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ベレグレン大街道 二

 ベレグレン大街道──。

 ギガースの集団とすれ違ってから数日。

 テントを張り野営をしようとすると、何やら不穏な魔力の気配。

 獣人族の野盗の集団だった。

 激しい足音と叫び声で俺とアルダート・リリーは即座に気が付き──


『気をつけろ! 野盗が来る!』


 と、テント近くにいるメル皇女とニム皇女に知らせる。

 ふたりの皇女がテントの中に隠れたのを確認して俺とアルダート・リリーは戦闘態勢を取った。

 感覚を研ぎ澄ませて周囲の気配を察知。

 かなりの数がこちらに向かっている。


『かなり多いですね』

『ウチにとってはちょうど良い餌が来た感じかなー』


 肌色面積がとても目につく幼女体型のアルダート・リリーは全身に魔力を纏うと、ふわりと宙に浮く。

 雪で覆われた地面から足が少し離れた。これが彼女の戦闘態勢なのかな。

 獣人族の野盗を視認。

 命を奪うのは極力避けたいところ──けれど、相手はこちらを殺す気で来るだろう。

 だったら手加減はできない。

 相手の中の誰かが大声で合図をする。

 獣人族の咆哮が鬨の声となり周囲に轟いた。


『来ます!』

『来るねー』


 俺とアルダート・リリーは声を掛け合い気を引き締める。

 森の中から次々と飛び出してくる獣人族の群れ。

 百体以上は居るんじゃないだろうか。

 虎のような頭。狼のような姿。ハイエナみたいな貌。様々な獣人たち。

 各々が武器を持ち、赤く血走った目で襲いかかってきた。


──が。


『まったく。力量を計れないって難儀だね』


 アルダート・リリーが右手をひょいとひねると彼女の前方の獣人たちが次々と倒れた。

 いとも簡単に精神を破壊して命を刈り取る。

 彼女はそういう戦い方をするようだ。幼い顔で舌なめずりして襲い掛かる獣人にほほ笑んですらいる。


『まあまあだね。やっぱりクウガくんのが一番美味しいなー』


 そんなことを口走りながらひらひらと宙を舞い、野盗を傷つけることなく倒すアルダート・リリー。

 彼女の戦いぶりに見惚れているわけにもいかず。

 テントを守る俺は、こちらに近づく野盗を風の魔法で薙ぎ払う。

 風の魔法は獣人たちを押し退け動きを封じ、四肢や胴を切り裂いた。

 それからも動きを止めた獣人、さらには近寄ってくる獣人、水の魔法で創った氷の槍を放って突き刺す。

 氷の槍は積もった雪を媒体に使っているから効率が良く、魔法の顕現までの時間が短縮される。

 魔力を使い氷の槍や礫を生み出し、空中に待機させた。

 すると、俺のほうに突っ込んでくる獣人が足を止め、様子を伺い始める。

 氷槍が牽制になっているよう。

 一瞬、動きが止まった野盗。

 アルダート・リリーのほうも余裕ができたようで、俺に声をかける。


『生かして帰しても意味ないからね。ここで仕留めないとすぐに仲間を引き連れてくるから』

『わかりました』


 アルダート・リリーの言葉の通り。

 ここは魔族領の辺境で、こういった争いごとは少なくない。

 ここで見逃したとしても、彼らにとって俺は獲物。

 仕留めるまで付き纏ってくることだろう。

 ならば、今、ここで討ち取る以外の選択はない。

 俺は魔力を高め、氷の槍を勢いよく射出した。

