追放と出会い
本作は小説家になろう様の規約により読み切り版としています。
カクヨムは連載版を掲載しています。
(読み切り版と連載版は若干内容が異なります)
恐れ入りますが、よろしくお願いします。
「随分と遠いところまで来たものだな」
パーティの中心人物、剣聖の男性……セラがそんなことを言う。
確かに学生のノリで作った4人パーティでA級パーティにまで成り上がった。
遠くまできたものだ。
それを聞いたクガは改まってどうしたのだろうと思う。
これから、最後の戦いになってもおかしくない難関に挑むというのに。
だが、それはその後の話の前置きであった。
「クガ……世話になった……お前とはここでお別れだ……」
「っ……!」
流石に驚いた。
いつかは来る話かもしれないと思ってはいたが、今だとは思っていなかった。
クガは他のメンバーの顔を見る。
一人は聖女のユリア、もう一人は付与術師のミカリだ。
二人とも俯いていた。
つまるところすでに話はついているということだ。
「一応……理由を聞かせてくれないか」
「一言で言えば、器用貧乏……お前なら分かるだろ?」
「……」
クガにはそれがよく理解できた。
「俺達にとってこれが最適解だと思う」
「……」
「だから、この先の隠し部屋にはお前一人で行け」
「えっ……?」
「俺からお前への最後の贐ってやつだよ」
「……」
クガは思う。
要するに俺はここでダンジョン生活を終えろってことか。
「セラ……さ、流石にそれは止めた方がいいんじゃ……」
付与術師のミカリがそんなことを言う。
「いいや、行かせる。無理やりにでもな……」
「……ミカリ、止めろ」
「で、でも……」
「大丈夫だ。その贐……セラ……ありがたく受け取ってやるよ」
こうして、クガは独り、隠し部屋へと向かう。
◇
「どうした? この私を相手にたった一人で……」
「……」
「あれか? ひょっとして追放という奴か?」
背中まで伸びる美しい白金の髪に、吸い込まれるような真紅の瞳。
黒を基調としたドレスのような佇まい。
彫刻のような美しい身体だが、背中から黒い翼が生えている。
しかし、美麗な顔にはあどけなさが残る。
過去に配信で見たことがあった。
戻らずの隠し部屋――
いつしかそう呼称されていたその部屋からは、過去に誰一人、ダンジョンに戻れたものはいない。
全員が一度きりの蘇生魔法を消費し、ダンジョンから退いた。
そんな隠し部屋のボス……美しき吸血鬼がクガに話しかけてきていた。
クガは虚を突かれるが、少し返答してみることにする。
「まぁ、有り体に言うとそうだな……」
「はは、そうか……! ん……? しかし、その割に……どうも冷静だな」
「いや……実は辞めようかと悩んでいた。そういう意味では、ちょうどよかったのかもしれない」
「ふーん……そうなんだ。でもまぁ、私は君が来てくれて嬉しいよ」
「……?」
「なぜって……? そんなのは簡単……退屈だったからさ……!」
「っ……!」
そう言うと、吸血鬼は紅く尖った石のような物体を巻き散らしてくる。
それが戦闘開始の合図であった。
「ぬぐっ……」
クガは背中に背負う大剣を抜き、盾のように使い、乱れ飛ぶ紅石を防ぐ。
「剣を粗末に使うのだな……」
「っ……!」
背後から囁くような声が聞こえた。
「ほーん、これも防ぐか……」
鞭のようにうねりながらも先端は刃のように鋭く紅い斬撃をクガは神懸り的な反応で辛うじて防ぐ。
吸血鬼の特殊スキル、瞬間移動――
彼女が囁かなければ被弾していたかもしれない……
クガの額を汗が伝う。
ならば、こちらから攻める……!
