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ベレグレン大街道 一

 朝食の後は出発の準備。

 メル皇女と俺は天幕を仕舞い、ニム皇女は食事の後片付けをして、アルダート・リリーは見張りをする。

 ニコアたちと魔王城を目指したときと違って、あっという間に片付けが済んですぐに出発。

 一晩でかなり雪が積もったけど、モラクスが周囲の雪を除去してくれていた。

 彼は牛型とは言え悪魔族。

 言葉を発することは無いがなんとなく意思の疎通が取れている──気がする。

 モラクスが雪の森の中に道を作ってくれるから俺たちは歩ける。

 野営の地から南西に数時間進むと一気に景色が開けた。


「すごい……」


 森を抜けて景色は平たくなった。

 真っ青な空が広い街道に圧雪された雪を白く輝かせる。


「眩しいわね」


 メル皇女はそう言って目を細めるとニム皇女も同じく目をギュッギュッと閉じたり開いたり。


『ここがベレグレン大街道。魔族領でも有数の大きな街道だよ』


 コレオ帝国──と言っても、俺はファルタやセルムくらいしか知らないけど──でも、見たことのない幅の大きな道。

 真っ平らでよく整備されている。だからこそ、道路の反対側に見える森が随分と遠くに見えていた。


「すごく……大きい……」


 ニム皇女が思わず声を漏らすほど。

 帝都に近ければもっと大きな道路があるだろう。

 それでも、このベレグレン大街道の広い道が胸の奥を刺激する。


『驚いてるみたいね。魔族領には巨大な体を持つ種族が居るから、こういう広い道路がいくつかあるんだよ』


 ニム皇女の感嘆の声にアルダート・リリーが応えた。


「巨人族……アトラース、ギガース、キュプロクス……本で見たことがあるわ。まさか……」


 メル皇女はアルダート・リリーの魔人語を理解する。


『よく知ってるねー。ニンゲンたちが魔族領と言っているこの土地の西端に巨人族がいるんだよー。知ってるんだね?』


 メル皇女は本で見た巨人が本当に存在するとは思っていなかったようだ。

 さすが皇族。本を読むことができただなんて羨ましい。

 平民の俺には本を読んで育つなんてことはなかった。

 領民学校で教科書をもらって読んだことはあったけど、学校の図書室から本を借りて持ち帰るなんてことは平民の身分では憚られるものがある。

 だから、本を読むということが今生ではないに等しかった。

 そんな俺とは違ってメル皇女は本から得た知識が多いらしい。


『ええ。こう見えても一国の皇女ですから……帝城の書庫にある蔵書をいくつか拝読してるの。その中に魔族領のことも記されていたからよく読んだわ』


 メル皇女は魔人語で言うと「それにしてもこんなに大きな道があったり、本だけではわからないことばかりだわ」とコレオ帝国の言葉で続けた。


『なら、この街道を歩いてるうちに良いものが見られるかもね』


 アルダート・リリーは面白そうなものがあるとばかりの表情を見せる。

 俺の隣で服の裾を掴むニム皇女は整備された真っ白な道路に目を奪われていたようで。


「すごい……綺麗……」


 と、小さく声を発していた。

 こんなに幅の広い道路なのに、雪が積もるはずで。それなのに、除雪がされているのか整備が行き届いてる。


『大きな道路だけど、馬人族(ケンタウロス)牛人族(ミノタウロス)とかの獣人族が面倒を見てるんだよ』


 ケンタウロスは馬人と言うらしいけど、上半身は人間と似ているが脚が四本あるという。ミノタウロスは首から下は人間っぽいが首から上は牛のようだとか。

 どちらも獣人族としては強力な部類でケンタウロスとミノタウロスは仲が悪く良く争っているらしい。

 そんな彼らが争っているうちに自然と道路が整備されているそう。

 しかしそれは面倒を見ているの言えるのか……。

 ベレグレン大街道をしばらく歩いていたら遠くからドンドンと大きな音が聞こえてきた。


『何の音?』


 思わず声に出る。

 とても大きな音でメル皇女もニム皇女も「どこかで争っているのかしら?」と気になった。


『あー、巨人族(ギガース)だよ。今回はナイア様の招集に応じてくれたみたいでさ』


 どうやら魔王城に向かっているらしい。

 次第に音が大きくなり、彼らが近付いてくるとその大きな姿が見えてきた。

 見た目は人間だけど、でかい。背の高い大人の五倍、六倍くらいはありそうだ。

 男性と女性──女性は少し小さいようだけど、それでも大きい。

 そして彼らは目が良いらしく、アルダート・リリーの姿を見つけるとこちらを見ながら近付いてきた。


『ひさしぶり! 魔都に向かってるんだよね?』


 でかい巨人にアルダート・リリーが話しかけた。


『久しく目にしてなかったな。元気そうで何よりだ。俺たちは魔都に向かってる。アルダート・リリー殿はニンゲンをお連れしているようだが……』


 魔人語のようだ──が、どうも片言のようでギガースはギガースで別の言語があるのか……。

 巨人はそう言って片膝をついて視点を下げた。

 元がでかい。おそらく十二メートルくらいはあるんじゃないだろうか。姿勢を落としても五メートルとか六メートルくらいだろう。

 先頭のギガースが片膝をついたら後ろに続いていたギガースたちも同様に片膝をついた。


『ああ、ウチ、この子たちをバッデルまで送り届ける途中なんだよ。場合によっちゃバッデルより先に行くけどさ』

『では、そのニンゲンはエサでも敵でもないんだな?』

『そだよー。とくにこの子はナイア様のお気に入りだから手を出したら逆鱗だよ』


 アルダート・リリーはそう言って俺の肩をポンポンと叩く。

 巨人たちの視線が俺に集中。

 ぎょろりとした大きな目がとても怖い。


『ほう。神気に近い魔力だ。神族にでも触れたか……あるいは……』

『あるいわ?』

『──否……ニンゲンごときにそんなはずはあるまい……だが、貴様とモラクス殿を寄越すほど重要なのだろう?』

『うっわ。中途半端に言うのやめてよ。気持ち悪いじゃん』


 巨人が言いかけた言葉を吐き捨てたことをアルダート・リリーは気色悪がったが『ま、ウチとモラクスがここにいるってことはそれなりにナイア様のオキニの子ってことにはなるね』と続けた。


