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バッデル 一

 ロインとラナたち一行がバッデルについたのは魔都パンデモネイオスを出てから一ヶ月ほど経ってからだった。

 雪がパラパラとちらつく中、バッデルの町の北門を通過しようとしところ獣人たちに囲まれて足止めに遭う。


『ニンゲンがここに何の用だ? 名を名乗れ』


 獣人の門番が槍を構えたが、ロインとラナには通じない。

 ラナが魔力を練り始めると白羽(しらは)結凪(ゆいな)が「待って。私が彼を交渉します」と言って二人を止め、前に出た。


『すみません。事情があって魔族領に避難してきました。今は彼らの家族を探すためにここに来たのですが──』


 結凪はそう言ってロインとラナを紹介。


『これはたまげた! またまた言葉が通じるニンゲンか!』

『またまた?』


 結凪は獣人語を最初から理解していたわけではない。

 だが、目の前にしたときに、自然と獣人の言葉が理解できる形で耳に入ってきた。

 これは魔人族を前にしたときの感覚に似ていて、今回も分かるんじゃないかと思って前に出ている。

 どうやらそれは正解らしい。

 結凪に続いて一条(いちじょう)栞里(しおり)も前に出て結凪の隣に立つ。


『ここに言葉の通じるニンゲンが来てたの?』


 栞里が訊く。


『何ヶ月か前に西のファルタから来たって言ってたな。なんでも川を渡ってこっち側に来たけど、そこからバッデルに来てみたってよ』

『そのニンゲンってどんな外観でした?』


 門番が答えると、結凪が更に訊く。


『そん時は西の門の門番係だったんだがよ。男女の子どもと少し年のいった女だったなー。男の子はロインとラナの息子のクウガだと名乗ってた。変わった名乗り方をしてたからよく覚えてる──』


 門番はクウガが来たことを覚えていることを伝えると、その言葉を栞里がロインとラナに伝える。


「クウガはッ! クウガはここに来て何をしてたの? ここからどこに行ったの?」


 クウガの話を聞いたラナが栞里に縋るように言う。


『街ん中に入ってからのことは知らねー。ここバッデルは街に入ることを拒みはしないが記録は残してもらってる。記録の開示は断っているからクウガが来たということは明かせないけど俺が見たということは教えておいてやる。だが、街で何をしたとか、いつどこに向かって出ていったとかはわからんからな』

「そんな……そこをなんとか……」

『仲間内から聞いた話ではクウガという子どもは金がなさそうだったからここで砂金を掘って金を稼いだそうだ。それからどこかに行ったがそれはわからん。ただ、本人が西から来たと言ってたから西に向かえばその足跡がわかるだろうし、西にはファルタの新しい街があるからそこで話を聞けるだろう。俺にはそれ以上のことはわからねぇ』


 ラナは相変わらず縋るように聞く。

 涙を流し、クウガの所在を聞き出そうと。

 門番が話せる範囲で教えてくれていることに感謝していたが、それでも、クウガを──わが子を心配し無事を確かめたい気持ちが心の大半を占めている。


「でも、良かったね。とにかく、西に向かったらまた何かわかるかもしれないでしょ? 今日はとりあえずここで休もうよ」


 異世界人の魔女、(ひいらぎ)(はるか)がラナの肩を抱いて説得。

 ラナはとても優秀な魔法使い。でも、ロインや子どもが絡むと途端にポンコツになる彼女に遥は庇護欲を掻き立てられていた。

 ともに魔道具を研究する仲である。

 時には喧嘩腰の言い合いになることもあったが、基本的に人当たりの良いラナは陰キャ然とした遥にとって心の許せる存在でもある。


『んじゃ、ここに住んでる場所と名前を書いてくれ。字が分からなければ教えてくれれば俺が代筆する。名前がないなら〝なし〟で良い』


 門番は台帳を指して言う。

 いつぞやか、クウガにそうしたように。


『わかりました。全員の分を私が書いてもよろしいでしょうか?』


 門番の言葉に結凪は答えて台帳に全員の名前と住まいを記入する。

 不思議なことに文字も獣人語に倣ったもの。

 この世界に転移したときも帝国語をすぐに覚えることが出来て字の読み書きも元の世界にいたころと同等のレベルで出来ていた。

 十分少々の時間をかけて台帳に記名を済ませて一行はバッデルの街に入る。

 北門から中心街に伸びる街道はちょっとした大通り。

 道脇には商店が立ち並び、様々な種族が行き交っていた。


「すごーい! あの人めっかわ!!」


 久喜(くき)(めぐみ)が女性のコボルトを見ると目を輝かせる。

 コボルトの犬系人族で犬っぽい顔立ちに人間のように直立二足歩行する獣人族。

 久喜の目に止まったのはポメラニアンのような見た目の女性だった。


「ね、ね。あの子も可愛い!」


 久喜の隣で此花(このはな)(かなで)がうさぎの耳をもつ人間を指差した。

 こちらも女性。足には真っ白な毛が生えていて長いルーズソックスのように見える。

 太腿は人間のようで此花が注目した兎人族の女性はタイトなスカートに上着はベストという服装。


「あ、まーじでうさみみのギャルみたいだね。こういうの見ると異世界にキターってなるね」


 久喜と此花の後ろを歩く多々良(たたら)華魅(はなみ)

