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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第四章

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バラド街道 二

 翌日──。

 テントで一夜を明かした俺たちは、朝になって晴れたことを確認して峠越えを目指す。

 前日にアルダート・リリーが狩ったヘイズルを解体して可食部だけを荷車に載せ、骨や皮など残りは俺の魔法で焼いて灰にした。


『南端のバッデルまでいくつかの集落はあるけど、そこじゃあ、革の加工ができないんだよねー』


 と、アルダート・リリーが教えてくれたからだ。

 なお、バッデルから魔王城を目指してバラド街道を北上したときは、どこにも寄らずにまっすぐに向かった。

 バラド街道沿いにも多くの魔族が小さな集落や村を形成しているが、どれも街道から西側に外れた場所に目につきにくい場所にあるのだとか。

 力のない種族は襲撃を受けにくい場所に棲家を作る。だから、大きな道は開けた場所にでき、住居は目につかない場所に置く。

 まれに街道に近い場所に巣を作り、街道を通る種族を餌にする魔族が現れることがあるらしい。

 ララノアやラエルと出会ったゴブリンの巣穴のように。

 それ以降は魔獣と遭遇して戦ったりしたけど比較的安全に魔王城へとたどり着けたと考えると気候が荒れやすい峠道を越えなければならないバラド街道近隣はどの魔族も避ける傾向が強いとアルダート・リリーから教わったことで理解できた。

