淑女科と帝国皇女の実態
ナサニエルびいきのエイデンは、ダジマット王に害意をにじませる百合姫を毛嫌いしており、それがケイトリンの頭痛のタネの1つとなっている。
まさか、常々ケイトリンを困らせていることがエイデンの気に障っているとは、露とも思っていない。
ナース王子であるエイデンが、「シュアーレン令嬢」扮する帝国の百合姫を嫌っていることがバレたら、今度はナース国の危機に繋がりかねない。
腹芸が得意とは言えないエイデンをフォローするためにも、この「帝国子爵令嬢」には淑女科所属のままでいてもらわなければ困るケイトリンだった。
エイデンとケイトリンは、学園に入るに当たって、「非接触戦略」の一環として、王子のエイデンが本科へ、ケイトリンは淑女科へ進むことにした。
学業も優秀なケイトリンは本科へ進みたかったが、王子と婚約者の不仲さを学生たちの前に晒すのは得策ではないと考え、別々のクラスに入ることにしたのだ。
リリィにはケイトリンと同じ淑女科に入ってもらっている。
王立学園の淑女科は、学年に1クラスのみで人数も少ない。
学業成績を競う「意識高い系」、貴族の品格を競う「矜持高い系」、玉の輿を争う「ハードル高い系」の令嬢は本科へ進むため、淑女科は、同性のお友達作りに来ている生粋のお嬢様しかいないクラスだ。
このことは、学ぶために学園に所属しているわけではないリリィには好都合だったので、本人も喜んでいるし、居心地がよさそうだ。
侯爵令嬢で王子の婚約者のケイトリンが身分がはるかに低い帝国子爵令嬢アンジェリーナと仲良くしていても違和感がないゆるりとした雰囲気のクラスだ。
むしろ、クラスの皆んなで、最も身分が低い「帝国子爵令嬢」の世話を焼き、かわいがっている状態で、リリィがうっかり本科の女子生徒に捕まってアレコレ探りを入れられていれば、さりげなく回収に向かってくれる。
本科の生徒には絶対に口を割らないリリィも、これらのクラスメイトには自分の婚約者の話をポロリすることがあるほどに打ち解けている。
「羨ましいわ~。仲睦まじいのね! わたくしはまだお会いしたことがないの」とか、「まぁ、同じよ! わたくしの婚約者も字が厳ついわ!」など小さいことではあるが、ポロリはポロリである。順調にお友達作りが進んでいるように見える。
そして、この注目の的になっている「帝国子爵令嬢」に婚約者が存在することすら淑女科の外に漏れ出ないのだから、この淑女達は、真の淑女だ。
ケイトリンはそんな風に思うようになった。
初日の謁見こそ、百合どころかカサブランカ級の華やかさが前面に押し出されたド迫力帝国美人スタイルで、威圧感バリバリだったが、本人は外見にこだわるタイプではなかったらしく、美容や服飾についてほとんど全く知識がない。
地味で堅物だと自覚しているケイトリンが知っていることですら、知らない。
そんなところが淑女科メンバーの妹ポジションでかわいがられている理由の一つだとも思う。
セントリア皇室広報部の百合姫チームがメイクもドレスも装飾品も、全てTPOに沿うように手配してくれるから、何も知らなくても困らなかったというのだ。
ナース国に来る途中に立ち寄った薔薇姫の剣トモに「嫁入り前の娘なんだから、もうちょっと自発的に自分の容姿を飾れるようになりなさい」と指摘されてからはじめたことなので、日が浅い。
なお、この時も、「おのれ~、ダジマット王よ、容赦せぬぞ!」っと、つぶやいていたが、もはや聞きなれて反応が薄くなっているケイトリンだった。
本当にそういう慣用句があるのかもしれない。
そんな気がしてきた。
慣れって、こわい。
対するケイトリンの美容に関する知識は、リリィよりはマシという程度である。
初日以降、お抱えの百合姫チームが帝国に帰ってしまい、途方に暮れたリリィにいろいろ聞かれたが答えられないことが多かった。ケイトリンが答えられないとひとりで街に調査に出かけてしまうので、慌てて諫め、自分のレディースメイドを伴ってシュアーレン邸へ訪問する。
