮らせるし、クウガくんのお茶も口にできる。

 クウガくんに怪我がなく無事だったことをニューイット様に感謝して、私は再び、お姉さまたちと楽しい日々を過ごすことになった。

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