「っ……」
クガはその大剣を勢いよく振り降ろす。
吸血鬼は身体を開くように回避しながらも、それが想像よりも遥かに疾かったのか、目を見開く。
クガはなおも連撃で畳掛ける。
「っっ……」
想定外の気迫に吸血鬼は一度、瞬間移動にて、後方に下がり、間合いを取る。
が、しかし……
「っ……!」
下がった分の間合いを身体能力のみで一瞬にして、詰められる。
「くっ……」
吸血鬼は思わず、翼でその剣を受け止める。
「……」
切断こそされぬものの翼は鈍器で叩かれたような損傷を負う。
「っ……」
が、しかし、痛みを負ったのは吸血鬼だけでない。
カウンターで血液の刃がクガの左肩を貫いていた。
だが、
「治癒」
「っ……!?」
クガはすぐにその傷を癒してみせる。
「治癒もこなすか……器用だな……」
吸血鬼は血液の刃に付着したクガの血をペロリと舐めながら言う。
「……そうかもな」
そう……それが原因だ。
吸血鬼の言葉で、クガは先刻の出来事を思い出す。
『クガ……世話になった……お前とはここでお別れだ……』
『一応……理由を聞かせてくれないか』
『一言で言えば、器用貧乏……お前なら分かるだろ?』
『……』
ジョブ:勇者……その名称に騙された。
その名称は少し恥ずかしかった。しかし、パーティを守ることができるのならと喜んだものだ。
実際に剣撃、防御、攻撃魔法、補助魔法……そして回復に到るまで……何でも高いレベルでこなすことができる万能型。
総合力の高さは随一のものであった。
しかしだ。一つとして極めることができない。
いずれにおいても、それぞれを極めた特化型には及ばない。
パーティ構築論が活発となったのはクガが勇者となった後であった。
4人と限られたパーティにおいて、それぞれの特化型で構成し、それぞれの長所を生かし、それぞれの短所を補完する。
パーティ構築理論において、現在では、物理攻撃特化、魔法攻撃特化、回復特化、防衛or補助特化の4人構成が最もパフォーマンスを発揮できる"結論パーティ"となっていた。
要するにパーティにおいて、器用貧乏……半端者。それが勇者というジョブであった。
そして、致命的なことにクガの元いたパーティにおいて
物理攻撃特化……剣聖のセラ
魔法攻撃特化……聖女のユリア
補助特化……付与術師のミカリ
回復特化……不在
故に、勇者であるクガが回復役を努めるという異様な状況となっていた。
しかし……吸血鬼との戦いの中で、クガは不思議な感情を抱いていた。
"誰も死なせないように戦わなくていいことが、こんなに身軽だとは思わなかった"
「ところで男よ……」
そんなことを考えていると、吸血鬼が攻撃の手を止めて、問い掛けてくる。
「ずっと気になっていたのだが……その浮いているモノはなんなのだ? 過去に来た者達の周りにも浮いていたのだ」
「ん……? あ、これか……?」
「そうだ」
「これは配信用ドローンだな」
「ハイシン……? 裏切り的なあれか?」
「いや、違う……」
クガはお人好しなのか、吸血鬼に配信の説明をする。
全世界に映像が流れていること。リスナーがリアルタイムに思い思いのコメントをできること。
吸血鬼はその間、攻撃を止め、興味深げに耳を傾けていた。
「へー、ということは私と君との……この戦いが皆に観られているというわけか?」
「あぁ、それが俺の元パーティがプレゼントしてくれた最後の花道というわけだ」
「なにそれ……ちょっとぞくぞくしてきた……」
吸血鬼は口角を上げる。
「ありがとう」
「ん……?」
「こんなに丁寧に教えてくれたのは君が初めてだ」
「……」
「ちなみに今はどんなコメントがされているのだ?」
「ん……? そうだな…………"吸血鬼さん、可愛い"」
「はぁっ!?」
吸血鬼は動揺する。
「そんなコメントばかり!?」
「……そうだな、君の容姿に関するコメントはとても多い……」
「……! な、なんたる不遜な……人間とはそんな奴らばかりなのか?」
「不遜というか、コメントというのは大概、本音で語られるものだ」
「……本音」
吸血鬼は少し赤面している。
「……」
吸血鬼はしばらく沈黙した後、顔をあげ、言葉を発する。
「ねぇ、少し変なことを言ってもいいだろうか?」
「ん……?」
「私にハイシンを教えてくれないか?」
「……はい? ど、どういう……?」
「そのままの意味だが? 私はハイシンに興味を持った。だから私にハイシンを教えて欲しい」
吸血鬼は何がわからないのだろうというように言う。
「そ、それはわかった……しかし、ボスである君にそんなことが可能なのか? 第一、君はこの部屋から出れるのか?」
