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バッデル 二

 モルグとモルグの娘──アルニアの二人が増えてからは順調に進み──。

 ペレグレン大街道から小さく分かれた枝道を使ってバラド街道に出て数日後。昼になる前にバッデルの北側にある門に到着。

 門番に挨拶をして台帳に住まいと名前を書き、バッデルの街に無事に入った。


『ここまでありがとうございました』


 ドワーフの言葉で挨拶をすると──


『なあ、俺たちもファルタに行っても良いか?』


 と、モルグが俺の手を握ったまま言ってきた。

 モルグ親子と合流して数日しか経っていないけど、その間、俺はファルタを目指していることを伝えている。

 ニンゲンが魔族領に街を作っていることにモルグは大変興味を持ったようで、道中、娘のアルニアと相談を繰り返していた。


『俺としては断る理由はないけど──メル皇女と二ム皇女、アルダート・リリーと相談させてください』


 モルグにそう伝えてから、俺はここまで皇女たちにモルグが同行を希望していることを伝える。


「私は構いませんわ。モルグ様とアルニア様がいらっしゃれば心強いのではないかしら?」


 メル皇女が言う。つい先日、野盗に襲われて大変な目に遭った。

 モルグとアルニアがいれば安心して旅ができそうだ。


『安全面って意味ではメルの言う通りだよ。こないだのはイレギュラーだったけど、あれみたいに精神異常耐性がある敵にウチは無力だしさー』


 アルダート・リリーは夢魔族で強力な精神に異常を及ぼす攻撃をするけど、精神異常耐性が強い種族には効果が期待できない。

 そもそもそういった強力な魔族は多くない。万が一のイレギュラーが先日の野盗。あんなことはそうそう無いとは思っても絶対にないとはもう言いきれない。

 そこでアルニアという強力な重騎士と武器が多少扱えるモルグという戦力が増えるのはありがたい。

 それに──


「クウガのご両親がバッデルに立ち寄られたのでしょう?」


 バッデルの門番から何日か前にニンゲンの集団が街に来たと聞いたばかり。それをメル皇女が口にした。

 この街に来たニンゲンが父さんや母さんたちかもしれない。

 そうだったらきっと、西を目指しているのだろう。

 俺はファルタを目指すしかない──と、いうことをモルグを含め誰もが理解を示してくれていた。

 それで、モルグがファルタまでの同行を申し出たわけだけど──


『俺とアルニアも連れて行ってくれるっていうなら船を買おう』


 相談の声が途切れたところで、モルグが言葉を差し込む。それが、なんと、船を買ってくれるという。

 バッデルに船があるのか──と思っていたが街では普通に魚や蜆のような貝類が売っていたりする。

 ファルタの川は冬場に凍ることはなく流れも緩やか。

 船があれば楽に下ることができるだろう。数日先にバッデルを出てるという俺の家族たちに追いつけるかもしれない。それか、早くファルタに到着できそう。これぞまさに、渡りに船。


『それはとてもありがたいんですが良いんですか?』

『ああ、船くらいなら今後の投資ってことでな。ファルタに行けばニンゲンが居るんだろう? ニンゲンにどんなものが売れるのか知りたくてな』


 モルグは行商の行き先にファルタを追加したがっているようだ。

 あわよくばドワーフの国から武器を持ち出してファルタで売る。

 ファルタは新興の自治領みたいな状態だから武器が入手手段が増えるのは大歓迎なんじゃないか。

 メル皇女にさらに相談を──。


「私はファルタの対岸にどのようなものがあるのか存じません。でも、モルグ様は〝投資〟というのですから商機と捉えているのでしょう。私たちにとっても陸路より早いのであればモルグ様の提案は有用と言えるわね」


