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バラド街道 六

 峠の登路で悪天候により足止めを食らったが翌日からは順調に進んだ。

 とはいえ、峠を上りきるのに要した日数は四日。

 太陽が真南に見える頃、ようやっと魔王城を見下ろす景色を拝むことができた。


「こうして見ると、魔王城はとても大きいのね」


 後ろを振り返って魔王城を眺めるメル皇女。

 冷たい風が彼女の髪を靡かせて美しさを讃えた。


『前はもっとおっきかったんだけどさー。それでも、ここまでおっきい城はそれほどないよねー』


 アルダート・リリーの魔族の言葉が風にのって俺の耳に届く。


『それはララノア様も言ってました』

『あー、エルフのお姫様かー。一緒だったんだよね? 可愛かった?』


 綺麗な顔だったけどぺったんこだった──とは言えないので『可愛いとは思いました』と返す。


「これからの旅はもう少し楽なんだよね?」


 俺とアルダート・リリーが話していたら、横からニム皇女が話しかけてきた。


「バッデル街道は魔都に出るこの山を越えれば勾配が緩やかなので楽になると思います」

「良かった……」


 ニム皇女はほっと一息吐いて胸を撫で下ろす思いのようだ。

 ここまで上り坂が続いていて長い距離を歩くことに慣れていない二人の皇女にとってはとても辛い旅の始まりだったろう。

 だというのに、野営の準備や調理など手伝ってくれて、二人には感謝してる。

 見張りは睡眠をそれほど必要としないアルダート・リリーがしてくれているし、俺の仕事はバッデルから魔王城への行きの旅と比べると格段に少ない。

 峠の頂で一休み。

 お茶を注いで皆に振る舞う。


「クウガが淹れたお茶は本当に美味しい。まるで女神様の慈愛に胸が満たされるようだわ」

「クウガが淹れてくれたお茶を飲むと体の芯から温かい……」

『ここまで美味しいお茶はエルフでも無理じゃね? マジで美味い』


 気温の低さもあってメル皇女とニム皇女はお茶をとても喜んでくれた。

 全裸に近い半裸姿のアルダート・リリーは上品に啜ってお茶を味わう。

 俺は三人が美味しそうにカップに口をつける彼女たちを眺めながら、自分が淹れたお茶を飲む。

 冷たい風に晒されているとはいえ、こうして高いところからの絶景を楽しみながらのティータイムは悪くない。


『これからどうするの? バッデルに向かってるのはわかるんだけど、途中、どこかに寄る?』

『これからまっすぐバッデルに向かおうと思いますが、食糧品などを入手できるところがあるなら寄れれば──一応、これ、持ってるから使えますよね?』


 アルダート・リリーが行き先の確認を俺にするので、俺はバッデルに向かうことと、食糧品で入手できるものがあるなら補充しておきたいと考え、胸の内側に隠し持っている革袋を取り出して中に入っている通貨を見せた。


『あ、お金持ってたんだ。なら、大丈夫だね。じゃあ、ニンゲンが食べられそうなものを売っているところを案内するよ』


 魔王城に向かったときは寄り道をせず、バッデルをひたすら北上したが、今回はアルダート・リリーのおかげでバッデル街道を南下しながら魔族領の街をいくつか経由しながら行けるようだ。