「出れるわ! 君はいつも私がここにいると思っていたのか?」
そうだが……と思うクガ。
「よく見るのだ。この部屋には何もないではないか」
そう言われてみると、そんな気もしてくる。
確かにこの部屋は無骨なドーム状の岩場……生活に必要なものが何もない。
ボスにそれが必要という発想がそもそもなかったわけだが。
「え……それじゃあ、君はいつこの部屋に来るのだろうか……?」
そう多くはないものの探索者が現れた時、彼女はいつだってここにいる。
いや、逆だ。そう多くはないにも関わらず、探索者が現れた時、彼女はいつだってここにいる。
「侵略者が現れたら、連絡が来るのだ。さっきも気持ちよく寝ていたところを叩き起こされて急いでここに来たのだぞ」
それは失礼した……と思うクガ。
もしや今も寝ぼけているのではないだろうな……とも思うクガ。
「これでわかっただろ? 部屋から出られる。だから、な! 一緒にハイシンをやろう。君の血はとても……いや、君はとても見込みがありそうだ」
いつの間にやら"ハイシンを教えてくれ"から"一緒にハイシンをやろう"にアップグレイドしている。
「……」
クガは考える。
実のところ、クガにとって唯一にして最大の問題があった。
それは"目的がなくなったこと"。
学生のノリで始めたダンジョン探索及び配信。
彼は仲間を守るために戦っていたのだ。
配信においても面白いことを言えるでもなく、自分から表に立つようなことはなかった。
だから、セラの最後の贐も受けたのだ。
別にここでダンジョン生活を終えても構わないと自暴自棄になっていたのだから。
そこで出会った変な吸血鬼……
なぜか自信満々にニンマリしている。
気は確かか? と言われたらYESと答える自信はなかった。
しかし……
「……わかった」
◇
数時間後――
「見えてますかー?」
<見えてるよー>
<見えてる>
<マジで吸血鬼ちゃんだ>
<うひょー、マジかよ>
「お、早速コメントが来てるじゃないか。それじゃあ、記念すべき第一回の配信を始めるぞ」
「……」
クガはまず思う。
コメントがすごい。
初めての配信にして、コメントがすごい。
普通、初めての配信とはほとんどコメントが付かず、俺達は一体、何をやっているのだろうという気持ちになるものだ。
しかし、最初からコメントが付いている。
そしてチャンネル登録も目に見えて増加していく。
「なぁ、クガよ。これは上々の滑り出しといっていいんじゃないか?」
「そうだな」
セラの贐は本当に贐になってしまっていた。
あの追放の展開により、そこそこの視聴者がいた。
その相手は戻らずの隠し部屋のボス、絶世の美女としても知られていた吸血鬼。
なんならクガよりも吸血鬼を応援していた人の方が多数だ。
そして、まさかの配信のお誘い。
恐らくダンジョンの魔物としては史上初の珍事であろう。
その情報は拡散され、想定外の注目を浴びる結果となったのだ。
クガは思う。
セラは、ここまでの事態になるとは予想していたのだろうか……
そんなことを思うクガのことなど気にしない様子の吸血鬼は言い放つ。
「ということで、記念すべき第一回の配信は、侵りゃ……あ、間違えた。探索者狩りをやっていきたいと……思いまーす」
<え……>
<へ……>
<マジ?>
<ざわ……ざわ……>
◆
少し時を遡る――
「それで配信をするのはいいとして、君は何がしたいんだ?」
配信を一緒にやることに合意したあの後、クガは吸血鬼とオフレコで話していた。
「あー、アリシア」
「……?」
「私の名だ」
「……つかぬことを聞くが、誰が名付けたのだ?」
「わからぬ。存在を認知した時から私はアリシアだった」
「なるほど……」
詳しい機序はわからないが魔物は魔素により生成されると言われていた。
人間のように赤子から成長するわけではないのだろう。
「俺はクガだ」
名前を聞いて自分が名乗らないわけにもいかない。
「へー、クガか……かっこいいじゃん」
そうか……? とクガは思う。
「ちなみに年齢は?」
「今年で24になる」
「えっ!?」
何の驚きだ……とクガ。
意外と若いのだなぁと思うものの気にするかもしれないと一応、気を使うアリシア。
不思議なもので高度な魔物は人間の基本的な構造を知識セットとして具備していた。
「……」
クガもアリシアの年齢が少し気になったが、魔物とはいえ女性に聞くのは失礼かなと我慢した。
見た目だけで言うならば、10代後半から20代前半であろうか。
「それでアリシア……君は何がしたいんだ?」
「うん……」
クガが名を呼んだからかアリシアは少しだけ下を向く。それは初めてのことだったから。
しかし、すぐに顔を上げて語り出す。
