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帝国皇女と名門王国王太子の接触

 嘆願書事件の数日後、アンジェリーナ・シュアーレン子爵令嬢そっくりな貴公子が学園を訪れ、シュアーレン子爵令嬢が早退したと、学園が騒然となった。


 曰く、貴公子は、シュアーレン嬢と同じ柔らかなミルクティー色の髪に透明感のある薄紫色の瞳で、「おにいさま」と呼ばれていた。


 曰く、学園に迎えに来たことや、令嬢がすぐに帰宅を決断したことから、家の一大事かもしれない。


 曰く、兄妹の様子が和やかだったので、様子を見に来ただけではないか?


 曰く、自分達が出した嘆願書の件が学園から家族に伝わり醜聞になりかねない令嬢を連れ戻しに来たのではないか?


 憶測が飛び交い、ちょっとした騒動となった。


 「兄君の誤解を解くためにシュアーレン子爵邸に事情を説明に行きたい!」と暴走しだす学生まで現れたので、エイデンは王子として男子生徒を、ケイトリンは王子の婚約者として女子生徒をなだめるのに奔走した。


 ただ、なだめるのに精一杯で、渦中のアンジェリーナこと百合姫を追跡するように動くことが出来なかった。


 一方、アッシュことナサニエル王子は、教師から「晩餐は19時、友人は2人まで。サム」と書かれた家からの伝言を受け取ったので、アンジェリーナ・シュアーレン嬢が「おにいさま」と呼んだとされる貴公子が、自分の次兄だと推測した。


 しかし、何故、兄がシュアーレン嬢に直接的な接触をしたのか、さっぱり分からなかった。


 努めて普段通りに行動したつもりだったが、傍目には考え込んでいるように映ったため、「コーニック卿はシュアーレン嬢の事で思い悩んでいる」っと、運命の恋人たち騒動はさらに加熱した。


 授業が終わるや否や、エイデン、ケイトリン、ネイトの3人は、コーニック邸に駆けつけた。


 料理男子サミュエルは、お手製の晩餐を準備して待っていた。


 そこで、エイデンとケイトリンは、サミュエルとアンジェリーナが本当にそっくりなことに驚愕した。ダンスホールでネイトが驚き固まってしまった理由がよくわかる。


 百合姫モードのリリィであれば気付きにくいだろうが、アンジェリーナ・シュアーレン嬢に扮する3国美女の中間を取ったリリィは、サミュエル殿下によく似ている。


 ダジマット王太子は開口一番、にこやかに爆弾を落とした。


「ネイトのアンジェリーナはかわいいね」


((いきなり呼び捨て!?))

 エイデンとケイトリンは絶句した。


 ネイトは、眉根を寄せて確認を入れる。


「兄上、それがシュアーレン嬢の事でしたら、不快なのでやめてください」


 ド直球に拒絶を示す姿にエイデンは驚いたが、一人っ子のエイデンは、この兄弟の親しさ感じてをうらやましく感じた。


「おや? 君たちは『運命の恋人たち』と呼ばれているんじゃなかったのかい? ネイトは目で追っている時があると聞いているよ」


(だれから聞いた? スパイか? ダジマットは学園にスパイを忍ばせているのか?)

(サミュエル殿下は、ナサニエル様がシュアーレン嬢に恋心を抱いているか探っているのかしら?)

 エイデンとケイトリンは戦慄する。


 からかい口調のサミュエル様に、ネイトはジトメを返す。


「それは、彼女がダジマット王家に連なる存在かもしれない以上、好ましくない男性貴族が寄り付かなくなるように例の噂を利用して牽制しておくのも悪くはないだろうとの判断です。


それで、兄上、彼女は、その、父上の…、いや、ダジマットと血の繋がりがありそうですか?」


お家の醜聞に関わる話題を振られても、サミュエル様はなおも余裕だ。


「はは。ネイトが言葉を選ぶとは、成長したじゃないか。感激だね。ただ、その件について、私から答えるべきではない。ジジからも聞かれたが、同じ答えを返したよ。私は状況確認に来ただけだ、とね」


その代わりに父上と母上との面会のアレンジを承ったよ。かわいくおねだりされちゃったからね」


(ジジ?)

(アンジェリーナの略称?)

 いや、そっちじゃない。


(かわいくおねだり?)

 いやいや、そっちでもない。


(サミュエル様は否定しない?)

 エイデンとケイトリンは、百合姫がダジマット王家の血を引くなんてことは絶対にあり得ないと考えていた。しかし、否定しないということが、真実か、そうでなくともそれに近いことを物語っている。