 三々五々に逃げ惑う獣人。


『うっわ、えげつな……どんだけ撃てるんだよ……』


 アルダート・リリーが次々と放たれる氷の槍と逃げる獣人が貫かれる様子を見てぼそりとつぶやいたのが耳に入ったが気にするまい。

 一気に刈り取った──はずだったが、一人、大型の獣人が残っていた。

 大きな牙を生やした虎型の獣人。

 何本かの氷の槍が突き刺さったが自ら引き抜いていた。

 槍が刺さっていた場所はあっという間に傷口がふさがっていく。


『……効いてない!?』

『あっちゃー。あんなのが居たんだー。あれは獣人族の上位種の一角で再生持ちだし耐性が強くて特に物理特化の攻撃は効きにくいんだよ』


 ということらしい。

 氷の槍は魔法だけど、氷が物理的に傷をつけているからか。

 しかし、どうやら、彼が群れのボスらしく。


『百五十の群れが瞬く間に全滅……ニンゲンだというのになかなかのものだ』


 獣人が俺に向かって言う。


『さっきから催淫が効かないけど、状態異常の耐性持ちなんだねー』


 アルダート・リリーも彼に攻撃を仕掛けていた様子。

 夢魔族の彼女の固有魔法による攻撃だったが状態異常耐性が働いて効果がなかったらしい。


『そんな非力な精神攻撃なぞ効かぬわ──ッ!』


 獣人は物凄い速度で突進。

 慌てて氷の盾を作ったけど瞬く間に破壊された。

 しかし、盾のおかげで獣人の攻撃は回避。

 それからは防戦一方。

 少しで良いから時間が欲しい。機敏な獣人相手にではいくら無詠唱魔法と言えど、魔力を練る隙がなければ魔法を使えず攻め手がない。

 周囲の雪を利用して氷の盾を創り、回避を繰り返すもそれ以外の魔法を使う余裕が全く無い。

 アルダート・リリーは何度も精神攻撃を試みているようだけど向こうの耐性で思うような効果は得られていなかった。


『ね、ウチ。攻撃魔法とかないの。クウガくん、何とかならない?』

『何とかしたいんですけど、魔力を練る余裕がありません』


 それほど魔力を練らなくても、雪で覆われるこの場所では、水属性と風属性の魔法なら短い時間で生み出せる。

 氷の盾で攻撃を防ぎ、風の刃で切りつける。

 しかし、氷の盾は即座に破壊され、風魔法でついた傷は一瞬でふさがった。

 再生能力とはやっかいなものだ。


『ウチ、もうそろそろ魔力が切れそう……』

『さっき魔力とか精とか奪ったんじゃないんですか?』

『そうなんだけど、こいつ状態異常耐性が強くてさ。魔力を積んでも全く決まらないんだよ』


 要するに精神に働きかけて状態異常を誘発しようとしたがどれだけ魔力を強めても抵抗されて全く効かない。

 長命種の魔族──夢魔族であっても、魔力が無尽蔵というわけではない。

 魔力が尽き欠け、アルダート・リリーの動きが次第に鈍くなると、獣人は彼女を標的にして攻撃を仕掛けてきた。


『危ないッ!』


 氷の盾を作ろうとしていた途中、盾を形成する前の状態の氷の塊を獣人の鋭い爪にぶつけて、爪撃を反らせたが──。

 その刹那、返しの爪撃を氷の盾で獣人の動きに一瞬のひっかかり──その時にアルダート・リリーの手を引いて彼女への攻撃は何とか防いだ。

 アルダート・リリーを乱暴に後ろに投げ捨てたが、俺の動作に隙が生じる。

 獣人は僅かな隙を逃さない。きらりと光る赤い眼が見えた。


──来る──ッ!


