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第7話 地味なマカロン

 

 2月下旬になったが、まだまだ寒かった。


 私の生活は良くも悪くも安定していた。仕事は順調だったが、小説の新しい企画はまだまだ通る雰囲気はなかった。コロナ以前はツテを頼って編集者に企画を見て貰う事も容易かったが、今は色々と不便な面もあった。


 そうは言っても愚痴ばっかりは言ってられない。目の前にある仕事をバリバリとこなし、2月下旬から3月は比較的余裕のあるスケジュールになった。


 この事を妹に連絡すると、メグミが遊びに行きたいという。という事でメグミの学校が休みの土曜日、大歓迎で家に迎えた。


 メグミの家もそう都会ではないが、私の家の方がより田舎だ。畑の多さや商業施設の少なさに驚いているようだった。


 まあ、メグミももう11歳で幼い子供ではない。妹からは反抗期や登校拒否という事情は聞いていたが、特に何も聞かず暖かく迎える事にした。夕方には妹が引き取りにくるが、しばしの時間をメグミと楽しむ事にした。


「メグミ、卵白でクロッカンを作ってみたんだ。食べてみる?」


 とりあえずリビングでお茶を楽しむ事にした。滅多の来ない私の家でメグミは、ちょっと緊張しているようだった。キョロキョロと落ち着きなく、家具や窓の外を見ていた。確かに感受性の強い子供というのは本当だろう。


「クロッカン? なにれ?」

「卵白とコーヒー粉と砂糖、後ナッツ類でトッピングしてみた。昨日、牛丼に卵黄乗っけたら白身だけ余ってね」

「ふーん」


 メグミの反応は薄かったが、クロッカンに手を伸ばしてモソモソ食べていた。


「料理苦手そうな雪乃おばちゃんが、よくこんなレシピ知ってたね?」

「こら、料理苦手そうは余計だよ」


 子供なのにメグミは妙に鋭かった。まあ、フードトラックの店員さんから教えて貰ったクッキーとは言えない。


「まあ、サクサクで美味しいんじゃないの」

「素直に誉めてよ」


 どうもメグミは大人ぶっているようで、正直子どもらしい可愛さは皆無だ。妹はよく「子供は好きだけど、可愛くはない」と言っている意味がわかる気がする。


「なんかインスタ映えするお菓子は作れないの?」


 そんな事まで言ってきた。インスタ映えとは。


 ませている。


 私もクロッカンを齧る。確かにサクサクでほんのり甘くて美味しいが、インスタ映えはしないだろう。


「インスタ流行ってるの?」

「うん。うちのクラスでネットで人気な子もいる。うちも目立ちたい」


 その表情は明らかに深刻だった。


「うちのクラスは、その子を中心に回ってるの。綺麗で可愛くて。それに比べて私なんかさ」


 どうもメグミは、クラスにいる派手な子と自分を比べて落ち込んでいるようだった。反抗期や登校拒否の原因はここにありそうだった。


 でも、私はその派手な子にちょっと同情してしまう。ネットで人気があるという事は、ライバルも膨大だ。ネットのない昔は、クラスで一番になれれば良かったのに、戦場をネットにしたら、天井なしに「成功」「可愛さ」「人気」の戦いが続く。


「地味で平和な生活な方がいいよ」

「そっかなー」


 大人のアドバイスは、メグミには響かないようだった。


 そんな話をしているうちの昼ごはんになり、駅前にあるファミレスに向かった。メグミは大人ぶって糖質オフメニューを注文していた。全く太ってはいないのに、ダイエット中だという。せっかくデザートにパフェでも奢ってあげようと思ったが、断られた。


 妹の苦労がわかる気がする。子育ては、自分が思い通りにはいかないものなのだろう。自分のも子供が居なくて、ちょっとホッとしてしまった。


「雪乃おばちゃん、本屋行きたい。算数の勉強しなきゃ」


 ファミレスを出ると、メグミはそんな事を言っていた。


「『世間はバカとブスに冷たい』らしい。勉強もしなきゃ」

「メグミ、一体どこでそんな言葉を覚えるのよ……」


 ちょっと呆れてしまうぐらいメグミは大人ぶっていた。しかし、勉強がしたいという子供に協力したくない大人はいないだろう。


 ファミレスを出ると、町の北側にある書店に向かった。


 駐車場には真白さんのフードトラックがでてちょっと賑わっていた。


「勉強好きの意識高いメグミには、帰りにあのフードトラックでお菓子買ってあげようか?」


 なんて言ったら、意外と食いついてきた。やっぱりお祭り的な雰囲気があるフードトラックにメグミも逆らえないようだった。


 本を買い終えると、メグミと一緒にフードトラックの前にある黒板状の看板を見ていた。まだイチゴ祭り中で、メグミは一番豪華なイチゴパフェが食べたいと言ってきた。


「メグミちゃーん、ダイエット中では?」

「いいの!」


 こういう自分に甘いところは、私に似てしまったのかもしれない。


 私はため息をつきながら列を並び、イチゴパフェを二つ注文した。


「あれ? お客さん、子供さんがいるの?」


 真白さんは私とメグミを見て目を丸くしていた。


「違うんです。姪っ子です」


 私はなぜか必死に否定していた。


「あれ、店員さん。このカウンターにある茶色いクッキー何?」


 必死に否定する私の横目でメグミは、ちょっと背のびしながら、カウンターにあるクッキーを指差した。クロッカンと色合いは似ているが、ナッツはトッピングされていない。大きめな厚焼きクッキーという感じだった。


「これはマカロンだよ」

「え!?」


 私もメグミもびっくりしていた。


「あの派手な一般的なマカロンは、フランスの都会のものです。これはフランスの田舎風のマカロンでね。修道院で生まれたんだ。配合や焼き加減でけっこう変わるよ」

「私は派手なマカロンの方がいいな」


 メグミは子供らしく空気の読めない事をいい、私は慌てて謝る。


「派手なマカロンもいいね。でも、安いのは添加物モリモリで、身体に良くないよ。一方この地味なマカロンは、素材の旨味がよく感じられる。見た目が派手だからいいってもんじゃないから」


 真白さんの言葉に、メグミは顔を真っ赤にしていた。確かに派手なマカロンが良いというのは、一歩的で視野の狭い見方だったのかもしれない。


「雪乃おばちゃん、この地味なマカロンも買って? 素材の旨味というのを確かめてみたい」


 こんな強がりを言っているメグミに真白さんは大爆笑していた。


 こうして帰り道はイチゴパフェを楽しんだが、家に帰ると地味なマカロンを二人で食べる事にした。


「あれ、案外美味しいかも」


 茶色い分厚いソフトクッキーのようなマカロンだったが、ねっとりした食感が面白く、確かに素材の良さも伝わってくる。


「ま、不味くはないよね」


 メグミは、やっぱりちょっと生意気だったが、地味なマカロンもぺろっと完食していた。


 ダイエットはどこいった?


 そんなツッコミは入れておかないでおこう。地味なマカロンを食べた後から、メグミは学校での愚痴を一言も言わなくなった。


「見た目が派手だからいいってもんじゃないから」


 さっそく真白さんの言葉をパクって自分のものにしているメグミに、私はため息しかない。


 でも、たまにはこんな日があってもいうだろう。


 生意気で全く可愛く無いメグミだったが、こうして二人でお菓子を食べる時間も悪くないと思った。


 ダイエットは、まあ、また明日……。

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