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和解


「いらっしゃい。今日はどうしたの? また学園で騒ぎが起きたの?」


 コーニック邸を突撃訪問したエイデンとケイトリンを、アッシュ・コーニック伯爵子息扮する気さくな王子ナサニエルが玄関まで出てにこやかに出迎える。


「「たいっへん申し訳ありませんでしたあぁぁぁぁ!!!」」


 玄関先で深く頭を下げるエイデンとケイトリン。


「リリ~! エイデンとケイトリンが来たよ~。なんか気付いちゃったみたいだよ~」


 ナサニエル王子は、奥に声をかけたあと、まぁまぁ、入ってよ。伯爵令息が玄関先で未来の王太子殿下と妃殿下から頭を下げられちゃっても困るよ~。などと言いながら困り顔で二人を招き入れる。


「あらまぁ、気付いちゃったの~? とりあえずお茶の準備をするわね~」


 奥から百合姫が言葉を返す。


 慣れ親しんだコーニック邸の応接室。


 お茶を出しおわった百合姫が、夫の隣に腰を下ろすなり気の毒そうにカチコチになっている突然の訪問客に声をかける。


「ぼやかして説明したつもりだったけど、ダメだったわね~」

「あぁ、こんなに早くに気付いちゃうとは、ね」


 ごく自然な所作で妻の手を取り、大切な宝物を扱うかのように自分の両手で包み込むナサニエル王子。


「いえ、自分達で気付いたわけではなく、父上から解説されたのです」


 二人の仲睦まじい姿を目の当たりにすると、父王の言葉が思い出されて、申し訳なさでいっぱいになる。普段の砕けた話し方なんてムリだ。


「あぁ、そう来たか」

「そうね、そう来ちゃったら、仕方ないわね」


 顔を見合わせて、肩をすくめるふたりに怒っている様子はない。


「あのね、エイデン。私たちは、君たちに感謝しているんだ」

「そうよ、ケイトリン。だから、あなた方には、そんな顔をしないでほしいの」


 大好きなリリィの優しい言葉に目に涙を溜めるケイトリン。


「でも、わたくしたちが邪魔しなければ、両殿下はもっとはやくから仲睦まじく穏やかにお過ごしいただけたかもしれないことを思うと申し訳なくて……」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれないじゃない?

わたくしは『にっくきダジマット王』に一番感謝していて、その次にあなた方二人に感謝しているの」


 百合姫は「どうしてか、わかる?」と、ケイトリンに向かってほほ笑む。


「それはね。『にっくきダジマット王』が現れなければ、ナサニエルがいつの間にかわたくしの中で「世界で一番大事な存在」として確固たる地位を確立していることに気付けなかったのよ。


きっと、18才まで毎年誕生日に日記を交換し続けて、友人の延長のようなゆるやかな夫婦関係をスタートしていたと思うの。


それが、ナサニエルが放逐されて行方不明になったことで、『わたくしのナサニエル』が爆誕したのよ。


『やだ、わたくしったら、ナサニエルへの執着がすさまじいわね』って、自分でもあきれたわ。ほほほ。


『にっくきダジマット王、本当にありがとう!』ですわ。


そしてあなた方が万事上手く手配していた場合も同じく「心配しましたのよ」ぐらいで終わったかもしれないわ。」


 百合姫はナサニエル王子の胴に腕を回してしがみついた。


こうして『わたくしのナサニエル』にべったり貼りつくなんて、はしたないことができるまでに時間がかかったと思うのよ」


 ナサニエル王子は、苦笑いしながら、百合姫の背を優しく撫でる。


「リリが貼り付いたら剥さないでやってくれって皇帝陛下に言われてるんだ。人前でこんなこと行儀が悪いけど、許してくれ」


 百合姫がこんな風になってしまったのは、自分たちが原因だ。エイデンとケイトリンに物申せるハズがない。


「私も君たちにはすごく感謝しているんだ。妻からこんなに熱烈な愛情表現を示してもらえるなんて、彼女の日記からは想像できなかった。


手ぐらいは握っていたかもしれないが、アッシュ・コーニック伯爵令息とアンジェリーナ・シュアーレン子爵令嬢のように、全く進展しないまま、『いいお友達』なんてやってたかもしれない」


