パワーカップルのパフォーマンス
次の吉日、エイデンとケイトリンは、ナース国王子とその婚約者として、在ナース国のダジマット公邸での晩餐に招かれた。
コーニック伯爵令息とシュアーレン子爵令嬢は、ブライト国に帰ったという設定にしたので、慣れ親しんだコーニック邸を引き払って引っ越したのだ。
そして、セントリア第2皇女リリィとダジマット第4皇子ナサニエルが婚約者同士の交流を深めるためにナース国のダジマット公邸にしばらく滞在するという設定に変えた。
といっても、リリィとネイトはもう半年前からこの国に住んでいるし、交流なんて深めすぎてこちらが心配することは何もないので、ただのパフォーマンスだが……
兎も角も。
二人の貴人は、午後の早い時間にナース国王に挨拶し、短い距離ではあるがナース宮殿からダジマット公邸までパレードでナース国民へお披露目を行い、夕方、ナース王子とその婚約者がお祝いを贈呈するところまでずっとプレスが密着しており、晩餐からプライベートタイムという進行だ。
エイデンとケイトリンは、「いや、学園の生徒には流石に顔バレするだろ?」っと心配したが、杞憂だった。
リリィは、腰まであった髪を首元まで切って、金色に輝くくるりんカールお姫様ブロンド、ぱっちりおメメのド迫力帝国美人メイクに水色のふわふわシフォンのお姫様ドレス。
ネイトは、リリィが切った髪で作った紺色ウィッグを着けてサラサラ流れる長髪に中性的で気品あふれるエルフローブの王子様スタイル。
二人がエレガントなダジマットティアラを着けてにこやかに観衆に手を振る姿は、なるほどコーニック卿とシュアーレン嬢からかけ離れていた。
セントリア皇室広報部、百合姫チーム渾身のプロデュースは、流石としか言いようがない出来栄えだった。
前日が初めて顔合わせで、行動を共にするのはこの日からという設定なので、適度な距離感と恥じらいとはにかみによって演出された初々しいエスコートで、二人の一挙一動に観衆が沸いた。
パレードの途中にナサニエル王子が百合姫のティアラの横に一本だけ刺した小さな赤い薔薇を直してあげた時や、パレードの馬車から降りたあと、ナサニエル王子が百合姫の指先にキスをした時は、特に歓声が大きく、失神する観衆まで出た。
普段はところ構わずかぶりついていそうな男が指先にキスだけなんて、さぞやストレスが溜まっていることだろうと、エイデンとケイトリンは笑うのを堪えるのに精一杯だった。
ちゃっかり淑女科のメンバーの公爵邸前もルートに入れて、庭園内に作った特設物見台に集まったクラスメイトやその婚約者達に手を振ったのを見て「いつから知っていたのかしら?」と思いつつ、ナースの友人たちとの交流も続いていることを喜ばしく感じた。
夕方のエイデンとケイトリンからのお祝いの品の贈呈式では、リリィがダジマットから贈られたというオフホワイトで統一された気品あふれるエルフドレス、
ネイトがセントリアから贈られたという黒で統一された騎士服に足首まであるクロークを掛け、おそろいの煌びやかなセントリアクラウンを着けた出で立ちで迎えてくれた。
偉く気合の入ったパフォーマンスだなっと若干引きつつも、ナース国の国際的なステータスを上げるために徹底的に心を配ってくれる二人への感謝でいっぱいになった。
プライベートタイムの晩餐が始まって、ひとしきり笑いあった後、エイデンとケイトリンは、最近頭を抱えているちょっとした問題について、勇気を出して相談してみた。
「まぁ! わたくしたちがいなくなった後、学園の学生たちの視線がエイデンとケイトリンに移って、おちおち手もつなげないですって?」
「ナース国民は噂好きで、特にコイバナは燃えやすいって、君たちが一番よく知っているじゃないか? 学生の間は学生らしく勉学に励んで、コーニック卿とシュアーレン嬢の距離感で過ごすのが一番ではないかな?」
リリィとネイトは、完全に面白がって真面目に取り合ってくれない。
「いや、だから、その、学園に潜伏しているセントリア皇室広報部の薔薇姫チームの二人に、なんとかいい塩梅に抑えてもらえないかな?」
エイデンは、白旗を上げて、素直に頼んでみる。
「薔薇姫チームは、ローズの剣聖就任と共に解散するから、学年の終わりには中退して国に帰ることになっているのよ。あと数か月抑えても、あなた方の学生生活は、あと2年も残っているのだし、根本的な解決には繋がらないのではないかしら?」
「え、何それ? ちょっと待って? 剣聖ってやっぱり薔薇姫なの? そんなに強いの?」
最近エイデンに口調が似てきてしまったケイトリンに、内心苦笑いしながらネイトが答える。
「そうだよ。世界最強の一角だよ。でも、剣聖ってジョブの掛け持ち禁止なんだ。あと、政治的に中立で、いかなる組織にも属さない。だったかな? だから、剣聖に就任するときは、無位無官どころか、完全な無職にならなきゃいけない。皇位継承者なんてもっての他だから皇室を離れた…… って、リリから聞いてなかったの?」
こくりとうなずくケイトリンにちょっと驚きながらも、ネイトは続ける。
「それで、彼氏も帝国侯爵を降りて、平民になったんだよ。セントリア皇帝にならなくても、結婚すると侯爵夫人になっちゃって、それはそれでジョブみたいなもんだからね」