 横薙ぎに迫る獣人の足。瞬時に方向転換した彼は足先の爪で俺を斬り付けるつもりだ。

 風魔法を自分に当てて何とか右に避けたが左肩を少し斬られてしまった。


『痛ッ!』


 肩がパックリと割れて真っ赤な血が流れ落ちる。


『ああ──クウガくんの腕が……ごめんよ。ウチが弱いばっかりに……』


 アルダート・リリーが謝ってきたが、それに応じてる暇はない。

 それにアルダート・リリーは弱くはないだろう。今回は相性が悪かったんだ。

 とはいえ左肩から下は感覚がなく力が入らない。

 獣人は怪我で動きが鈍くなってきた俺を確認すると、再び俺に襲いかかった。

 傷は負っていても魔法はまだ使える。

 俺の傷を一瞥する敵の動作がほんの一瞬だけど時間を作ってくれた。その瞬間を使い、ひとつ魔力を練る。

 火属性魔法を使い獣人の頭を爆破──しようとしたが、すんでのところで避けられた。

 威力が弱く顔や目に傷を負わせることができた程度だったがこれもすぐに再生。

 その再生する間に魔力を一気に練り上げながら、アルダート・リリーを後ろに押し退けてテントのほうに追いやった。


『クウガくん、ごめん。ほんとごめん』


 俺の意図を悟ったアルダート・リリーは申し訳無さそうに謝る。

 十歳くらいの幼女の姿なものだから、俺が悪いことをしているようでいたたまれない気持ちだ。

 再生して傷が癒えた獣人は、魔力を練った俺をけん制しながら隙を伺っていた。

 練った魔力で何をするのか──その様子を見ているのだろう。

 しかし、ここで、俺を真っすぐに見据える獣人の向こうに二人のヒトの姿と荷車が見えた。

 俺が目線を獣人から外してしまったその瞬間。

 獣人が飛びかかってきた。

 氷の盾を浮かべて獣人の爪を弾く。

 右から左からと襲いかかる爪を氷の塊で軌道をずらし氷の盾で止める。

 俺にはそれしかできなかった。


『加勢するよ!』


 真っ赤な髪と髭を蓄えたドワーフが俺の前に現れた。

 声は女の子なのにとても立派な顎髭を生やしてる。

 なんとも言えない違和感だったけど、この状況での加勢は助かる。


『ありがとうございます』

『挨拶は後で良いよ。攻撃はアタシが防ぐから魔法で仕留めてよ』


 でっかい斧を背中に背負った彼女。自信に満ち溢れる立ち姿と張りのある声はとても心強い。

 重そうな斧をぶんぶんと振り回して獣人の攻撃を次々と受け流す。

 そんな彼女? の声に応えるべく、俺は魔法を練り上げる。

 これなら行けるだろう。

 ここには雪や氷、水はたくさんある。

 ここまでゆとりがあれば、巨像のひとつやふたつ破壊する魔法を使うのは造作もない。

 何せ俺は爆炎の魔法少女の息子。母さんの魔法の才能を俺は受け継いだ。

 だから、母さんの二つ名に恥じない魔法を──。

 俺は右手をかざして狙いを定めて魔力を練る。火属性と水属性の魔法を操り、火と水が交じり合って強烈な爆発を起こした。

 獣人の上半身を吹き飛ばした。これで再生はできまい。

 下半身だけになった虎の頭に鋭く大きな牙を持った獣人は、再生することなくドサリとその場に倒れた。


『助けてくれてありがとうございました。本当に助かりました』

『こういうときはお互い様ってことで。あんな魔法始めて見たよ……と言いたいところだけど、怪我を治療しなきゃだね。ポーションはある?』


 彼女に言われるまで俺の左腕に力が入らないことを忘れていた。

 痛みがじわじわと──。

 俺の意識はそこで暗転した。


「あら、目が覚めたのね。ポーションが効いて良かったわ」


 目に明かりが差し込んできた。

 ぼやっとした視界で頭の後ろはほんのりと温かくて柔らかい。

 しかし、目を開けても視界は暗く、ミルクのような優しい芳香が鼻腔を刺激した。


「あれ、ここ……」


 起き上がろうとしたけど目の前が暗くてよくわからない。

 不意に俺の頭を撫でる手の感触がした。


「ここは私の膝の上よ。寝ぼけちゃったのかしら?」


 メル皇女の声──のような気がする。

 膝の上ということは右か左を向けば良いのか。

 俺は寝返りを打つ。


「んっ……こっちに向いたの? 甘えん坊なのね。せっかくだからもっと甘えても良いのよ」


 視界がより暗くなったが顔を覆う柔らく温かい感触。

 どうやらこれはメル皇女のお腹らしい。

 なんて心地の良い……とこの感触に浸りたい気持ちはさておいて、再び寝返ると、テントの中に居るのだと気が付いた。

 やっと視界を取り戻せた。

 寝転がって移動するとようやっと起き上がる。

 そうか、目を開けた時はメル皇女の下乳に顔が覆われていたのか。

 テントごしに見える太陽は天頂にあるよう。

 もしかしなくてもただいまの時刻は午後零時──。


「あの、俺……」

「昨日、倒れてから急いでポーションを飲ませたんだけど、丸一日は眠っていたのよ」

「そんなに……俺、寝てたんですね。すみません……」

「謝る必要はないわ。私たちを守ってくださったんですもの。それにクウガが負った怪我はとても酷い状態だったわ。ナイア様が持たせてくれたハイポーションがなければ治らなかったわね」

