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第8話 特別な葛湯


 3月に入って暖かくなるかと思ったら、昨日珍しく雪が降っていた。


 家の周りの雪かきをしていたら、風邪をひいてしまった。北海道や東北の人は笑ってしまうだろうが、比較的温かな田舎町で暮らしている私の身体は案外もろかった。


 ザクザクと雪の上を歩きながら、町の西側にある内科に向かった。


 感染症対策は4月から緩和されると聞いていたが、病院内はピリピリとしていた。熱があるというだけで、事務員や看護師の視線が突き刺さる。


 運の悪い事に病院も混んでいた。待合室で一時間以上待たされてしまった。待合室にあるテレビではほのぼのアニメが放送されていたので、それだけが救いだった。


 まあ、作家の方の仕事の参考になるかもしれないと思い、アニメを見ながらメモをとっていたが。こんな具合が悪い時もワーカーホリック気味になってしまう自分の体質が嫌になってしまう。


 待合室では後ろの席で女子高生らしき子達が、ぶつぶつと愚痴をこぼしていた。


「クラスの鈴木のやつが、ウィルス持ってきたんだよ。最悪」

「だよね。風邪治ったら、鈴木の事は無視しよー」


 そんな愚痴を聞いていると、ぐったりと疲れてしまった。うっかり風邪がひけない世の中になってしまったようだ。


 でも、この感染症対策をしている前がマトモな世の中だったと言えば、そうでも無い。


 結婚している時の事を思い出す。そういえば元夫も私が風邪をひくと、限りなく不機嫌になっていた。看病して貰った事もないし「近寄るな」とも言われた。


 そう思えば元夫がいない一人暮らしの方が楽のような気がしてきた。とりあえずウィルスを移して困る同居人も家族もいない。


 医者に診てもらったが典型的な風邪で、別に新型のウィルスでも何でもなく、とりあえずホッとする。


 薬局でも30分以上待たされ、ようやく「病院に行く」というしんどい苦行が終わった。


「あれ?」


 病院のすぐそばにある公園にミントグリーンもフードトラックが見えた。住宅街にある子供向けの児童公園で、遊具が目立つ公園だったが、あのフードトラックも色や形で遊具に負けていない存在感がある。


 公園に入る感染症対策で遊具はほとんど使用禁止になっていた。そのせいなのかわからないが、公園で遊んでいる子供はいない。犬を散歩させている老夫婦、ジョギングしている若い女性の姿は見えた。


 もう昼間で日差しもでてきて公園内の雪はほとんど溶けていた。


「わ! お客さんじゃないですか。縁があるね。というか、顔色悪くない?」

「そうなんです。風邪ひいちゃったんです」


 このご時世で、フードトラックのカウンター越しとはいえ会話していいのか疑問だったが、ついつい愚痴がこぼれてしまう。


「それは困ったね。じゃあ、比較的刺激が少ない米粉のカップケーキにする? オレンジの皮も入ってるから、栄養素もいいよ」

「ありがとう。適当に米粉のカップケーキください」

「オッケー!」


 真白さんは、風邪をひいている私に優しかった。病院内での女子高生の会話や元夫の事を思い出すと、少し涙が出てきそうだ。


「あとはこれはオマケだよ」


 代金を払ってカップケーキの箱を受け取ると、温かい紙コップを貰った。


 紙コップは、いつものコーヒーのものだったが、その匂いはしない。むしろほんのりと甘めのいい香りがする。


「葛湯と餡子が少し入ってる。葛は中国では薬だったらしく、1300年前ぐらいから飲まれてたんだ。大丈夫。病気は気からだよ。必ず治るから」


 真白さんはそう言って、笑顔を浮かべていた。もっともマスクのせいで顔はあんまり見えなかったが、彼の優しさに胸がいっぱいになってしまう。


 風邪を引いて身内以外の人に優しくされた事はあんまり無かったと思う。それだけに、真白さんの優しさが身に染みてくる。


「ありがとう」


 ちょっと涙声になりながら真白さんにお礼を言った。


 この特別な葛湯を飲みながら、帰り道を歩いた。


 確かにトロミがあり、あったまる。真白さんの優しさに特別に暖かく感じてしまった。


 そのおかげかわからないが、風邪は翌日にはスッキリ治っていた。


 本当に特別な葛湯のように感じてしまった。


 真白さんに次にフードトラックを営業する日付や場所を聞かずに後悔してしまった。


 またこのフードトラックにお菓子を買いに行きたい。


 お菓子だけでなく、真白さんにも会いたいのかも。


 ふと、そんな事も考えてしまい、そんな自分にちょっと戸惑ってしまった。


 何はともあれ、風邪は治ってよかった。


 家の周りの雪はすっかり全部溶けていた。もうすぐ春が来るみたいだ。

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