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帝国の真の継承者

 翌朝、ナース宮殿は、騒然となった。


 学園が、ではない、ナース宮殿が、だ。


 理由はエイデンがケイトリンをお持ち帰りしたからではない。


 そもそも、お持ち帰りはしたものの、疲れ果てて二人ともバタンキューだったから、何にもなかった。

 泣きたい。


 セントリア皇帝がリリィ皇女とその婚約者を伴って挨拶に来ることになったからだ。


「は?

今日??

いきなり押し掛けて来るなんて、非常識だろ?

なしよりのなしだよな??」


「えぇ、なしよりのなしですわ。

けれど、名門ダジマットがあのスピード感ですもの。

大帝国のセントリアがもっと早くても不思議ではありませんわ。

負けてはいられませんわね、ナースも」


 エイデンは嫁(予定)の頼もしさに涙が出そうになった。

 ここまで来るともう、この人以外考えられない。



 エイデンは、バタバタと急ピッチで宮廷晩餐の準備を進めながらつくづく思った。


 平民に恋した挙句自分も平民に落とされた薔薇姫は、ホントに傍迷惑な人だ、と。

 継承順位の突発的な変更が、あらゆるところに影響を及ぼしていることを実感する。


 このゴシップが世間をにぎわしていた時、エイデンは自由に生きる薔薇姫を密かにうらやましく感じていた。もっと言えば、ケイトリンとのやり取りに疲れたエイデンを優しい言葉で励ましてくれる本科のかわいい女の子にちょっとぐらつきそうになっていた。


 あの子、なんていう名前だったっけな? ピンクブロンドの男爵令嬢の……


 今となっては、名前も思い出せない程度の子だ。


 自分にはこんなに頼もしいケイトリンがいたのに。

 その頃の自分を恥じるところの多いエイデンだった。



「この度は、我が娘とその婿が大変世話になったようで、感謝いたします」


大帝国セントリア皇帝の謝辞は、フツーだった。

フツーの親が留学先の里親にするようなフツーの挨拶。

てか、もう、婿扱いか?

ネイトよ。皇帝の懐に入るのが早すぎやしないか??


「特に同じ学園に通うエイデン王子と婚約者のケイトリンどのには、裏に表にご助力いただいたとのことで、どうもありがとう」


(いや、なんか、フツー過ぎて拍子抜け?)


「わたしたちにまでお声がけいただけるなんて、恐れ多くもありがたいことです。少しでもお役にたてたのであれば光栄です」


 ケイトリンがスピード感において負けん気を見せたので、僕は社交辞令を頑張ってみた。


 晩餐は終始和やかに進み、セントリア皇帝は、エイデンとケイトリンの在位期間中、ナース品の輸入関税完全撤廃条約を締結して帰った。


 ん、なんか、既視感が?


 いや、だから、まだ、即位してないから。

 結婚はできるだけちょっぱやで、するけれども?


 こうして、弱小国のチャランポラン王子は大帝国と名門王族の後ろ楯と有利な条約、それに何より賢く逞しい王妃を得て、ナース国を大きく発展させたのでした。


 めでたし、めでたし?


 いや、ちがーーーーーう。


 セントリア皇帝に拝謁して、恐れ多いことに気付いてしまったエイデンとケイトリンは、真偽を確認するためにコーニック邸へ駆け込んだ。


 コーニック邸に駆け込んだら、そこに百合姫がいた。


**


「リリィ殿下、単刀直入にお伺いしますが、ネイト、いや、ナサニエル王子は、セントリア皇帝陛下の実のご子息ですか?」


 エイデンは毅然とした態度で聞いた。


「さようでございます。エイデン殿下。当方に開示できない国家間の盟約がありましたことで、貴方に大変なご徒労をおかけいたしましたこと、深くお詫び申し上げますと共に、今日にいたるまで信義誠実を崩さずご助力賜りましたことを心より感謝申し上げます」


 かしこまった百合姫にちょっとビビるエイデンだったが、ケイトリンがフォローを入れる。


「や、やめて、リリィ。いつもどおりで、お願い。ね?」


「そうぉ? じゃ、遠慮なく♪」


 けろっと態度を変えるいつもどおりの百合姫に、肩の力が抜ける。

 その様子を見た姫は、ニッコリ笑ってクッキーをすすめてきた。


「サム義兄様さまのレシピで、わたくしが焼いたの。食べながら話しましょ?」


(ずいぶんリラックスした様子ね。)


「それで、リリィは、いつネイトと皇帝陛下の血のつながりに気が付いたの?」


「求婚されたとき」


 めちゃめちゃ嬉しそうに答える。


「うーん。説明が難しいわね。学園で『真実の恋人』騒ぎがあったでしょ? あの時、コーニック卿がアシュリーだと気付いたんだけど、コーニック卿がナサニエルだってことは、本人から名乗られるまでしらなかったの」


(アシュリー?)


「あ、アシュリーというのは、パパとママが時折謎にキスしているアッシュの木にちなんで、ローズとわたくしが密かにそう呼んでいるローズの双子の弟のこと。二人の胸の中にしまっておいてね」


「え? サミュエル殿下が教えてくれたんじゃなかったの?」


「ふふ。サム義兄さまは、サム義兄さまだもの。教えてくれないわよ」


「どうしてだか、言いたいことが、伝わる表現だね。それ」


「ちょっと長くなるけど、時系列に説明してもいいかしら?」


 エイデンとケイトリンは、頷く。


「パパと喧嘩して国から出されることになったとき、ローズが新しい身分を用意してくれたので、その身分を使ってナサニエルに手紙を書いたの。


リリィ皇女はナサニエルに手紙を書けない縛りがあるけど、アンジェリーナ・シュアーレン子爵令嬢が誰に手紙を書いても勝手でしょ?」


(反則気味だけどね…)


「そしたら、サム義兄様から返事がきて、『ナサニエルは放逐されて、家にいません』って…… 怒り狂ったわ」


(『おのれ、ダジマット王!』ってやつね。知ってる。)


「5才の時に自分がパパの血を引いていないんじゃないかって気がしていたんだけど、10才の時にナサニエルと婚約することになって、『あぁ、この人は、わたくしがダジマット王家に戻る場所づくりのためにどこぞから引き取られた婚約者なんだわ』ってなんだか気の毒だったの。


それなのに、ナサニエルったら、とてつもなくいい人で、わたくしと交流を図るために誕生日のプレゼントに日記帳を贈ってくれたのよ。セントリア帝国の皇族は、暗殺されることがおおいから、わたくしは生き残れるかわからないのに。


その時に『わたくしが生き残ったら、必ず幸せにしますからね』って決めたの。


そして『この人のために頑張って生き残ろう!』って思ったの。


それが、ローズが皇室を離れて、わたくしがダジマットに戻らない可能性がでた途端に放逐なんて、酷すぎるわ!」


(誤解でよかったな)


「ダジマットを滅ぼすためにわたくしはセントリアの帝位に立つ決意を固めたの。で、アシュリーのことは一旦置いておいても差し支えなくなったから、ナサニエル探しに戻ったの。『はやく彼を保護しなきゃ!』って」


(ハッキリ『滅ぼすために』って言っちゃってますけど?)


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