「ポーション……使ってくれたんですね。俺なんかのために……」

「そんなことを言ってはいけないわ。クウガだから口移しをしてまでポーションを飲ませたのよ。さあ、目覚めたのだから外に居るニムやリリーたちに無事を報せませんと。それに助けてくださったドワーフへのお礼も必要だわ」


 メル皇女はそう言って俺にテントの外に出るように促した。

 それにしても口移しって……気を失っている間にされたってことか。

 テントを出るとちょうど昼の食事の用意をしているところだった。

 見覚えのない赤い髪の女性と見覚えのある髭のドワーフ。


『あ、俺に短刀を売ってくれたおじさんじゃないですか?』


 たしかモルグという名前だったような。

 前に会った時は短刀を売ってもらって別れ際に名前を教わった覚えがある。


『偶然だったが娘が坊主を助けてやれて良かったぞい』


 モルグの傍に居る赤い髪の女の子。

 確か助けてくれた時は髭がたくさん生えていた。

 だけど、今は髭がない。


『あ、これつけてないからわからなかったんでしょ』


 彼女はそう言って兜を持ち上げると、その兜についてる立派な顎髭が見えた。

 まさかあのおじさんにこんな美少女の娘さんがいるだなんて世の中とはわからないものだ。


『助けてくださってありがとうございました』


 深々と頭を下げて助けてくれたことに感謝。

 頭を上げて改めて彼女の容姿を見た。

 真っ赤な髪にエルフ族のララノアほどではないけれど尖った耳。

 首や肩の立派な筋肉。胸は大きくて迫力がある。

 さきほどまでお世話になっていたメル皇女の柔らかいそれと違ってとても硬そうに見えた。

 筋肉が張ってるから当然かも知れない。


『いや、こっちこそ。お父さんの武器を買ってくれたキミを助けられて良かったよ』


 そう言ってニカッと微笑んだ彼女。

 太陽のような笑顔でとても可愛らしい。


『アタシはアルニア。よろしくね! クウガくん』


 椅子から立ち上がってアルニアと名乗った彼女は俺に右手を差し出した。


『よろしくおねがいします』


 彼女の右手を握るとアルニアが俺の手をぎゅっと握る。


『バッデルに向かってるんだってね。アタシもお父さんと一緒にバッデルに向かう途中だったんだよ』


 俺の手を握るアルニア。その力はまるで俺に誘えと言ってるよう。


『でしたら、バッデルまでご一緒しませんか?』


 と、ここまで、ドワーフの言葉で返して、アルダート・リリーやメル皇女にも伝えた。

 どうやら俺が寝ている間に事前に話していたようで、反対はなく。いや、むしろ、アルニアさんがいてくれたほうが安全だろう。

 あの牙のでかい虎の獣人は異様に強かった。

 魔法の詠唱はいらないけれど、魔法を使うための魔力の準備は必要だ。だけど、その隙が与えられないほどの連撃を浴びたわけ。

 そんなときに現れたアルニアという重装の騎士。彼女が盾役をしてくれなければ獣人を倒すことはできなかっただろう。

 そう考えたら、あともう少しの道のりとは言え一緒にいてもらえるのはありがたい。


『こちらこそ、よろこんで!』


 俺の右手を握るアルニアの手に更に力が込められた。

 それから俺の怪我の様子を見ながら更に一日、同じ場所に留まって野営をする。

 なお、ここで戦った獣人族の野盗の死体は、俺が気を失ってすぐに駆けつけた馬人族(ケンタウロス)が引き取ってくれたらしい。

 俺が目を覚ますまでに間にいろいろとことが進んでて、周辺は争った様子すらわからないほどに片付けられていた。

 この日は料理をすることも片付けをすることもなく、俺は料理を──それどころかお茶すらも振る舞うことなく上げ膳据え膳の高待遇。

 そして、翌朝──。

 二人のドワーフ族──モルグとその娘のアルニアを加えて獣人族の街バッデルに向けて出発した。

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