 この峠が最大の難所とわかると、ここさえ越えたらなんとでもなると気が楽になる。

 峠の麓で張った野営を片付けて、すぐに出発した。

 ヘイズルの肉が増えた分、重くなった荷車をモラクスに引かせて徐々にキツくなっていく勾配を登る。

 朝早くに出たのだが、やはり上り勾配。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」


 息が上がり歩く速度が落ちていく。

 メル皇女もニム皇女も自分の足で歩く旅は初めて。

 ファルタからミローデ様とニコアを連れて歩いたのと同じで、なれるまでは体力面でとても厳しい。

 一日で下った峠だったけど、思ったように進まない。


「ごめんなさい。私たちが遅いせいで……」


 メル皇女は申し訳無さそうにしてるけど、一歩足を踏み出すだけでも厳しくなっていた。

 それはニム皇女も同じ。

 可能だったらモラクスが引く荷車に乗せたいところだけど、荷物が多くて人を乗せられるほどの余裕がない。

 モラクスの背に乗せようと考えたけど、鞍上も鐙もないし掴むところがどこにもない。

 それにモラクスは牛型の悪魔らしく、触れるほどの近さでは魔力に当てられる可能性も否定できなかった。


『ニンゲンって、こんなに弱い生き物だったんだねー』


 などとアルダート・リリーは彼女たちの様子を見て俺に言う。


『でも、クウガは平気なんでしょ? 同じ人間とは思えない』


 魔族と比べてアルダート・リリーがニンゲンと呼ぶ俺たちのほとんどは彼女たちほどの体力や魔力を持っていない。


『人間の多くはこういう旅に慣れていないんです』


 そう答えておいたが、平民なら問題なく歩けるだろう。


『慣れてない──ねぇ……』


 ジト目で二人の皇女を流し見する全裸に近い半裸で幼女姿のアルダート・リリー。


『魔王城を攻め落とした勇者はもっと強かったけどなー』


 彼女は俺が魔力を与えた後に魔力に酔い倒れ込んでいたが、軽口を言えるほどに回復したらしい。

 転生前の俺のクラスメイトたちは異世界から召喚されて無事に転移し、帝国の領地拡大のために北へ南へ東に西にと多くの小国を飲み込むための戦いに駆け巡った。

 そうしてコレオ帝国が領土を拡大して魔族領に攻め込み魔王を討ち取る……。

 そのときにアルダート・リリーは彼らと対峙したのかもしれない。

 アルダート・リリーはとても快調のようだが、皇女たちはもう無理だろう。

 峠を一日で越えようとしたことに無理があったのかもしれない。


『アルダート・リリーさんが良ければ、一日で峠を上るのは諦めましょう』


 メル皇女とニム皇女のペースに合わせてゆっくり進み、休息を多めに取ろう。

 それをアルダート・リリーに伝える。


『それやめてって。リリーで良いから──』


 フルネームでさん付けで呼んだのが気に入らなかったようだ。

 ちょっとプンプンした顔で『ウチはどっちでも』と返してきたので──


「ここで少し休みませんか?」


 俺はメル皇女に休憩することを提案。

 すると、彼女は申し訳無さそうに「ごめんなさい……」と目を伏せて謝った。

 隣のニム皇女は何も言わず涙をポロポロと流して俺に詫びる格好をする。


「そ、そんな謝らなくても大丈夫ですから……まだ、旅を始めたばかりで不慣れもありますし、無理をせず休み休みいきましょう」

「申し訳ございません……」


 荷車を引く牛──モラクスを停めて休憩の準備を始める。

 寒さを凌ぐ風除けを立てて、魔法で火を起こす。

 今回はニム皇女の助けはなかった。彼女は疲労困憊でそれでも手伝おうとするから「休んでてください」と伝えて休んでもらった。

 魔法で水を集め、加温して湯を作る。

 前世の世界では考えられないけれど、何もないところから水を作るというのは便利だ。

 厳密に言えば大気中の水分を魔力を使って集めてるだけのようなものらしい。

 それにしても、野外実習のあの日から……ファルタの街に逃れたあの日から魔法で創った水でしか茶を淹れていないような気がする。

 井戸から汲んだ水と違って味気ないせいで、茶を口にするたびにセルムでの日々が脳裏に浮かぶ。

 俺が淹れたお茶を口にして口元を緩める母さんとレイナ、美味しそうにカップを啜るリルムの姿──。

 父さんとクレイは一口啜って大きく息を吐く。

 そんな日常を奪われたという想いが──そんな日常を取り戻したいという想いが──お茶を口にするごとに強まる。

 だから、俺の分のお茶はなるべく少なめにしていた。

 思い出すたびに、異世界人を殺したくなる衝動に駆り立てられる。

 自分が淹れたお茶を、皇女たちやアルダート・リリーが美味しいと褒めてくれても、気持ちは晴れない。

 そんな俺を察してか……


「クウガのお茶は本当に美味しいわね」

「お茶のおかげで体が温まった……」


 メル皇女はお茶を飲み干したカップを簡易テーブルに置いて、ニム皇女は空のカップを手に俺の隣に寄り添う。


「ありがとうございます」


 益体もない気持ちで二人に言葉を返すとニム皇女が俺の顔を覗き込む。

 さすが皇女と言うべきか、非常に整った顔立ちで可愛らしい。

 そんな顔で上目遣いしてくるのだ。ドキッとして目をそらさざるを得なかった。

 ニム皇女はただ俺の顔を覗き込んだわけではなく──


「あの、このカップの洗い方を教えてくださらないかしら?」


 と、皇族だというのに手を使う仕事をしたいと申し出てきた。


「そんなニム皇女殿下の手を煩わせるわけには……」

「いいえ。今は身分関係なく旅の仲間ですから、何もしないというわけには参りません。特に私は何の力もありませんから、こういうことでしかお役に立てないでしょうし……」


 手が汚れる仕事をさせてはまずいと断ろうとしたのに、ニム皇女は俺の言葉を途中で遮って、俺の服の裾を掴みながら言う。


「ニムの言葉はご尤もね。旅の仲間──そういうことなら私も今後はクウガの仕事を手伝うわ」


 メル皇女がニム皇女に続いた。

 メル皇女も俺の傍に近寄って俺の胸元を平手で撫でる。

 甘い香りが冷たい空気に乗って俺の鼻腔に届く。

 もうすぐ思春期を迎えるこの体に妙齢のメル皇女の色香は刺激が強い。

 断ろうにもこれでは断りにくい……。


「わ……わかりました……」


 後退ろうにもニム皇女が俺の服の裾を掴んでいるので逃げられなかった。

 この様子をアルダート・リリーはニヤニヤしながら遠巻きに見ている。


『あははっ。これは面白くなりそう』


 などと、魔族の言葉で独り言ちていた。


 それから早速。

 メル皇女とニム皇女は自分が飲んだカップを洗うと言い出して、洗い方を教えることに。

 ふたりとも、水属性魔法を使うようで、詠唱して、水をつくることができる。

 しかし、温度の調整することができないから、冷たい水。


「クウガ、手が冷たいです」


 ニム皇女はカップを水で濯ぐと焚き火に手を翳して暖をとる。

 メル皇女も「クウガはこんなに大変なことを昨日、していたのね」と、冷たくなった手をニム皇女と二人で暖めた。


 休憩が終わると後片付けもふたりの皇女が手を動かす。


「こんなことまでさせてしまって申し訳ないです……」


 と、心情を明かすと、


「あら、クウガは私たちを旅の仲間と思ってくださらないの?」


 メル皇女がそう切り返す。

 そうまで言われたら俺は「違います」と答えられないので「そういうことならお願いします」と風除けをしまって荷車に積み、牛型の魔獣のモラクスの手綱を引くことまでふたりの手を借りることになった。


