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野営

 獣人の町、バッデルの西門を出てからの道中。

 ロインとラナたちの一行は二つのグループに分かれて歩みを進めていた。

 周辺は雪景色。

 左手にファルタ川を眺めながら右手は木々が生い茂る深い森。

 河岸は雪が少なくて足を取られずに済む。

 転ばないように慎重に歩きながら歩くことしばらく

 ラナたちは河岸に不自然な地形に違和感を感じて歩みを止めた。


「ここ、誰かが何かを掘った形跡がある」


 先頭を歩くラナと(ひいらぎ)(はるか)

 柊が川の畔に不自然な形で掘られた穴を見つけた。

 川の水が流れ込み、そこだけ雪が積もっていない。

 人の手で作られた四角い形状の窪み。

 人が三人ほど屈んで入れそうな大きさと深さ。見るからに風呂だとしか思えない状態。

 川から水が流れ込んでいるが、川から水が入り込まないように堰を作った形跡もある。


「お風呂かな?」


 ラナのすぐ後ろを歩く白羽(しらは)結凪(ゆいな)

 ラナの隣に並んだ結凪は柊が見つけた窪みを覗き込む。


「お母さん、これってお風呂?」

「そうみたい」


 リルムの問いにラナが答えた。


「ラナさん、ここで休めそうなので今日はここまでにしましょうか」


 もっと進むことはできるが、日暮れまで歩いても、この場所のように休めそうな場所があるとは限らない。

 そう考えた結凪はラナに提案すると、ラナは「そうね」と頷く。


「じゃあ、この辺の雪を退かすね」


 ラナはそう言って子どもたちと異世界人を後ろに下げて周囲の雪をと魔法で溶かし始めた。

 ラナは火属性魔法と水属性魔法の使い手。それも詠唱をせずに魔法を行使する。

 その様子を柊が目を輝かせて見つめていた。

 柊は魔女の恩恵を授かっており、全ての属性の魔法を使うことができるが、ラナのように詠唱をせずに魔法を行使することはできない。

 魔法を使うものとしての憧れもあるが、何よりも、柊は爆炎の魔法少女の冒険譚に出てくる美少女冒険者に強い憧憬を持っていた。

 帝都に住んでいたころは自身が魔女の恩恵を授かったこともあり、魔法のことを学ぼうとしていた折に出会ったのがラナをモデルとした冒険活劇。

 異世界に転移して心細い日々を夢と憧れで埋めた物語はいつしか柊の人生の支えになっていた。

 当時、多くの貴族の子女がラナに憧れたように、柊もラナに憧れる。

 その少女──今や、三児の母だが──と一緒に旅をしているのだ。

 たびたび目にするラナの無詠唱魔法に柊は心が踊る。

 少しして雪が溶けると周囲の様子が見えた。


「割と拓けてるからここは野営にちょうど良いわね」


 レイナ・イル・セアが言う。