(いやいや、君ほど手が早い男が、『いいお友達』なんてやっていないと思うが…)

 もちろん口に出せないエイデンだった。


 ネイトは、エイデンの表情から察するところがあったのか、くすくす笑いながら続ける。


「何より今回の件がなければ私たちはお互いが18才になるまで結婚することはなかっただろうからね」


 ネイトは、自分の胸に顔をうずめて恥ずかしがる百合姫の頭を調子に乗ってちゅっちゅしている。


「自分が大事なもの以外は心底どうでもいいと放置するタイプだったと知って、自分でもビックリなんだよ。


シュアーレン嬢についてもっと親身になっていれば、もう少し違っていたかもしれないと反省する部分も多くてね」


 百合姫が少しだけ顔を上げて反応する。


「そういえば…… ナサニエルったら学園の『運命の恋人たち』騒動を完全にスルーしてましたわね。


わたくしは学園に潜伏したセントリア皇室広報部の旧薔薇姫チームが燃やしている噂だから静観できましたけど…」


「「えぇぇ!!!」」


 エイデンとケイトリンは、突然降って湧いた新情報に情報に思わず驚きの声を上げる。


「ふふふ。やっと声を出しましたわね。その調子、その調子。ほら、お茶でも飲んで」


 百合姫は満足そうにニッコリとほほ笑む。


「あぁ、やっぱり? あれは工作員が入ってたんだな。乱立したファンクラブが統合されたときに怪しいとは感じたよ。興味がなかったから放置したけど」


「ネイトも、気付いていたのか?」


 エイデンは、おもわず食いつく。


「私が怪しいと思ったのは。ほら、あの、神聖国からの留学生」


「アタリですわ。もう一人は砂漠国からの留学生に扮しているわ」


「そうか、それは、私の知らない子だね」


「ちょっと待って、そんなのどうやってわかるの?」


 ケイトリンも、ついつい聞いている。


「1つは先ほども言った通り、乱立したファンクラブを統合するなんて、統治・帝王学の知識を持って仕込まないと上手く行かない。それだけだったらまだ統治・帝王学に強い学生ってことも考えられるんだけど……


もう1つの理由は、噂なのに正確な情報も多かっただろう?


怪しすぎるよ」と、アッシュが解説する。


「ナサニエルったら、流石ね! あの2人は元々ローズ周りの『真実の愛』を燃やすために同世代の高位貴族が集まる学園に潜入していたの。でも、わたくしがローズにアシュリーを見つけたことを知らせた後は、『運命の恋人たち』を燃やし始めたわ。


ローズは、弟に変な虫がつかないようにわたくしを盾にしてるのね?っと察して、わたくしも大人しく協力いたしましてよ。


薔薇姫チームには、世界中でナサニエル探しに協力いただいておりましたから、もちつもたれつ、ですわ。


あ、これは、内密に。ローズは既に皇室から抜けておりますから、ね」


 唖然とするエイデンとケイトリンを見て、ネイトはにこやかにほほ笑む。


「そうそう、そんな感じ、そんな感じ。ようやく少しいつものエイデンとケイトリンが帰ってきたね」


「それに、あなた方は自分たちに自信をもっていいわ。帝国の情報収集・処理・工作のプロからナサニエルを隠しきったんだから」


 エイデンとケイトリンは、複雑である。

 あら、これは、逆効果だったみたい。っと、百合姫は、再びネイトの胸に顔をうずめてしまった。


「薔薇姫の手のひらの上を転がされていたとはいえ、ファンクラブを統合したり、両殿下に悪い虫がつかないように情報統制してくれたり、僕たちは、たった二人の広報部員に凄く助けられていたんだな。感謝しないと、な」


 素直に謝辞を述べるエイデン。


「工作員と呼ばないでいてくれてありがとう。二人には伝えておくわ。


百合姫チームは萌やすのが主流なんだけど、薔薇姫チームは燃やすのが得意なの。


神聖国からの留学生に扮して『忘れられないほど神々しいお二人でしたわ。これが神の思し召しでなければ、なんですの? わたくしたちは神の御心に従い、一丸となってお二人を結び合わせましょう!』なんて囃しているのを聞いたときは、おかしくって、思わず声を出して笑いそうになったわ。うふふふふ」