『そうであるか。此度はナイアの要請に応じたのはまさに僥倖──ということなのかもしれぬ……か』


 巨人族の男は立ち上がると『では、魔王城へいざ』と魔人語ではない言葉で後ろの巨人族たちに声をかける。


『近いうちに相見えよう』


 そう言って、北の方角へと歩き始めた。

 巨体が踏みしだく雪の街道は彼らが一歩歩くたびに一メートルくらい沈んでいく。

 踏み固められた雪はまるでコンクリートのように固く。

 ドスンドスンといくつもの足音を響かせて彼らは歩いた。

 それにしても上からでっかい布をかぶっただけの彼ら。

 下からはいろんなものが見えていたけど、あのでかい体をカバーできる布を作るのは大変そうだ。

 下着という文化がないのも頷けるが、それ以上に寒くないのかなと気になる。

 古代からの種族だからなのかナイアを呼び捨ててアルダート・リリーを殿呼びする彼ら。


『ギガースって凄いですね』


 と、アルダート・リリーに言うと、


『あの人達はああ見えて神の直系みたいなものなんだよ。魔族領に棲む種族で唯一、ナイア様に匹敵するチカラを持ってるんだよね』


 と巨人族(ギガース)について教えてくれた。

 近くに来た時は見上げる大きさで──前世で見たガン○ムの実寸台立像くらい。


『あまりの大きさに驚きました』


 ギガースから感じた魔力の強さはたしかにナイアに近いものがあった。

 肌をヒリヒリと刺すように刺激するギガースの魔力。

 それに加えて剛力を思わせる足腰の逞しさ。

 人型の種族としては最強なのではと思わせるほどのものだった。


『神話の時代の神の代行者と呼ばれる種族が魔族領に現存しているだなんて──けれど、神話時代以降の史書には存在しないとされていたわ』


 メル皇女が魔人語で言う。

 魔人語だったのはアルダート・リリーからギガースについて詳しく聞きたいからだろう。


『ギガースはニンゲンで言う神話の時代以降、西の奥地に引きこもって出てこなかったからね。今回は珍しくナイア様の要請に応えてくれたんだよ』


 アルダート・リリーが言うには、ギガースはナイアが魔王につく以前から表に出てくることがなかった。

 メル皇女はギガースについて興味を持ったようだったけどアルダート・リリーは簡潔な説明にとどまり、メル皇女の探究心を満たすほどの情報は得られなかった様子。

 当のアルダート・リリーも長命種だというのに数えるほどしかギガースと顔を合わせていないようだった。

 そして、アルダート・リリーは最後に、


『そんなギガースが今回は動くっていうんだから、マジでヤバいことになりそうだよね』


 と、何故か俺の顔を見て彼女は言った。


◆◆◆


 ギガースがクウガたちと邂逅を果たした数日後──。

 ベレグレン大街道を南下する二人のドワーフ──モルグとアルニアの姿があった。

 重騎士の恩恵を持ち大きな石斧を背負うドワーフの女──アルニアが山程の荷物が乗る荷車を引きのっそのっそと歩く。


「アタシ、国の外に出たことがなかったけど、そんなに物騒じゃないんだね。友達はみんな外は危ないっていうからもっと怖いところだと思ってたよ」


 涼しい声は背負う武器類や両手で引く重そうな荷車が彼女にとってそれほど負荷の高いものでないことを示している。


「ここまで来れば……だけどな。大街道に出ればどこも安全なんだ。時々、小鬼(ゴブリン)とちょっとした小競り合いをするくらいさ」


 モルグは女神の恩恵に与れなかった落ちこぼれ。

 ドワーフの国──エルボアでは不遇の扱いを受けており、王都の郊外にあるスラム街に押し出されて苦労の人生を歩んできた。

 髭だけが立派で自慢だったモルグ。恩恵が授かれなかったことでごくごく平均的な能力しか持てず──。

 それでもこうして旅を続けることが出来たのはドワーフとして平均的な能力で恩恵の補正が働かず、得手不得手なく身についた技能のおかげ。