そんなことが続き、すっかり一緒に美容研究をしている状態になってしまっているが、これが存外楽しい。
ある時なんてリリィお得意の変装魔法を使い、リリィを「薔薇姫」の髪色と瞳に、ケイトリンを「百合姫」の髪色と瞳に変装させ、バリバリの帝国美人メイクを施して街へ繰り出し周囲の反応を見た時は、本当にドキドキしたし、楽しかった。
リリィは、『ローズの縦巻きドリルを一回やってみたかったの!』と言ってはしゃいでいたし、ケイトリンは、金に輝くふわふわカーリーなゴージャスブロンドに華やかなおめめぱっちりメイクを施した自分の顔が自分じゃないみたいでとても楽しかった。
チャランポランで軽いと思っていたエイデンは、意外と貞操観念が厳しくて、めちゃめちゃ怒っていたけれども、「そんな姿は僕以外の男に見られないようにするんだぞ!」などと言っていたことから「僕以外の男は美しいと思うかもしれない」レベルには美しいと感じてくれたのだろうと解釈している。
その話を聞いたリリィは「まぁ、ケイトリンったら、エイデンに美しいと言って欲しいのね?」っと、きゃっきゃしていたので「結婚することが決まっている以上、他に美しいと思われるべき男性がいないのよ?」と事実を述べたが、何やらポッと顔を赤らめた後、ふと何かを思い出したように「おのれ、ダジマット王よ! 目にモノ見せてやる~」とつぶやいていた。
やれやれ、である。
リリィの影響でおしゃれの楽しさを覚えたケイトリンだが、楽しいのはそこだけではない。
ケイトリンのお気に入りは、リリィやクラスメイトと放課後(といっても午後茶の時間帯だが)カフェに寄って、スィーツを食べながら人間観察することだ。
中継国であるナースの首都を行きかう人々を見ては、「あの帽子は、どこそこの国に特徴のあるデザインよ、綺麗ね! あのお辞儀は、どこそこの国ね、神秘的ね。あのカップル、たぶん女性はワイト人で、男性はロスシュリ人よ。国際恋愛なんて、素敵ね♪ ……おのれ、ダジマット王よ、覚えてろ!」っと、最後にケチがついてしまうけれども、楽しい。
リリィは、23の文化を併呑した大国の姫だからか、民族固有の風土・文化・信仰についての知識が広く深く、敬意をもって接する人である。その知識は帝国内に留まらず、全世界に及んでいるように伺える。
また、彼女の話から帝国領を相当くまなく視察していることが伺える。民族間の衝突、過密化・過疎化・定着化、インフラ整備に、教育水準の向上、ありとあらゆる問題の向こう側の民の幸せに焦点をあてて活動している姫である。
おしゃれだけじゃないのだ。
リリィは、学校にも行ったことがないし、同性の友人も少ないと言っていたが、これだけ精力的に活動していれば、そんな時間はなかっただろうと思う。
帝国内で絶大な人気を誇る百合姫と薔薇姫。
納得である。
薔薇姫が平民落ちした後の百合姫への負担はいかばかりか?
そんな苦労を一切気に留めない様子で、薔薇姫の幸せを自分のことのように喜んでいる方なのだ。
そんなリリィの友人になれるのであれば、大変光栄なことだし、とても嬉しい。
物騒な発言が半ば口癖になっている恐ろしいお方だが、ケイトリンはこの人を信じたくなっている。
そして、ケイトリン自身は気付いていないが、リリィとの交流を通して、彼女自体が猛スピードで美しさを増している。地味さに覆い隠されていた可愛らしさが前面に押し出され、生来の知的さとあいまって、何とも言えずぐっとくる魅力を醸し出している。
そんなケイトリンを時折ジト目で観察してくるようになったエイデンだが、やりすぎなければ活動を控えるように言ってくるわけでもない。
エイデンの方でもケイトリンが楽しく過ごしているに越したことはないと思ってくれている様子なのが、なんだか嬉しいケイトリンであった。