「まぁ! あの楚々とした令嬢がそんなことを言えば、たしかに皆んなそんな気になってしまうかもしれませんわね。ふふふ」


 ケイトリンに笑顔が戻ったところで、百合姫は1つ爆弾を落とす。


「あぁ、そういえば。彼女が言っていたわ。『ナース王子とその婚約者の関係が徐々に睦まじくなっていく様は、見ていてキュンでしたので、ローズ様にご報告差し上げたら、「そっちも燃やしといて」と指示を受けましたので、喜んで従事させていただいております。』って」


 こういう時の百合姫は、表情までサミュエル殿下にそっくりである。

 

 絶句。


「お二人のことは、わたくしも、嬉しく思っておりますのよ」

「お隣さんが仲睦まじいのは、いいことだからね」


 アッシュがどさくさに紛れて、貼り付いたままの百合姫に顔を近づけて、くちびるにチュッとする。

 百合姫はそれに満足したように、ようやくアッシュから剥がれてお茶を入れなおしてくれた。


「ところで、広報部の百合姫チームも、学園に潜入してるのか?」


 この機を逃せばもうこんな貴重な話を聞く機会はやってこないとばかりにエイデンが踏み込む。


「いいえ。百合姫チームの殆どは帝国内で『政情不安のため公務を自粛して宮殿に籠っている百合姫』を偽装中ですわ。少数は領外にも散らばっていますが、主な活動は百合姫周りの噂の収集のみで、最近では積極的な情報発信はいたしませんのよ」


「最近では?」


 ふと反応するアッシュに「あら、いやだわ、ナサニエルったら、耳がいいのね」と苦笑いしながら百合姫が続ける。


「百合姫チームは、昨年「匂わせプロジェクト」の折、ダジマットのお義母様のご不興を買ってから、情報発信は自粛中ですの」


「「なっ!!それは大丈夫だったのか?(でしたの?)」」


 エイデンとケイトリンは、心配そうな顔で食いつく。


「『匂わせ』の相手が、私じゃなかったんだね?」


 ネイトは、あきれ顔だ。


「詳細は口に出せないレベルの失敗ですのよ。これ以上は、ご容赦くださいませね。


だからね、誰でも失敗はするものなの。


くよくよしないで、これからも、わたくしたちと仲良くしてくださいな。


わたくしは、ケイトリンを大事なお友達だと思っておりますのよ。


だから、他人行儀なんて、悲しいわ」


「わたくしも、わたくしにとっても、リリィは大事な大事なお友達ですわ!」


 ネイトが「わたしもだよ」とでもいうようにエイデンに向かってうなずいたので、エイデンは胸に手を当てて「ぼくも」っと小さなお辞儀を返した。


 自分たちのしでかしてしまった失敗で甚大な被害にあったにも関わらず、ずっと励まし続けてくれるリリィとネイトに心から感謝したエイデンとケイトリンだった。



 尚、セントリア、ダジマットの両国からエイデンとケイトリンに齎された「関税撤廃条約」が中継国のナースにとって、軌道に乗るまでかなり繊細かつ慎重な舵取りを強いられる「怒りの鉄槌」だということをナース王が二人に伝えていない様子だったことにホッと胸をなでおろすリリィとナサニエルだった。







「ねぇ? ちょっとリリ? 今、うまい塩梅にしめくくったって、思っているでしょ?


私は誤魔化されないよ。


さて、百合姫チームは何をやらかしたのかな?


話してくれるよね?」


 二人を見送った後、お茶を入れなおして、ソファーでくつろぐリリィにジト目のナサニエルの尋問が始まった。


「え~。わたくし今、そんな気分じゃありませんのよ」


 リリィは、おもむろにナサニエルの両頬を自分の両手で包み、太ももの上に跨ると、意味ありげにほほ笑む。


「ふぅん。どんな気分なの?」


 そんなことで、誤魔化されないぞ!っとばかりに眉根を寄せるナサニエル。


「新婚な気分ですわ。わたくしのナ・サ・ニ・エ・ル」


 そう言って濃厚なキスを仕掛けるリリィ。


 あぁん、もう、今日のところは、ごまかされてやるか?

 リリィの新婚な気分には抗えないナサニエルだった。


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