 三人は結凪と栞里の後ろについていきながらあちこちを見回した。


「あんまりジロジロ見てるとトラブルになるから気をつけてよ」


 後ろでキャッキャしてる三人を気にかける栞里。

 こう見えて翌年に三十路を迎える妙齢を過ぎかけている女性たち。


「えー、いいじゃん。あたしら栞里たちと違って魔族領で異種族を見るの初めてなんだよー」


 久喜、此花、多々良は周辺国家や魔族領への侵攻に参加していない。

 此花と多々良は生産職で戦闘に適さないため、従軍したことがなかった。

 調教師という恩恵を授かった久喜も戦闘職か否かの判断ができずこれまで戦争に参加したことがない。


「私たちは魔族領で魔族と交戦したから見てるけど、こうやって見てると私達とかわらないね」


 結凪は言う。


「私は一度だけではないし何人もの獣人を斬った。正直、こういう生活的な部分を見ると心が痛むよ」


 栞里は少し目に力が籠もる。

 魔王城を攻めたときもその途中で多くの一般市民と言える魔人や獣人たちに刃を振るった。

 後ろの三人は返す言葉が見つからず。

 結凪は「私たちは罪のない人々の命を奪ったもんね。正直、どこかで恨まれて殺されても仕方がないくらいに……」と栞里の言葉に続いた。


「その命を奪ったものの道具をあたしらは作っちゃったんだよね……」


 此花と多々良は生産職。それぞれ錬金術師と鍛冶師という恩恵を授かっている。

 二人は大西うた子と共に拳銃マニアだった木野山という男子に拳銃の作り方を指南されて銃を量産した。

 その銃で武装した異世界人の選抜兵がセア辺境伯領を制圧し多くの領民を殺害している。

 その銃で如月勇太が皇帝を殺害し、その座を簒奪。

 異世界から召喚された女子たちは、如月が皇位についてからの皇女たちに対する扱いが彼女たちの行動のきっかけ。

 殺さずに性欲を満たすための道具にしたことが結凪と栞里に彼らを見限る決断をさせた。

 異世界人の女性たちは、結凪と栞里についてきて、帝国を出て魔族領にいる。

 今はこの地で出会ったロインという平民の男に懸想してロインのあとをついて回っているにすぎないが……。

 ロインとその妻のラナ、それに二人の子どものリルムとクレイは人間の集団の先頭を歩く。

 ラナの隣には柊遥がついていて、普段なら魔法や魔道具のことをひっきりなしに喋ってるのだが、今は獣人たちを見て興味を唆られていた。

 柊は結凪や栞里と同様に獣人を見たことがある。

 ここにいる様々な姿をした獣人たちを見た柊は「この街は平和だね」と声にした。

 柊の声にラナは「本当ね」と脇を駆け抜けていく獣人の子どもの姿を見送って、戦争とは無縁だったバッデルの街を歩き、気持ちが鎮まる。

 それから、宿を取ろうということになり、一行は宿を探した。

 この街の宿は前金で宿泊利用料を支払う。

 それも魔族領の通貨で。

 帝国通貨なら持ち合わせがある彼女たちだったが、バッデルでは帝国通貨を支払いに使用できない。


『なんとかなりませんか?』

『それをもらってもここじゃ生活にならないんだよ』


 栞里は女将と交渉したが良い答えが引き出せない。


『そこをなんとかおねがいできませんか?』

『なんとかって言われてもねぇ。そう言えば前にニンゲンの子が来て砂金を取ってお金を稼いできたと聞いたことがあったよ』

『ニンゲンの子に砂金……そのニンゲンの子ってクウガという名前でしたか?』

『さあ、それは知らないけど大人の女性と二人の男女の子だったわね。男の子が砂金を取って随分と稼いでたみたいでさ』

『その砂金って……』

『南門がファルタ川と繋がっていてね。そこの河岸で砂金や砂白金が採れるんだよ。それをコボルトの行商が高く買い取ってくれるから頑張れば素泊まり程度の宿代にはなるはずだよ』