 それはとても助かる。行きは二人の貴族とエルフのお姫様とやらとどこにも寄らずに旅をして、調味料の類が途中で切れてしまっていた。

 食事事情があまり良くなくてそれがストレスになった部分もあったんだろう。

 アルダート・リリーはともかく、メル皇女とニム皇女という皇族の機嫌を損ねることのないよう、一緒に旅をしている間はできるかぎり不快感のない食事などを提供したい。


『それはとても助かります』


 味気ない食事を旅の途中で採取できる草花で誤魔化しながらやりくりしなくても良い。

 今回は植物に詳しいララノアやラエルがいないから、アルダート・リリーの言葉はとてもありがたい。

 人間の幼女に見紛う容姿で全裸に近い半裸姿の彼女が頼もしく見えた。


「お下げいたします」


 涼やかな声で俺が茶を飲み干したカップに手を伸ばしたのはメル皇女だった。


「あ、俺が……」


──洗いますよ。


 と、言おうとしたところでメル皇女が遮って簡易テーブルから俺とアルダート・リリーのカップとソーサーを手に取る。


「美味しいお茶をありがとう。洗ってくるわね」


 慣れない旅で、しかも、上り坂を歩き続けるのは大変だったはずなのに、メル皇女とニム皇女は率先して手を動かしてくれる。

 それも旅の始まりからずっとこの調子。


「よろしいのですか?」

「ええ。もちろん」


 そう言って彼女は俺がお茶を淹れるときに使った作業台へと移動する。

 ニム皇女もメル皇女と並んで、小さな声で詠唱する。

 彼女たちは水属性魔法を使う。

 魔法で水を作り、手際良く洗い始める。

 この気温では冷たい水しか生み出せないというのに、メル皇女とニム皇女は嫌な顔を見せず。

 貴い身分だと言うのに。

 水で濯ぎ、布で水分を拭き取る。

 洗い物が終わる頃合いを見計らって彼女たちに近寄ると


「どちらに仕舞ったら宜しいでのしょう?」


 と、メル皇女が俺に訊く。

 牛型の悪魔、モラクスが引いていた荷車の幌を捲り「いつもここに仕舞っています」と俺が洗ったものを受け取ろうとすると、


「こちらですね」


 俺の隣に並んでソーサーやカップ、ポットなどを置く。


「あ、ありがとうございます」

「いいえ。私の方こそ、今までこういったことをしたことがなかったから、楽しませてもらってるわ」


 メル皇女はそう言うけれど、指先が赤くて、冷たい水で洗うのは大変だっただろう。

 俺の水魔法なら温水にできるのに。


「殿下の手を煩わせてしまい申し訳なく思います」

「そう仰らないで。楽しんでると言ったはずよ」


 メル皇女は食器を包んで綺麗に仕舞うと幌を被せ直した。


「はい。おしまい」


 姿勢を直したメル皇女は俺の顔を見てニコリと口元を緩める。

 甘い芳香と可憐な笑顔にドキッとすると、それを見透かしたように「可愛いわね」と揶揄うように目を細めた。


「クウガ、こっちも片付けるね」


 少し遠くでニム皇女が休憩のために出した簡易テーブルなどのたたみ始める。

 熱くなった顔を誤魔化すように「俺、やります」と荷車から離れた。

 高貴な身分の皇女たちが平民の俺にグイグイ来るんですけど。

 その貴き身分には魔王ナイアの幹部の一人であるアルダート・リリーも含まれている。

 そんな身分の差があるというのに、ここまで良くしてもらえてありがたい反面、ミローデ様やニコアたちとの旅と比べて異様といえる厚遇が逆に怖い。


「では、参りましょうか」


 一通り片付けが終わるとメル皇女がモラクスの手綱を握った。


 それからの旅は順調に進み──。

 ゆっくりながらも徐々にペースを上げて南下していた。

 峠を超えて一週間ほど。

 二人の皇女は旅に慣れ始め、一日に進む距離も日を追うごとに伸びている。


「野営が続く旅とは言え、同じ肉ばかりを食べるのも飽きてくるわね」


 メル皇女は肉を焼きながら俺に言う。

 料理はメル皇女とニム皇女が、俺は火加減を見ていた。

 ここ数日はメル皇女とニム皇女が料理をして、俺が火を起こすと言った感じで分担され、俺の仕事はほとんどなくなっている。

 メル皇女の言う通り、俺も肉ばかりで飽きてきていた。

 いくら工夫を凝らしても限界がある。

 味付けもそんなに変えられないし、魔王城から出るときに積んでもらっていた野菜などの食材も乏しくなってきた頃合い。

 バッデルまでの旅程はまだ三分の一程度進んだというところ。

 先は長いのだ。


「私もお肉じゃないものが食べたい……」


 ニム皇女はハイライトが失せた瞳で半凍りの肉を切る。

 二人の表情を見ていたら居た堪れない。


「他の食材をご用意できなくて申し訳ありません」


 申し訳ない気持ちが強まって思わず謝罪を口にすると、ふたりの皇女は揃って手を止めた。


「謝るのはこちらのほうじゃなくて? 荷物を用意したのは私たち。クウガの荷物を少し使わせてもらってるようだけどお姉様とカゼミール公爵のほうで見繕ったのでしょうから」