「実は最近、暇過ぎて、ふと思うことがあってな……」
「なんだ……?」
「頂点取りたいなと……」
「お、おう……?」
「どうやら魔物の頂点を"ラスボス"? というらしい。それになってみようかなと……」
「……」
魔物業界では、ラスボスとはなろうと思ってなれるものなのだろうか……とクガは疑問に思う。
「そうか……それでラスボスとは具体的にはどうやってなるものなのだ?」
「よくわからぬが侵略者を狩って狩って狩りまくればいいのではないかな?」
「探索者を狩らなければならないのか……?」
「そうなるな」
「……」
「そうか……勢い勇んでそこまで考えていなかった。そうだよな。クガは侵略者……同士討ちはクガにとって都合が悪いか……」
アリシアは少ししゅんとなる。
「…………いや、まぁ、別に構わない」
「え……?」
「実のところ……探索者同士の戦闘は禁止されていない」
「……!」
クガはアリシアに人間のダンジョン探索者は全員が自動蘇生のリライブを掛けられていることを説明する。
自動蘇生はダンジョン内で死亡時にダンジョン外に転送された上で、蘇生する特殊な魔法である。
現存、存在する唯一の蘇生魔法でもあり、一度しか効果を発揮しないことが知られている。
故にダンジョン内であれば、自由意志で戦闘することができる。
「実際に、決闘系配信者というのもいる。現存する4組のS級パーティのうちの一つにそれを売りにしているパーティがある」
「へぇー」
アリシアは興味深げに聞いている。
「ところでS級パーティと言うが……君は何級パーティだったのだ?」
「俺はA級パーティ……だった」
「なるほどなるほど……君よりも格上の者達がいるということか」
アリシアはどこか嬉しそうだ。
「そういうことになる。ところでアリシアには等級はあるのか?」
クガの知る限り、S級ボスリストには含まれていなかった。
「私は等級なしだ」
「なるほど……隠しボスだからだろうか?」
「そうかもな……まぁ、ゼロスタートの方が面白いだろ? というわけで、我々のチャンネルの目的は、等級なしボスの私の"ラスボスへの軌跡"をドキュメンタリーでお送りしていくぞ! そして人間達に恐怖を植え付け、ダンジョン配信などという悪趣味なことを自粛させるのだ」
アリシアは上機嫌に言い放つ。
「お、おう……」
それはいいけど、俺の立ち位置は一体……と思うクガであった。
◆
そして現在――
「おい、見ろ……クガ……侵略者だ」
「あぁ……そうだな」
視線の先には一パーティ、4人の探索者達がいた。
「ノコノコと現れおって」
アリシアは口角を上げて微笑む。
◇◇◇
出会いは高校時代――
"ど"がつくほどの田舎で部員4人、廃部寸前のオカルト研究会。
オカルト研究とは名ばかりで、皆、ダンジョンに興味があった。
中でも部長で幼馴染のヨモギダは熱心なダンジョン研究家で、部室ではいつも彼がファンであったパーティ"イビルスレイヤー"の配信が流れていた。
「しゃぁあああ! いいぞー! イビルスレイヤー!!」
「うっさい! ヨモギダ!」
そんなヨモギダをいつも罵倒しているのは、チカコだ。
「うっさいとはなんだね? チカコくん。君にはこのイビスレの素晴らしさがわからないのかね? 特にこの……」
「うっさい! 昨日も聞いたわ!」
ヨモギダがイビルスレイヤーの推しメンバーの話をしようとすると、チカコはいつも不機嫌になる。
「あぁ、俺も早くダンジョン行って、魔物の生解体配信とかしてみたいなぁ」
「趣味悪いのよ!」
「そういう君も探究心には抗えないのだろう?」
「うぅ……それは……」
そんな夫婦漫才めいた二人のやり取りを苦笑い気味に眺めていたのが、アキナだ。
アキナはいつも本を読みながら、二人の様子を見てはときどき苦笑いをする。
どちらかと言うと寡黙であまり話すタイプではなかった。
「で、ケンゾウ、あんたは何でいつも寝てんのよ!」
「……!」
ケンゾウ……そう……それが俺だ。
部室にはいつも昼寝に来ていた。幼馴染のよしみとやらで、ヨモギダに強制的に入部させられた俺は特にやることもなかったのだが、なぜだか足しげく部室に脚を運んでは惰眠を貪っていた。
そんなある日のこと……思えば、この日、俺にとっての日常は一変したのかもしれない。
俺は昼寝から目を覚ます。
「……あれ? 寝過ぎたか……」
窓から射す光は赤く……夕暮れ時であった。
「あ……起きたんだ……」
「……!」
部室には、ヨモギダとチカコはおらず、アキナだけが残っていた。
「あ、うん……」
「……」
しばらく沈黙が流れる。二人きりになることなんて、今までなかった。
