第9話 春を告げる菓子
風邪はすっかりよくなった。
3月に入り、気候もだんだんと暖かくなって気がする。問題は衣替えだ。この時期はちょうどいい服が見つからない。結局ネットで適当に一式買ってしばらく過ごす事にした。仕事で引きこもり生活をしていると、女子力的な何かが蒸発していくと思う。
真白さんのフードトラックの情報はなかなか得られなかった。一期一会というか偶然性会えたらラッキー的な営業スタイルなので、雲でも追いかけている気分だ。
それが良いといえばそれまでなのだが。
ネットのSNSでは全く情報は得られなかったので、あの書店に行って店員に聞いてみる事にした。こんな行動はちょっとミステリー小説みたい。悪く言えばストーカーだけど、これはあのフードトラックのお菓子を食べたいからだと心の中で言い訳する。
「あのフードトラックの真白さんっすか?」
書店にいるちょっとヤンキー風の店員の聞いてみた。おそらくバイトだろう。この土地は田舎らしくヤンキーも多かった。まあ、こうしてバイトできるぐらいだから根っからのヤンキーではないだろう。
「俺、真白さん大好きだったっす。俺が昼ごはん食えないぐらい金ないっていったら、美味しいものいっぱい奢ってくれて。ドーナツ、マフィン、お餅、チョコ、パフェ……。試作品って言ってたけれど、超美味しかった!」
すっかり餌付けされているようだった。うっとりと幸せそうな顔をしている。
そこに他の店員もやってきた。50代ぐらいの主婦らしき女性だったが、真白さんの名前を出すと、このヤンキー店員のようにうっとりとした表情を見せてきた。どうやらこの女性店員も真白さんに餌付けされているようだった。まあ、胃袋をつかまれたという意味では、私も似たようなものだが。
「あと真白さんは、霧島霧香っていう作家の本を注文してたよ。なんでもお客さんでこの作家がいるとか」
女性店員がそう言った時はドキりとた。霧島霧香とは、私が作家の仕事で使っているペンネームだった。
わざわざ注文していた事に動揺してしまう。この店員二人の態度を見る限り、真白さんは人たらし的な感じの人なのかも。
「あのフードトラックの事で何か知りません? 私も食べに行きたいんですが、何しろどこで営業しているのか不明で」
1番聞きたい事を聞くと、ヤンキー店員の方がこう答えた。
「俺は昨日、駅前のスーパーで見たよ。最近は和菓子フェアみたいで、天ぷら饅頭と鶯餅が美味かったー! あと草団子も超うまい、うまかったー!」
再びヤンキー店員はうっとりとした表情を見せてきた。語彙力低めなのが返ってお菓子が美味しそうに聴こえてしまう。
こんな話を聞いたら、スーパーに行かないわけにいかない。書店で仕事に必要なボールペン、付箋などの文房具を購入すると、スーパーに向かった。
スーパーの駐車場にはミントグリーンのフードトラックが見えて、ちょっとホッとした。あのヤンキー店員が言ったように和菓子フェア中らしい。平日の中途半端な2時過ぎという時間のせいか、他に並んでいる客はいなかった。
「おぉ、お客さんじゃないですか。風邪治った?」
カウンター越しの真白さんは、私の顔を見るとニコニコと笑っていた。
「ええ。おかげ様で。あの葛湯が良かったのかも」
「今日のスプリングコート似合ってるね」
やっぱり、この人は無自覚の人たらしっぽい。書店員達に好かれていた理由もよくわかる気がした。こう無邪気に褒められて嬉しくない人はいないだろう。
「今日は、草団子と鶯餅いただける?」
カウンターにある和菓子を見ていたら急に空腹感を覚えた。
「オッケー! うぐいす餅は、秀吉が見て命名したみたいよ。単なる青大豆のきなこなのにね。意外と完成豊かだったんだね」
そんな豆知識を聞かされたあと、代金をはらい包んでもらった和菓子を受け取った。
「次はいつどこで営業しているの?」
これは聞いて良いのかわからないが、一応質問してみた。
「天候にもよるから一概に言えないな」
「そんなー。SNSでもやって情報発信してくださいよ」
「そっか。SNSは宣伝になるかな?」
「映える画像で行けますよ!」
私が力説すると、真白さんはSNS作りにヤル気を見せていた。
「よし、SNS作ろう」
その言葉を聞いた私は、心の中でガッツポーズをとっていた。確かに私も胃袋をつかまれているようだ。
その後、スーパーの出入り口のそばにあるベンチに座って、さっそく草団子と鶯餅を食べてみた。
無茶であっという間に食べてしまった。嬉しい知らせに余計に美味しく感じているようだった。
花より団子というのは、こういう事を言うのだろう。桜なんて見なくても、スーパーのベンチで食べても、この和菓子は美味しい。
あのヤンキー店員のように語彙力もすっかり減ってしまったようだが、本当に美味しいものを目の前にするとそうとしか言いようがない。
ふと、どこからか春の鳥の声がした。
風もふわりと柔らかく、温かい。もう冬は終わったみたいだ。