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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第四章

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北ファルタ 七

 優雅な佇まいでカップに口をつけてお茶を啜る彼女。


「はぁ〜……癒やされるぅ……。この一杯のために生きてるの。やっと私の人生が戻ってきたのね」


 俺はレイナに手を取られ、孤児院に戻った。

 リルムと母さんも一緒についてきて──


「お兄ちゃんのお茶、本当に美味しい……」

「クウガのお茶は疲れが一瞬で取れるわね」


 と、お茶を飲み込んで顔を緩める。


『言葉はわからなくても、言ってることはわかる。この一杯のお茶がわたくしの人生にとって最高の至福。そんな感覚すらある』


 ラエルの言葉。


『それはどうも』


 ラエルに返すと彼女は嫋やかに微笑んだ。

 魔都パンデモネイオスで別れたときよりも、どことなく綺麗に見える彼女。

 彼女の隣にはメル皇女とニム皇女が並んでお茶を含んでいる。


「ラナ様とこうして一緒にお茶を飲んでるなんてお姉様に言ったら羨ましいと拗ねられそうだわ」


 メル皇女は嬉しそうにして母さんを見ていた。


「私、クウガの隣に座りたかった」

「ニムの気持ちはわかるけれど、ここは久し振りに再会した方々を優先してあげて」


 ニムは渋々といった表情でお茶を口にして顔を綻ばせる。

 そうして、お茶を飲んでいたら孤児院に入った二人の人影。


「ここにいたのね」


 結凪と柊だった。

 彼女たちにもお茶を振る舞うと──。


「美味しい……」


 結凪はそう言って口元に手を当て、


「うまっ! こっちの世界のお茶ってこんなに美味しいの?」


 と、柊はお茶を一口飲み込んでから言う。


「クウガくんはお茶だけじゃなくて料理の腕も良いのよ」


 レイナは自慢げに話した。

 レイナの自慢話に耳を傾ける彼女たち。

 母さんは「それは大げさすぎない?」と指摘するものの「お兄ちゃん、すごいよ」とリルムが返す。

 しばらくすると、ふたたび、孤児院に入ってきた人影。

 幼女姿の半裸の女の子──アルダート・リリーだった。


「良い匂いがすると思って来てみたら、異世界人、いっぱいいるー」


 全裸に近いから歩くたびにいたるところがプルンプルンと震える。


『ウチにももらえる?』


 俺の後ろの席に座ってアルダート・リリーはお茶を要求。


「もちろん」


 そう答えたら、柊が「私もおかわりー」と言うので、全員分のお茶を用意する。

 その間、柊がアルダート・リリーの隣に座って、アルダート・リリーが引くほど、ウザい絡みをしていたようだった。

 不思議だったのは柊が魔人語でアルダート・リリーに絡んでいたこと。

 結凪がラエルとエルフ語で話しているし、改めて異世界人はどの言語も理解しているようだ。

 俺は異世界に転生したけど他の言語がわかるらしい。異世界から来た人間だからという理由で言語が通じるとするのなら、ニコアももしかしたら異世界から転生したのかもしれない。

 そうでないとニコアが獣人やエルフと言葉を交わせなかったはず。

 今度、会ったら確かめてみたいけど、そうしたら俺も異世界から転生したと勘ぐられることは間違いない。

 バレたらめんどくさいだろうな。だったら俺から聞くことも明かすこともせず、大人しく目立たないようにしよう。

 そんなことを考えながら俺は再び人数分のお茶を用意した。


 孤児たちは教会の礼拝堂の掃除をしていたようで、お茶のあとに孤児院に戻ってきた。

 これから夕食の料理をするらしい。手伝いを申し出たがそれは断られ、でも、母さんたちが取ってきたらしいバイソンの肉は快く寄付されていた。

 俺が持ってきた食糧も受け取ってくれたけど、孤児たちは孤児たちで料理をして、それも孤児院での学びのひとつなのだとルーサが言う。

 そうであれば手を出す理由がなくなってしまう。彼らにとって俺達はあくまでも客人なのだ。

 そして、ここにいる異世界人も一枚岩ではないようで、どうやら父さん派と母さん派というふたつの派閥に割れていた。

 何故か俺の家族もふたつに分かたれている。

 妙齢を過ぎつつある異世界人女性が父さんに対する執着心で父さんとクレイを囲っている。母さんとリルムは父さんから距離を置いているらしい。

 この世界……と、言うよりコレオ帝国では平民に結婚制度というものがない。貴族は貴族籍というもので管理しているため、結婚制度が存在するが、平民の結婚はあくまでも前世の世界で言う事実婚のようなもの。