 メル皇女は反対しなかった。

 であれば、俺に断る理由はない。


『おっし、じゃあ、船を買いに行くぞい』


 応諾すると今度はモルグが先頭になってバッデルの南門を目指すこととなった。

 モルグが買ったのは中古の帆曳船。

 バッデルの南西の河岸に漁をするための港がある。

 そこで売っている中古の船をモルグは探した。

 商談はすぐにまとまり、モルグはその場で支払いを済ませる。

 帆曳船はそこそこの大きさだが、モラクスが引く荷車が大きすぎて載せられず。

 そこで荷車の荷物を帆曳船に移し、荷車は手放した。


 二度目のバッデルは少し話を聞いただけで、すぐに発った。

 船の扱い方はモルグがよく知っていて──そうじゃなかったらモルグが船で行こうだなんて提案しないか……。

 とても助かる。

 ただ、ファルタを出発したばかりのときは、バッデルまで十日ほどかかったから同じくらいかかるのかとこの時は考えていた。


 バッデルを出た初日。

 日が傾きかけたところで帆を畳み、錨を下ろして河岸に停泊。

 そこで夜を明かすことにした。

 もう半年近く前になるけれどニコアとミローデ様とファルタを出発してから八日目くらいに野営をした場所。

 そこには湯浴みをするために掘った跡が残っていた。

 だけど──。


「最近、使われた形跡があるわね。とても半年ほど前のものとは思えないわ」


 メル皇女の言葉のとおり、それに魔法を使った形跡もある。


「どうやらここで何者かが野営を張ったようです。少し周囲を調べてからここで野営をするか判断しましょう」


 周囲の探索を始めるのだが、俺はニム皇女をおんぶしていて、探索の動作が鈍い。


「ごめんなさい……」


 ぐったりして俺の耳元で謝るニム皇女。

 帆曳船の揺れで彼女は船酔いしていた。


『ウチも調べてくるよ』


 モラクスを引いて河岸に下ろしているアルダート・リリーも周囲の安全確認を手伝ってくれる。


『じゃあ、アタシもリリー様と見回りしてくるよ』


 モルグの係船作業を手伝っていたアルニアが一段落するとアルダート・リリーの後を追う。

 手が空いた俺は地面を魔法で均してニム皇女をゆっくりと下ろす。


「すぐに休めるようにしますから、ここで少し休んでてください」


 ニム皇女から離れようとしたが、一瞬、ニム皇女の腕が俺の動きを追ったような気がしたが「ありがとう。お手伝いできなくてごめんなさい」と俺の胸に手を置いて言う。


「いつも良くしていただいてますから」


 そう言うとニム皇女は「もっと気楽な言葉で接しても良いのに」と口を尖らせた。

 船酔いは辛いようだけど精神的には堪えていないよう。

 ならすぐに良くなるだろうと俺はニム皇女から離れて周囲の確認をしながら帆曳船から荷物を下ろし始めた。


 安全確認が終わると俺とアルニアで野営の準備を始める。

 メル皇女はモルグと調理作業。

 モルグは見た目にそぐわない料理上手でドワーフの料理を披露してくれる。

 帝国にはないパンを焼いたり、ドワーフの自慢の料理だというウィンナーやソーセージなどもモルグは持ち込んでくれた。

 メル皇女はそんなモルグの料理に興味津々で最近は二人で調理にあたることが多い。

 そんなこともあって狐人族の集落でダージャからいただいた白米や玄米を使う機会がほとんどない。

 俺と一緒に野営の設置をしているアルニアは狐人族から戴いた数々の食品に興味があるようでいつか食べてみたいと言ってた。

 ドワーフにしては背の高いアルニア。付け髭のない彼女はとてもスッキリした顔立ちで凛々しさと可憐さを兼ね添えた美少女のよう

 今は軽装なので引き締まった体がよく見える。

 人間の女性よりやや低い印象だけどモルグほどの違和感がないのはやはり、俺の周囲にいる女性とそれほど変わらない背丈だからだろう。

 モルグは成長途中で背が低いニム皇女よりやや背が高い程度。アルニアは俺の母さんよりやや低い程度。

 だけど、ムキムキの太腿やふくらはぎ、ギュッと締まった臀部と腰つき。後ろから見ると大きなお尻がきゅっと上向きに上がっていて筋肉美が素晴らしい。

 胸は大きく見えるが標準的な模様。胸筋がすごくて張っているから大きく見える。

 全体的に筋肉質だけど太いというわけでなくスマートにも見えるほど。

 モルグの面影が覗くニカッと笑う笑顔はまるで太陽のよう。真っ赤な髪がより一層、彼女を熱く見せていた。


『アタシになにかついてた?』


 じっと見惚れていたらアルニアから声が……。


『い、いいえ。ドワーフの女性ってアルニア様のようなのかと気になったんです。正直なところ、人間の女性とあまり変わらないんだな──と思いまして』

『あー、そういう。アタシも人間の女を初めて見たけどドワーフの女とそんなにかわらないって思ってたけど。アタシは重騎士だからこういう体──っていうか、ドワーフの女の中では筋肉質なんだよね』


