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帝国広報部の失態

「ねぇ、リリ。今日こそは聞かせてもらうよ? 広報部の百合姫チームは、何をやらかしたのかな?」


 書斎で読書に興じていた妻をお姫様抱っこでバルコニーまで運びながら「自分ではなかったとされる百合姫の『匂わせ』の相手」を聞き出そうとするナサニエル。


「ナサニエルに恥じるようなことは何もございませんでしたのよ。次の誕生日にあなたに贈る日記に書いてありますわ。


それに、ダジマットのお義母さまが、きっちりお締めになったので、遺恨もございませんのよ。


お義母さまと言えば、サム義兄様とマシュー様が正式にご結婚なさらないので、やきもきなさってらっしゃるでしょうね」


 リリィの爆弾発言に、一瞬ギョッとしたナサニエルは、すぐにジト目になる。


「リーリー? なんだかワケが分からなくて猛烈に気になる話題を振って、話をそらそうとしているね。悪い子だ!


私は自分の中の優先順位がブレないからね。リリも知ってるでしょ?


ほら、話して♡」



 午後茶の支度が整ったバルコニーで、何故かナサニエルの膝の上に座らせられて、逃げ場を無くしたリリィは、ナサニエルに向けられた王子様スマイルに、ボッと赤面する。


「ナ、ナサニエルったら、なんですの、その、王子様スマイル。そんな顔もできたのね?」


「公務用の子供向け王子様スマイルだよ? おや? 私のプリンセスは、この顔がお好みのようだね。

良いことを知ったな~♪ ほらほら、話して♡」


 ナサニエルは、子供向け王子様スマイルを渾身の王子様スマイルに切り換えて詰め寄る。


「くっ。かっこいいわ…… でも、ほんとうに、ナサニエルに恥じるようなことはないのよ?


ローズにもわたくしにも10才から秘密の婚約者がいることにはなっているけど、ローズには実際には婚約者なんていなくて、架空の婚約者で不穏分子を牽制していただけっていうのは、ナサニエルも知っているでしょ?」


「うん。最終的に、結婚直前に付き合っている彼氏が10年来の婚約者だったってことにすれば万事OKってやつだね」


「そう。だから薔薇姫チームは、コイバナを含む情報操作もいろいろ試すことができて、百合姫チームと比べて情報操作の技術が高いの」


「特に、燃やす方面でね」


「だから、百合姫チームも『匂わす』程度の技術は養っておいた方がいいんじゃないか?って、話になって…」


「ふぅん」


 ナサニエルは、王子様スマイルのまま、指の腹で百合姫の頬をなでなでしているが、なんだか目が笑ってない。


「わたくしは、必要になったら薔薇姫チームに助けてもらえばいいのだから、やめておこうって、言ったのよ?」


「でも、実行した」


「やだ、ナサニエル、なんだかこわいわ」


 匂わせの対象は、帝国に反意を抱いている亡国の旧臣の家から、わたくしと年が近くて、婚約者を熱愛している男性を絞り込んだの。ただの実験ですもの、事実無根で鎮火が容易な方でないとね。


 婚約者のご令嬢が素晴らしい火炎魔法の使い手で、とってもかっこいい女性なのよ。家は、併呑から4世代を経て中立から皇室寄りに傾きつつあるってところかしら。


 試したのは「百合姫は、その男性を称えるストーリーに普段より熱心に耳を傾け、自分から積極的に質問をしていた。あれは、なにか特別な感情なのではないか?」というレベルの根も葉もない匂わせよ。


 オチは、「百合姫が感動していたのは、かの男性の婚約者に対する深い愛のストーリーであって、しかもその令嬢が、百合姫が憧れている火炎魔法の使い手だったから詳しく知りたがった。どちらの家も反帝国派閥で、百合姫は近づくことが許されていないから、直接聞くわけにもいかず、多く質問もしたし、素敵な話だと痛く感動なさっていた」というシナリオでしたわ。


