北ファルタ 六
北ファルタの西部──。
小高い丘の頂きにひっそりと存在する教会や修道院と併設する孤児院。
ここ数日、俺はここで過ごしている。
小粒の雪がパラパラと降る中、俺はドワーフの女性──アルニアと一緒に孤児院の子たちと木剣を使った模擬戦……もとい、チャンバラごっこ遊びをしていた。
「クウガ、やっつけてやるーッ!!」
両手で剣を持ち男の子が俺に向かって剣を振りかぶる。
簡単に当たってやるつもりはないので、ひょいと横に交わして剣筋を見送ってから、彼の足をちょこっと蹴った。
ずでんと勢いよくすっ転んで「いってー」と声を上げる男の子。すくっと立ち上がってもう一度──そうして何度も俺に立ち向かう。
こうやって繰り返していると少しずつ剣の軌道が変わっていく。
何とかして当てたい。その意気込みが剣筋に現れていた。
父さんに剣の使い方を教わっていたときもこんな感じだった──と、思い出すと、目の前の男の子が少しずつ見せる成長が思いの外嬉しくて、父さんもこんな気持ちだったのかなと思えるよう。
近くではアルニアが女の子を相手に剣や弓を教えていて──中にはアルニアと同じように斧を持とうとする子もいたほど。
ドワーフの言葉しか話せないのに、何故か女の子たちにとても人気で、言葉が通じないなりに丁寧に武器の使い方を教えてる姿はキラキラしていて尊い光景だった。
庭で遊び始めて数時間。
男の子たちは疲れて地面に寝転がっていた。
「女子すげぇ」
男の子たちの間で声が上がるのはアルニアの剣技を見て──。
俺は恩恵を持っていないからアルニアのように剣を扱うことはできないが、それを抜きにしても人間から見れば少し背の低い女の子が見事な剣捌きを見せている。
男の子たちの間で剣を両手持ちするのが流行っているのは彼女──アルニアが重たい斧や大きな剣を両手に持ってぶんぶんと剣を振る姿に憧れたから。
気持ちはわかる。
「クウガはアルニアみたいに剣を振れないの?」
男の子の一人が聞いてきた。
「俺の剣はアルニアさんみたいな戦士とか騎士みたいな人とは違うものだからね。それにどっちかというと剣より魔法のほうが得意だから」
「クウガって魔法、使えるの? 見たい! なにか見せてよ!」
一人が言い出すと、みんなが魔法を見せてとせがんでくる。
ちょっと見せるくらいなら良いか──と、そう思って俺は指先を立てて空に向け、脳裏にイメージを描いて魔力を込める。
ほんの一瞬、炎を真上に巻き上げ、すぐに消えた。
「「おおおおお!! すっげぇーー」」
子どもたちから「はじめて見た」とか、そういった声がちらほら聞こえる。
魔法はそれほど珍しくないというのに見たことがない者もいる。
「ボクも魔法、使えるよ」
という子もいたが、彼はどうやら貴族の子のようで立ち振舞が違ってた。
その子は小さな声で詠唱をして、火の玉を創り出して地面に打つ。
「おお! ナイル、すげえ! おまえも魔法、使えたんだな」
「う……うん……」
ナイルという名の少年は魔法を使ったことで周囲の男の子たちに囲まれるはめに。
どうやら想定外だったみたいで、戸惑っているよう。
「で、でも……クウガはボクみたいに詠唱しなかったよ」
ナイルは小さくボソボソと言葉にしたが誰にも聞き入れられず、魔法を使って、魔法を教えて、と、しきりにねだられていた。
「魔法は何度も使えないものだからナイルくんの無理にならないようにしないとダメだよ」
とは言ってみたものの、子どもたちはすでに魔法に興味津々。
ナイルが魔法を何度か披露して「ダメ、もうムリ」とへたり込むことになった。
ナイルの魔力が尽きかけたところで、庭での遊びは終了し、孤児院に引き上げようとしたところだった──。
「クウガ!!」
聞き覚えのある女性の声だった。
俺に向かって走ってきたローブ姿の女性。
「母さんッ!!」
「クウガ──ッ!!」
母さんは俺に飛びついて力の限り抱きしめた。
く、苦しい──と、声を発せないほど、彼女の腕に締め付けられる。
「ああ、良かった……本当に良かった。クウガ──クウガ──」
母さんは俺の肩に頬を擦り付けて頭に手を回すと──
「あれ……前は私よりも小さかったのに……」
