運命の恋人たち
その日、ナース王立学園のすべての学生が学園一の美男と美女が恋に落ちる瞬間を目撃した。
それは誰の目にも「電撃的な恋の始まり」に映った。
伝統の学園祭フィナーレ
ーー美男・美女コンテストで選ばれた学園一の美しい男女のファーストダンスで開幕するミニ舞踏会。
学園一の美男子に選ばれたブライト国からの留学生アッシュ・コーニック伯爵子息が、学園一の美少女に選ばれたセントリア皇国からの留学生アンジェリーナ・シュアーレン子爵令嬢をホール中央にエスコートし、ダンス開始のポジションについた時にそれは起こった。
互いが向き合った瞬間、アッシュが向かい合ったアンジェリーナを見てハッと息を飲んで固まった。
そして、そのささやかな異変に気付いてふと顔を上げたアンジェリーナもまたアッシュを見て明らかな動揺を見せた。
そして二人はそのまましばらく互いを見つめあったのだ。
二人が位置につくのを待っていた楽団の指揮者でさえ、その恋の始まりの瞬間に見惚れ、指揮棒を振るのが遅れてしまった。
それがまた二人の「電撃的な恋の瞬間」の余韻を引き伸ばし、神秘的な場が作り出された。
曲が始まっても二人は戸惑いと動揺を隠せない表情で互いを見つめあったままファーストダンスを踊りきった。
2人の装いもまた恋の舞台を盛り上げた。
アッシュが入学時から常に身に着けている長めのティアードロップ型の耳飾りは、透明感のある紫色の宝石で、それはアンジェリーナの薄紫の瞳に揃えたようだった。
そして、アンジェリーナがよく着ているシンプルで品のいい濃紺のデイドレスはアッシュの髪色そのものだった。
動揺した表情とは対照的に、二人のダンスは「優雅」の一言に尽きた。
まるで物語の王子様とお姫様のようだと皆が感嘆した。
神に祝福されたにちがいない神々しさである。
その場にいた人々の心は激しく揺さぶられ、そのダンスパーティー後、学園内のカップルが爆増したとか、しないとか。
入学して3か月で学園内にファンクラブが乱立するほどの美男と美女だ。
それぞれに恋慕う者が多かったが、この出来事の後には、二人の恋を応援しようという暗黙の了解が形成された。
そして二人のファンクラブ群は1つに統合され「運命の恋人たちを見守る会」が発足した。
ところが、である。
この二人、このダンスの後、まったく距離を詰めることがなかった。
あの劇的な出会いの目撃者たちは、固唾を飲んでその後の二人を見守っており、絶えず衆目を集めていたにも関わらず、二人が接触したとの目撃情報が出てこない。
学園祭から3か月が経っても、二人は挨拶どころか会釈すら交わすことがなかった。
そんな状況でも目撃者たちは、この二人の恋が終わったとは、認めなかった。
認めたくなかった。
あんなに運命的に恋に落ちたのだ。
二人は結ばれなければならない!
二人が結ばれないなら、世の中の方が間違えている!とまで思うようになっていた。
この3か月の間に学生たちは、ふたりを結びつけることが自分たちの使命であると感じるようになっていた。
だが、アッシュ・コーニックは、女性の話を振っても感心を示さない。
アンジェリーナ・シュアーレンは、深窓の令嬢が集まる「淑女科」に所属しており、他のクラスの有象無象が彼女らに接触しにくいようなカリキュラムが意図的に組まれているため、近づけない。
そして、ふたりの間には、進展はない。
ミリもない。
ナノもない。
ピコもない。
フェ…… いや、もうやめておこう。
アッシュは遠くを歩くアンジェリーナを目で追うことがあったと聞くし、アンジェリーナは恋煩いのような物憂げな表情で心ここにあらずといった様子のことがあったと聞く。
学生たちは二人の気持ちは冷めていないと信じたかった。
しかし、まてど、くらせど、進展がない。
そうしてヤキモキした観察者たちは、非常識な行動に出た。
熱心なロビー活動で、学生の7割の署名を伴った「学業が優秀なシュアーレン嬢を次の学年では淑女科から本科へ推薦(し、二人が同じクラスになるように)してほしい」との嘆願書を学園に提出したのである。