 ドワーフとして平均的な技量の武芸を身につけるモルグは自らの自衛程度であれば問題ない。


「へえ、そんなもんなんだね。エルフの森を抜ける時はちょっと緊張したけど。ここはちょっと拍子抜けするくらいだよ」

「ああ、エルフの森はな……アイツらは俺たちドワーフを低俗と嫌ってるんだ。それにエルフの森は魔法がかかっているから何もしなければそのまま通り抜けられるんだ」


 エルフの森では何もしない。

 食事においても火を使うこともせず、採取や狩猟もせず。食事は携行食のみで過ごした。

 数日かけて森を抜けてからは野営を張って料理をするようになったが、エルフの森では禁忌とされる。

 森の種族は自らの縄張りを荒らされることを嫌っていた。


 しばらく南に向かって歩いていたら遠くからドンドンと低い音が轟き始める。


「何の音?」


 アルニアは足を止めた。


「こんなすげえ音、聞いたことがないぞい」


 長年、魔族領を歩き回ったモルグも耳にしたことのない音と振動。

 地面の揺れが増し、低い雑踏の音が近付いてきた。


「何? あれ……アタシらみたいに見えるけど大きさが全然違うよね」


 ドワーフのように逞しい足腰と筋肉で盛り上がった肩と太ましい腕が見えるが、ドワーフの大きさではないし、何より髭がない。

 女のアルニアですら付け髭をつけてドワーフの威厳を誇示している。

 音は更に近付いてきた。


「お父さん、あの人たち、大きくない?」

「でっかいな……あんなの見たことがないぞい」


 モルグの十五倍ほど大きく見える数十の巨体の群れ。


『今日は随分とヒトを見る日だ。その姿はドワーフ族か?』


 モルグが近寄ってきた巨人を見上げていたら、その巨人が片言の魔人語で話しかけてきた。

 アルニアは巨人が何を話しているのかわからないが、モルグは片言の魔人語で返す。


『俺はエルボアのドワーフ。モルグだ。こいつは俺の娘のアルニア』

『エルボア? 知らん国の名前か……まあ、良い。我が名はアグリウス。西の果ての谷から魔王城に向かっているのだ』


 アグリウスと名乗った巨人は片膝をついて姿勢を下げた。

 それでも見上げる角度はそれほど変わらず。

 アルニアは父と巨人が知らない言語で話しているのをただただ見守るのみ。


『魔王城か。このまま北に向かい、ルーアン大街道との分かれ道で東を目指せば魔王城だけど……』

『魔王城までの道のりはずっと変わっていないようだ。以前と違って森が増えていたから不安だった。感謝する』


 そう言ってアグリウスが立ち上がり──


『お役に立てて何よりだ』


 と、モルグは言った。


『また、相見えよう。その時は我らの鎧でも頼もうぞ』


 と、巨人たちはアグリウスを先頭に再び北に向かって歩いていった。


「ね……お父さん。今の何?」

「俺は知らんぞい。デカかったな」

「怖かったよ。でも、お父さん、喋れたの? アタシ、何を言ってるのか全然わからなかったよ」

「さっきのは魔人語だぞい。ここはいろんな言葉があるから少しずつでも覚えてないと通じないんだ」

「そうなんだ。アタシ、お父さんがドワーフの言葉以外喋ったの初めて見たからびっくりだよ」


 アルニアは女神の恩恵を持つというのに巨人族を前にして恐怖で怯んでいた。

 だけど、何の恩恵もないモルグが知らない言語で巨人族と会話をして問題なくやり過ごせたことにアルニアは感動を覚える。

 お父さんってやっぱり凄いんだ──と、モルグに尊敬の眼差しを向けた。


「こんなことは大したことじゃないんだ。さあ、行こう。日が暮れる前に野営地まで行かにゃならんぞい」


 モルグはそう言って荷物を背負い直すと、アルニアは「うん」と返事をしてから荷車を持ち直す。

 二人のドワーフは再び南へ向かって歩き始めた。

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