俺の頭を手で撫でると母さんは俺が母さんより背が高くなったことに気が付いたよう。
「もう半年くらい会ってなかったから、その間に伸びたみたいで……」
俺がそう言うと、母さんは俺から離れて改めて俺を見上げた。
「そんな……私の子どもなのに……私の子どもの成長を見てあげられなかった……クウガがこんなに育って嬉しいのに──今、とても悔しい」
母さんは両手の拳を握り、感情を大きく揺さぶった所為か、魔力が大きく膨れ上がる。
が、母さんが離れたその隙にリルムとクレイが俺に抱きついてきた。
「お兄ちゃん! 会いたかった!」
「お兄ちゃん!!」
半年ぶりにあったリルムは少し背が伸びて母さんよりも少し背が低いくらい。
クレイはこんなんだったのがここまで──。
弟妹の成長は嬉しいけれど、何だか淋しく感じた。
異世界人の所為で俺は家族に取り残されてリルムとクレイの成長を見逃したのだ。
これは許すまじき──そう思うと母さんが怒っている様子もよく理解できる。
「クウガ、無事で良かった」
父さんとも抱き合い、そして、レイナも。
「良かった……クウガくんが無事そうで……」
父さんもレイナも俺よりも背が高い。
レイナに抱き寄せられると胸の谷間に頭を抱えられた。
外は雪がちらついていて寒い。レイナも厚着でローブを纏っているから息苦しさを感じるほどではない。
「レ……レイナさん……ちょっと、胸が……」
柔らかい感触で至福ではある。
だけど、気恥ずかしい。なのにレイナは「あら、良いんじゃない? クウガくんは年頃になったのね。私の胸ならいくらでも使って良いから」と抱き寄せているというのに胸を寄せて更に圧を強める。
「ちょっと、レイナ! クウガになんてことしてるの!?」
母さんが怒った。
「良いじゃない? 久し振りのクウガくん成分だもの。でも、大きくなったわね」
レイナはそう言って俺を離してチークキスをする。
ふわりとした甘い香りが胸の内を湧き上がらせる。
『クウガ、ここに来てたんだね』
『久し振りだね。クウガ。魔王城で逸れたときは心配した』
ララノアとラエルの姿──だけど、その後ろに黒い髪の異世界人の女性が見えた。
一瞬で頭に血が上る。
異世界人は敵──。
俺は腰の短剣を抜き、武装している異世界人の女性に切りかかった。
「な、なに?」
即座に抜刀した彼女だったが俺の剣を防いだのは彼女の盾。彼女は声を出して驚いたた。
攻撃を防がれた俺は間合いを取ったが彼女は反撃をして来ない。
「異世界人は殺す!」
地面を蹴って再び切りかかったが、今度は剣で弾かれた。
強い。なら魔法──。
火を起こし風で巻き彼女を炎で包む。
だけど、それも弾き飛ばされた。
「こう見えても聖騎士の恩恵を授かっているから魔法に耐性があるの。何で襲ってきたのかわからないけど、ラナさんの子だからこれで許してあげる」
女性は俺に斬り掛かる。
わかりやすい剣筋で簡単に躱した──が、次の瞬間、体に強い衝撃が走った。
俺は吹き飛ばされて雪が積もる地面に転がされる。
起き上がろうとしたが動けない。
「闇の魔法。私が解くまでこのまま。魔法も封じたから」
もう一人、ローブに身を包んだ黒髪の女性。
この人は見覚えがある。
柊遥。そうか、彼女は魔法を使うのか。
それにしてもさっきの聖騎士とか言う女性。いくらなんでも強すぎだろう。
「結凪、回復してほしい」
剣と盾を持つ女性が近くにいた結凪──白羽結凪に言う。
「良いよ。今、回復するね」
結凪は即座に彼女に魔法をかけた。
「ありがとう。それにしても──」
彼女は自分の身体を見渡す。
マントや黒く焼け焦げた鎧の隙間からは燃え尽きたアンダーウェアが見える。
「いくら耐性があるからっていっても、これは酷い」
彼女はため息をついて「これ、一張羅なのに……」と肩を落とした。
「クウガくん。はじめまして。私は白羽結凪。一応、聖女って呼ばれてるけど気にしないで」
結凪は前世の俺の幼馴染。
中学生になって疎遠になり、とあるきっかけで彼女と距離を置くために地元から少し離れた学力が高めの高校に入学したのに何故か高校でも一緒になった。
気不味くてクラスの誰ともかかわらないようになったもの高校になってまで彼女が同じクラスだったからだ。