 アルニアはそう言って両腕に力こぶを作って見せつける。

 重騎士というのは彼女が授かった恩恵らしく、それは帝国貴族と同じように女神様からの授かりものということらしい。

 恩恵に与れなかった者が不遇なのも帝国貴族と変わらないようだ。

 アルニアとメル皇女を見比べて、その中間くらいがドワーフの女性の一般的な姿なんだろうか──と考えていたらどうやらそれもアルニアは筒抜けだったらしく。


『メルみたいにムッチリしてておっぱいがでっかいドワーフも居るんだよ。アタシのお母さんみたいにさ』


 アルニアが自分の胸を両手でクイクイと持ち上げて見せる。

 そうすると胸筋と胸の境目がよくわかった。

 なるほど、アルニアさんはそれほど大きいというわけではなさそうだ──ということがわかる。


『そうなんですね。それは興味深いです』

『そんなマジマジと見ないでよ。恥ずかしくなるから』


 と、アルニアが笑い飛ばす。

 こういう清々しく接してくれるところは気持ちが良い。

 最近はねっとりしたものが多かったのでちょっとだけ食傷気味だったのかもしれない。

 これでも年頃の男の子。前世の記憶はあるとはいえある程度は年齢なりの欲求に精神が引っ張られるのだ。

 とはいえ、アルニアのおっぱいアピールは彼女の見た目のせいなのか性欲を刺激するものではなかった。

 アルニアとテントの設置を終えると、次は風呂の準備。

 やたらとお風呂に入りたがるニコアのためにバッデルまでの旅では野営の度に地面に穴を掘って風呂を作った。

 その跡がここにある。

 それもつい最近使った形跡が見受けられた。

 半年前に使ったところだから水が溜まっていたとしてももっと汚れているはずなのに濁りのない水が溜まったまま。

 周辺は土や草が除去されていて整っている。


「どうしたの?」


 ニム皇女が俺の後ろに来て俺の様子を聞きに来た。


「ここは前に俺が魔法で穴を作って川の水を引き込んでお風呂にしたんですが、最近に使われた形跡があるんですよね」

「私も不思議です。皆、動き回ってるから気が付かなかったかもしれないけれど、足跡がたくさんあった。もしかしたらクウガのご両親がここにいたのかもしれないね」

「魔法を使った形跡もあるけど、土属性の魔法を使ったみたいで……」


 川から引いた水を堰き止めるために作った堰は土属性魔法で作ったもの。

 俺の家族やレイナに土属性魔法を使える者はいない。


「俺の家族といつも一緒にいるレイナさん──レイナ・イル・セア様で土属性魔法を使える人間は居ない……んです」

「では、クウガのお母様ではないのかもしれない──ということ……?」

「はい。けど、異世界人も共に行動している可能性があるので、そうだったら母さんと一緒にここを使ったのかもしれない」


 本当にそうだったら父さんと母さんたちもファルタを目指しているはず。

 堰の状態や魔法の痕跡──魔力の残滓──から推測すると、二日、三日程前に使ったように思う。

 そんなに離れていないかもしれないけれど、急いで追いかけたって直ぐに追いつけるわけでもない。

 けど、ここで野営の形跡があったことで、ファルタで父さんや母さんたちと再会できる希望が出てきた。


 野営を設置した形跡がある。

 それに気が付いていたのは俺だけではなかった。

 周囲の探索を終えたアルダート・リリーが入浴に使う水を入れ替え終わったばかりの俺の顔を下から覗き込むようにいう。


『どうやらクウガくんの縁の者たちがここで一夜を明かしたようだね。西に向かう足跡があったから間違いないよ』


 ここ数日は天気がよく雪がチラつく程度でしか降っていない。

 それで雪に足跡が残っていたそうだ。


『足跡……』

『そうだよ。見る?』


 アルダート・リリーがニコニコして聞いてきたが、俺としてはそれどころじゃない話。


『もちろん見ます!』


 と、答えてアルダート・リリーに連れて行ってもらった。


 足跡は確かにあった。

 どれも人間の足跡。


『結構な人数ですね……』


 十人以上はいそうだ。


『賑やかそうだよね。この大きな足跡は人間の男かなー』


 と、にやにやしてその足跡を指差す。

 確かに大人の男性と思しき大きさ。

 その近くには人間の小さな足跡が左右に──。

 これは女性かな。

 すこしずれたところに並ぶように歩いた足跡だろう。小さな足跡があった。

 間違いない。子どもの足跡だ。

 男性の足跡が父さんのものだとしたら周辺の足跡は異世界人の女性のもの。

 子どもの足跡に近い足跡は母さんとかレイナのだろうか。

 父さんはどこに行っても女性の注目を浴びて数々のアプローチを受けてきたモテ男。

 既に三十路をゆうに越えてる父さんの気を引こうとする女性は絶えることなく。

 それはついに異世界人──前世の俺のクラスメイトたちをも魅了したようだ。

 きっと母さんはツンツンしてることだろう──けど、以前だったら父さんから離れずリルムやクレイを使って父さんをガードしていたはず。

 父さんと思しき足跡とリルムとクレイらしき足跡にほんの少し距離を感じた。

 それは父さんが異世界人の女性に気を取られているからかもしれない。

 もし本当にそうだったとしても平民の間だったら普通にあることだし、母さんが受け入れる姿勢を示さなかったら他の女性と父さんが親密な関係に至ることはないはず。

 こればっかりは実際に目にしてみないとわからないな。

 ともかく、これで父さんと母さん、リルムとクレイにレイナがファルタに向かっている確信が持てた。

 異世界人の女性も一緒だろう。


『そうみたいです。これは男性の足跡。周りにあるのは女性の足跡。こっちは子どもの足跡みたいです』

『ということはこの足跡は全部クウガくんの家族かな?』

『いや、俺、こんなにたくさん家族はいないですから』


 アルダート・リリーは揶揄い混じり。

 けど、おかげで逸る気持ちを抑えることができた。


『俺の家族がこの足跡の中に含まれてるのは間違いない……です』

『良かったね。これでクウガくんをファルタまで届けて家族と合流出来たらウチの任務も完了だよ』


 アルダート・リリーはナイアの配下の魔族。

 俺が家族と再会を果たしたら俺の旅はそこで終わりで、アルダート・リリーの仕事も完遂ということ。

 もうすぐ大規模な戦が始まるのだからアルダート・リリーも戦力なのだろう。

 ゆっくり過ごせるのもこの旅の間だけなのかもしれない。

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