 素泊まり程度って……。

 ここで食事をとるか宿をとるかの選択を強いられた一条栞里。

 皆に相談して素泊まりでも良いということになり、


「じゃ、砂金を掘りにゴー!」


 と、ギャルたちが南門に繰り出した。


 河岸は人が少なく周辺は雪が積もっている。


「さっぶ……」

「ぜんっぜん人がいないじゃん」


 あたりには身なりが貧相な獣人が数人だけ。

 どう考えてもその日暮らしの獣人。

 考えてみたらこんな極寒で雪混じりの河原で金を掘るなんて自殺行為にも等しい。

 そんな様子に見かねたラナが「下がってくれる?」と異世界人を河岸から引き上げさせた。


「魔法を使うから下がってね」


 というとすぐに河岸で小さな爆発が何度か発生。

 ラナが加減をした魔法で爆破した。


「もう良いよ。金を探そう」


 爆発で出来た岩塊が堰となって砂金が彫りやすい場所が出来ている。

 全員総出で一心不乱に金を探し始めた。


 三時間ほど金を掘り、それなりの成果があった。

 ラナは数人のみすぼらしい獣人たちのために最後に魔法で爆発させて砂を掘り起こして金を探りやすいようにして立ち去る。


「ラナって優しいよね」


 そんな様子に胸が温まった柊。

 魔法とは生き物を殺すためだけのものではない──と、ラナの隣で学ぶ。

 孤児院育ちのラナは困っている人を捨て置け無い性格。

 これで何度、損な出来事があったのかと振り返ることがしばしば。

 冒険者時代に多くの冒険譚を産み出したのもこの性格があってのもの。

 ただ、金級への昇格だけは何とか固辞できたことだけがラナにとって最も達成感が得られたクエストだった。


「これだけあればご飯も食べられそうじゃない?」


 ラナが栞里に訊く。

 皮の袋にいっぱいの砂金と砂白金。

 冬場は砂金掘りが閑散としているから探せば探すほど採取できた。


「どうかな。相場がわからないけど、とりあえずコボルトのひとのところに持っていこう」


 一行は南門から再びバッデルの街に入り、コボルト族の行商に砂金と砂白金を引き取ってもらい、宿屋へと急いだ。

 早くしないと日が暮れてしまう。

 冬は日没が早いのだ。


 無事に宿に泊まることが出来て食事にもありつけた。

 料金は前払い。

 それだけの砂金が採取できたことに一同は達成感で満たされる。


「それにしてもコボルトのひとからもクウガくんの話が聞けるとは思ってもみなかったね」

「私も驚いたわ。クウガも砂金を掘って──それも大量だったみたいだし」


 結凪とラナの会話。

 ナイフとフォークで器用に食事をとりながら二人はあーでもないこーでもないと話している。

 ラナとロインは冷え切ってはいないが会話は少なくなりがちだった。

 異世界人の女性たちがロインとの接点を欲しがって不和を生じさせないためのラナの配慮でもある。

 こうして旅をしていればストレスも溜まり、どこかでガス抜きが必要だろう。

 そこでラナは妥協した。

 何故かクレイも異世界人の女性から人気が高くとても良くしてもらっているが平民の男として人生を踏み外したりしないか不安を抱くことに。

 とはいってもクレイはまだ八歳。ロインによく似た少年は将来有望だとしてロインが空いてないときにはとてもよく構われていた。


「どこにいってもお兄ちゃんの話ばかりだから、どこかにいるかもしれないって思っちゃうね」


 リルムは十歳。顔立ちはロインによく似ているが、その女性版ということだろう。

 それでもとても可愛らしい。

 彼女はラナにとてもなついていてクレイの面倒をみる必要がない時にはラナの隣に留まった。


「ここにクウガが居そうって思っちゃうわね。でも、北門から出たと言ってたものね」

「クウガくんが恋しくなっちゃったわ。早くクウガくんが淹れたお茶が飲みたい……」


 ラナの言葉に続いて声を発したレイナ。彼女はさらに発言を続ける。


「けど、西から来たと言ってたから西から先に何があるのか知りたいわ。ファルタの河口にニンゲンの街が出来たと言ってたものね」

「そこからクウガがバッデルに来たというのは間違いない……でも、北に戻ればクウガに会えるかもしれないのよ」


 レイナはクウガの足跡を辿りたがった。

 おそらく彼も自分たちを探してる。

 しかし、バッデルの北門から出て行けるのは魔王城だけではない。

 クウガは当初、メルダを目指したのかもしれない。

 平民だからという理由で魔都に入ることを許されなかったクウガは単独でメルダに入ることはないだろう。

 ならば、誰でも街に入ることができるバッデルで待つか、クウガの行動を辿ってバッデルの西にあるという新しいファルタへ向かうか。

 どちらかなら必ず巡り会えるはずだとレイナは考えた。


「平民の子が一人で行ける場所は限られるから、メルダには行かないでしょ? だったらきっと、バッデルに戻るか、ここから西のニンゲンの街に行く。どっちもクウガに縁があるもの」


 ゆさりと大きな胸を揺らして身を乗り出すレイナ。


「それもそうね。そう考えたらいつここに来るかわからないクウガを待ち続けるにも宿代がきっと追いつかない。じゃあ、ここを出て西に向かったほうが良いのかもしれないね」


 ラナが西へ行っても良いと考えるようになり、それを聞いていたリルムが隣に座るエルフの姫様のララノアとその従者のラエルに伝える。


『数日後に西に出るみたいだけどララノアさんとラエルさんも一緒に来ます?』


 リルムは二人と話しているうちにエルフ語を覚えた。

 帝国語の覚えが良くないララノアにはリルムの存在がとても助かっている──といっても異世界人たちもエルフ語は理解しているのだが。


『そうね。ロイン様とご一緒できるなら』


 ララノアも異世界人の熱量ほどではないがロインにすっかりご執心。

 呆れたラナは「はあ……」と深くため息をつくばかりだった。

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