「拓けている……というより、誰かがここで寝泊りするために木々を払って確保したというところかな……」


 ラナはレイナの言葉に返す。

 心の中で(もしかしたらとは思うけどクウガが……でも、あの子、ここまでできるほどの魔法って使えるの?)と、疑問を覚えるほど周囲は整えられていた。

 冒険者だったラナはこの場所は人の手によって作られた野営の跡。それもかなりの魔法の使い手で野営に関する知識の高い冒険者が手を加えたもの。

 誰が作ったのか──どう考えてもクウガしか考えられないよね?。

 ラナが考え事をしていると、別の女性の涼やかな声がラナの耳に届く。


「毎回、思うけど、ラナ様のように魔法を使う方は見事。さすがクウガのお母様であられる」


 ラエル──森のエルフの王女、ララノアの従者──はレイナと共にラナや結凪の後ろについて歩いていた。

 エルフはおとぎ話の中にしか出てこない存在──だが、それは貴族の間で広まった常識でしかなく、平民のラナにとっては人間と変わらない存在にしか思えない。

 そして、エルフという種族は人間より魔法に長けていることはララノアやラエルから感じられる魔力によってラナが把握している。

 ラエルはクウガの魔法の見事さに惚れ惚れとしていたがララノアの手前、それを表に出したことはない。

 クウガと一緒に旅をしたことがあるラエルはラナが知らないクウガの魔法を目にしている。

 ラナ様は火属性魔法と水属性魔法しか使わないが、見事なまでの魔力の扱いだ──と、ラエルは感心。

 ラエルから褒められてまんざらでもない様子を見せるラナだが、待っても一向に来ない後続の集団──ロインたちの姿がようやっと見えると、呆れた表情をしてため息をつく。


「随分と遅いわね」


 冷たい言葉で言い放ったラナの視線の先には次第に近づいてくるロインの姿があった。

 ロインの周りには女性たちが付き纏うように歩いていて、先頭集団であるラナよりも歩行速度が遅い。


「やっと追いついたよ。今日はここで野営をするのかい?」


 ラナと目が合ったロイン。

 悪びれる様子もなく、ラナに問いかける。


「ええ。ここにお風呂のようなものがあったからね。雪を払ったらここで休めそうだったし」


 と、ラナが言ったとおり、雪は既に払った後。

 ロインから「すまない」の一言でもあれば……ラナの気持ちは幾分か晴れたのかもしれない。

 今までのロインならラナや子どもたちへの気遣いを見せていたけれど、魔都を旅立ってからというもの異世界人たちのアプローチに根負けしたのか、ロインはラナと三人子どもたちとの接点が薄くなり始めていた。

 その現れがロインの態度。ラナは以前の自分とロインに言い寄る異世界人の女性たちが重なることもあって、彼女たちの熱意にロインが根負けしたのだと気持ちのどこかで悟った。