そんな彼女が俺の顔を見てうっとりした表情をしている。
「ごめんなさい。私たちはラナちゃんやロインさんと一緒にここまで来たけれど、セルムを襲った同郷の人たちとは違うの。復讐したい気持ちはわかるけれど私たちの話を聞いてほしい」
その後ろでは父さんが聖騎士と言った女性にローブをかけていた。
父さんは俺を一瞥して、少し怒った顔をしていたけど、そのままルーサのところに向かったようだ。
母さんは俺を見下ろして怒ってるけど、俺の気持ちもわかるようで複雑そうにしていた。
俺は柊の魔法が解かれぬまま、教会の一室に抱えられて椅子に座らせられた。
それから結凪が俺の前に屈み込んで俺に向かって語り始める。
結凪の話によると、異世界人は一枚板ではないらしい。
特に女性陣と男性陣の間には大きな隔たりがあるそうだ。
というのも、皇位を簒奪した直後、ミル皇女、メル皇女、ニム皇女や彼女たちの母親のノラ皇后たちを監禁したところで完全に分裂したらしい。
特に戦闘系の恩恵を持たない女性にとって彼らは脅威でしかない。だからすぐにでも帝都を離れる必要があったのだとか。
要するに彼女たちはセア辺境伯領侵攻とは無関係。
これは、この場にいるメル皇女とニム皇女の話とも整合が取れていて疑いようのない事実だった。
それからメル皇女もこれまでのことを伝えると──
「あの船はやっぱりクウガだったんだね」
と、母さん。
『ドワーフが居るの?』
その船にモルグとアルニアというドワーグも一緒だったことを伝えると怪訝な顔になるララノアとラエル。
それにアルダート・リリーという夢魔の存在も伝えた。
「夢魔!? サキュバス? どんな感じ? 早く見たい!」
柊が燥ぐ。もう良い歳の大人の筈なのに──そう思っていたらそれが伝わったのか「年は関係ないッ!」と俺に向かって言ってのける。
俺、そんなに顔に出やすい人間だったのかな。俺の今生の人生を振り返っても、そんな節は思い当たらない。
ともあれ、こうして誤解が解けて、俺が斬り掛かったことも謝罪で済んだ。
クレイは俺を怖がってるけど、リルムは「私、お兄ちゃんの気持ちわかるよ」と言って引っ付いて離れない。
リルムも領民学校にいる間に異世界人に攻め込まれて先生や友達を何人も亡くしているという。
「私たちは異世界に召喚されて、納得できないことがたくさんあったし、もとの世界に戻りたいとも思った。それで、この世界の人間を蔑ろにしていて、魔族たちを否定し続けていた。だけど、この世界の人間にはこの世界の人間の生活があって、魔族にも魔族の人生がある。それは否定されるべきではないし、そう考えたら私たちがしてきたことは間違っていたと言わざるを得ない。だから、クウガくんが私に襲いかかってきたことは怒っていない。むしろ当然のことだとわかっている。クウガくんに限らず、セア辺境伯領に住んでいた人間なら皆、そう思っているだろう。私たちの問題──異世界人と呼ばれる私たちと同郷の人間たちの問題は、私たちの手で解決されなければならない」
リルムの言葉を聞いた聖騎士の女性はそう語った。
「そういえば、名乗ってなかったね。私は一条栞里──シオリ・イチジョウと名乗るべきだったね」
一条栞里……。結凪と仲が良かった女子だったけど、こんなに凛々しい人だったんだろうか。
頼りになりそうな雰囲気だ……。
手を差し伸べてきた彼女だったが、俺の拘束は解かれていない。
「ああ、ごめんねー。今、解くよ」
柊は詠唱をして俺の拘束を解除した。
自由になった俺はもう刃を向ける気持ちはなく、差し出された手を取り握り返す。
「ロインとラナの息子のクウガです」
「こうして見るとラナちゃんによく似てる。男にしておくのが勿体ないくらいだ」
俺の顔を覗き込む一条。
「私はありだと思うよ」
一条の隣に並んで俺の顔を見る柊。
その後ろに他の異世界人が「私はロインさんが良いなー」と言う。
どうやら父さんは異世界人にもモテるようだ。
「ロインさんは別格だからね」
そう言って一条は頬を赤らめる。
「話が済んだなら、クウガくんを借りるわね」
そう言って横から手を伸ばしてきたレイナ。
彼女は俺の救世主。ありがたい。