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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第四章

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バラド街道 五

 岩陰に野営を張ったおかげで強風は避けられた。

 しかし、降り積もる雪はどうしようもない。

 夢魔族のアルダート・リリーはとても裸に近い半裸姿だが、これでも寒くないようだ。

 朝の支度をしながら彼女としばらく話していたら、テントからメル皇女とニム皇女が出てきた。


「おはようございます」


 二人の皇女が挨拶をすると「私、クウガの場所で寝てしまっていたようね。起こしてしまいました?」とメル皇女が謝った。


「いえ、大丈夫です。ちょうど起きる頃合いでしたから」


 妙齢のメル皇女は皇族だけあってとても美しい。

 それに彼女は彼女の母親のノラ王妃殿下にとても似ていて胸が大きい。

 大人の女性らしい素晴らしい色香の持ち主だ。

 これほどの女性にひっつかれてなんとも思わない男はいないだろう。

 そう思えるほどの飛び抜けた美貌がメル皇女には備わっていた。

 彼女の姉のミル皇女もとても美しく神々しくもある顔なんだけど、俺の母さんと同じちっぱい。

 どうやら俺の女性の好みは父譲りらしい。

 俺の隣にやってきたもうひとりの皇女は


「おはよう。クウガ。雪、凄いね」


 と、可愛らしい顔で寄ってくる。

 好意を寄せられているとわかってても、身分は当然ながら、それにアルダート・リリーと同様で妹みたいなニム皇女。


「何を作ってるの?」


 ニム皇女は俺が手元でこねている白い生地に興味津々のご様子。

 今朝は時間があったので土を掘ってかまどを作り、火を焚き直して簡易的なオーブンになるように石を積んで土を固めた。


「パンというかビスケットのようなものです」


 荷車に積んであった小麦や卵、羊乳を使って捏ねたもの。

 平民の間の日常食のひとつで、朝食や昼食などで口にして空腹を紛らわすときによく食べる。

 貴族の間ではどうだからわからないけど。


「まあ、私、好きなんです。帝城ではスコーンというものとして良く口にしました」


 どうやら、王侯貴族の間でもこういった粗末なものを食べるようだ。

 スコーンというのか……。

 前世でスコーンといえば少し膨らんでるものだけど、俺が作ってるビスケットはあまり膨らまない。

 ニム皇女は生地を捏ねる手を熱心に見つめて「見てて良いです?」と言うから俺は「どうぞ」と答えた。

 生地が軽くまとまったところで、適度な大きさに切り分ける。

 それからすぐにオーブンに入れて焼き始めた。

 捏ね過ぎず寝かせずに焼くのは母さんの作り方を真似たもの。


「早いですね……」


 と、ニム皇女が言うとおり、生地を作り始めてから数十分としないうちにオーブンに入れた。


「焼き上がるまで少し時間がかかりますから、テントで休んでいてください。風が吹き込まないとはいえ、ここは寒いですから……」


 急造したかまどの前で火加減を見ながら、ニム皇女が寒そうにしていたことに気がついたけど、彼女は「大丈夫です」と返す。


「火の前ですし、暖かいですよ」


 ニム皇女の言う通り、オーブン近くは暖かい。

 周囲の雪が少し溶けて地面が露出し始めていた。


「あ、ここは暖かいわね」


 かまどの前で腰を下ろす俺の傍にメル皇女とアルダート・リリーが近寄ってくる。

 メル皇女は「焚き火の傍よりも暖かいわ」と俺の隣に腰を下ろして体を寄せてきた。

 今朝のことがあるだけに、居た堪れない。

 それから二人の皇女は「何か手伝うことはない?」と訊いてきたけど、特に何もないことを伝えると、アルダート・リリーと言葉が通じないながらも会話をしようとしていた。

 どうやら魔族の言葉を教わっているようだ。

 アルダート・リリーは満更でもない様子で見た目相応にキャッキャと姦しく言葉を交わしていた。

 俺は火の様子を見ながら彼女たちを見守る。

 魔法で土を盛って作ったかまどの中でパチパチと音を立てて燃える枯れ木。

 ほんの数十分。

 魔法が使えればこんなに簡単に野外でもビスケットを焼くことができる。

 前世の記憶では電気を使ったオーブンで母さんがパンを焼いていた。

 今生の母さんはファルタに住んでいた頃は手作りの土のオーブンで、セルム市に引っ越してからはレンガのオーブンで、パンを作った。

 今、俺と一緒に旅をしている皇族は召喚魔法を使ったミル皇女の妹。

 平民とはいえ、俺もコレオ帝国の国民で、ミル皇女が大規模召喚魔法で異世界から勇者を召喚した──というのはミル皇女から直接聞いて知っている。

 俺はその時に命を失い、女神様の配慮でこの世界に転生した。

 前世の家族から引き裂かれて思うところはないのかといえば嘘になるけれど、今生でも家族には恵まれたし、亡くしてしまったけど友人にも恵まれた。

 幼い頃に住んでいたファルタでは今でも俺のことを覚えてくれていてとても親切にしてもらっていたし、前世と違ってそういうところは恵まれている。

 ミル皇女を憎んだり恨んだりしていないのかと言われても、俺は否定するだろう。

 前世では不本意な死を迎えたけれど、お別れの挨拶はしたし、今の家族環境は気に入っている。

 それに俺が生まれ育ったコレオ帝国の皇女は聖女にも等しい人格者として広く知られていて、領民学校でも皆が憧れる存在だった。平民の俺には雲の上以上の存在で関わりが一切ないものだと思っていたれど。