「ね? 大した話ではないでしょ?」


 ナサニエルは、リリィに、深く深く口づけた後、続きをせかす。


「それだけじゃない、でしょ? 母上のご不興を買った理由をくわしく!」


「いえ、それだけよ。百合姫チーム目線では、ね。

わたくしは、お二方とお話をしたことすらなかったのだもの。


お二人はなんだかバタバタと慌てるようにご結婚なさった後、わたくしとの面会を申し出ていらしたの。


『百合姫様、どうか何卒私たちがダジマット王妃のお許しを得られるように御取り計らい頂けませんでしょうか?』なんて言われて驚いたわ。


どうやらお二人にダジマットのお義母様から結婚祝いが届いたらしいの。結婚する前に、よ。

まだ婚約中だったお二人は、『早く結婚しなさい』って意味だと解釈して、急いで結婚して……


それから百合姫の噂が逆鱗に触れたと推測なさって……


ほら、魔法の使えないパパとママの間に大魔術師なんて言われているわたくしが生まれるわけがないでしょ? だから百合姫はダジマット王妃が遣わしたセントリアの守護者っていうのが、帝国内の通説だから……


魔族の王であるお義母様に睨まれたら、帝国籍で地理的に離れているとはいっても、魔族としては致命的だわ」


「は?」


 耳慣れない言葉に思わず自分に貼りついていたリリィの上体を離してこちらを向かせるナサニエルに、「いやん」と、くっつきなおすリリィ。


「それで、百合姫チームが作ったシナリオの『どちらの家も反帝国派閥で、百合姫は近づくことが許されていない』の部分が『百合姫にとって危険な集団』すなわち『魔王が遣わした守護者を害そうとする魔族の逆賊』って扱いになってしまったことに思い当たったのよ。


迂闊だったわ~。

まぁ、彼らが危ない集団なのは事実なんですけれどね」


「リリ、ちょっとまって、まぞくって、何? 物語のとかの?」


「え?」


 今度は、リリィの方が驚いて、自ら上体を離してナサニエルに向き合う。


「ナサニエル、子供の頃に歴史・血脈教育受けてない? 人族の純血統だからといって、何も教えてもらえないってことは、ないとおもうのよ?」


「ん? 子供の頃に魔族とか、その派生の聖女の血統とか、魔法が使えない新種が人族とかいう神話やお伽噺は沢山聞いたよ??」


 リリィは気が遠くなりそうだ。


「やだやだ、ナサニエルったら、魔族の宗主国で惣領のサム兄様や聖女の血統のマシュー様と共に人族の王の子として最っ高の英才教育を受けたでしょ? もしかしてそれをお伽噺だと思っているの?」


「ん? 『ダジマット家は古代、魔法によって勇者と戦った魔王の系譜だ』なんて、お伽噺と思わない方がおかしいでしょ? リリだって『セントリア家は古代、剣によって魔王と戦った勇者の系譜だ』って教えられたでしょ? もしかして、信じたの?」

 

 リリィは、小さく息をのんで、静かに続ける。


「えぇ、信じてるわ。だって魔族の純血統のわたくしは、魔力が豊富だもの。聖女の血統のマシュー様は技能お化けだし」


「あ~。リリはかわいいね~。生物学的には、魔法が使える、使えないに関わらず、私たちは同じ種族なんだよ。だから、魔法が使えるリリと魔法が使えない私の間にも、ちゃぁんと子供ができるんだよ? 試してみようか?」


 残っていたお茶をぐいぐいっと飲み干したナサニエルの手が、リリィの体をいたずらっぽく撫ではじめたので、リリィはあわてる。


「ぁん。ナ、ナサニエルったら。帝国は人族国とはいえ混血化が進んでますのよ、魔族と人族が生物学的に生殖可能なことぐらい、ゃん、わたくしでも知っていますわ。


純血統の人族と純血統の魔族のわたくしたちの間にも、かわいい子供が沢山生まれますわ。


ひゃっ、でも、それと、これとは、んっ。んん」


 口を塞がれて話どころでなくなったリリィは、それからしばらくナサニエルのおやつとして貪り食われたのでした。


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