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北ファルタ 一

 大粒の雪が降りしきる中、俺たちは再び、帆曳船でファルタ川を下る。

 朝のうちに日持ちがしそうな料理を作り、このまま一気にファルタまで向かうことにした。

 というのも、一晩、野営で夜を明かしていたらかなりの量の降雪で、雪が積もったからだ。

 これでは旅は思うように進まない。

 この旅のメンバーには睡眠を必要としないアルダート・リリーがいる。

 彼女を頼って船から降りることなくファルタを目指す。

 川面を行く船は冷たい風にさらされてとても冷えるけれど、毛布などが揃っているから凌げるだろう。

 アルダート・リリーを頼ってばかりで申し訳ないが、俺の魔力を求められたら素直に応じることにしよう。


 川幅が広く、ゆったりと流れるファルタ川。

 俺が起きている間は魔法で風を起こせばそれなりの速度で船は進む。

 きっと、アルダート・リリーも同じようにしてくれるだろう。

 風が足りなければ魔法を使えば良い。

 前世の世界とは違ってこういうところは非常に便利だ。

 そうして船上で二晩を過ごした昼過ぎ──。


『町が見えてきたよー』


 アルダート・リリーが指を指した先に半年ほど前とは見違えるファルタの姿があった。

 大粒の雪が街並みを白く彩っているが、街並みは都市と言える様相を呈している。

 川の上にはいくつかの船が出ているが──。

 見覚えのある姿が見えた。


「カイル!」


 大きな声で彼の名前を呼んだ。

 金髪碧眼のごく普通の少年。幼馴染の一人でとてもお世話になった。

 俺の声に気が付いたカイルがこっちを振り向いた。


「クウガ! 船で来るとは思ってもみなかったよ。それに──」


 カイルの声に気を利かせた船主がこちらに船を寄せる。


「ニコア様とは一緒じゃないんだね」


 ファルタから出たときにカイルは同じく幼馴染の一人、キウロと一緒に俺を送り出してくれた。

 その時にニコアとミローデ様も一緒だったから、俺が帰ってきたということは一緒に戻ってくるものだと思っていたのかもしれない。


「ニコア様は無事に魔王城に届けられたそうで、俺は父さんと母さんたちを探して戻ってきたんだよ」

「そうだったんだ。それで一緒にいる方々は?」

「話せば長くなるけど、旅の仲間……というところかな」


 俺の言葉に一瞬、怪訝な表情を見せたカイルだったが、俺の周りにいる人たちが気になったようだ。

 ここにドワーフ、魔族、悪魔、そして、ふたりの皇族。

 正直に伝えたら平民の俺たちなら卒倒するだろう。

 だから、ここはあえて言葉を濁して後で説明させてもらうことにした。


「そっか。それじゃ、港まで案内するよ」

「助かるよ。ありがとう」


 港に着き船を停泊すると、カイルが俺に話しかけてきた。


「ここは今は北ファルタと俺たちは呼んでいて、町の中心は向こうのほうだよ」


 と言って北西を指さす。


「もともとのファルタ──今は南ファルタと呼んでいるところの住人で俺らみたいなスラム街の人間は東の外れにあるところに前みたいに住んでるよ。そこにキウロもいるんだ」

「そっか。いろいろと助かるよ」

「いいってことよ。昼間はこの辺で漁をしてるけど朝夕は東のスラム街にいるからさ。顔を出してくれよ」

「ああ、もちろん。行くよ」

「じゃあ、俺は仕事に戻るからさ」


 そう言ってカイルは船に戻った。

 カイルが乗った船は直ぐに港から離れる。

 その様子を見送ってから、視線をカイルが指をさした北西に。

 確かに中心街だと言えるほどに建物がそれなりに立ち並んでいた。

 モラクスの手綱を手に取るとニム皇女が俺の隣に寄って袖の裾を掴む。

 さらにメル皇女も近くに来て「避難民の町と聞いていたけど随分と発展してるわね」と俺に言う。


「俺も驚いてます。たった半年でこんなに町ができたなんて……」

「クウガがここを出た時にはどれほどの人が住んでたのかしら?」

「わかりません。セルムからここに避難してくる間にたくさんのセア領民が合流してファルタ川を渡りました」


 街の中心らしき場所に向かいながら答えた。


『ん。気配を探ってみてるけどニンゲンがすっごく多い。獣人も何人かいるよ』


 アルダート・リリーの言葉の通り、人間とは思えない魔力を放つ生き物の気配がある。