 自分もそうやって詰め寄ったし、クウガを宿して既成事実とした過去がある。

 それに平民には結婚制度はないし、子どもの父親、子どもの母親という概念が強く誰彼の伴侶という考えはない。

 ただ、パートナーと一生を添い遂げたいという気持ちだけが男女の関係を繋いでいる。

 コレオ帝国の平民は自然と男女が番って家庭を形成するが、男女のどちらかに群がるようなハーレムを築くものも少なくない。

 ラナはそれをこの旅で強く思い知った。

 とはいえ、ラナはロイン以外の男に靡く気はさらさらないし、ロインもラナを手放す気はない。

 ロインがラナの隣に立ったのはその意思の表示。


「ここまで二日──途中でも野営を張った跡はあったけどここまで手の込んだものはなかったね」

「獣人は一部を除いてお風呂に入るという習慣がほとんどないって聞いたから、これは人間の手によるもの──そう考えたらクウガしか思い浮かばないのよね」

「ミローデ様とニコア様がファルタの対岸からバッデルまでのことにも言及してたから、ここは間違いなくクウガが関わってると思うの」


 雪が払われた河岸の更地。ところどころに枯れた草花が顔を出している。

 小石が円形に積まれ、その中には炭化した木々。焚火の形跡。


「よく頑張ったな……」


 ロインはクウガがこの場所を作ったのだと思うと息子の成長をそこから感じ取る。


「本当に頑張ったわね。クウガに冒険者になってほしくなくて、そういうことは一切教えていないけれど」

「学校に通えば必要ないことのはずだったからね」


 ロインの言葉にラナはため息をつく。

 二人の言葉のやり取りを見守っていた異世界人たち。

 ラナのため息で一区切りしたと思ったのか、ロインの後ろから顔を出して──


「あ! もしかして露天風呂?」


 と、ロインの横から此花(このはな)(かなで)が小走りで飛び出した。

 此花は露天風呂にしか見えない窪みに興味がそそり、駆け寄ると、窪みを覗き込んで様子を見る。


「あー、でも、水が汚くて風呂にはできないね。けど一度水を抜いたら使えそう」


 異世界転移時に錬金術師の恩恵を授かった此花。

 彼女はその恩恵でこの世界──アステラにさまざまなものを齎した一人。


「でも、これ、凄いねー。かなりの精度で石を組んでるから水が抜けないし、壊れちゃってるけど堰き止めてるこれもよく出来てる……」


 此花は露天風呂の作りに感心。

 これなら直ぐにでも使えそう──此花はほんの少し手を加えるだけで済む露天風呂の修理を思いつく。


「ラナさん、これ、直して使えるようにしても良いよね?」


 此花はラナに確認を取った。

 最後にはラナに頼らないとならないから──と、考えて。


「湯に浸かりたいんだよね? いいわ。私も使わせてもらうつもりだから」


 ラナから許可を得た此花は「んじゃあ、ちゃちゃっとやっちゃうねー」と、錬金術師の恩恵によるスキルを使い水を抜き始めた。


「それじゃあ、野営の準備だね」


 ラナの声で皆が背中に背負ったバックパックを下ろす。

 ひときわ大きい荷物を背負っていたロインとラエル。

 二人は荷物を下ろしてから直ぐにテントの設置にとりかかった。


 テントの設置をするロインとラエル以外は食料の調達に向かう。

 バレオン大陸どころかアステラという世界で最も広い川幅を誇るファルタ川の河岸。

 この川に生息する魚類は多く、食料の調達には事欠かない。

 とはいえ、漁をするための道具に乏しく、魔法に頼らざるを得ない。

 ここでは魔女の恩恵を持つ柊が役に立った。


「おおおおおお! たくさん獲れたーーーー」


 と、喜ぶのは異世界人の女性たち。

 魔都を出てからというもの、食糧事情は厳しく困難を極めていた。

 バッデルでは砂金を換金してそこそこの食料を調達できたがそれでも万全とは言えない。

 そのため一日に二食、量も少なめという食糧の消費をなるべく節約していた。

 それが、ここでは魚を獲ることができる。

 ファルタに住んでいたロインとラナは彼女たちが獲った魚の判定や調理は容易。

 平民の間で食べるような味付けになってしまうが、魚の本来の味を引き出す調理がラナにはできる。


「こっちも頑張るね」


 ラナは異世界人たちが獲った魚を捌く。


「お母さん。私も手伝う」


 と、リルムも調理に参加し「私も手伝います」と、一条栞里も続いた。

 一条は異世界人で数少ない料理ができる女性。

 異世界に召喚される前から、共働きの両親のために料理を覚えて家事全般をそつなくこなしていた。

 魚料理は一条が個人的に好きな料理。

 この世界に召喚されてからというものなかなか美味しい魚料理に出会えていない。

 それもあって、ラナの料理を手伝うことにした。


 テントは二つ設置された。

 一つはロインとラナ、リルム、クレイ、レイナ・イル・セアの五人が使用し、もう一つは、白羽結凪、一条栞里、柊遥、久喜恵、此花奏、多々良華魅、ララノア、ラエルの八人が使用する大きなテント。