自分の知っている噂と真実が異なりすぎて、焦るエイデン。
「いや、僕が聞いたのは、えっと、薔薇姫は、平民と恋に落ちて、既存の婚約を破棄した結果、自分も平民落ちした。みたいなストーリーだったように思う」
ナース国バージョンにギョッとするネイトに、リリィが補足を入れる。
「エイデンは間違っていないのよ。薔薇姫が去った後、百合姫の負担が大きくなりすぎることを心配したローズが、自分を下げて、相対的にわたくしを上げる作戦を薔薇姫チームに指示したの。
わたくしは、世の中はそんな風になっておりませんって、すっごく嫌がったのに、聞かなくて。
でも、来春ローズが剣聖に就任して完全に権限を失ったら、百合姫チームに正しいストーリーに塗り替えてもらうつもりよ。
この噂を蒔く時点でわたくしも干渉して、因果関係を逆に作ってもらったから、汚名は濯ぎやすいと思うわ。これも一つの技術で、後から撤回したい噂は因果関係を事実の逆にしておくことで、納得が得られやすいのよ。
平民と恋に落ちて→既存の婚約を破棄した結果→自分も平民落ちしたという噂は、薔薇姫が剣聖になるために無位無職つまり平民になった→二人は婚約を継続したいから→彼氏も自ら望んで爵位を降りて平民になったという事実と因果が逆になっているでしょう?」
醜聞だと思っていた薔薇姫の「真実の愛」事件が、美談だと知ったケイトリンはうっとりしている。
「すてき。薔薇姫の彼氏は、薔薇姫の夢のために身分をすてたのね? それに剣聖ローズもカッコイイわ」
「ケイトリン、ありがとう。そんな風に言ってくれて、うれしいわ。でもローズの名前だと皇室の印象が抜けないから、婚家から贈られた祝福の名前で剣聖マーガレットになるのよ」
「えっと、婚家から贈られた名前というのは?」
エイデンの疑問にネイトが何故か悔しそうな表情で答える。
「帝国の風習だね。結婚相手の家から名前を贈られるんだ。生まれた時に貰った名前と二つ並べて使ったり、古い方の名前だけ使ったり、今回のように改名したり、好きに選んでいいはずだよ。
ローズが彼氏から『何がいい?』って聞かれて悩んでるってところまでは去年のリリの日記に書いてあったから知ってたんだけど、剣聖になったことまでは推測できても、既に改名したとは、知らなくってね。
まんまとサム兄さんの時間稼ぎに引っ掛かったよ。」
「えっと、あの時サミュエル様がおっしゃっていた『ネイトのアンジェリーナ』っていうのも、それ?」
エイデンが素朴な疑問を投げかけると、ネイトはボボッと耳まで真っ赤にさせて、両手で顔を覆ってしまった。赤面のツボがよくわからないが、何かしらの文化的背景があるんだろう……
「その言い方は、なんだか恥ずかしいね。でも、どうだろう? 『アンジェリーナ』は、生まれた時に父上から賜った名前で、婚約は10才の時だから、時系列的には逆だからね。
いずれにせよ、アンジェリーナって、セントリア人としては微妙な名前だから、本名だったとしても、セントリアの民から親しんでもらえるように、通り名はリリィのままにした方がいいと思うけどね」
「セントリア風って?」
「セントリアは、姉は赤に近いオレンジの髪色からローズ、私は白っぽいからリリー、ママは美しい青髪でアイリスって感じで花の名前をとっていることが多いわね。男性は木の名前だったり、そうでなくても自然由来の名前がおおいの。
ちなみにパパはオリーブの木のオリバーよ。
24か国も寄せ集まっているとね、思想や宗派が出る名前はトラブルの元でしかないのよ。自然はどんな思想や宗派にも関係なくそこにあるでしょ? 簡単に言えば、無難なの」
(なるほど……)
「エイデンとケイトリンも地域性の強い素敵な名前じゃない。貴方がサミュエルだったら、民から一歩距離を置かれちゃうでしょ? それと同じよ。ふふふ」
(そうかも?)
「比較文化系の学習機会がないなら、いい先生を紹介するわ。うち、23か国併呑しているから、そういう研究が盛んなの。面白いし、外交に役立つかもしれなくてよ」
「ありがとう。リリィ。是非、お願いするわ」
というように、リリィとネイトの話術で上手いこと別の話題に切り替えられてしまったエイデンとケイトリンは、学園での学生達からの視線にしばらく苦戦することになった。
最終的には、セントリア皇室広報部の薔薇姫チームが解体され、婿のナサニエルチームに再編成されるに当たって、ナースの王立学園に在籍していた「神聖国からの留学生」と「砂漠国からの留学生」は、本人たちの快い同意を得られたことで、神聖国と砂漠国での身分を保持したままナース国の諜報部に移籍した。
すっとぼけ大女優の「神聖国からの留学生」は、なんと名門の帝国侯爵令嬢でローズとリリィの幼馴染だった。神聖国の神の家でしばらく修業していたらしい。そして帝王学と民意統制に長けた「砂漠国からの留学生」は、砂漠国から帝国へ逃げ込んだ奴隷階級出身の鬼才だった。
二人はその後、ナース国で叙爵され、めでたく結婚するのだが、帝国内では風当たりが強い身分差カップルを結ぶところまで見通したローズとリリィの采配だったように思えてならないエイデンとケイトリンだった。
つくづく敵にしてはならない大国である。