 でも、ミル皇女と出会ってからというもの、彼女は慈悲深く、それに、帝国民の貴族だからとか平民だからとか隔てることなく、平等に民を慮る精神の持ち主だということがわかった。

 メル皇女とニム皇女も彼女たちの姉であるミル皇女に倣ってか、平民の俺に親しく接してくれている。

 それにしても、ミル皇女に影響を与えたのが母さんだとは全く知らなかった。

 親の過去ってわからないもので生まれる前は何をしてたのかとか、両親の馴れ初めなんかを知る機会はそれほどない。

 だから、ミル皇女から母さんのことを聞いたときはとても驚いたし、実際に冒険者として活動したミル皇女だけでなく、メル皇女までもが母さんに憧れて冒険者を目指したということに驚いた。

 ニム皇女は二人の姉ほど母さんのことを知らないようで、それでも帝国歌劇というものがあるらしく、それを通じて母さんの名前くらいは知っているらしい。

 それほどまでに多くの人に影響を与えた物語の主人公として語られるほどの女性──ラナの息子だから良くしてくれているんだろう。

 俺は枯れ木を焚べながらぼんやりと考えた。


「ねえ、クウガ」


 しばらくして、メル皇女とニム皇女が俺を挟むように両隣に歩いてきてしゃがみこんだ。


『大好き』

『愛してる』


 魔族の言葉で二人は話しかけてきた。


「リリーに教わったの。わかった?」


 悪戯に微笑むニム皇女。

 幼いながらもとても可愛らしい。


「わかりましたけれど……俺に言うようなお言葉には思えませんでした」

「ダメなの?」


 どうやらどんな言葉を教わったのかは知っているようだ。

 ニム皇女の反対側でメル皇女のニコニコ顔から察するに、彼女も同様。


『アルダート・リリー様は何をお教えになったんでしょうか?』


 背後に立つアルダート・リリーに訊く。

 彼女はいつものように『様はやめてっていってるじゃん』と言ってから


『ふたりとも、クウガくんに気持ちを伝えたいっていう感じだったからー。相応しい言葉を教えたんだよ』


 と、悪びれもせず曰った。


『それにしては過剰ではないでしょうか? あれじゃあ、まるで──』

『やー、遠からずでしょー。二人に訊いてみたらいいじゃん?』


 反論したらアルダート・リリーが俺の言葉を途中で遮って言い返してきた。

 アルダート・リリーの言葉に従い『今のお二人のお言葉はこういう意味なんです』と俺は教えることに──。

 すると、メル皇女はニコリと微笑んで何も言い返さず、ニム皇女は「言い直します?」と返してきた。


「俺、平民ですし、扱いとしてはただの護衛ですから……」


 両腕を掴まれて身動きができず、居た堪れない俺はただ俯いて時間をやり過ごすことしかできずに。

 なお、その後、オーブンから慌てて取り出したビスケットはちょっとだけ焦げていた。


 バッデルから魔王城に向かった時──俺は人と会話することはそれほど多くなかった。

 ララノアやラエルが合流する前まではニコアに袖を掴まれて歩いてよく喋ったけど、ララノアとラエルと合流してからはほとんど会話をせず。

 それでもララノアやラエルがたまに話しかけてくれるくらい。

 そのときに身の上を話したりしたけど、それほど深い話はしなかった。

 しかし、魔王城からバッデルへ向かっている今──俺はメル皇女とニム皇女に挟まれて正面にはアルダート・リリーという少女のような姿をした夢魔がいる。


「ねえ、クウガはセア辺境伯領のセルムから避難したんだよね? セルムの平民の子は学校に通ったりするの?」


 ニム皇女が俺に訊く。


「俺は領民学校に入学しましたが、平民の多くは親の仕事を手伝うなどして働いてます」

「クウガは学校に通ったのね。私も帝都の学校に通ってたの……皆、元気かな……」


 ニム皇女はどうやら帝都の学校のことを思い出したようで、俯き加減で級友を慮る。

 思いを巡らせて心配できるクラスメイトがいる。

 それはとてもうらやましく思えた。


「帝都の学校なら大丈夫でしょう」

「そうだと良いな……」


 ニム皇女にも親しい友達がいたんだろう。

 クーデターが起きて突然、日常から引き剥がされたようなもの。当然、辛いものがあるだろう。


「クウガはセルムから避難したのよね? 異世界人がセア辺境伯を討伐と息巻いてましたのを覚えているわ」


 俺の左側に座るメル皇女。寄り添うように密着するのはニム皇女と同じ。

 寒いテントの中で数少ない温もり──と、言いたいけど、定期的に魔法で空気を暖めているからそれほど寒くないはず。