 露天風呂の修理を終えた此花は「ラナさん、ごめん。お湯にして」と風呂を模した窪みに流し込んだ川の水を温めるように頼むと「すぐやるね」とラナが快諾。

 ラナはすぐに魔法で水を温めた──と言っても一瞬。

 その傍でラナの魔法に柊が目を輝かせていた。

 風呂に衝立など視界を遮る遮蔽物はない。

 クウガがここでミローデとニコアを風呂に居れたときは遮蔽物を設けたが今は存在しない。

 食事の後にロインが仮眠をとり、その間に女性たちは風呂にはいることに決めた。

 料理はそれからまもなく出来て、リルムと一条が皆に食事を配る。


「良い匂い!」


 川魚の香ばしい匂い。


「うっわ! ふっわふわ! それに全然泥臭くない」

「美味しい! メルダで食べた肉料理も最高だったけど、ラナさんの魚料理もめちゃくちゃ美味い」

「異世界って何気に食べ物が美味しいよね」


 などと口々に出るように、ラナが調理した魚に泥臭さはなく、ふっくらと焼きあがっているようだった。

 シンプルなソテーで、味付けは塩のみ。それと香草が添えられている。それが魚のもつ本来の味を引き出していた。

 それからバッデルで手に入れた雑穀の類と芋類を使ったスープ。

 魚が想定以上に獲れたため、皆がおなか一杯に食べることができた。


「美味しい食事のあとに温かいお風呂! すっごく気持ちいい」

「うちら今が一番良い時間かもしれん」

「帝都だとごはんが美味しくないし風呂も冷たいしであまり休まらなかったもんね」


 露天風呂は三人ずつ入れる。

 最初に久喜、多々良、此花が入った。

 浴槽に浸かり足を伸ばし、熱い湯が身体の疲れを癒していく。

 メルダでは温泉に浸かることができたが、それ以降は、ラナが温めた湯で身体を拭うだけ。ゆっくり浸かりたいところではあるが、あとに控えてるひとたちがいる。

 髪と身体を洗えて風呂から出ると、三人はそのままの姿で身体を拭きながら次の順番を待つ三人に声をかけた。


 久喜たちの後に風呂に入ったのは結凪、一条、柊の三人。

 先に入った三人と違って比較的おとなしい。

 三人はラナと一緒に料理の後片付けをしたあと。

 ラナが温めなおした湯に浸かると一気に身体の力が抜けるよう。

 温かい湯で身体を癒した三人は風呂から出ると直ぐに身体を拭って衣服を纏う。

 結凪が最初にそうしたために、二人がそれに倣った恰好だった。


 次にラナとリルム、レイナとララノアとラエルの五人が入る。

 ラエルはともかく、ララノアは少し華奢で背が小さい。ラエルも小さくはないが華奢なため、リルムが一緒になって五人で入っても余裕があった。


「お風呂に入るとお兄ちゃんが恋しくなるよ」


 セルムに住んでいたころ。リルムはいつも、クウガと一緒にお風呂に入っていた。

 クウガがリルムの髪を洗い、風呂上りには魔法で乾かした。

 それが今はできない。


「ま、でも、クウガがこうしてお風呂をここに作ってくれたおかげで私たちは久しぶりにお風呂に入れたんだからさ」

「私もクウガが恋しいなー。早く会いたいよ」

「こうして風呂を作れるくらいだから元気だとは思うけど──」


 リルムが寂しがる様子を見せ、ラナはこの風呂はクウガが作ったんだと教えた。

 すると、今度はレイナがクウガを恋しがる。

 誰よりもクウガをこの腕で抱きしめたいという気持ちを心の奥に秘めているラナ。

 あえて口にしまいとしているが天を仰げばクウガの顔が浮かぶよう。


「クウガは強い。だから大丈夫」


 そんな様子を見るララノアは片言の帝国語で励まそうとする。

 ラナたちは彼女たちに伝えられるエルフの言葉を知らない。

 それでも──


「ララノア様。ありがとうございます。私もクウガが無事だということは確信してる……けど……」


 ラナは返す言葉も途中で口ごもる。


「ラナ様。私もクウガは無事だと思います。クウガと再会できたらエルフの郷を案内しましょう」


 ラエルはララノアより帝国語がわかる。

 クウガと一緒にいたころから少しずつ理解をしようと努めていたからだった。


『姫様、宜しいですよね?』


 一応、姫君のララノアと従者のラエルという関係だから、事後ながらラエルはエルフ語でララノアに許可を求める。

 ララノアは断るどころか『ロイン様も来るのなら当然、私が案内するわ』と勢いよく頷く。

 その様子でラナは察して、やれやれと湯の中で肩をすくめた。


 ラナたちが風呂から上がり、服を着てからロインを呼びに行く。

 ロインとクレイが風呂に入る。

 この時、誰が見張りをするのか──。


 異世界人の女性たちの間と、ララノアが言い合ったが、ラナがしっかりと見張りをこなしていた。

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