『そうみたいですね。何がいるんだろう?』

『そんなに強そうじゃないから、コボルトとかそういうやつじゃないかなー』


 アルダート・リリーの言う通りで、それほど強力な獣人ではなさそうだ。

 少し前に強烈な獣人と戦ったときに感じたあのひりつくようなトゲのある魔力。

 そういったものとは全く違うものだった。

 しばらく歩くとちょっとした広場に出た。

 多くの露店が並んでいて身なりの良い人々でにぎわっている。

 カイルのようなスラム街の住人っぽい装いではなく、整った服装でそれなりに見える人たちばかり。

 俺もファルタではスラム街に住み、セルムでは貴族街に近い場所に住んでいたからわかることがある。

 この町も身分が全てなのだ。

 とはいえ、露店には興味深いものがあった。


『宝石ですか?』


 俺はその露店の店主に声をかける。

 犬の耳を持つ小さな獣人。コボルトの姿。


『おお、獣人の言葉が通じるとは、これはこれは』


 たれ耳のコボルトはいそいそと俺の前に移動。


『人間は貴金属を好むと聞いて猫人族の伝手でこちらに来てみたんですが、人間は魔石や魔道具のほうが好評でして──今ならこう言ったものもご用意しております』


 そう言って見せてくれたのはたいしたものではなかった。

 魔力を込めると多少光る程度のもの。

 それでも、北ファルタでは需要があるようだ。

 しかし、コボルト族は魔族の通貨を使用していたように思う。


『では、そちらが欲しいんですけど、支払いは皆さん何でされてるんですか?』

『獣人相手でしたらモルをいただいておりますが、人間はモルを持っておりませんから宝石などの貴金属をいただいております』


 話を聞かせてもらったお礼に一つ、ペンライトのような魔道具を購入した。

 支払いは魔族の通貨──モルで。

 それから、近くを歩く人に声をかけることにする。


「すみません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


 身なりの良い高青年に話しかけた。

 彼は後ろにいるメル皇女をチラチラと見ながら応じる。


「何かな?」

「この町の偉い人って誰ですか?」


 そう聞いたら青年は怪訝な表情になり俺たちを怪しむ。

 まあ、後ろにちょっと小悪魔みたいなアルダート・リリーがいたり、ずんぐりむっくりなモルグとちょっと美人なアルニアがいる。

 人間の俺とニム皇女、それにメル皇女は少しみすぼらしい姿なのかもしれない。

 怪しまれるのも当然か。


「この町に住んでてラプス様を知らないだなんて、キミたちはいったいどこから来たんだい? 外から来た人には教えられないなー」


 冷たい目を俺に向ける青年はメル皇女とアルニアを交互に舐めるように見た。

 さぞ気色が悪いことだろう。

 後ろを見るとメル皇女が一歩、後ずさりするところだった。


「そうですか。わかりました。ありがとうございました」


 と、お礼を伝えて次の人だ。

 偉い人を訪ねるのをやめて「孤児院を運営しているルーサという修道女を探しているんですが場所を知らないでしょうか?」と聞くことにした。

 すると、すぐに教えてもらえたので、ルーサを尋ねに行く。

 孤児院は町の西の外れ。海岸に近い場所にひっそりと作られていた。

 木造の粗末な小屋のようだけど、教会らしきものも併設されていてそれなりの大きさの建物。


「こんにちはー」


 庭先で玄関の外から声をかけた。

 すると、小屋の中からトントンと軽快な足跡がする。


「はーい。なんのごようですか?」


 と出てきたのはクレイと同じ年齢くらいの元気な男の子。


「俺はロインとラナの息子のクウガと言います。ルーサを訪ねて来たんですがいらっしゃいますか?」

「お母さんのことかな。呼んでくるよ!」


 ドタドタとかわいらしい足音を立てて少年はルーサを呼びに行った。


『ニンゲンの子どもは可愛いねぇ。食べたくなっちゃうよー』


 少年に目を輝かせるアルダート・リリー。

 そうか。彼くらいの子どもだとアルダート・リリーと同じ年齢くらいに見えてほっこりしてくる。

 と言っても俺ももうすぐ十三歳になる子どもと変わらないのに。


『幼気な子どもを食い物にしたらダメですよ』

『いや、クウガとそんなに変わらないじゃん? だから良いんじゃないの?』

『それでもです!』

