名門王家の第4皇子は見た目で得をしている
「まじでかんべんしてほしい」
ナース王子エイデンは、嘆いた。
ケイトリンは、エイデンのくだけた言葉遣いに不満がある。
が、関わりたくないので、スルーする。
「ナサニエル様は、この事態を受けて留学国を変えてくださるとおっしゃいまして?」
エイデンとケイトリンは、まず名門王子ナサニエルに国から離れてもらおうと考えた。
こういう騒ぎの鎮火には、燃料を物理的に火から遠ざけてしまうのが一番である。
「非接触戦略」に慣れ親しんだ2人ならではのアイデアだ。
ダジマット第4皇子ナサニエルあらためアッシュ・コーニックのナース国滞在理由は、「情熱を傾ける何かを見つけるため」である。
「情熱を傾ける何か」、「一生涯ハマれる何か」が見つからないダジマット王族は、諸国をめぐってその何かを探すのが慣例だそうで、それが見つかっていないナサニエルは国王から籍を抜かれ、追放処分を受けている。
エイデンとケイトリンにしてみれば、王族とは身を粉にして国に尽くす存在であり、「王族たるもの趣味に生きろ!」などという家訓が掲げられた王族が存在するとは、想像を絶していた。
エイデンからこの話を聞いた時、ケイトリンは遠い目をしてぼやいた。
「安定した国の王家は、余裕がありますわね~」
エイデンがはじめて彼女に共感できた瞬間だった。
それまでエイデンとケイトリンは、互いの心の声を吐露するような場を持ったことがなかったのだ。
ナサニエルによると、「長兄テオは剣術にのめり込み修行の旅に出て帰ってこない。王位継承者である次兄サムは料理男子で、ダジマットの王族が主催する舞踏会や茶会は大人気で周辺国から貴人が押し寄せてくる。治水にハマった三兄マシューは、洪水と渇水の両方に苦しんでいたブライト国を助けたことで伯爵位を敍爵され、王籍から出て移住した」とのことである。
「私はまだピンと来るものがなくて、『情熱を傾けるものが見つかるまで返ってくるな』って、父上から追放されちゃったんだよね~」などと言いながらにへらっとしまりのない照れ笑いをするナサニエルを見たエイデンは自分より軽い王族がいることに驚いた。
この王子が学園ではクールで硬派な印象を持たれているのは、どうかと思う。
冷たい印象を与える美しさというのだろうか、彼は見た目でかなり得している。
中身は自分より軽い、というかふんわりしているのだ。
「いいとこのボンボン」と「末っ子」がいい塩梅で配合されているふんわり具合だ。
国王から追放された身であるためダジマット籍を持たず、ブライト国の三兄マシューの保護下に入った関係で、ブライト国コーニック伯爵家預かりのアッシュ・コーニックというかなり微妙な立場。
追放理由は軽いし、亡命者として受け入れているのはブライト国だから、ナース国的にはダジマット国との国際問題にはならないだろう。
とはいえ、微妙過ぎる留学生である。
そういうわけで、滞在理由が軽い彼は、簡単に出て行ってくれると考えた。
「いや、それが…」
ケイトリンのせっつくような眼差しに多少いらっとしながら言葉を濁す。
ぶっちゃけると、エイデンは軽い王子ナサニエルが気に入ったから、彼に出ていってほしくない。
初日こそマール宮殿で完璧でとりすました挨拶を交わし、冷たく近寄りがたい印象を受けたが、エイデンがナサニエルの家を訪ねると、必ず自ら玄関まで出て迎え入れてくれるし、帰りも馬車が出るまで手を振って見送ってくれるとても気さくな王子だ。
それにナサニエルは、いろんなことに挑戦する。
そしてその感想を実に率直に述べるし、その言葉には飾りもイヤミもない。
言葉には必ず含みがあり、更にその奥に別の意味が隠されているような話し方ばかりの王侯貴族には珍しい素直さだ。
そんなナサニエルとの対話を通して、エイデンはナース国のいろいろな事やモノを再発見できた。
例えば、ナース国は帝国に接している中継国の中で最も国際法に強い国で、国際法、他の国の国内法および関連情報が手に入りやすい環境が整っていることが、彼の兄が滞在先としてナース国を手配した理由だとか。