少し重苦しい雰囲気だ。
そんな沈黙を破ったのは意外にもアキナの方だった。
「……ケンゾウくん……」
「え……?」
「あ、あの……ケンゾウくんってダンジョンに行く気って……ある?」
「え……!?」
唐突な質問だった。
「私さ…………18になったら、この4人で……ダンジョンに行きたい……」
「……!」
ヨモギダならともかく、アキナがこんなことを考えているなんて思いもしなかった。
「えーとね、私は性格的にヒーラーかな……チカコはきっと黒魔導士でヨモギダくんは意外と盾役かな……それでケンゾウくんは……花形の剣士かな……なんて……」
「……」
アキナは少し恥ずかしそうだったが、いつもより饒舌にそんなことを語る。
「ヨモギダのことだ……きっと俺達に魔物実験だの解体だのをやらせるぜ?」
「それでもいいの……皆といられるなら……」
「この4人じゃないとダメなのか……?」
「うん…………特にケンゾウくん……には……必ずいて欲しい……」
「……!」
なぜあの日、彼女がそんなことを言ったのかは、確認していない。
B級パーティとなった今でも……あの日のことは他の二人にも内緒だ。
そして、いつか目標とするS級パーティになった時にその真意を訊く。そう誓った。
◇◇◇
「ぎゃん」
「っ……!? よ、ヨモギダ……」
チカコに続き、ヨモギダが腹部を貫かれ、消滅する。
「く、くそ……」
「ケンゾウく……ん……」
脚に損傷を負い、倒れているアキナがケンゾウの方を見る。
「アキナぁ……」
どうして……? どうしてこんなことに……
ケンゾウは這いつくばるようにして、アキナの方へ必死に進む。
今日も順調に狩りを進めていた。何の問題もなかった。
これまでもいくつかの死線もくぐり抜けてきた。慢心はなかったはずだ。
「アキナ……」
ケンゾウはアキナに手の届くもう一歩のところまで辿り着く。
この手さえ届けば……
「ケンゾウく……」
サクッ
「っっっ……!?」
ケンゾウの目の前のアキナの脳天に紅の刃が刺さっている。
「お疲れ様でしたぁ」
紅の眼の妖艶な女が不敵に微笑む。
その後方では、一人の屈強な男が困ったように片手で顔を覆っている。
「あぁあ゛ああああ゛あああ…………な、な、な、な、なんなんだお前らは……!?」
ケンゾウは涙を流し、女に怒りをぶつけるように言う。
「ん……? ただ、人間を狩ってるだけだけど……」
「なっ……!? ふざけやがって……」
「何をそんなに憤慨しているのか、理解に苦しむ。君達が普段やってることと全く同じでしょ?」
「っ……!」
「君達がさ、ダンジョン配信する理由って何?」
「……」
「金か……あるいは承認欲求だろ?」
「っっ……」
「その気持ち、わからなくもないのだが……こちとらお前らの道楽で命狙われてるのに付き合ってやっているんだ。感謝したまえよ」
「っっっ……こ、このちくし」
サクッ
ケンゾウがあっけなく消滅する。
「ん……? あ、ごめん。なんか言おうとしてたかな?」
「……」
この女、なかなか派手にやりやがった……
クガは思う。
若手のホープらしいB級のなんたらというパーティを無慈悲に惨殺……
リアルタイム修正システムのおかげでグロさはだいぶマイルドになっているのが救いだ。
吸血鬼はこの階層にふらっといていい強さじゃない。
完全に事故……可哀そうに……
「なぁー、クガ、この内容、そこそこの人間が観ているのだろう?」
「あ、あぁ……」
「よし」
アリシアはニヤリと微笑む。
「どうだ? 引いただろ? 人間共!?」
<最悪……>
<胸糞悪い>
<可哀そう>
<くたばれ、モンスターが……!>
「うむうむ、そうだろそうだろ」
アリシアはどこか満足気だ……
「これに懲りたら……」
が、しかし……
<いやー、なんだろう……>
<うん……なぜかはわからないが今、高揚感がある自分がいる>
<この気持ちはなんだろう>
「えっ?」
<脳から変な汁出てる>
<そもそもそいつらも魔物使って実験とかしてた奴らだしな>
<そうそう、スライムスライスしていつまで再生するかとかな。元から胸糞ではあった>
<とりあえず継続かな……>
「待て待て、落ち着け、人間共……魔物は残虐非道であってだな……」
<何かに目覚めました>
「はぁああ!?」
想定外の反応にアリシアは動揺し始める。
「く、クガよ……に、人間とは魔物なのか!?」
「そ、そうかもな……」
「いや、魔物よりなおひどくないか?」
「……」
否定できぬクガがいた。
いずれにしても人間達の予測不能な思考によりアリシアの思惑は大きく外される。
こうして奇妙な二人の人類に背信した配信生活が始まるのであった。