 メル皇女は俺の顔をまっすぐに見ると「それに私たちはクウガにお願いをして命を預けてる身。国を追われている今は貴方と同じ平民だと思ってるわ」と言葉を続けた。


──だから、謝らないで。


 とでも言いたげに。

 同じ貴族なのにミローデ様やニコアとは全然違う。

 行きはララノアとラエルと狩りをしながら、彼女たちエルフの知識を借りて野菜を採取していたけど、それでも気を使う毎日だった。

 メル皇女とニム皇女はミローデ様とニコアよりも身分が高い。

 皇族が俺に気を使うなと言っている。


「そういうことでしたら……」


──わかりました。


 と言おうとしたら、メル皇女とニム皇女がそろって俺の服の裾を掴んで言葉を遮った。


「わかった──と、そう仰っていただけるかしら? もう私たちに畏まらないでくださらない?」


 メル皇女の目には力が籠もっている。

 まるで命令だとでも言わんばかりに。


「……ん。わかった」

「よろしい! それで良いわ」


 言い直したら、メル皇女が褒めてくれた。


「私のことはこれからはメルとお呼びしてくださるかしら? ニムのこともニムで良いわ」


 そう言って、俺の胸に手を載せるメル皇女。

 今までメル皇女殿下と呼んでいたことが気に入らなかったようだ。

 しかし、


「は……」


 はいと言おうとしたけど「うん。わかった」と言い直して、


「じゃ、これからはメル皇女殿下のことをメルさんと呼ばせてもらうよ」


 と、返した。

 流石に十二歳も年上の女性を呼び捨てで呼ぶことに抵抗がある。


「まだ、私、若いのに……でも、それで妥協するわ」


 不服そうだけどメル皇女は許してくれた。


「私の名前を呼んでみて?」


 メル皇女に続いて、ニム皇女が俺の服の袖を引っ張って名前を呼べと催促。


「ニム──これからはニムって呼ぶね」


 何とか意識して笑ってみせた。

 すると、ニムは頬が一気に赤く染まって


「ふぁーーー」


 と、熱くなった頬を両手で隠す。

 尊い……。

 少女に対して高ぶるものは全くないが、尊さは理解できる。

 こんな幼気な少女を異世界人たちは──。

 かつてのクラスメイトたちへの憎悪は積み重なる一方。


「クウガ……怖い顔してるよ」


 ニム皇女の声で我に返った。


「あ、ごめん。ちょっと思い出してしまって……」


 異世界人に対する感情が抑えられず、ニム皇女の表情を曇らせてしまった。


「それなら良いけど……大丈夫?」


 上目遣いで俺の顔を覗き込むニム皇女。

 あざと可愛い。


「ありがとう。もう大丈夫」


 これ以上、気遣われるのは申し訳ない。

 気を取り直しして「料理を続きをしようか」と声を出してみた。


「では、ご一緒にしましょう」


 メル皇女は生来の癖で言葉遣いを変えられないらしい。

 けれど、名前を呼ぶようになって少し表情が柔らかく感じた。

 遠巻きに俺たちを見るアルダート・リリー。


『ニンゲンとはままならないねー。ここから少し進んだところに、西に抜ける道があって、その先に少し変わった食べ物を作る種族がいるんだけど──寄ってみる? 頼めば売ってくれそうだし』


 話の内容を理解しているのか。アルダート・リリーは食材の調達ができるという集落を教えてくれた。


『食材を入手できるなら寄ってみたい』


 メル皇女とニム皇女と相談して、食材を買い足せるのなら──と、アルダート・リリーの案内に与ることにする。

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