第3話 市長選
この街で市長選が始まった。現市長と新人候補の一騎打ちだ。
現市長 古江大蔵 68歳
新人候補 新井真一 45歳
「あらいしんいち あらいしんいち でございます。若い力がこの街に新しい風をおこします。清き1票をお願いします。」街宣車からウグイス嬢の声が響き渡っている。
「まったく朝っぱらからうるさいのう。」老人は朝から不機嫌になってしまった。
しかし、老人はしばらく考え込むと何か思いたった。「市長選か?一儲けするか。」
翌日、老人は現市長の古江大蔵事務所へ向かった。
老人はいきなり切り出した。「わしが力を貸せばおぬしを確実に当選させてやれるが、どうかな?」
古江市長は初対面の老人のいきなりの申し出に困惑した。「しかし、事前調査で私の再選は確実と言われているんだ。今さら、あんたの力を借りるまでもないのだが。」
「しかし、選挙は水物。確実な勝利を手に入れたいとは思わんかね。」
「うーん、まあそう言われればそうだが。ところであんたの見返りは何だ?」
「いやわしは何もいらん。ただ、無事当選した時には、私をあんたの事務所のスタッフとして雇ってくれないか。年寄りは今仕事に就くのが大変でな。」
古江市長はしばらく考えた後、老人に選挙協力をお願いすることにした。「それなら、ひとつお願いしてみようかな。(お金がかからないなら別に頼んでも何の問題もないだろう。)」
「それでは約束だけは守ってくださいよ。では、わしはすぐに仕事に取り掛からないといけないのでこれで失礼しますよ。」そう言うと老人はそそくさと帰ってしまった。
それから2週間、熱い選挙戦が繰り広げられた。
しかし、不思議な事に選挙戦の2週間、老人の姿を見たものが誰もいないのだ。いったい、老人はどこで何をしているのだろう。
いよいよ投票日当日になった。そしてその夜午後8時から即開票となった。10時を回る頃には早々と開票結果が出た。結果は現市長の圧勝だった。
当選の速報が入り、古江事務所は万歳三唱をして、大いに盛り上がった。
翌日、あの老人は古江市長の事務所にいた。老人の目的は本当に市長の事務所のスタッフになる事だけだったのか?
それから1か月後、事務所の金がそっくりなくなってしまった。事務所名義の通帳の残高が0円になっているのだ。その中には市の金も含まれていて、市長は横領の容疑で逮捕されてしまった。
当然、古江事務所は解散し老人は職を失ってしまった。
結局、新人の新井候補が繰り上げ当選となった。老人の真の目的は一体何だったのだろう。
その1週間後、老人は高級ホテルのスイートルームでシャンパンを飲みながら笑っていた。
「ふふふ、この世の中は全く面白い。まだまだ死ぬわけにはいかんな。はっはっはっはっ。」
どういう事なのだろう。この老人が大金を手に入れたことだけは間違いない。一体どうやって大金を手に入れたのだ。
実はこの老人は選挙期間中の2週間の間にギャンブルが合法化されている国へ行っていたのだ。
その国ではこの選挙戦もギャンブルの対象になっていた。倍率は1対50で圧倒的に現市長が優勢だった。
しかし、老人は倍率の高い新人議員に全財産を賭けた。つまり老人はどうしても新人議員に勝たせなければならなかったのだ。
老人は古江事務所のスタッフになると事務所名義の銀行口座の口座番号、暗証番号、パスワードを手に入れてハッカーに匿名で提供した。
ハッカーはあっという間に事務所の銀行口座から金を抜き取り、海外の口座へ移してしまったのだ。
こうして、老人はギャンブルが合法化されている国へ行き、堂々と大金を手に入れたのだ。
まったく不思議な老人である。
完