 そんなことを思いながらメル皇女に言葉を返す。


「帝国軍がセルム市に侵攻してきて、そのときに避難しました」


 俺の返答にメル皇女は眉をピクリと動かした。


「帝国軍──と言われると腹立たしくなるわね」


 露骨にいらっとした表情のメル皇女に「申し訳ございません」と謝ると「問題ないわ」と俺の肩を撫でてから言葉を続ける。


「いいえ。良いわ。帝国軍であることには間違いないし──ただ、皇族の……父の命令でセア辺境伯領を攻めたわけではないということだけはわかっていてほしいわ」


 俺の肩に置いた手で服を掴み、握るメル皇女。

 彼女の弁明めいた言葉は統治者の親族であるが故のものなのかもしれない。


「それで、クウガが通ったセア領の領民学校はどのようなところだったのかしら? 私、帝都の学校しか知らないものだから……」


 メル皇女は俺の学校生活に興味津々。ニム皇女と二人揃って俺の顔を見上げてきた。

 二人に──アルダート・リリーにもわかるように時折、魔族の言葉で領民学校でのことを思い出しながら言葉を紡ぐ。

 領民学校で一番の行事は学校祭で、メル皇女もニム皇女も興味をそそられたのか食い入るように聞いていた。

 学校祭は前世で言う運動会と学芸会が合わさったようなもので、武芸を競い合ったり、舞踏や合唱を披露したり、また、文芸や絵画を展示したりと目白押し。

 俺は学校では数少ない平民ということもあって陰に徹していたけれど、学校の成績では上位だったこともあって運営の手伝いだけは行っていた。

 帝都の学校では文芸祭と武芸祭というものに分かれていたそうで、メル皇女はセア辺境伯領の領民学校のように一つにまとまっていて「すべての生徒が関われるほうが良かった」と言葉を漏らす。

 ニム皇女は「舞踏や歌を歌ったら武芸はしなくても良いってこと?」と訊き、俺は「歌は全員歌いましたけど、武芸や舞踏はどちらかしか参加しない児童生徒もいましたね」と答えた。

 それはメル皇女とニム皇女が揃って「武芸が苦手だったから羨ましい」とため息を交える。

 その他にも領民学校では毎月のように細かな行事ごとがあって、他のクラスとの交流を適宜図った。

 だから、異世界人たちが攻め込んできて銃撃してきたことが許せずにいる。

 先生もクラスメイトたちも俺にとっては前世のクラスメイト以上に親しんだ人たち。


「セルムは湖があって、在学中にその湖岸で二度、実習をするんです──」

「セルム湖ですね……」


 領民学校の野外実習は夏と冬の二度、それぞれ十三歳になる年の四年生と十四歳を迎える年の五年生の行事。

 冬の実習はとても楽しいそうで、楽しみにしていたけど、夏の実習だけで終わってしまった。

 一通り話し終えるとメル皇女は言う。


「取り戻したい──と、そう思いませんか?」


 俺は平民。

 平民としての日常を取り戻したいのか──と、そう訊かれたなら「取り戻したいです」と答える。


「なくしてしまったものは戻ってきませんが、それでも、元の日常を──父さんと母さんと、リルムとクレイ、それにレイナさんと一緒にまた生活したいです」

「私は、クウガなら、それを取り戻せると、そう思います」


 メル皇女はそう言って俺の肩に顔を預けた。


「もし、貴方が平民であることを望み表に出ることを嫌うのでしたら私が貴方を守りましょう」

「私も、クウガの傍にいるよ」


 メル皇女の言葉に続いてニム皇女が俺の肩に体を預ける。


「どうして、俺にそこまで……?」

「クウガは私たちを助けてくれました。平民という身でありながら、私たちに過度な謙遜を抱くことなく、多くの慈悲をくださった。私はそのことに感謝しています。それに──」


 メル皇女は俺の顔を上目遣いして見上げて──


「異世界人に穢されたこの体を洗い流してくださるような、クウガのお茶と、湯浴みのたびに用意してくださる温かい湯と布巾に心が洗われる思いになりました」


 それからメル皇女は声を発さずに唇だけを動かす。


「私も同じです」


 反対側からニム皇女の声がしてメル皇女が何を言っているのかよくわからなくなった。


『じゃあ、ウチも!』


 追い打ちをかけるようにアルダート・リリーが俺の太ももに割って入る用に腰を下ろして小さな尻を押し付ける。

 女性に囲まれるのは嬉しいはずなのに、何だか複雑な気分。


「それはどうも──。ありがとうございます」


 俺は最後にこう伝えるだけで精一杯だった。

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