 この日、峠の五合目まで上ることができ、そこで野営を張る。

 野営の設置をメル皇女とニム皇女が協力してくれて、さらに、食事の用意も彼女たちが付き添った。

 何もかもがぎこちなくて決して効率は良くない。

 俺が一人でやるよりも時間がかかるけど、彼女たちは俺の返答を待たずに手を動かすようになった。

 そして、彼女たちは料理の筋が良いらしい。


「私たちはこれでも皇族だったから、料理の味に対する知識もある程度は学んでいるの」


 俺の平民の手料理が彼女たちの知見によって貴族の味付けに変わっていく。

 これはこれで面白い。野営なのが残念だと思えるほど。

 彼女たちの知識を借りて今日の昼までの料理とは違った味に仕上がった。


『んッ! これ、美味しい!』


 アルダート・リリーが獲ったヘイズルの上品な味に彼女が舌鼓。

 種族的に食事はしなくても良いらしいが、今回は出来上がりを何故か楽しみにしていたらしい。


「この味付けはメルダ公国に伝わっていたもので、山羊の肉を調理するときに主にされていた味付けです──」


 メル皇女が料理の味を調理人風に説明。

 メル皇女とアルダート・リリーの間に入って通訳。


『なるほど……人間の料理は手が込んでるんだねー』

「私は宮廷料理人の受け答えを覚えていただけですが、これをクウガが再現してくれたのよ」

『クウガは侮れないねー。お茶だけじゃなく、料理の腕も良い』

「ええ、本当に」


 交わす言葉があまりにも恥ずかしいもので、端折って伝えたというのに何故か彼女たちは完璧に意思の疎通が図れていた。

 これは侮れない。


「お褒めに与り光栄ですが、メル皇女とニム皇女のご助力のおかげ──いいえ、おふたりの料理の手伝いをさせていただいただけに過ぎませんから」


 ふたりの称賛に耐えられない。

 逃げたいけれどニム皇女が俺の服の裾を掴んでいて動けない。

 ニコアが服の裾を掴むのとは違い、彼女は掴んだ手を絶対に離さないと俺に伝わるほどの強烈な意思が込められている。

 控えめに「あ、あの……離してもらえませんか?」と小さく聞くと、キッとした目つきを返してくるニム皇女。


『クウガくん、好かれてるねぇ……ウチもキミのこと悪く思ってないから、これはもうハーレムだね』


 アルダート・リリーはニヤニヤしながら俺と俺にひっつくニム皇女、そして、メル皇女を視界に収めた。


『アルダート・リリー様。それは本当に勘弁してくださいよ……』


 ふたりの皇女には魔族の言葉は通じない。

 だからこうした言葉をアルダート・リリーに返すことができる。


『あれ? ニンゲンの男って女だったら見境なく欲情するものじゃないの?』


 アルダート・リリーは『あのさー、だから、フルネームに様付けはやめてって言ってるじゃん!』と軽く怒りながら俺に訊く。


『そんなことないですってば』

『じゃあ、なに? 魔王城に攻めてきたニンゲンは魔族だろうとエルフだろうと構わずヤってたよ?』


 あー、なるほど。

 異世界人たちが魔都で暴虐を働いてたんだった。

 彼女に聞くと『ウチは何人か食い殺したけどさー』などと返してくるので魔都での攻防に彼女も参加していたようだ。

 何人かの異世界人の命を夢魔とか淫魔らしいヤり方で食して奪ったらしい。


『でも、あのニンゲンたちはそこそこ美味しかったわね。けど、キミはもっと美味しそうなのに、キミが相手だとウチが壊れちゃいそうなんだよねー』


 俺とアルダート・リリーの言葉のやり取りを不思議そうに目で追うメル皇女とニム皇女。

 アルダート・リリーが唇を舌舐めずりして色情を駆り立てようとするけど、魔力のこもった魅了は俺の魔力の前に霧散する。


『それよ。それ。クウガくんって凄いよね』


 そうは言うけど、俺にロリ属性はない。

 失礼ながら、幼女然とするアルダート・リリーではいくら思春期を迎えるくらいの男子だとしても性的興奮で高ぶったりしない。

 メル皇女にはクラっとすることはあってもニム皇女やアルダート・リリーではなんとも思わないのだ。

 アルダート・リリーと同族のシビラはもっと強烈な魔眼と魔力を持っていたし、完全に防ぎきれなかったけれど、それ以上に見た目の色気がヤバすぎた。

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