『そっかなー。さっきの子、ウチを見て目がちょっとだけらんらんしてたよ?』

『それは同じくらいの年に見えたからじゃないですか?』

『こう見えてウチは長い時を生きる大人の魔人だよ? そんな子どもみたいに言って失礼だよ。クウガくん』


 大人だよと言って胸を仰け反らせても、特に目を瞠るものはものはなく。


「クウガ、女性にそういうこと考えたらダメ」


 俺とアルダート・リリーの会話にニム皇女が口を挟んできた。


『アルダート・リリー様は魔王様の幹部だというのに、クウガは度胸があるなー』


 その後ろではモルグが魔人語でそう言って顎髭を扱いている。

 ふと、気になってニム皇女に聞いた。


「あの、ニムには今のアルダート・リリー様との会話、聞かれてたんです?」

「少ししか分かりませんでした。知らない単語もあったから」


 ニム皇女にはアルダート・リリーとの会話は伝わっていなかったようだ。

 でも、考えてるたらダメって何だから俺の頭の中を悟られているようで怖い。


「クウガはほら。こういうのが好きなのよ」


 メル皇女がニム皇女にそう言って俺の肩に胸を押し付けてきた。


「私だって大きくなるんだから……」


 メル皇女に対抗心を見せるニム皇女。

 ここではいったい何の争いが起きてるのか。

 ちょうどそんな時に、奥からルーサがやってきた。


「久しぶりだね。クウガくん。よく訪ねていらっしゃいました。狭いところですがお連れの方もどうぞお入りください」


 と、中に通される。

 中に進むと少し大きな部屋が一つ。

 そこに何人かが座れる木のベンチが置いてあった。


「皆さんが座れるよう椅子を用意しましたから、どうぞお座りください」


 三人掛けのベンチ、二人掛けのベンチ、一人掛けの椅子。

 それともう一つ二人掛けのベンチがあった。


「では、お言葉に甘えて……」


 俺は三人掛けのベンチの真ん中に座ることになり、右にニム皇女、左にメル皇女と並ぶ。

 二人掛けの椅子にはドワーフ族の父娘、モルグとアルニアが座り、一人掛けの椅子にアルダート・リリーが座った。

 俺たちが座ったことを見やるとルーサがゆったりとした動作で椅子につく。


「あの時はありがとう。クウガ。あなたのおかげで多くの命が救われました」

「いえ、そんなたいしたことはしてませんから……それより、たった半年でだいぶ変わりましたね」

「ええ、ここには今、四万人ほどの人が生活してますから。お貴族様が住んでらっしゃる中心街の開発を急いだようで、その所為か随分と住みづらくなりました」


 コレオ帝国の貴族特権は北ファルタでも健在だったよう。

 それでもセア辺境伯領の貴族たちは帝国の侵攻でかなりの犠牲者を出していたはず。

 だけど、貴族の生き残りがこの町の実権を握り実効支配している恰好となっているらしい。


「あれから人口が増えたのは……」

「北ファルタに移り住んだ漁師の一部が南ファルタから人を運んできてるんです。どうやら帝国では生活ができないとかで、食糧や金品を引き換えにして」


 ルーサが南ファルタと呼んでいるのは旧ファルタ……俺の故郷のファルタのこと。


「その中には勇者様に家族を殺されたという貴族様もいらして、それで、この町に貴族が増えました」


 ルーサが言い終えるとメル皇女が「あの、よろしいかしら」と言葉を挟む。


「私はコレオ帝国第二皇女メル・イル・コレットと申します。そして、こちらが、私の妹で第三皇女のニム・イル・コレット。クウガの助けを得てこちらまで訪ねさせていただきましたが、こちらに避難してきたという貴族について詳しくお話を聞かせていただけないかしら?」


 メル皇女が身分と名前を明かすと、ルーサは目を見開いて驚き、


「これはこれはお気づき出来なくて申し訳ありません。まさか皇族の方がこんなところにいらっしゃるなんて……」


 と、言葉を発した。

 身分を知ったというのにルーサが頭を下げたりしないのはルーサは修道女で神に仕える身分。

 聖職者とされる者たちは神以外には頭を下げたり跪いたりしない。


「わかりました。では、この北ファルタの現状についてお話いたしましょう」


 ルーサはゆっくりとそう言って、メル皇女とニム皇女に向けて言葉を編み始めた。

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