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「運命の恋人たち」の退場

 翌日、エイデンとケイトリンは、シュアーレン邸を訪れた。

 前日からの「運命の恋人たち ~兄からの試練編~」が、燃えに燃えて、沈静化させるための口裏合わせが必要になったからだ。


 サミュエル様との会食は避けられない事で、初動が遅れてしまった。自分たち以外に上手く処理してくれる側近や取り巻きが必要だなと身に染みたエイデンとケイトリンである。


 本日、家の事情で欠席した百合姫は自分の早退が学園で騒ぎに発展していることに驚いて、申し訳なさそうに謝ってくれた。


『アンジェリーナ嬢は、兄のサプライズ訪問を喜ぶあまり早退しただけで、国に連れ戻されるわけではない。』


 そういうことにした。


 百合姫は「嘘はないから堂々としていてよい」と、お墨付きをくれた。


 エイデンとケイトリンは、早退の理由を聞いてみたが「家のことでちょっと、ね」と、話をはぐらかされた。


「例の嘆願書の話を聞いた時点で、パパに『ごめんなさい。騒ぎを起こしてナース国にご迷惑をおかけしている状態です。帰国を手配してください。』って、お願いしたの。


だから、あなた方の悪夢ももうすぐ終わるわ。ご迷惑ばかりおかけしてホントにごめんなさいね」


 自分が厄介者だという自覚はあったのか…

 百合姫が帰ってくれるのは願ったり叶ったりだが…

 でも、なんだか、スッキリしない終わり方だな。


 エイデンがそんな風に思っていると、百合姫は努めて明るい調子で続けた。


「連れ戻されるわけではなく、わたくしから帰りたいと言ったのだから、嘘はないでしょ?


 あなたがたにはとてもお世話になったことに心から感謝しておりますのよ。セントリアでもあなた方のことが誤解されないようにするから、心配しないで下さいましね」


 百合姫のことは好きではないが、当方にも十分に心を配ってくれるあたり、悪い人ではない。

 気まずい別れをケイトリンが悲しむことを思えば、こんな終わり方は望んでいなかったエイデンだった。


 一方、ケイトリンは、リリィが何も秘密を打ち明けてくれないことに落胆していた。


「これ以上の大事に巻き込まないように善意で秘密にしてくれている可能性があるから、僕らもあえて探らないことで彼女の配慮に応えよう」


 エイデンが励ますと少し元気になった様子のケイトリンを見て、エイデン自身も救われた気がした。



 これでようやく学生たちは落ち着きを取り戻すだろうと思ったが、学園には更なる燃料が投下されていた。


 曰く、アッシュ・コーニック伯爵子息は、アンジェリーナ・シュアーレン子爵令嬢に口パクで何かを伝えようとした。


 曰く、コーニック卿が伝えようとしたのは「ありがとう」だった。


 曰く、いやいやあの口の形は「愛してる」だった。


 曰く、シュアーレン嬢は微笑んで頷きを返した。あれは、何か、ある。


 などなど。



 エイデンとケイトリンは、当然のごとく、密かにコーニック邸にも足を運んだ。学生たちの様子を聞いたネイトはしょんぼりしている。


「すまない。兄上からかの方に助けてもらったことを聞いたものだから、お礼を言わねばと思ったんだが、近づくと騒ぎが大きくなりそうだったから、あんな形にしたんだ」


(たしかに…)

(直接話をされていたら、このくらいの騒ぎではすまなかったかもしれませんわね。)


「いや、君の兄上だったら、上手く運べたかもしれないけれど、それはあの方がコミュ力お化けすぎるんだよ。このくらいで収まってよかったじゃないか? まぁ、落ち込むな!」


 などと、逆に励ましてしまうエイデンがかわいく見えてしまうケイトリンだった。


 ネイトは突如少しはにかんで、


「実は、私には、その、気がかりに思っている人がいて…… その人のことで頭がいっぱいでね。


『かの方』のことは、心の底からどうでもよかったんだよね。でも、もっと早く手を打つべきだった。嘆願書がでるほどの騒ぎになるとは予想できていなくて。こんなに迷惑をかけてしまって、もうしわけない。


来週、両親と話をした後には、出ていくよ」


 百合姫の帰国手配に後味の悪さを味わったエイデンは、既に誰かを追い出すことで解決しようとする気がなくなっていた。


「それは、もう、いいよ。ネイトがいたいだけいてくれ」


 ネイトは嬉しそうにほほ笑む。


「そう言ってくれて嬉しいよ。サム兄様はね、お人よしではないんだ。あの兄が『かの方』をあれだけ気にかけているのだから、ダジマットに引き取るなどして、丸く収まるだろうと思う。君たちももうちょっとの辛抱だと思って、あと少しだけ耐えてくれ。本当にすまないね。それに」


「それに?」


 コイバナ好きのケイトリンは、目をキラキラさせて、何かを期待した表情を浮かべている。

 いや、かわいいけれども。


「それに、私も、女性関係で騒ぎが大きくなって、まとまるものがまとまらなくなったら困るんだ。てれっ」


 なんだこれ、ネイトに乙女属性が付与されたんだが?

 しかも、期待したほど大したことは、言わないし。


 まぁ、それがコイバナってもんなのかもしれないな……


 ん?

 父上が来る?

 君の父上、王様だよね?

 それも東の盟主とか呼ばれている、すっごい人……

 来週?

 くるの??


「ネイト、応援しますわ!」


 最近、エイデンと共にコーニック邸を訪れるようになったケイトリンは、いつの間にかネイトとも親しくなって、略称呼びになっている。


 以前だったら、「また厄介者が増えますの?」ぐらいは言っていたかもしれないのに、今回は手放しで応援しているようだ。彼女もまた厄介ごとに対する姿勢を変えつつあるのかもしれない。


 エイデンは、ケイトリンが親友を快く思ってくれているのが嬉しくなると同時に、自身ももっと百合姫に好意的に接するべきだったと反省した。


 なお、毎日なかむつまじくふたり連れだってどこぞへ出かけるエイデンとケイトリンが、学園のベストカップルと呼ばれ、憧れの目を向けられ始めていることに本人は気づいていない。


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