彼にそんな風に言ってもらえて、誇らしいし、嬉しいかった。
最近では、彼と行動を共にし、自分でもいろいろやってみることで、多くの刺激を受けている。
いい面もあれば、改良の余地もある。
純粋にとても楽しい。
婚約者のケイトリンは、優秀で正しい。だが楽しくない。
二人の時は遠慮なしに非難がましさを含んだ見下すような視線を浴びせてくる。
エイデンも二人きりの時はケイトリンを苦々しく思っていることを隠さない。
(今だって、女子会を楽しんでいるだけの自分を棚上げして、僕をせかしてさ…)
ムッとした気持ちは一旦脇において、先を続ける。
「ネイトは、別の国に移動する、もしくは学園を出ることに同意してくれているんだが、『シュアーレン嬢について気になることがあって、次兄に手紙を出したばかりなので、少し待っていてくれないか?』と言われてね…」
「え? 貴人がまた増えますの?? ナサニエル様の次兄ってことは、ダジマット王太子のサミュエル様ですわよね? 料理男子の?」
ケイトリンは、厄介ごとが増えることに嫌悪感を隠さない。
国外追放後に保護してもらった治水伯の兄ではなく、本国の王太子を相談相手に選んだのだから深刻な話であることが伺えるのだ。
「あぁ、ネイト曰く、百合姫は、サミュエルさまに瓜二つなんだと。『父上の隠し子だった場合、髪と瞳の特徴が王位継承に直結するダジマットでは、サミュエル様についで継承権第2位を配される存在かもしれない』というんだ」
これが運命の恋人たちの当事者であるコーニック伯爵令息がシュアーレン子爵令嬢を目にしてハッと息を飲んで凝視してしまった理由である。
それは恋心などではなかった。
目の前の美女が自国の王位継承権を持つかもしれないと、頭のなかであらゆる可能性と今後のシナリオを展開しながらじっと観察してしまったのである。
女性の顔をガン見してしまうなど王族としては失態ではあるが、愛妻家の父に隠し子がいるかもしれないなんて不測の事態すぎて取り繕えなかったのである。
それ以降、妹かもしれないシュアーレン子爵令嬢を見かけると気になって目で追ってしまう。
より正確に表現するならば、周りの人たちが何かを目で追っていることに気付き、つられて目を向けた遠くを歩いている「淑女科」のメンバーの中では、シュアーレン嬢を目で追ってしまう。
もっと具体的にいえば、シュアーレン嬢はその集団の中で唯一顔と名前を認知している存在である。
そこに恋心がなかったとしても、コーニック伯爵令息は、確かにシュアーレン子爵令嬢を目で追っていたことがあるのである。
学園での噂は、事実ではある。
「ひぃ。隠し子って…… そ、そんなわけが、ないでしょう? セントリアの皇女がダジマット王の血を引いているなんてありえないわ!!」
ケイトリンの口から彼女らしくもない小さい悲鳴がもれ、ヒステリックに強く否定された。
エイデンはますますムッとする。
僕に怒りをぶつけられても、ね。
以前のように取り澄まして何を考えているかわからなかった時の方がマシかもしれない。
そんなことが頭を過る。
「僕にだって、それぐらいわかる。ただ、そんなことネイトには言えないだろう?」
アンジェリーは帝国から極秘で預かった百合姫ですなんて、別の国の王族に漏らしたらナース国の信用問題だ。
セントリアとダジマットは、敵対関係にはないが、それぞれ剣の国と魔法の国の頂点で、文化的にも政治的にも対極にある。
慎重に動くに越したことはない。
「ネイトは、『次の目的地への渡航のための法規関係の調べ物はほとんど終わっているから、この件をサミュエル様に引き継いだら、すぐにでも出ていける』と言ってくれたよ」
今は、それで十分じゃないか?と、エイデンは苛立ちを隠さない。
「まぁ、寂しくなるわね」
エイデンがナサニエル王子のことを気に入って、追い出したくないと思っていることぐらい、ケイトリンだって知っている。
不仲だとは言っても、エイデンが楽しく過ごしてくれることに越したことはないと感じている自分に気付いたケイトリンだった。