 基本的に乱婚状態だったりする。

 それでも自然と一夫一妻に収まっていくのは不思議なもので、そうだからなのか、互いに独占欲というものも存在するわけで。

 母さんは父さんへの独占欲が強かったのだが、異世界人の女性には敵わないと判断したのか、父さんと少し離れた場所にいることが増えたらしい。

 そう。夕食の時間になって、それは顕著に現れる。

 孤児院で食事を御馳走になるわけだけど、俺の周りには母さんとリルム、レイナ、ラエル、結凪と柊。それとメル皇女とニム皇女。

 父さんの周りにはクレイとララノア、一条、久喜、此花、多々良、それと、ドワーフのアルニアが父さんにひっきりなしに話しかけてる。

 アルダート・リリーは食事をとらないから離れた場所に座り、モルグはサイリスと二人で食べている。

 なるほど、これでは母さんが入る隙がない。諦めるのも致し方なし──ということか。

 今までなら割って入って父さんに虫が寄り付かないようにしていたけれど、今は俺の目の前で頬を膨らませながら料理を口に運んでいた。


「ところで、クウガはこれからどうするつもりだったの?」


 母さんと目が合うと、彼女は俺に訊く。


「最近、平民が北ファルタから離れたところに住み始めてるらしくて、俺もそこに住もうかなって……」


 俺も、そして、母さんも目的を果たしたみたいで、これからどうするのかを考えているようだった。

 元のファルタの住民で俺の知人たちは当初はこの北ファルタの中に住居を形成していたけど、居心地が悪くなったと少し離れた場所に移ったらしい。

 メル皇女がそれを確認しようとして統治者に確認を取りに行ってくれたけど、あまり良い情報は得られなかった。


「ここに着く前にシキさんたちに会ったの。ここから随分と離れていたけど、私もクウガと同じように考えていたわ」


 母さんは陸路でここまで来たからファルタのスラムに住んでいた人たちと会ったらしい。

 ファルタの住人のうち、最初にこっちに渡ったのはスラムの人たち。その人たちはあとから渡ってきた貴族たちから逆賊のように扱われて北ファルタから遠ざけられたのだとか。

 それが本当だとしたらここに住むのは考えられない。


「だったら私もクウガに付いていくわ」


 母さんに続いて声を発したのはメル皇女だった。


「ニムも良いわね?」

「はい。メルお姉さま。私もクウガについてまいります」


 ニム皇女はメル皇女と一緒に来てくれるようだけど、皇族が平民のそれもスラムの住人と同じ生活で良いのだろうか?

 そう思っていたら、レイナも続く。


「私はクウガくんのお茶が好きだから、もう離れたくないわね」


 レイナの言葉に何やら複雑そうな顔をする母さんだったが、レイナは「お姉さまについていくのは当然だけど、クウガくんのお茶は私の人生そのものと言っても過言ではないの」と言う。

 何故かそれで納得する母さん。


「ラナちゃんが行くなら私もそこに行ってみようかな」


 結凪も一緒に来るそうだ。

 柊が結凪に続いて「ラナちゃんとまだ魔道具を作りたいから私もついてく」と彼女の同行も決まった。


『わたくしもクウガと行くことにする』


 ラエルはエルフ語でそう言った。


『ララノアさんは良いの?』


 ラエルの言葉に驚いた結凪。俺もララノアと一緒じゃなくて良いのかと思ったが。


『姫様はロインさんについていくだろう。わたくしが姫様についていっても、もう役に立つどころか疎ましく思われる。だからこれからはわたくしの生きたいように生きるよ』

『それでクウガくんについていくの?』

『そうだ。姫様の手前、何も言えなかったけどわたしくしはクウガを好ましく思っている』

『わ、直球だね。でも、良いの? エルフってもっと閉塞的で他種族との交流を持ちたがらないと聞いていたし……』

『昔、エルフ族とニンゲンの間で恋をして結ばれた話があってね。わたくしはそれに憧れたんだ。外の世界を巡り、ニンゲンと恋に落ち里に連れ帰って子どもを産み、育てた。それがとても幸せそうだったと聞いていたからね』