 エイデンとケイトリンが驚愕の表情を前面に出してしまった。


 驚くということは、エイデンとケイトリンが、百合姫側から何も聞かされていないことを示しているため、これ以上の話は教えてもらえないだろう。


 思案顔のネイトが、再び小さな確認を入れる。


「承る」


 これは、上の立場の人物から仕事を頼まれた時に、使う表現だ。言葉遊びやはぐらかすのが好きな兄上にしてもおかしな表現だとナサニエルは違和感を感じた。


「兄上、あの方のことは敬称をつけてお呼びした方がよろしいのでしょうか?」


 つまり、王族である自分が敬称をつけるべき相手か? 彼女もどこぞの王族なのか? と聞いているのである。


 サミュエル様は、満足げににっこりと微笑んだ。


「君は、耳がいいね。まぁ、君からの呼び名については、彼女に名のなれた通りにしたらいいんじゃないかな?」


 それに対して、ネイトは淡々と答える。


「私は名乗りをうけた事がありませんから、「かの方」とでもお呼びましょう」


 そうなのである。


 エイデンとケイトリンの努力の賜物で、二人に接触はない。


 運命の恋人たちは、互いを凝視しながら一曲踊りきったが、名乗りどころか、言葉を交わしたことがないのである。


 ただ、踊っただけだ。


 ネイトは淡々と確認を重ねる。


「面会には、母上もお出ましになるんですね?」


「あぁ、母上にもお運びいただくように手配するつもりだよ」


「そうであれば、私はこれ以上関わりたくありませんので、後は兄上の方でよろしくお願いします」


(ダジマット王妃も隠し子の件を知っているのか?って、ことだよな?)

(わたくしたち、ここにいて良いのでしょうか?)

 エイデンとケイトリンは、とても居心地が悪い。


「なるほど。君たちは、現在そういう距離感なんだね。ふむ」



 ネイトは、王太子である兄を「おにいさま」呼びし、両親に合わせろとねだる令嬢の行動に不穏さを感じた。


 そして、それを裏付けるかのように、サミュエルから次の爆弾が投下された。


「彼女がこの国でダジマット王家に特徴的な色で動き回っているのは、ダジマット王族名乗る人間をおびき寄せるためだったんだ。彼女の立場では、ダジマット王族に連絡をとることが出来ないからね」


 ネイトは青ざめた。

 自分が帝国子爵家のアンジェリーナの策にまんまとはめられ王太子である兄を呼び寄せてしまった。

 大失態どころじゃない。


 エイデンとケイトリンも、血の気が引いた。

 西の雄セントリアの皇女が東の盟主であるダジマット王族を非公式に呼びつけるのを間接的に仲介してしまったのだ。

 百合姫に悪意があれば、サミュエルの命はなかった。


 ダジマット王に対する怒りを隠しきれていない百合姫が、ダジマット王太子の身分を明かして接触したサミュエルにダジマット王との面会を願い出る。


 危なすぎる話だ。


「僭越ながら申し上げますが、アンジェリーナ嬢のダジマット両陛下との面会は、ダジマット両陛下の御身の安全を考えると推奨しかねます。何卒ご一考を賜りたく」


 緊張のあまり、かしこまった表現になってしまったエイデンに、サミュエルは微笑みを返した。


「あぁ、君は父上が成敗されてしまわないか心配なんだね?」


 ネイトは、驚きのあまり、呆然とサミュエルを見ている。


「父上が成敗される?」


「はははっ。父上は、どうも誤解されてしまったようだからね。でもちゃんと説明したから、許してもらえるよ。たぶんね」


 エイデンは勇気を振り絞って、内なる疑問を言葉に変えた。


「アンジェリーナ嬢とダジマット両陛下の面会をアレンジすることは、サミュエル殿下にとって不本意ではなかったということですか?」


「不本意ではないよ。ジジはかわいいんだ。心根が特にね。

彼女にはどうしても幸せになってもらいたい人がいて、その人のためにできることは全部やりたいだけなんだ。


だけど、このままでは、彼女が不幸になってしまうね。

なんとかしなければ。


彼女に直接的な接触をしたのは私なのに、気を使わせて申し訳なかったね」


 サミュエル様は申し訳なさそうに詫びた後、フッと何かを思い出したように笑った。


「本当なら今回父上が彼女に会うのが話が早かったんだろうけど、父上にはちょっとトラウマがあるんだ」


(ん? 何の話だ?)


「あれは私が10才のころだから、ジジが5才の時かな? 公務のついでに彼女の家に寄ったんだ。

父上は庭で遊んでいる彼女を見かけて、マティやネイトの感覚で抱きあげちゃったんだね。


ビックリしたジジはギャン泣きして大暴れするし、双子の姉のマーガレットは父上を撃退しようとしゃくりあげながらも近くに置いてあった子供用の模造刀で必死にボコボコ殴ってたよ。


誘拐されると思ったのかもね。かわいそうに」


(え? ダジマット王って、セントリア宮殿にフラッと立ち寄るほど親しいの?)

(リリィの「おのれ!ダジマット王!!」も、その頃からの口癖だったりするのかしら?)

 意外な交友関係にじっと耳を傾けるエイデンとケイトリンだった。


「慌てて庭に出てきた父君が両腕に抱えた娘二人をあやしながら心底申し訳なさそうな面持ちで父上に謝っているのが印象的でね」


 と、遠い目をする。


 エイデンには、ナース王たる父上が他の王族とそんなフレンドリーなやり取りをしている画がまったく想像できない。我が国はもっと心を伴う外交に力を入れた方が良いのかもしれないと思った。


「今、マーガレットが剣聖となり、ジジが魔術師となったのは、あの時の父上がきっかけだったんじゃないかって、凹んでいるんだよ。父上一人を倒すには、強くなり過ぎだよね、二人とも。あはは」


 笑い事じゃない。

 でも、なに?

 薔薇姫って、剣聖なの?

 駆け落ちスキャンダルのイメージが強くてお花畑の問題娘だとばかり思っていたエイデンは、もっとしっかり世の中にあふれる情報を精査していかねばと反省した。


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