『そんな話があったの?』

『ああ、産まれた子はスクルドと名付けられて郷で大切に育てたという話がある。わたくしが生まれる前のことだけど』


 ラエルがエルフとニンゲンの恋とそのふたりの間に産まれた子の物語を結凪に語る。

 結凪はラエルの語り部で物語に聞き入った。


『ウチは目的を果たしたから一旦、魔王城に帰ってナイア様に報告をするよ』


 ラエルと結凪が二人の世界に入ってから、アルダート・リリーが俺に言う。


『そうですか。ここまで本当にありがとうございました。ナイア様にも感謝しているとお伝えいただければ──』

『や、たぶん、ウチ、クウガのところに戻ると思うんだよね』

『そのときはまたよろしくお願いします』

『ん。んじゃ、ウチはもう行くね』


 アルダート・リリーはそう言い残して、その場で消えた。


「おお、これが転移魔法というやつか。魔族ってすごい」


 消えたアルダート・リリーに反応を示したのは柊。

 母さんはアルダート・リリーが消えた様子に目を丸くしていた。

 誰もが言葉を発せない。初めて見た転移魔法。柊が言わなければ何が何だかわからなかった。

 残されたアルダート・リリーの魔力の残滓。魔法というより夢魔族特有のもののように思える。真似ができなさそうだった。


 そして数日後──。

 昼頃に俺は孤児院を出た。


「ルーサさん、ありがとうございました」

「いいえ。こちらこそ。みなさんもどうかお元気で」


 数日間の間、ゆっくり過ごして旅の疲れを癒した母さんたちは、今後のことを考えて俺と一緒に北ファルタから東に少し離れたスラムに移動することに。

 そこに父さんも加わることになって、ほぼ全員がスラムにしばらく住むことにした。

 ただ、モルグはここに残って子どもたちに鍛冶を少し教えるようだ。


『俺はサイリスを鍛えてからエスガロスに戻る。その時にアルニアを迎えに寄るぞい』

『お父さん。ごめんね。わがまま言って。迎えが来たら一緒にエスガロスに戻るから』


 モルグとアルニアは抱き合って別れの挨拶を交わす。

 アルニアは父さんに一目惚れしたらしく、父さんについて回っている。

 ドワーフは女性が極端に少なくて、コレオ帝国の平民と同様に女性の自由に寛容。

 だからアルニアが『ロインさんの子どもが欲しい』とモルグに伝えたときに『好きにしなさい』と許しを得られた。

 ちなみに、エルフは女性が多いらしく、結婚できなかった女性は寿命まで独身のまま過ごすか外の世界に出て自由に生きるかの二択なのだそう。

 ラエルが俺についてくるというのは俺の近くにいれば父さんを追いかけるララノアから離れないということになるから、それでだろう。近付き過ぎず離れ過ぎずの距離感を保てるから。

 そうだとしたら腑に落ちる。


「さあ、行こうか」


 新たに新調したのは雪車。荷車では雪上の運搬が厳しいからモラクスが帰った今、人の力で引ける雪車を選んだ。

 平民の俺では馬を買うことができず、安価な雪車を調達。それをモルグに調整してもらったんだけど、本人は恩恵を持っていないというけれど、平民が使うようなものよりずっと良い仕上がりで、雪車が軽い。

 準備が整い、俺たちはルーサたちに見送られて孤児院を出た。

 北ファルタ最西端にある孤児院から、北ファルタの最東端にある平民でも貧困層が集まるスラム街の更にその東。右手にファルタ川を望みながら進む。

 北ファルタの市街地から少し離れた場所にあるスラムは物資が乏しく、森で狩猟をしたり、川で漁をして食糧を調達する。

 石の斧で木を切り、漁をするための小舟を作ったりする者も見かけた。

 当初目指したスラムでの生活は、皇族や貴族、異世界人がスラムに住むと北ファルタの中心地に住む人々から酷い扱いを受けるかもしれないとスラムの人たちと協議した結果、諦めることにして、更に東に進んでいる。

 スラム街では知ってる顔を見かけたけど、仕事の邪魔をしては悪いから後で挨拶に行くことにした。

 そういえばモルグに買ってもらった船があったな──モルグは使わないらしいからそのうち取りに行くことにしよう。

 道すがら、母さんやレイナ、リルムと再会までのことを聞いたり話したりして、結凪や柊とも少し言葉を交わした。

 俺と家族の再会を見守るメル皇女とニム皇女。彼女たちはレイナとよく話をしていた。

 メル皇女はラエルとも会話をしていたけど、ラエルとは魔人語でコミュニケーションを取れるみたいで──ニム皇女もエルフの女性と楽しそうに魔人語で言葉を交わしてる。

 レイナはそんなメル皇女とニム皇女を見て、


『それってエルフの言葉じゃないよね?』


 と、ラエルに聞いていたし、レイナもエルフ語を少し覚えていたようだ。

 いつもお巫山戯が過ぎるレイナも貴族として育っているからか怜悧さを内実に具しているよう。

 こうも簡単に他種族の言語を覚えるなんて本来なら難しいはずなのに──なんて、感心してると、


「なあに? 私に惚れちゃった? じゃあ、せっかくだし、クウガくんをもらっちゃおうかな」


 レイナは俺を揶揄って腕を掴む。


「クウガは上げないよ。私の大事な息子なんだから!」


 母さんが頬を膨らませて俺を奪い返すように腕を引っ張った。

 何故かリルムが「まだダメ」と俺の手をレイナから取り返そうとしてるし。

 こんなくだらないやり取りだけど、以前は日常の一場面だった。それがほんの少しでも感じられたことを俺は嬉しく思えた。

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